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16.メインイベント:【かつての親友】

 月曜日。

 僕は、今年に入って何度目かとなる仮病の電話をかけた。

 電話に出たのは担任。

 そこで事情を説明したが、こうも休みが多いと流石に怪しく感じたのか、担任が聞いてきた――まさか、仮病じゃないよな?――と。


「いや、本当に僕身体が弱いんですよ、本当。げほげほっ」


 それで誤魔化せたとは到底思わなかったけど、担任は――もうそろそろヤバいからな――とだけ忠告してきただけで、電話を切ってくれた。正直、助かった。


 スマホの電話画面が消えると、次に電車の乗り換え案内を見ることが出来るアプリを立ち上げる。


 目的地を入れる欄に入力した場所は――『埼玉』。

 今日、僕が目指す場所はそこだった。



◇◇◇



 千葉から埼玉までは約一時間。

 だから別に放課後から向かっても、今日中には帰れる。

 観光ならそれでもいい――でも今回は違う。

 むしろ放課後に行っては間に合わないのだ。

 だから学校を休む必要があった。


「さーて、どこで時間潰そうかね」


 僕が辿り着いたのは、埼玉のとある高校。

 既に授業が始まっている時間であり、辺りは静かだ。


 目的の時刻まではまだかなりの余裕がある。

 それまでの時間潰しをどうしようか考え、周りをうろつくと、個人経営の喫茶店が学校の近くにあった。

 

 喫茶店とはまた都合がいい。

 なんせどう見ても未成年な人間が平日にもかかわらず、普通の娯楽施設などを利用しては怪しまれてしまい、警察を呼ばれかねない。

 それに比べて、喫茶店なら飲み物数杯で長居できるし、個人経営ならば不審がられて通報される心配も少ない。


 賭けではあるが、散歩していて通報されるよりマシだ。

 意を決して店の扉を開けると、上に付いた小さな鐘がカラカラと鳴り響き、カウンターにいた白髭を生やした店の主人らしき人物がこちらを見て言った――いらっしゃいませ――と。

 僕はそこら辺の席に座り、適当に飲み物を注文した。






「そろそろか……」


 本日五杯目のココアを飲みきって、僕は席を立ち上がる。

 時刻は十五時半。そろそろあの例の高校も放課後を迎えたはずだ。

 

 会計もあの白髭を生やした店主がしてくれた。

 年齢故か、おぼつかず、少し震えた手の中で、何度もおつりの小銭を指さしで数えてから僕に渡した。


「長居してたのは、何か目的があったからか?」


 そのまま出ようとした時――急に声が掛けられた。白髭の店主さんだ。

 突然の質問に戸惑うが、ここで詰まっても怪しまれるため、既にある答えを言葉に出す。


「ええ、ちと友達がやられたので反撃しに来ました」


 店主さんはその回答に満足したかは分からない。一言――ふん――とだけ言うと、興味を無くしたかのように、カウンターに戻ったから。

 

