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21.メインクエスト:【過去の因縁】

「綺羅星、出かけるぞ」

「ゆかもいっしょ?」

「結香は今日お仕事だっつうの」

「ごめんね、刹那ちゃん」


 土曜日――計画実行当日。

 もう出なくてはいけない時間だと言うのに、綺羅星はまだお絵かきするのをやめようとしない。


「ゆかがいないなら、いや」

「来てくれよ、頼むから」

「いや! いや! やー!」

「おいこら暴れるなよ!」

「刹那ちゃん、ごめんね。でも七芽くんと一緒にいって。それがあなたのためだから」

「……」


 結香は座る綺羅星の目線に会わせて、しゃがみ問いかける。だが、綺羅星はそんな結香からも目を逸らして、口を膨らませている。

 完全に駄々をこねる子供だ。どうしても結香と一緒じゃないと嫌らしい。


「お願い聞いてくれたら、何でもお願い聞いてあげるから、ね?」

「…………ハンバーグが食べたい」

「うん、分かった。必ず作ってあげるから」


 結香は立ち上がり、リビングの扉に手を掛けた。


「それじゃあ、七芽くん。後は任せたよ」

「ああ」


 結香もいなくなったことで、リビングには僕と綺羅星の二人だけが取り残された。

 

「さてと、出かけますかね。ほら、綺羅星、着替えてくれ」

「いや」

「お前な……結香と約束したばかりだろうが」

「なら着替えさせて」

「結香ぁー! へループ! この駄々っ子出すまで付き合ってくれぇー!」


 玄関から出る直前の結香を引き留めて、結局、綺羅星を外に出すまで手伝ってもらった。

 本当に手のかかるやつだ。



◇◇◇



「いつつくの?」

「もうすぐだよ」

「それさっきもきいた」

「もうすぐだよ」

「んんぬ……ぅ! いつつくの!」

「おいこら! 電車内で暴れちゃいけないだろうが!」


 電車の席でジタバタした綺羅星。

 グラサンやマスク、帽子などで徹底的に顔を隠しているため綺羅星であるとはバレないはずであるが、それでもこうも騒がれると目立つ。


 周りの乗客さんたちの刺さるような視線に耐えながら、ようやく目的の駅名が見えたため、しめたとばかりに綺羅星の身体を引っ張って、急いで車両から飛び出した。


 降りた駅は、豊島園駅。


 直ぐ近くからは楽しげな叫び声や、笑い声が聞こえてくる。

 それもそのはず、そこが僕らの目的地なのだ。


 歩くこと一分、ようやく着いた。


「ほら綺羅星、着いたぞ。ここだ」

「……としま……えん……?」


 そう、東京にある数少ない遊園地の一つとしまえん。

 遊園地の他にもプールやグラウンド。園外付近には温泉、おもちゃ屋、映画館まで併合した大型の娯楽施設だ。最近ではホラー映画の舞台にまでなった。

 土曜日ということもあり、ファンシーな外見をした受付カウンター前には、そこそこの人が出入りしているのが遠目で分かる。


「なんで……ここ……」

「とりあえず中に入ろうぜ。ほら」


 綺羅星の手を引いて、僕らは園内に入った。

 目の前には一本道が続いており、両端には草木が植えられている。


 その道を、僕らは歩き出す。


「まさか綺羅星と二人っきりで遊園地に来ることになるなんて思わなかったよ。前は結香と別れるのを手伝ってくれる立場だったしな。なつかしいな」

「しらない」

「そうか……」


 それもお前の奥底に眠ってしまってるんだな。


「綺羅星、こないだ僕と練馬駅に行ったこと覚えてるか? ほら、綺羅星と奏のことを話してくれた日だよ」

「わすれた」

「そうか、ならちょっとだけ僕の独り言に付き合ってくれ」

「いや」

「そう言わず」


 まあ別に聞いてくれなくてもいいか。だから僕は勝手に話し出す。

 あの日、綺羅星が何をしたかったのか。答え合わせを。


「よくよく考えてみたんだよ。どうして綺羅星があの日、ただ過去の話をするためだけにわざわざ千葉から東京まで移動して、そしてなんで練馬駅で降りたのか。ずっと腑に落ちなかったんだよ。お前は本来、意味も無く行動するようなやつじゃないからな」

「しらない」

「それでよくよく考えたのさ、綺羅星が練馬駅で降りた理由をな。でもまあ、ヒントがあれば答えを出すことなんて簡単だ。あの日、綺羅星はここに来る予定だったんだ」

「……」


 後ろの綺羅星を振り返っても、ただ黙っているだけだ。


 顔を隠しているため、表情は分からない。

 いや、今の彼女ならこんな話をされても何を言っているのか理解できないだろう。

 

 本来の綺羅星は今心の奥底に閉じこもったままなのだから。

 だが、確かに僕の手を握る彼女の力が強くなった。


 僕らは歩くことを止めない。

 綺羅星の身体が少し重くなった。歩くことを拒み始めたからだ。


「豊島園駅で降りなかったのはあまりにも近すぎるからだ。その分、練馬駅なら話をするのに丁度いい公園が目の前にあるしな。

 高音奏の親友――加保ともそこで遭遇した。

 だが、どうして会えたんだ?

