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19.サブクエスト:【感情だけの気持ち】

 約エピソード一つ分にも及ぶ、硝子さんとのアダルティックなコントを繰り広げた僕は、綺羅星邸に帰ってきた。

 だが、そのおかげで良いヒントが得られた。


「ただいま、綺羅星は大丈夫だったか?」

「な、七芽くん、お帰り……そのことなんだけど……」


 綺羅星邸に帰ってきたのは夜の二十時ごろ。

 

 玄関で僕を出迎えた結香の顔は引きつっていた。

 明らかに大丈夫ではないと書かれている。


「な……何があったんだ……?」


 息を呑み覚悟を決める僕に、結香は言った。


「せ、刹那ちゃんが滅茶苦茶可愛いの!」

「……はい?」

「来て来て! 見れば早いから!」


 はしゃぐ結香の女子高生らしい見た目とは裏腹に、とんでもない力で、リビングまで引っ張られていく。

 廊下を歩き、リビングの中に入ると、そこにいたのは女の子座りをしながら絵本を読んでいた綺羅星。

 彼女は振り向き、僕らを見た。


「ゆか、おなかすいた」


 拙い口調で、何処か幼い。


「おなかすいた! おなかすいた! おなかすいた!」


 感情赴くままに手をばたつかせて、その姿はまるで子供の仕草そのものであり、とても僕の知る綺羅星刹那のやる行動ではなかった。


 あまりの出来事に固まる僕に対し、結香は暴れる綺羅星をあやした。

「はいはい、今何か作るから待っててねぇ~♡」

「結香……なんだか綺羅星の口調も仕草も幼い気がするんだけど……?」

「うん。刹那ちゃんが目を覚ましたら子供みたいになっちゃってたの」

「へ?」

「私も最初は戸惑ったけど、でも今の刹那ちゃん、ものすごく可愛いんだよ! ご飯も食べさせてあげないといけないし、ちょっとトイレに行っただけで泣いちゃうしで本当に行動が幼くて……♡」


 おい、それ俗に言う幼児退行ってやつじゃないのか?


 いや、見た感じ、その感情は突発的なものだ。なんの考えもなく、ただ思うがままに感情を出しているように見える。


 これは綺羅星のメインの人格が心の奥底に沈んでしまったため、感情のみが自動で吐き出されている状況なのだろうか?


 本気で病院まで連れていこうか考える僕の顔に突然、衝撃が走った。

 足下を見渡すと、近くに落ちていたのは先ほど綺羅星が読んでいた絵本。

 そして綺羅星は僕を睨み付けていた。

 

 間違いない。綺羅星が僕の顔面に絵本を投げてきたのだ。


「てめぇ、何しやがる……」

「あんた、きらい」

 

 ほほう……こんな状況になっても僕のことが嫌いらしい。

 身体に染みついた因縁というのは、忘れられないようだ。


「こら! 駄目でしょ、刹那ちゃん! 人に物を投げちゃ!」


 台所で調理をしたいたエプロン姿の結香が飛んできた。

 その姿は……うん、これはこれでそそる物がある。

 

 キッとした強い目で刹那の顔をのぞき込む結香。

 それは今までに見たことのない光景だった。


「でも……こいつ、きらい」

「それで物を投げていい理由にはなりません」

「ううっ……」

「それに七芽くんは刹那ちゃんの為に、今一生懸命頑張ってるんだよ? だからそんな酷いことしちゃだめ」

「……わかった」


 その光景は母親と娘そのものであり、時に綺羅星が本当の子供かと錯覚してしまう。


「まあ、嫌いなら嫌いでいいよ。それなら僕はもうこれで帰るから」

「え? ご飯食べてかないの?」

「綺羅星がこう言うのならしょうがないだろ? それに今は少しでも綺羅星のストレスになるような行為は避けた方がいいしな」


 そう言って立ち上がり帰ろうとすると、ズボンの裾が引っ張られた。

 今日で二度目である。服を引っ張られるのは。

 

 足下を見ると、そこには僕のズボンを左手で引っ張る綺羅星がいた。 

「いかないで……」

「僕のことが嫌いなんじゃないのかよ」

「きらい……だけど、いやじゃない」

「なんだよそりゃ……違いが分かんねぇよ……」

「や! いかないで!」

「だそうですよ? お父さん?♡」

「こんな娘、願い下げだよ」

 

 溜息を一つ吐いて、綺羅星と同じ目線に立つため、腰を下ろす。

 だが綺羅星は首を横に向かせて、目を合わせてくれない。ただただ服だけを掴んだままだ。


「……分かったよ。何処にも行かないから、安心しろ」

「……やっぱりきらい、あんた」

「お? やんのかこいつ? 幼児退行起こしたからって容赦しないぞ、こら」

「大人げないよ、七芽くん……」


 結局、綺羅星は僕を離してはくれず、結香の作った夕食を食べて、リビングに布団をひいて、綺羅星を真ん中にして三人川の字で寝ることとなった。

 もちろん両親には事前に連絡し、抜かりはない。


 綺羅星は早々に寝息を立て始めた。


 それを聞き、僕も目蓋が重くなっていく。

 今日は朝から長距離移動に、説得、硝子さんとの一悶着があったおかげで疲れた。

 もう少しで眠りに入る――直前、結香から声が聞こえた。


「七芽くん、まだ起きてる?」

「ふがっ!? あ、ああ……」

「あ、寝てたならごめん……明日にするね」

「いや別にいいよ、どうしたんだ?」


 気になって眠れなくなるだろうが。


「刹那ちゃんを助けられそう?」

「助けるさ。このままって訳にもいかないだろ?」

「そうだけど……七芽くん、なんだか疲れてるみたいだったから気になって……ね」


 相も変わらず僕の表情を読み取るのが得意だと感心してしまう。

 でもここで弱音を吐くわけにはいかない。


「明日もう一回粘ってみるよ。解決の糸口はどうにか見えたからな。だから申し訳ないんだけど、明日も綺羅星のこと……」

「任せて、元々そのつもりだから」

「悪いな、二日も学校休ませて」

「お互い様だよ」


 僕らは悪戯をしている子供のように笑う。


「でも、無理だけはしないでね? 七芽くんが倒れることになんてなったら私……」

「その時は、結香にいっぱい課金してもらうさ」

「ふふっ、ならベッドの上でしてあげるね♡」


 結香は微かに笑い、その後に寝息が聞こえてきた。

 結香も相当に疲れたのだろう。小さい子供の相手をしていたようだからな。


 僕は隣で眠る、大人のように見えて、今は何処か幼さを出す綺羅星の顔を見る。

 こうやって近くで眠っているのにもかかわらず、彼女の心は依然遠い。

 

 現実を切り離し、心の壁を厚くして内面世界に閉じこもってしまった綺羅星は、今の僕らにはあまりにも手が届かなかった。


「待ってろよ、綺羅星。必ずそこから出してやるからな」


 届きもしない言葉は夜闇に消え、僕もまた眠りに就くのだった。

 

 あしたの戦いに備えて――。

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