2.イベント開始予告
結香に教えられたルートを進み、結香の部屋と思われる扉を開けた。
思えば女子の部屋に上がり込むなんて、人生初めての経験である。
一体どんな感じなのか、具体的な想像ができない……。
いや、もちろん大体こんなのかなと予想はできるけど、結香の場合、もしかしたら僕の写真が部屋中に貼られてるなんてことも……いや、それはいくら何でも考えすぎだろう。自意識過剰すぎだ。
頭を振って、変な考えを飛ばし結香の部屋の扉を開けた。
すると、以下の光景が広がっていた。
ベッドに置かれたクマのぬいぐるみ。
中央に置かれた小さな木製の机。
服や本が仕舞っている家具。
そんないかにも女の子らしさの溢れるような部屋に安堵する。
やっぱり考えすぎだったな。
綺羅星の部屋の件があったため、少しだけ不安になってしまっていたのだろう。
「ん? これって」
だが、そんな女の子らしい部屋に一つだけ、不釣り合いな物が置かれていた。。
テレビに繋がれた、ゲーム機。
それは、僕がこないだ結香にプレゼントした物だ。
僕はそれを見て、嬉しいやら、少し恥ずかしいやらで、思わず口元が緩んでしまった。
本当に大切にしてくれていたらしい。
悩んで決めた甲斐もあったというものだ。
「取り越し苦労だったな」
最初結香の家に誘われた時は、それ相応の警戒もあった。
あの好感度マックスハートな結香と、彼女の部屋で二人っきり。
それなんてエロゲー? エッチしないと出られない部屋? 入ったが最後、二度と出られないのではないだろうか?
なんて憶測が頭に浮かんだくらいだ。
「お待たせ、七芽くん」
扉が開き、結香がティーカップに入ったお茶と、色とりどりのマカロンが盛られた皿をお盆の上に乗せて入ってきた。
「マカロン……初めて見た……」
「あ、でもこれ私が作ったやつだから、市販の物よりも味は落ちるかもしれないよ」
そう自信なさげに言う結香だが、売っててもおかしくないレベルにしか見えないクオリティだ。
もう驚くまい。結香さんは何でも作れるのだ。
結香はお茶とお菓子を並べてから腰を下ろし、早々に本題を切り出してきた。
「それじゃあ早速だけど、夏休みどこに行こうか?」
「家でのんびりしていたい」
「それなら毎日、七芽くん家に遊びに行くね♡」
「ははは、冗談だよ、冗談。それで結香は何処に行きたいんだよ? 僕は大して希望とかはないんだけどな」
今までの僕の夏休みなど、昼過ぎまで寝て、夜遅くまでゲームして過ごすのが通例であり、友達もいないため誰かと遊びに行くなんてこともなかった。
そんな自分でも空しいと思う夏休みの過ごし方しかしてこなかった僕にやりたいことを聞いても、思いつくはずがないのである。
すると、結香は目を輝かせて、机に手を乗せて身を乗り出してきた。
「それならやっぱり海と花火だよ! 海水浴に花火大会! この二つだけは外せないよ!」
「定番と言えば、定番だな」
「うん! それに七芽くんと一緒に水着選びに行ったり、浴衣で一緒にデートできて、一石二鳥だよ♡」
「なら、綺羅星と硝子さんも呼ぼうぜ? 大勢の方が楽しいだろう」
「……七芽くん、それわざと言ってる?」
「ああ、わざと言ってる」
結香は溜息をついた。
「はぁ……七芽くんは意図的にそう言ってくるから困るよ。ただの朴念仁なら対策もできるのにさぁ……」
「生憎、僕は鈍感系主人公じゃないんでね。フラグ管理は自分でやるし、相手も自分で選ぶ」
結香は二度目の溜息をつく。
「でも刹那ちゃんはともかくとして、硝子さんは無理でしょ? あの人、ただでさえ外に出られないんだし、人混みの中なんて耐えられないよ」
「よくご存じで」
まあ、硝子さんに関しては半分冗談だ。
ちょっと荒療治で行かせてみようかと、僕の悪魔が囁いただけである。
半泣きになって僕の横でゲロを吐く硝子さんの姿が目に浮かぶ。
頭の中の硝子さんの介抱をしていると、結香が僕に人差し指を突き出した。
「いいですか、七芽くん。今回は二人きりで行きます。いいですね?」
