5.緩木結香の課金生活
「ふぁ~あ……眠っ……」
今日も今日とて面倒臭い学校だ。
眩しい朝日に嫌気を感じつつ、僕は学校まで足を動かして行く。
まだ目もしょぼしょぼする中、少し先の公園の入り口に一人で立っている人物が見えた。
何度か手鏡で自分の身なりを確認している、ショートヘアで遠目からでも『可愛い』と分かる女の子。
間違いない、緩木結香だ。
「あ、おはよう! 七芽くん! 一緒に学校に行こう!」
「やだ」
「えー! なんでなの!」
面白い程に仰け反る緩木に、僕は鼻で笑ってしまう。
「なんでだと? 僕と緩木が一緒に登校したら100%質問責めにあうからに決まってるだろうが」
「いいじゃん! むしろ噂されようよ!」
「そうなったら僕は多大なる時間と労力が使うことになるんだぞ? そんな分かりきった浪費、するわけないだろうが」
「むぅー……分かったよ。でも、えい!」
「!」
緩木は突然、僕の左手を握ってきたのだ。
「途中までならいいでしょ? ねっ?」
「……少しだけだからな」
「やった!」
別にこれは僕の信念が揺らいだわけではない。
その証拠に、僕は三歩歩いた後に手を離した。
「ああっ!」
「少しだけって言っただろ? これ以上は誰かに見られるかもしれないからな」
「しょうがないなぁ、それなら今はこれで我慢してあげよう。ふ、ふ、ふっ!」
緩木は先ほどまで僕と握っていた右手を左手で大事そうに包み、安心したように微笑んでいた。
どうやらこれが、彼女の言っていた『好意の課金』ということらしい。
これは先が思いやられるな……油断したらつい心を持っていかれそうになってしまう。
僕は緩木に構わず歩き出すと、緩木も鼻歌を歌いながら僕の隣にへと並んだ。
「……緩木」
「途中までだからさ! そうだ七芽くん、お昼ご飯は一緒に食べない? ほら昨日の空き教室なら、誰かに見られる心配もないでしょ?」
「いや、それはそうだけど……」
「それに、私まだあのゲームに慣れてないから色々と聞きたくて。ええっとなんだってけ? スターなんとかクラリス?」
「『スターダスト☆クライシス』」
「そうそれ! だからどうかな?」
確かに昼食はもちろん僕も食べるし、それなら噂も立つことはないだろう。
僕は少しだけ考えた後、それを了承した。
一人悲しくクラスの端っこで作業的に食べるよりも、可愛い女の子と一緒に食べた方が断然良い。
しかも、僕の好きなゲームの話題を存分に話していいのだ。これほどまでの好条件は他にない。
そしてあわよくば……あの伝説のイベントを体験できるかもしれないのだ。
想いを寄せられている美少女から送られる、伝説の手作り弁当……!
僕は今日、神話の当事者となるかもしれないッ!!
そんな期待を胸に、僕と緩木と一緒に途中まで登校することにした。
◇◇◇
学校に着いてからの僕らの関係は、『クラスメイト以上、知り合い未満』という状態を通していた。
というよりも、僕が緩木に言ってそうしてもらったのだ。
理由は先ほどの経緯と同じく目立たないため。
緩木もそれを守ってくれているようで、クラスで直接僕に話しかけるなどのアプローチはしてこない。
だから休み時間中は、僕は相変わらずスマホを触り、緩木はイケイケな他のクラスメイトたちと一緒に喋っていた。
だが一限目が終わり、スマホをいじってネット情報などを確認している最中、連絡用アプリにメッセージが届いた。
アドレスは、昨日緩木からしつこく聞かれて渋々答えてたのだ。
画面には『七芽くん、暇だったらお話しよう?』という文面が書かれている。
緩木の方向を見ると、綺羅星刹那や他の生徒たちと喋りつつ、後ろで組む手でスマートフォンの画面を操作していた。
よくあの状態で文字を打てる物だな……。
いや、あれだと例え文字を打ては出来ても、僕の返信を見ることは出来ないだろうが。
そう考えていると、また緩木からメッセージが送られてきた。
『大丈夫だよ。七芽くんの顔が見れれば十分だから』
どういう意味だ?
