5.サブイベント:【硝子さんは物知りな駄目人間】
「てなわけで、結香がアイドルデビューする事になったんですよ」
「全く意味が分からないよ!? ジョーカーくん!?」
相変わらず硝子さんのリアクションは大げさで面白いなぁ。
今日は二週間に一度の硝子さんのお世話の日だ。
散らかった部屋を片付ける間の何気ないお喋りでそのことを話すと、執筆作業をしていたはずの硝子さんが勢いよく顔を向けた。
「だ、大丈夫なの……? アイドルと言っても最近だとトラブルも色々あるし、変な事務所とかに入ったら大変だよ……?」
「9673プロダクションって知ってます? そこなんですけど」
「超大手だよそこ!?」
「マジすか?」
へぇー。なら、安心だな。
最も結香の場合は、いざとなれば物理攻撃でなんとかできるだろう。
「ジョーカーくんこそマジすかだよ!? なんで知らないの!? 今一番熱い事務所の一つだよ!?」
「いや普通は事務所なんて知らないでしょうが。後、興味もないし、そもそもテレビ自体見ませんから」
「うううっ、これがジェネレーションギャップてやつなんだね……私たちの世代だったらアニメや特撮くらいは見るはずなのに……」
「いや、それ多分普通じゃないですからね」
ジェネレーションギャップといっても、僕は十六歳で、硝子さんは二十歳。
そんなに歳も離れてないだろうに。
さて、脱線はこれぐらいにして、本題に戻るとしよう。
僕も一応は調べて見たが、しっかりとした事務所くらいしか分からなかった。
ここは物知りな硝子さんに色々と教えてもらうことにしよう。
「それで、結香の所属する9673プロダクションていうのは、一体どんな事務所なんですか?」
「最近急成長を遂げた事務所の一つだよ。元々は十年前からあったけど、ずっと下火で数年前までは経営難にまで陥ってたの」
「よくそこから持ち直せましたね……」
「数年前に社長が替わって路線変更した結果だよ。今までは悪い意味で売れているところの真似ばっかしてたイメージだけど、路線変更後は、ネットやプロジェクションマッピングとかの最新技術を活用したライブやミュージックビデオを作ったり。アイドルたちも一人一人キャラ立てして、固定ファンを作ったり。それが実を結んで、今に至るって感じだね」
「それを成し遂げたのが、その替ったっていう社長なんですか?」
「うん、そうだよ。名前は確か……黒波墨汁さん、だったかな」
「やっぱりか」
「ん? 知ってるの? ジョーカーくん」
「ええまあちょっと……。でもそこまでの大手なら結香が食いつくのもよく分かりましたよ。名刺を渡しただけで、外に飛び出したくらいですからね」
「にしてもこんなに身近にアイドルが誕生だなんて……今のうちにサインもらっておこうかな……」
なるほど、サインか。
確かにそこまで大手事務所のアイドルともなればサインも高く売れることだろうし、僕も何枚か書いてもらっておこうかな。
あ、でも後でバレたら怖いからやめておこうっと……。
うん、転売なんて駄目だな! 絶対!
「で、でも、結香ちゃんはアイドルで、綺羅星ちゃんはトップカリスマモデル……ううっ……まずいよ……周りのライバルたちが強力すぎるよ……! わ、わたしも何か強力なキャラ付けをしなくちゃだよ……っ!」
「なに張り合ってるんですか」
「だ、だって! アイドルにトップカリスマモデルだよ!? ただの自堕落漫画家のわたしじゃ、勝ち目ないじゃない……っ!?」
「自覚あるのなら、もう少ししっかりしてくださいよ。せめて脱いだ衣服くらいは、洗濯機の中に入れておいてください」
硝子さんの家に入って早々にやるのが、床に落ちた洗濯物を拾い上げることだ。
なんで洗濯機が部屋の中にあるのに、入れることもできないのか。この人は。
「だ、だって、洗濯機の所まで行くのが面倒くさいし……」
「歩いて十歩もないでしょうが。後、たまにお風呂にすら入っていない時がありますよね……?」
こないだはそれが原因で髪の一部が青く変色していた。
戦慄したさ。人間、来るところまで来るとここまでヤバいんだってな。
冷めた目で見つめる僕に、硝子さんは目を泳がせながら目を逸らす。
「し、締め切りは守らなくちゃいけないんだよ……?」
「言い訳になってません。シャワーを浴びるくらいはできるでしょうが」
「そ、それに、ジョーカーくんが洗ってくれるからいいかなぁ~、て思ってさぁ……?」
「はっ倒しますよ」
硝子さんと一緒にお風呂。
と聞いて、少しでもときめきを覚えたのならば、それは間違いである。
硝子さんをお風呂に入れるときの面倒くささは、犬を風呂場で洗う以上に面倒くさいのだ。
我が家の愛犬ケルベロス(柴犬)ならば、風呂場まで連行さえしてしまえば、哀愁漂うあきらめた顔で身体を洗わせてくれる。
だが、硝子さんの抵抗は風呂場でも続く。
まず、風呂場専用の水着を着せようとするも、『裸で入る!』と駄々をこねる。
風呂場に入れれば『面倒臭い!』と暴れる。
どうにかして力ずくで風呂に沈めて、十分もかけてようやく気持ちよさそうな顔をして湯船に浸かるのだ。
尚、僕がいなければすぐにでも上がってきてしまうため、僕は服を着たまま傍にいなくてはならない。
その後に身体を洗う工程もあるのだが……あまりにも説明が大変なので省略させてもらう。
結論――硝子さんをお風呂に入れることは、犬以上に面倒くさいことなのだ。
流石は廃課金系美少女。人の手を煩わせるのに、右に出る物はいない。
それらがなければ、好みや相性的に僕が好きなのはぶっちぎり一位の硝子さんなのに、そのレベルを超えた駄目人間っぷりのおかげで、今ではぶっちぎりの最下位である。
「あ、そ、そうだよ! 二人とも有名人になるってことは、その分忙しくなってジョーカーくんとの時間が短くなるというわけだよね!」
苦し紛れのごまかしか、硝子さんは突然そんなことを言い出した。
依然、目は泳いでいる。
「ならその分、ジョーカーくんが更に私のアパートに来てくれ――」
「行きませんからね?」
「なんで!? お金なら払うよ!?」
「硝子さんのお世話はお金をもらっても面倒くさいからですよ。二週間に一回で十分です」
「そんなこと言わずにお願いだよ~っ!」
なんだかこの人、僕と関わってますます駄目になってきてないか?
「そ、それにジョーカーくんだって結香ちゃんと一緒に居られる時間が減って寂しいでしょ!? だから、わたしが代わりにジョーカーくんの時間を埋めてあげるから!」
「消費するの間違いでしょ? それに忘れたんですか、硝子さん。僕は人生無課金主義者ですよ? 一人には慣れているんですよ。さてと、それじゃあ今日の仕事は終わったので帰ります」
「あ! 待ってジョーカーくん! 私ジョーカーくんが来ると思ってもう二週間もお風呂に入ってな――っ!」
「失礼します」
僕は急いで外に駆け出した。
扉が閉まる直前、何か聞こえた気がしたが、それは二週間後の僕に任せるとしよう。
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