「えー」
「えー、じゃないの。これは刹那ちゃんを助けてくれた七芽くんに対しての、私からのお礼なんだから、私一人でやらなくちゃいけないことなんです。分かりましたね?」
「いや、別にお礼しなくていいから。後それなら綺羅星だってそうだ――」
「私がやりたいの。七芽くんと出かけたいの。だから私と二人っきりで行くの。それでいいでしょ。はい決定」
「相変わらず強引だな」
「このくらいしないと、七芽くんには勝てないからね」
「まあ別にいいけどさ」
「やった! それじゃあ海水浴も花火大会も楽しみにしてるね♡」
「もちろん日帰りだよな」
「……もちろんだよ」
「おい、なんで間があった。やっぱり予定は僕が決める。結香には任せられない」
「い、いやいいよ! 私がやるから! そんな変なことしないから! ……多分」
そうなんのかんのと話し合いの結果、僕と結香は夏休みに日帰りで海水浴と花火大会に行くこととなった。
尚、決まった後に結香が不満げにしていたのを見て、僕は見えない汗を拭ったのだった。
◇◇◇
結香の家から出ると、空はすっかり夕日に染まっていた。
急いで帰ろうと、自転車に跨がり、ペダルに足を掛けた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
その瞬間、後ろから聞こえた幼い声。
振り向くとそこにいたのは、真っ黒のワンピースを着た、十歳くらいの女の子だった。
太陽を背に、彼女の影が僕まで長く伸びている。
三日月のような形の口で笑い、深い黒色の瞳が僕を見る。
今にも引きずり込まれてしまいそうな、そんな不思議な感覚に襲われた。
誰だろう、この子は?
もちろん僕にこんな幼い少女の知り合いはいない。
迷子にでもなったのだろうか? だがそんな風にも見えない。
どこまでも落ち着いていて、全てを見透かしているような、そんな余裕すら感じてしまう。
「ねぇ、お兄ちゃん。聞いてる?」
「あ、ああ……あの、僕に何か用事なのかい? 迷子になったのなら、警察まで送るけど」
何処に警察署があるのか分からないけど、このまま放っておくわけにもいかないだろう。
だが目の前の少女は、首を横に振った。
「ううん。パパと連絡が取れるまで、一緒にお話してほしいの」
「お父さんと連絡が取れないのかい?」
「うん、お仕事でここら辺に来てるはずだから会いに来たんだけど、見つからなくて。連絡も取れないし、暇なの」
「連絡しても出ないって……それ大丈夫なの?」
「パパは忙しいから、こんなのいつものことなのよ。だから、お話、しよ?」
「でもなぁ……」
夕暮れ時に幼女を連れて話してる高校生なんて、どう見ても事案案件である。
誤解されかねないので勘弁してほしいのが本音だが、このまま立ち去るのもそれはそれで何か言われそうだし……どうしたものか……。
「そこら辺は大丈夫だよ。お兄ちゃんが、私のお兄ちゃんのフリをすればいいんだからさぁ。そうすれば誰にもバレないし、咎められないよ」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
少女は相変わらず笑みを僕に向けてくる。
気付けば、既に僕との距離は相当縮まっていた。
身体と身体が触れあえるくらいに。
まあ……いいか。
本人がこう言っているんだし、連絡が来るまで付き合ってあげるとしよう。
僕は仕方なく、この謎の少女の願いを聞くことにした。
……そういえば、名前を聞いてなかったな。
「私は愛果だよ、お兄ちゃん。だからこれからそう呼んでね?」
「分かったよ、愛果」
愛果は僕の横に立つと、僕の左手に手を滑り込ませて、そして口元を三日月のような形にして笑った。
「うん、これからよろしくね……七芽お兄ちゃん♥」
彼女は何か小声で言った気がするが、その言葉は僕の耳には届かなかった。
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