3.自称・配布系美少女
流石に外で話す訳にもいかないので、僕らは近くにあったチェーン店のドーナッツ屋さんに入った。
夜ということもあり、席には殆ど人がいない。
僕は、コーヒーと一番安いプレーンタイプのドーナッツ。
愛果は、水と半分だけチョコが付いたドーナッツを選び、会計を済ませた。
愛果は席に座ると、首を揺らしながら、すっかり暗くなってしまった街を眺めている。
真横が道路ということもあり、何台もの車がライトでラインを描いては通り過ぎていくのが見えた。
「やっぱり席は窓際だよね。景色も見えてロマンチックだし」
「ドーナッツ屋でロマンチックも何もあるか?」
「好きな人が一緒なら、何処だって関係ないよ♥」
愛果は皿に置かれた半分だけチョコのドーナッツを持ち、その小さな口でかぶりついた。
食べたのは、チョコの付いていない方だった。
「好きな人って……僕らまだ会って数分しかたってないだろうが……」
「一目惚れしたんだよ、お兄ちゃんにさぁ」
「なんだそりゃ」
昔、結香に同じ台詞を言われたのを思いだした。
といっても結香に関しては過去に接点があったから本当だったが、愛果に関しては確実に嘘だ。
何度もいうが、僕に幼女の知り合いはいないし、彼女のことなどこれっぽっちも知らない。
会って早々の人間に一目惚れなんてそんな都合のいい話があるものか。
「あまり年上をからかうなよ。そのうち痛い目みるぞ」
「お兄ちゃんにされるなら別にいいかなぁ」
「あのなぁ……」
「それに私、別にからかってなんかいないよ? 本当にお兄ちゃんに一目惚れしたから、さっきも話しかけたの」
「こんな僕の一体どこに一目惚れする要素があるっていうんだよ」
ただの冴えない男子高校生だぞ。
それこそ過去に何かしらの因果がなければあり得ない。
懐疑的に愛果を見つめるも、彼女は気にすることなくドーナッツのチョコの付いていないところを食べていく。
「お兄ちゃんはさぁ、パパに似てるんだよ」
「君のお父さんに、だって……?」
「うん、そっくり」
まさかのファザコンときた。
それこそ勘弁してほしい。僕はまだ未成年だぞ?
中年のおっさんと同じなんてショックがでかすぎる。
「ああ、別にお兄ちゃんがおじさんぽいって言ってるわけじゃないよ? 性質、ていうのかな? 本質が同じってこと」
「なんだそりゃ? 意味が分からん」
「正確に言えば、パパは大きな目的を果たすことが大好きなの。自分の叶えたい願いのためなら、どんな犠牲も対価も支払うし、差し出しちゃう――そういう人」
「なら見当違いだ、僕はその真逆だよ。僕には叶えたい願いもなければ、犠牲も対価も支払いたくない」
「それはまだ、お兄ちゃんが成長しきっていないからだよ」
「なんだと?」
怒りはせずとも、流石に六歳も歳の離れた少女にそんな分かったようなことを言われたら、眉も上がる。
だがそんな僕の態度を見ても、むしろ嬉しそうに、彼女は笑う。
笑って、指に付いたドーナッツの破片を舐めて取る。
ピンク色の小さな舌が、指の上で踊る。
そして食べ残したチョコの付いたドーナッツの欠片を、皿の上に乗せて、僕の前に押し出した。
「お兄ちゃんが吹っ切れちゃえば、どんなことでもできるし、どんな願いでも叶えられると思うよ? それこそ、全てを犠牲にする覚悟があるのならね」
「……君が僕に何を求めてるのかは知らないけど、僕の生き方は、僕が決める。誰かに指図を受ける気はない」
「なら、私が手助けしてあげようか? お兄ちゃん」
愛果はいつの間にか僕の横に座っていた。
自然に、静かに、気付かず、這い寄る。
思わず息を呑んでしまう。
この幼い少女に、僕は恐怖を感じていたのだ。
今までとはまた違う、それこそ人生すらねじ曲げられてしまうような、そんな恐怖を。
「そんなに怯えないで。私はただ、お兄ちゃんをもっと魅力的にしたいだけなんだからぁ」
愛果の手が僕に触れる。
ゆっくりと掴み、迫ってくる。
身体を寄せて、僕に顔を近づけてくる。
それに、僕は不思議と抵抗することができなかった。
彼女の真っ黒な黒真珠のような瞳が、直ぐ目の前にあった。
見つめ続ければ飲み込まれてしまいそう瞳。しかし何故か目を逸らすことができない。
固まる僕を、彼女の薄い色彩の唇がクスクスと笑う。
「本当に可愛いね、お兄ちゃんは。ますます好きになっちゃったぁ」
「や、やめろ……っ」
「そう怖がらないでよぉ、人生無課金主義者の無生七芽お兄ちゃん」
「っ!?」
僕の名前はともかく、何故その『単語』を知っている……?
『人生無課金主義者』なんて言葉は、僕が作った造語だ。
その言葉を知っているのは片指で数えられる程度しかいない。
綺羅星に硝子さん――そして結香。
この三人しか、知らないはずなんだ。
愛果はますます笑みを深くする。
深く溶けて――底が見えない。
「ゲームの概念で人生を語るだなんて、面白いこと考えるよねぇ、お兄ちゃんはさぁ。その考えからすると、私はある意味『配布系美少女』、てことになるのかな?」
一人だけで納得したように、彼女は呟く。
「君は……一体……何者なんだ?」
「だから言ったじゃん、愛果だよ。私だけのお兄ちゃん♥」
「っ!」
ブゥ-、ブゥー。
振動音。
それは机に置かれた愛果のスマホだった。
彼女は手を伸ばしてスマホを取り、耳に当てた。
「あ、パパ? うん、お仕事終わったの? え? うんうん……へぇー、そうなんだ。それは楽しみだね。うん、分かった。それじゃあ今からそっちに行くから、待っててね♥」
愛果はスマホを切ると、再び僕の方を向いた。
今だ困惑の表情を向ける僕に、彼女は顔を近づかせた。
「ふふっ、また近いうちに会おうねぇ、七芽お兄ちゃん♥」
そう言い残すと、彼女は姿を消した。
いや正確には消えたわけじゃない。
彼女も普通の人間だ。
ちゃんと出入り口から外に出て行った。
だがそれでも、まるで消えたと言ってもいいくらいに、僕らの座っていた席には彼女の痕跡が一切なくなっていた。
まるで、最初からいなかったかのように。
唯一残っているのは、食べかけのチョコの部分だけが残ったドーナッツの欠片のみ。
それがなければ悪い夢だったのではないかと思うくらいに、彼女という存在が、この場から無くなっていた。
呆然と立ち尽くす僕。いや今は座ってるから座り尽くすか?
明日のジョーの最終回かというくらいに、僕は立ち上がることが出来なかった。
そしてただ呆然と彼女の席を見て、無意識にこう思った。
あの子……後片付けを僕に押しつけやがったな、と。
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