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EP.クリア報酬:【三人の時間】

 綺羅星と結香は、本当の友達になれた。

 互いに心を繋げられることができた。


 それが今回最も変化した点である。


 だが、もう一つだけ変わったことがあった。


「あ、刹那ちゃん! 待ってたよ!」

「遅すぎて餓死しそうなんだが?」

「そう、なら今度からはもっと遅くに来てやるわよ」


 そんな軽口を叩きながら、綺羅星は僕らの近くの席に座り、机の上にコンビニのロゴが入ったサラダと、カフェラテを置いた。

 現在時刻は昼休み、場所は空き教室。


 そう、僕と結香だけの昼食場所だったこの空き教室に、綺羅星も参加することになったのだ。

 といっても、彼女には他の友達との付き合いもあるため毎回ではなく、たまにだが。


「でも結香、本当によかったの? ここはあなたとこいつの二人だけの場所でしょ?」

「刹那ちゃん何言ってるの? ここ学校の教室だよ? 別に私たちだけの物なんかじゃないよ」

「でも……」

「もう、刹那ちゃんは気にしすぎだよ。私は単に好きな人たちと一緒にご飯を食べたいと思っただけだから。だってその方が、絶対に美味しいでしょ?」


 満面の笑みを向ける結香に押し切られて、綺羅星は――そう――としか言えなかった。

 勝負は付いたようだ。


 だが直ぐに結香の顔が曇る。

 原因は、綺羅星が昼食に持ってきたものだ。


「後、刹那ちゃん、サラダだけなんて栄養偏っちゃうよ?」

「いいのよこれで、カロリー制限は大切でしょ?」

「まあ予想はしてたけどね。はいこれ、どーぞ」


 結香はリュックサックから本日三つ目となる弁当箱を取り出し、綺羅星に渡した。

 綺羅星も何となく予想出来ていたらしく、あまり大きなリアクションはない。


「わざわざ用意しなくてよかったのに……」

「まあまあそう言わずにさ、開けてみてよ。ちゃんと綺羅星ちゃん仕様の弁当にしてきたから」

「私仕様……?」


 綺羅星が箱を開けると、弁当箱に入っていたおかずは綺羅星の望み通り、ヘルシー志向に沿ったものばかりだった。


 緑色が所々に見える、ほうれん草のオムレツ。

 プチトマト二個。

 ささみ肉を使いにんじんを巻いた肉巻き。

 糸こんにゃくとネギの和え物。

 そしてしたにはレタスが敷かれている。


「カロリー制限を気にしすぎて美味しくなさそうな見た目にするのもあれだったから、使う材料とか、味付けを調節してみたんだぁ。食べてみてよ♡」

「……本当に、あなたって子は」


 弁当箱に目を落とした綺羅星の口元が少しだけ緩む。


 早く、早く! ――そう急かしてくる結香に観念し、綺羅星は箸でオムレツをひとつまみし、口の中に運んだ。


 結香は緊張した面持ちでいるが、今まで結香の料理を食べてきた僕からすれば綺羅星の反応なんて、簡単に予想することができる。

 綺羅星は数回噛んだ後、結香に向かって言った。


「とっても美味しい。ありがとう、結香」、てね。


 それを聞いて、結香は益々笑みを深めた。


「よかったぁ! 明日も作ってくるから楽しみにしててね!」

「うん、楽しみにしてる。あ、なら今度オクラを使って何か作ってくれない? 最近食べたいと思ったから」

「オクラだね! 肉巻きに、和え物、素揚げとかもあるし、どうしようかなぁ~」


 二人は次の弁当のおかずについて議論する。

 そこには昔みたいな遠慮はなく、時には容赦が無い。


 だが、別に喧嘩しているわけでもないのだ。

 二人はお互いの気持ちを共有している。ただそれだけだ。二人が望んだ通りに。

 

 それは大変微笑ましい。微笑ましいことなのだが、もうそろそろ言わずにはいられない。


「なあ、一旦その位にして弁当食べないか? まじで腹が減ったんだが」

「あ、そうだね……」

「それもそうね」


 これでようやく昼食にありつける。

 僕らは三人で合掌し、結香の作ってきてくれた弁当に手を付けた。

 僕の弁当には大好きな唐揚げが入っており、その味は格別だった。


 昼食を終えると、綺羅星が突然僕の方を向いた。

 いつもと変わらず睨んできたが、どこか目つきが丸い。


「一応今回はあんたも頑張ってくれたようだしお礼を言っておくわ。ありがとうございました。本当に助かりました」

「お、おう……」


 こういう礼儀作法に関しては相変わらずしっかりしており、綺羅星はまた綺麗な角度で僕に頭を下げてくる。


 普段とのギャップが激しく、思わず戸惑ってしまうが。 


「それで……結香とこうしてちゃんと友達になれたのはあんたのおかげでもあるから……なにか……ほんの少しだけお礼してもいいかなと思ってさ……」

「はい?」


 綺羅星からのお礼……うーん何を頼んでも後が怖い。

 