 普通だったらあまりにもあり得ない確率だ。

 因縁の相手の親友とばったり会うなんて。

 だが話は簡単だ。あの日、奏も加保と一緒にここに来てたんだ。 

 加保はその帰り道で、僕らを見つけたのさ。幸か不幸にもな。

 そして綺羅星は確かに言ってたんだよ――二人でメリーゴーランドを乗りに行ったってな」

「っ! はなして! いや! このさきいくのいや!」

「いいや、もう着いた」

「あ……あぁああ……!!」


 草木の道を抜けた先、僕らの前には大きなメリーゴーランドが回っていた。


「東京都内でも、メリーゴーランドに乗れる遊園地は限られてくる。それら全てを合わせて出したのがこの場所だ――ここが、綺羅星と高音の思い出の場所だったんだ」

「いや! この場所はいやっ!」

 暴れる綺羅星の手を僕は離さない。離してはならない。

 綺羅星を手放さないように手を掴み、すぐさまスマホを出してコールする。

 一回目で出てくれて、助かった。


「綺羅星、ほら、お前に電話だ。お前の大切な人からだ」

「ゆか!?」

「出れば分かる」


 綺羅星は僕からスマートフォンを奪うと、怯えたような口調で電話に訴える。


「たすけてゆか! こここわい! いや! はやくきて!」

『――久しぶりだね、せっちゃん』

「! ……かなちゃん……?」


 呆然とした顔で電話を持ちながら立ち尽くす綺羅星。


 そう、電話越しに出た相手は、結香じゃない。高音奏だ。


 綺羅星の目蓋が何度も瞬きを繰り返す。

 明らかに動揺している――だが繋がったはずだ。

 過去に出来た障壁を壊せるのは、当事者たちのみ。

 

 だから壊せるのは、高音奏しかいない。


 さあ、帰ってこい――――綺羅星刹那ッ!!


「そんな……なんで……」

『せっちゃんと、ずっとお話したかったから』

「っ! ごめん、かなちゃん……わたし……かなちゃんにひどいことして……ほんとうにごめんね……っ!」

『ううん違うの、せっちゃん。私は謝って欲しくて電話したわけじゃないの。私が謝りたかったの』

「かなちゃんが……わたしに……なにを……?」


『ごめんね、せっちゃん。昔別れ際に酷いこと言って。あなたを苦しめるようなことを言って。だから言わせて――あなたは人を喰らう怪物なんかじゃない』

「!」

『確かにもう、私が歌う歌は誰からも求められていない……でもね、消えたわけじゃないの。私の歌は、せっちゃんの中に残っているから』

「わたしの……中に……? かなちゃんが……?」

『歌は本来そういうものなの。みんながみんな、誰かの歌を良いと思って引き継いで奏でてる。だから一生消えない。私の歌はせっちゃんが引き継いでくれたから』

「かな……ちゃん……っ」

『だからせっちゃん、歌って、私の歌を。聞かせて、あなたと私の過ごした時間を。私は、せっちゃんの歌が誰よりも好きだったから……』

「っ、うんっ! うんっ! 歌う! 歌うからっ! 絶対に歌うからっ!」

『ありがとう……せっちゃん……またね』

「うん……またね……」


 ボロボロに泣いた綺羅星は最後くしゃくしゃに笑って、通話を終えた。

 そして、強い視線が僕を睨んだ。


「……あんた……いたの?」

「よう、ようやく起きたのか? 綺羅星」


 あの瞳は間違いない、僕らの知る綺羅星刹那だ。


「そう……そういうこと……これはあんたがやったのね……? 全く、本当になんなのあんた……? 私が叶えたくても叶えられなかったことを、こうもあっさりとやり遂げるなんて……」

「あっさりなもんか、僕がどれだけ苦労したと思ってやがる……」


 土下座したり、絶望したり、人生の時間を大幅に課金もした。

 本当に課金の多いカリスマモデルだった。課金系美少女にふさわしい。


 足下がおぼつかず、ふらふらで崩れそうな綺羅星を僕は支えない。今彼女に近づくことはできない。

 だって今の綺羅星は、心が剥き出しの状態だったから。

 

 無垢な感情の塊。

 今までその心を外に出したことがないため、ちょっと触れられただけで、誰とでも深く繋がってしまう。それは子供が持つものに近い。

 とにかく純粋なのだ。

 

 それが何を意味するのか――つまり今の綺羅星は、人生で最も惚れやすい時期が来ていることを表していた。

 

 その証拠に、綺羅星は泣いた所為か、他の原因か、顔を赤くして僕から顔を背ける。


「どうして……どうしてこんな時に傍にいるのが、あんたなのよ……あんたのことなんて嫌いなのに……」

「いいや、他にもいるよ」

「へっ――嘘……なんで……どうしてここにいるの……?」


 綺羅星は僕ではなく、僕の視線の先からやって来る人物に気がつき、口を開けた。 


 そうだ。綺羅星と本当に心を繋げるのは僕なんかじゃない。


 本当に綺羅星のことを大切に思い、今まで想い続けた彼女こそ、今の綺羅星と繋がるにふさわしい。

 その人物とは――、


「ゆ……か……」

「おかえり、刹那ちゃん。ようやく、本当に出会えたね」


 そういって、緩木結香は綺羅星に微笑みかけた。

ちょっとだけボリューム増し増しでした。


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