そう疑問に思っていると、再びメッセージが飛んできた。
『私、七芽くんのその眠そうな顔が好きだよ』
「!」
メッセージはそこで止まらず、連続して緩木からの言葉が次々と送られてくる。
『七芽くんの死んだような瞳が好き』
『七芽くんのゲームになるとキャラが変わることが好き』
『七芽くんの自分を持っているところが好き』
『七芽くんの実は優しいところが大好き』
そんな緩木からの『好き』の言葉の羅列が、次々と送信してきたのだ……!
なんだこれは……!?
嬉し恥ずかしさで顔が歪んでしまいそうになる。
はっ!? まさか!
僕は再び緩木を見ると、したり顔でこちらを見て笑っていた。
緩木お前……僕を褒め殺しにする気だな……!
その策に気づくと、僕はスマホの電波を切って連絡が届かないようにしてやった。
これでもう、緩木からのラブコールは届かない。
ネットを見れないのは少し辛いが、電子書籍でも読むとするか。
そう思っていた矢先、緩木が突然こんなことを言い出したのだ。
「そう言えば私、最近気になる人がいるんだー?」
「!?」
なんだ、今度は何を始めるつもりなんだ……!?
「ええー! 本当? どんな人? 知りたい知りたい!」
「やっぱりモデルの人とか?」
周りにいた女子も恋バナとなっては黙っておらず、すぐさま食いついた。
そして綺羅星刹那もまた興味ありげに、緩木にへと聞いてきた。
「え、誰? 結香の気になる人って?」
「えーっとね、同い年の人なんだけど、自分の信念を持った人なんだ」
「いいわね、ちゃんと自分を持ってる人。私も好きよ」
「うん、それで私には少し冷たいんだけど、でも結局は優しくしてくれる。そんな人で、私とっても大好きなんだ。結婚したいくらい!」
「ぶふぅ!?」
またチラリと僕の方を見て笑ってきた……!
緩木はどうやら様々な方法を使い、僕に好意の言葉を送りつけたいようである。
そして僕の反応を見て楽しんでいるのだ。
だが、僕がいつまでもお前の手の中で踊っていると思うなよ……?
僕は席から立ち上がると、教室の外にへと出た。
これならばもう、緩木のメッセージも声も届く事はない。
これで安心して──、
「あ、私お手洗いに行ってくるね」
「なに!?」
僕は早足で教室を後にすると、その背後から少しずつ緩木が接近して周りに誰もいなくなった付近で隣にへと並んだ。
「何のつもりだ、緩木!? 学校でのアプローチは禁止だっていっただろがっ!」
「だからみんなに分からない形でしたよ?」
「あれだと僕が羞恥心で死にそうになるんだよっ!?」
通常の男子高校生は、女子に褒められるなんて経験を積んではいない。
経験なくしてそれをまともに食らってしまえば、間違いなく嬉し恥ずかしさで死んでしまうことになるだろう。
下手をすれば、好きになってしまいかねない……。
「ふふふっ、どうやら私の『好意の課金』作戦は成功したようだね?」
「くっ! 次やってみろ! 僕は一切、緩木とは関わらないからな! お昼ご飯も無しだ!」
「分かったよー、でもたまにラブコールを送るくらいは許してよね? うふふふっ!」
緩木は含んだ笑いをして、一人教室にへと戻っていった。
◇◇◇
「えっと、それで、このキャラクターが……えーと……」
「スターダストブラスターだよ。このゲームのメインキャラクターだぞ?」
「そうそう! スターダストブラスターだね! 覚えたよ。それでこれが行動カードと。ふぁ~」
緩木はあくびをした後、箸で掴んだ卵焼きを口に運び、机に置いたスマートフォンを再び指で操作した。起動しているのはもちろん『スターダスト☆クライシス』。
ホーム画面から、キャラクター図鑑や操作方法を開いて閲覧している。
それを見守りつつ、僕は買ってきたコロッケパンを口にへと入れ、コーヒー牛乳で流し込んだ。
現在は昼休みであり、僕らは約束通り空き教室にて二人だけで昼食を食べていた。
空き教室の付近はいつだって人通りが少ないため、まさに姿を隠すには絶好の場所である。まさか学校の奥地にこんなマル秘スポットが隠されているとは知らなかった。