「いや、別にいいや。なんか後が怖いし」

「なによそれ!?」


 おっと、思わず心の声が漏れてしまった。


「あ、あんた私をなんだと思ってるのよ!」

「トラウマ指摘されると幼児退行するカリスマモデル」

「言ったわねぇーっ!!」

「胸ぐらを掴むなよ……ぐるじいから」

「いいから言いなさいよ! てか、お願い聞いてあげるから黙ってなさいよ! 私が幼児退行起こしたこと黙ってなさいよ!!」 


 なるほど、本音はそこか。

 なら言うまでしつこく首を絞めてきそうだし、殺される前に何か頼むとしよう。僕もまだ死にたくはない。


「分かった、分かったから……それじゃあそうだな……」

「もちろん変なこと言ったら、分かってるでしょうね?」


 綺羅星は僕の顔の前まで足を上げた。

 スカートが持ち上がっているというのに、絶対領域のごとくまったくパンツが見えやしない。


 僕は少しだけ考え、思いついたことを口にした。


「それなら、歌、聞かせてくれよ」

「はぁ?」

「あ! 私も聞きたい聞きた~い! 刹那ちゃんの歌! 何気に聞いたことなかったんだよね、今まで!」

「でも……そんなことでいいの……?」

「聞かせてくれよ。綺羅星たちの歌を」

「……あんた……もう、しょうがないわね。一回だけよ?」


 綺羅星は得意げに笑い、そして歌い出す。


 その旋律は空き教室に広がり、綺羅星はたった二人だけの観客の為にその歌を奏でた。


 楽しくて、強くて、そして暖かい――そんな彼女の歌声。いや彼女たちの歌声。

 歌っているのは綺羅星だけだが、そこには確かに、もう一人の人物の面影が見えた気がした。



◇◇◇



「ここら辺か?」


 綺羅星の事件も解決し、少し経った六月初頭の土曜日。

 僕は強くなってきた太陽の下、目的地を目指し自転車を走らせる。

 前方から流れる風が涼しいのがせめてもの救いだ。


 向かう場所は結香の家。

 なんでも、綺羅星の件のお礼課金として夏休みの予定を今から決めようとのことらしい。

 

 六月なのに早すぎないだろうか。と僕は思ったが、休む日を事前に決めておかないと、仕事が入ってしまうためと聞かされて納得した。


 そんなこんなで家から三十分自転車を走らせ、地図を確認しながら結香の家を目指す。

 ここを直進すればもうすぐだ。


 一気に駆け抜けようと、ペダルに足を掛けて立ってペダルを蹴り、疾走する。

 が、着く直前でブレーキをかける。


 何故かと言えば、地図上で見た結香の家の前に、一人の人間が立っていたからである。


 遠目から見ても分かる黒さ。

 自転車から降りて少しずつ近づくと、その人物は男性だった。

 髪をオールバックにし、黒いスーツを着た三十代くらいの中年男性。

 意志の強さを感じさせる眼光を細めて、結香の家を睨んでいる。


 なんとも少し怖い雰囲気を醸し出す男性であり立ち去るのを待とうとしたが、一向に離れる気配がなく、結香からの「もうすぐ着きそうかな?」というメッセージも飛んできた。


 ここは覚悟を決めて行くしかないだろう。


「あの……すいません、この家に何か用ですか?」

「ん? 君は、この家の者か?」


 鋭い眼光が僕を指す。

 言葉に詰まりそうになるが、落ち着け、ただ質問されただけだ……。


「い、いえ、違います。ただこの家の子と友達なもので」

「友達……か……ふん」

「あの、どちら様でしょうか?」

「ああ、申し遅れたな。私はとある事務所の代表取締役を務める者だ。この家には歌の上手い女子高生がいると聞いてな、スカウトしに来たんだ」


 それを聞いてすぐさま結香の顔が浮かんだ。


 すごいな結香……代表取締役と言えば社長だぞ。

 そんなお上さん直々にスカウトしにくるとか……一体どこまで行くんだ、あいつは……。

 

 代表取締役を名乗った目の前の男性は、僕に一枚の名刺を差し出した。

 会社名は、「9673プロダクション」と書かれている。

 肝心の名前の方を見ようとした瞬間、男性は口を開いた。


「改めて自己紹介しよう。私は9673プロダクション代表取締役――名は、黒波墨汁(くろなみ ぼくじゅう)と言う」


 圧倒的意志を感じさせる瞳で、彼はそう言った。

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