 そして僕も外に出た。

 空を見上げるとあいにくの曇り空。

 僕はそれを見て、シチュエーションの悪さに苦笑いを浮かべた。



◇◇◇



 例の高校の校門が見える位置で、僕は物陰に入って身を隠しながら出てくる学生たちをみる。

 ある人物を探して。ただただ待ち続ける。

 その時間は思いのほか長かった。いやある意味では予想通りでもあった。


 待って二時間後、目的の人物が、もう一人の人間を引き連れて校舎から出てきたのが見えた。

 嬉しそうに何かを話しているのだろう。ご自慢のツインテールが身体を動かすたびに騒がしく上下する。

 それを確認して、僕は物陰から出て、その人物の前に立ちはだかる。


「でさ! ……あ、あんたは……っ!」

「よう、昨日ぶりだな。暴言女」


 そうだ。彼女は昨日綺羅星に散々文句を言って、あげく勝ち逃げのごとく去っていった、例の制服姿の女の子だ。

 彼女は僕を見るやいなや、驚きと疑問を持った表情でまじまじと見てくる。


「どうしてここが……」

「昨日の自分の格好を思い出せよ。制服の特定なんて別に難しくもなんともない」


 くっ! と彼女が唇を噛む。

 僕が指摘した通り、今も昨日見た制服を着ていて、肩には、大きなぬいぐるみのキーホルダーやアクセサリーを付けた学生カバンを提げていた。


「昨日は散々に言ってくれたな。おかげでうちの学校のカリスマモデルが不登校になっちまったじゃねえかよ、どうしてくれる」

「何しに来たのよ……まさか私に仕返ししに来たわけ……?」

「そうしてやりたいのはやまやまだが、今回の目的は別にある――あんたが、高音奏、だな」 

「……あなたは」


 綺麗な声で言葉は奏でられた。

 声を出した彼女は、呆然とツインテールの少女の隣に立っている。虚ろな目をしてショートヘアの黒髪を顎下まで伸ばした少女――彼女こそ、高音奏。


 事前にネットの動画サイトなどで見た、昔の彼女とは打って変わって、表情が暗い。

 精気は感じられず、どこか人形じみてすらいる。


 持っていた学生カバンには、今の彼女のイメージとは程遠い、大量のキーホルダーが付いていたが、どれもこれもツインテール少女と同じ物のため、多分おそろいで付けているだけだろう。

 唯一違うとすれば、奥に光る光り物のキーホルダーが付いていただけだ。


「僕の名前は無生七芽。綺羅星刹那の友人だ」

「せっちゃん? ……加保、どういうこと?」

「え、えっとそれは……」

「綺羅星は昨日そいつに過去のことで責められたんだよ。奏の人生を滅茶苦茶にしたのはお前だって怒ってな」

「昨日途中でいなくなったのはそれ……?」

「えっと……うん……」


 先ほどまで敵意増し増しだった加保は、静かに萎んでいく。

 どうやら奏は昨日のことを知らなかったようだ。静かな怒気のようなものを、加保に浴びせている。

 だがそれもすぐさま切り替えて、僕の方に首を向ける。生きているのか分からない顔が、僕を見る。


「それで……私に用事って、なに?」

「綺羅星と話してくれ」

「いや」

「頼む」

「っ」


 奏が息を飲んだ音が聞こえた。

 そう、聞こえただけだ、見てない。

 僕はアスファルトの地面に頭を付けていたから。いわば土下座をしていたのだ。学校の前で女子高校生二人に。


「許せない気持ちなのは分かる。でも今の綺羅星はすごく危険な状況なんだ。いつ心が壊れるか分からない。でも僕らの声なんて届きはしない、どうしようもない。でも唯一あいつの心と繋がれるとすれば――それはあんたしかいない」

「繋がる? 何訳の分かんないこと言って――!」

「少し黙ってて加保」

「っ、分かったわよ……」


 奏の呼吸音だけが鮮明に聞こえる。

 何かを思案するような、何処か間の開いた呼吸を。


「無生さん、よく聞いて。私はもう、あの子と関わる気はない。あの子がどうなろうと知ったことじゃない。例え自殺したとしても」

「っ!」


 最後の希望に淡い期待を持った僕だったが、それはいとも簡単に打ち砕かれた。


「だから帰って頂戴。あの人がどうなろうと、私はもう興味がないから」


 なんの感情も入っていない言葉が、脳に刺さる。

 高音奏はもう綺羅星には興味がない。つまり彼女に何を言っても無駄であり、最後の手段を失ったのだ。 

 

 それは絶望的宣告であり、僕の心を折るには十分と言える一言だった。


 過ぎ去っていく足音。周りでは他の学生たちの嘲笑するかのような声が耳に入り込んでいる。

 だが今はもう何も考えられなかった。

 僕は綺羅星を救う手段を失い、ただ絶望感に打ちひしがれるだけだった。


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