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15.幼き怪物

 綺羅星が高音奏を殺した――。

 そのあまりにも衝撃な一言は僕の耳から離れない。


「あんたの所為で奏の人生はめちゃくちゃよ! あんなに好きだった歌も歌えなくなって……性格が変わるくらいの心の傷を受けたのに……なのにあんたは仕事も上手くいってて、彼氏なんか作ってのうのうと生きてる……それが何より許せない……っ!」

「ま、待てよ! どういうことだ、綺羅星にとって高音奏は大切な友達だったはずだぞ!」

「はぁ? あんたもしかしてそうやって自分の都合のいいように、話を作り変えてるの? ……本当虫唾が走るわ……そこまでして自分を正当化するのね……なら教えてやるわよ。あんたの彼女の正体が一体何なのかを!」

「やめてっ!」


 綺羅星は何かに怯えるように身体を震わせて、顔を白くさせていく。

 だがそれは却って、目の前にいる少女の加虐思考を刺激したようで、歪んだ笑み浮かべた。


「そうよ……あんたの顔がそんな風に脆く崩れる様をずっと見たかった……! 聞きなさい! そいつは、他人の才能を奪い取る怪物だったのよ!」

「違うっ!!」


 悲鳴にすら近い声が、公園に響き渡った。

 綺羅星は言い訳しながら懇願する、弱々しい子供のようだ。


「私は……あの子と一緒に……歌を歌いたかっただけなのよ……友達になりたかっただけで……そんなつもりじゃ……っ」

「聞いて呆れるわ……あんたが奏の技術全てを奪ったから、奏の仕事はなくなった。用済みになった。どんなことでも出来るあんたがいたから……! 本当に情け容赦がないわよね、天才様は。凡人からですら、唯一といえる才能を奪い取るんだから!」

「あっ……あぁ……」


 今までの謎がようやく解けた気がする。

 

 どうして、あんなにも物事の上達が早かったのか?

 どうして、結香と本当に友達になれなかったのか?

 どうして、歌を歌うことを必死にさけていたのか?


 解答――答え。

 それは綺羅星刹那があまりにも『天才』すぎたからだ。

 彼女はその何でも出来てしまう万能性により、他人の才能を全て真似できてしまう。


 だから僕にゲームで勝てたんだ――天才だから。

 だから結香と深い関係を築くことが出来なかった――結香の才能を奪ってしまうから。

 だから歌を歌うことが出来なかった――それはかつての友人から奪ってしまった物だから。


 綺羅星は、『自分では何も頑張らず、他人にばかり寄りかかる寄生虫みたいな人間』が嫌いだと言っていた。


 初めて聞いた時は、彼女が嫌う本来の意味をはき違えていた。

 そういう人間に会ったから嫌いになったと錯覚していた。

 でも違う――あれは、過去の自分に対しての自己嫌悪から生まれた感情だったんだ。


「あ……会わせて……奏に……会わせてよぉ……っ」

「無駄よ、奏はもうあんたに会いたがっていない。それはあんたも分かってるでしょうが……っ!」

「そ……そん……な……ぁ」


 崩れゆく綺羅星を、目の前の少女はもう興味を無くしたように、先ほどまで爆発させていた感情を薄れさせていった。

 そしてあまりにも冷静に冷たく、綺羅星に吐き捨てた。


「あんたは一生傷を負ったまま生きるのよ。許されず永遠に苦しむ――それがあんたの背負う罰」


 それだけを言い残すと、奏の親友を名乗る少女は背を向けて僕らから離れていくのを見て、思わず叫んだ。


「おい! 待てよ!」


 だが僕の声を無視して、彼女は遠くなっていく。追いかけようとしたが、後ろから聞こえてくる小さな声を放っておくことは出来なかった。


「違うっ……違うのよ……っ」

「っ、綺羅星、大丈夫か!?」


 綺羅星がしゃがみ込んで、誰かに言い訳するかのように、ひたすらに何かを呟いている。

 その姿は酷く不気味で、いつものクールでトゲのあるカリスマモデルの要素は一つも見当たらなかった。

 そして綺羅星の目を見て確信した――最も最悪な事態に陥ってしまったことに。


 綺羅星の目はもう現実を見てはいない。

 そのぐらい暗く、冷たく、そして生きてはいない。

 心の障壁をこれでもかと分厚くして、世界を拒絶していた。

 だから、近くにいる僕の声すら届いていない……。

 綺羅星は完全に、この世界と関係することをやめてしまったのだ。


「そんなつもりじゃなかったの……私は……ただ奏と一緒にいたくて……奏によろこんでほしかっただけなの……っ」

「大丈夫だ、綺羅星……大丈夫だから……」

 

 虚空を見つめる綺羅星の手を、僕は強く握って声を掛けた続けた。そうでもしないと、彼女が壊れてしまいそうだったから。

 そうしないと、彼女が何処かに消えてしまいそうだったから。



◇◇◇



「悪いな……学校休ませて……」

「ううん……いいよ。でも少し驚いたよ……刹那ちゃんが倒れたっていうから」


 目に微かな隈を作った結香が、少し疲れたように笑った。


 今日はもう月曜日の朝だ。いつもならもうすぐ学校に行く準備をして出かけなくてはならない。

 だがそれは出来ない。やるべきことがあるから。


 昨日の帰りのことは、よく覚えていない。

 うわごとだけを喋る生きた屍と化した綺羅星を、僕はあらゆる手段を使って、どうにかして彼女の家に連れて帰ってきたのだ。

 それでも依然綺羅星が良くなる兆候は見られない。

 だから不安になって、結香を呼んだ。

 二つ返事で来てくれたのは助かった。詳しい理由を話さずに済んだから。

 

 そして僕らは再び、綺羅星邸で一夜を共にした。

 僕も結香もあまり寝られなかったが、綺羅星が寝てくれたのは幸いだった。

 これで何処かへ勝手に行く心配もないだろう。


「それで七芽くんは、これからどうするの?」

「綺羅星を元に戻す。だから後は、頼んだ」

「うん、分かったよ。……そういえばさぁ」

「うん?」


 出かける準備をする僕に、結香は何気なく、こんなことを言ってきた。


「私たちが結婚して子供が出来たら、こんな風になるのかな?」


 綺羅星のお腹を優しく撫でながら、結香は僕を見上げる。

 いつもの甘い絡みのつもりなのか。それとも真面目な質問なのか。寝不足な僕の頭では判断が付かない。

 だから、適当に何か答えた気がするが、記憶にない。

 だけど僕の回答に対して、結香は少し笑い声を混じらせながら、こう答えた。


「すごく、楽しみだよ」、と。

次回はもう少し文字数を増やそうと思います(ただ今ぐらいが丁度いいのかな?)


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