ちなみに前述したとおり、緩木は持ってきた弁当を食べ、僕は買ってきたコロッケパンをコーヒー牛乳で流し込んでいる。
緩木からの手作り弁当は残念ながらなく。どうやら、まだ僕は神話の当事者となることは無理のようだった。
緩木に一口だけもらおうとも考えたが、それは緩木に主導権を握られてしまうことに繋がると考えて、僕は恨めしそうに緩木の弁当を見つつコロッケパンをかじる。
くそ……なんだよ。
僕が好きっていうのなら、一口くらい『どうぞ』って言ってくれてもいいじゃないか……。
「ん? どうしたの七芽くん、そんなに私のこと見て? あ、もしかして私のことが気になってきたとか?」
「レベル上がるの早くね? てか、序盤で強いキャラ出し過ぎててむかつくって思ってた」
「ひどくないっ!?」
そう、緩木は昨夜確認したときは、確かプレイヤーレベル5だったはずだが、現在は15まで上がっている。
経験値に関しては、課金出来る類いのものではないため、単純に時間をかけてプレイするしかないのだが。僕が寝た後もずっとプレイし続けたのだろうか?
だが、もっと気になるのは緩木が現在所持しているキャラクターである。
「どうして序盤からそんなに星5キャラクターが揃ってるんだよ?」
そう、彼女の現在の編成の6分の4は星5キャラクターなのだ。
いくら興味のない人間の方がガチャではレアが出やすいという法則があれど、限度がある。
「ちょっとだけ課金して頑張ったんだー。私、結構倹約家なんだよ? 奥さんにするのにピッタリでしょ?」
「……その課金は、緩木がしたかったから課金したのか?」
「ええ? うん、まあそうだけど?」
「そうか、ならいい」
緩木が選んでした課金なら、僕は何も言うことはない。
「よし! 大体覚えたよ! これで少しは七芽くんと話せる話題ができたかな?」
「そうだな。まあ、また何か分からない事があれば教えるよ。昼休み限定だけどな」
「分かった、メモしておくね! そう言えばこのゲーム、どういうお話なの?」
「うぷっ……緩木、まさかストーリーを全スキップしたのか?」
「え、う、うん……早くゲームを始めたかったし、『スキップ』てボタンもあったから……」
「貴様正気か?」
今度は直接言ってしまった。
だが言わざるを得ない。何せ『スターダスト☆クライシス』の本質は、ストーリーにあるのだから!(※個人の意見です)
「確かに序盤は世界観説明があるから少し長いかもしれないけど、それでもストーリーが面白いからキャラクターたちがより一層魅力的に見えてくるんだよ! だからみんなが必死にガチャを回すんだ! それを飛ばしただって……? 笑止千万ッ!」
「ううっ……ごめんなさい……ちょっと焦りすぎました……」
全くしょうがないなぁ~。ここは僕が解説するしかなさそうだな~!
本当、いや面倒臭いけど、説明しなくてはいけないだろう~、そうしないとゲームを楽しめないからな~、うん!
「よーし! それじゃあざっくり説明していくぞ!
この『スターダスト☆クライシス』は、『スターダスト鉱石』と呼ばれる、強力な星の力を秘めた鉱石を巡り戦う物語なんだ!
僕たちプレイヤーは、そのスターダスト鉱石の力を使うキャラクターたちと共に、銀河系全てを救う旅に──すまん、ちょっとトイレに行ってくる」
「あ、うん。分かったよ」
急に来た尿意に、僕は席を立った。多分コーヒー牛乳の飲み過ぎからだろう。
僕は早足でトイレを目指した。
◇◇◇
「ふぅー、間に合った間に合った……」
「ちょっと待ちなさいよ」
「ん?」
僕の真横にある階段を見ると、上から僕を見下ろす一つの影があった。
外からの逆光で顔は見えないが、その声とシルエットには覚えがある。
それは、僕のクラスのもう一人の星5SSR美少女、綺羅星刹那だった。
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