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11.メインイベント:【綺羅星刹那の居場所】

「ちょいとタイム。トイレ行きたいんだが?」

 タイムボタンを押して、テレビのゲーム画面を止め、僕は手を上げた。

 昼食を食べてから時間が経っているので、尿意が襲ってきのだ。


「口で説明するのも面倒だから案内するわよ。ちょっと待ってて、結香」

「はいはーい! ごゆっくりー」


 可愛らしく敬礼を決めた結香に見送られて、綺羅星の後ろに付いて薄暗い廊下を歩いて行く。

 いくつかの通路を曲がり、いくつもの部屋を通り過ぎていくが、相変わらず通路には何もなく殺風景だ。


「にしても、リビング以外は物って置いてないんだな」

「私一人しか住んでないからそんなに多くはいらないのよ。リビングの家具だって、全部両親が置いていった物ばかりだし」

「寂しくないのか?」

「そう感じられるほど両親と一緒にいたことないから、別になんとも思わないわよ」

「ふーん……」

「ほら、あそこがトイレだから」


 綺羅星が指した先には、二つ扉の並んでいた。


「どっちも使ってもいいから」

「どっちも……? え、トイレ二つあるの?」

「なにかおかしい?」


 綺羅星はさも当然とばかりに答えやがった。流石金持ちだわぁ……。


「それじゃ先に戻ってるから」

「おう、速攻でタンク空にしてくるぜ」

「ふん!」

「ぎゃ!? こんな時に蹴るなよ!? 漏れるだろうが!!」

「バカなこと言ってないで、寄り道せずとっとと帰ってきなさいよ」

  

 そう言い残し、綺羅星はリビングに帰っていった。

 僕の足には、そんな彼女の残した痛みがじんじんと残っているのだった。

 



 


「迷った……」


 まさかのまさかである。まさか家の中で迷うなんて言う、子供みたいな経験をこの年になってするとは思いもよらなかった。

 通路は目印になるものもないため、余計に戻る道が分からない。

 こんなことなら、綺羅星と話なんてせず、ちゃんとルートを覚えておくんだったと後悔したが、後の祭りだ。

 

 スマホも置いてきてしまったし、さてどうしよう。

 少し考えたが、こうなった以上とりあえず歩いてみることにした。

 迷宮でもないんだし、家の中なんだから、いつかはリビングに辿り付けるだろう。


「にしても、相変わらず何もない廊下だな、扉ばっか……。昔のアドベンチャーゲームみたいだな」


 ファミコンで出てた探偵物に出てきそうな廊下だ。

 それくらいに、あまりにも無機質すぎた。


 この家全体に言えることだが、先ほどいたリビング以外、どこにも個性というものが見当たらない。リビングはまだ人が住んでいる感じがしたが、あそこ以外はどこもかしこも生活感がなかった。


 まるで大きなモデルルームの中を歩いているような、そんな錯覚に襲われてしまう。

 それが余計に、僕の帰り道を迷わせ、混乱させた。


 すると、扉の空いた一つの部屋が見えた。

 一応閉めておくか。なんて軽い気持ちで近づくと、その部屋の中には見覚えのある物があった。


 綺羅星の持っていた学生カバンが椅子の上に置いてあったのだ。

 と言うことは、ここは綺羅星の部屋だろうか?

 

 ……ちょっと気になるな。

 うん。ちょっとだけ、ちょっだけ覗かせてもらおう。

 綺羅星も僕の部屋を見たのだし、ただ見るだけならば問題ないはずだ。

 それに僕と綺羅星は仮にも、偽りとはいえ恋人関係ごっこの真っ最中! 

 ならば、彼女のことを知るにもいい機会だろう!

 ふふふ……! 綺羅星刹那! 貴様の一面、とくと見させてもらうぞ!


 さーて、一体何があるのやら!

 可愛い抱き枕かな? 

 それとも意外にもアイドルのポスターでも貼ってるのだろうか? 

 何にしてもこれで少しは、あいつに対抗する手段が増えるってものだ!


 勢いよく扉を開けて――――そして僕は恐怖した。


「なっ……あぁ……あぁああああぁあああぁぁああ……っ!」


 なんだよ……これは……なんなんだこれは……っ!?


 僕が目にした光景。

 それは部屋一面に広がった――圧倒的なまでの無だった。


 いや正確に言えば、部屋には数点の家具だけが置かれているが、そのどれもが無機質であり、温かみがない。全くと言っていいほど、綺羅星の個性を感じられなかったのだ。

 机と椅子は木で出来た質素なものであり、ベットもどこにでもあるような、好き嫌い関係なく寝るためだけにただ置かれた、そんな最低限度の機能だけを求めたようなイメージしかわかない。


 シンプルだと言えばそうなのかもしれない。だが、この空気感は明らかにそれとは違う。

 これは人が生活をしている空間から感じられるものじゃない。最も近い物をあげるとするならば――棺桶。


 そんな部屋一杯の棺桶を見て、僕はとても正気を保ていられなかった。 


「嘘だろ……嘘だよな……? ここはただ使われてないだけで、たまたま綺羅星のカバンが置いてあっただけなんだよな……!?」


 精神を保ち続ける為、言葉を並べる。ただただ、口から思いついた考えを吐き出す。

 そうじゃないと、この空間に飲み込まれてしまう。

 この圧倒的なまでの無に押し潰されてしまい、発狂してしまう。

 だが同時に頭の中で、今までこの家見て感じたことや、違和感が証拠となって、伏線となって、僕を襲ってくる。


 こんな場所で生活をして、人は正気を保ってなんていられるはずがない。生活しているのなら絶対に部屋のどこかに、必ず個性が表れるはずなんだ。

 汚れや埃、ゴミから、ちょっとした小物まで、そんな微かな人間性が表れるはずなんだ……だから……ここは違うんだ……。


「あんた、そんなところにしゃがみ込んで何してるのよ?」

「っ、き、きら……ぼしぃ……?」

 

 後ろを振り返ると、綺羅星が珍しく眉をひそめて、心配そうな顔で僕を見ていた。

 あまりの衝撃に、僕はいつの間にか膝をついていたらしい。

 だが今はそんなことはどうでもいい。


 早く、早く否定してほしかった。

 でないと、僕がおかしくなってしまうから。


 否定してくれ綺羅星、この部屋がお前の部屋じゃないって証明してくれ!

 罵倒しても、蔑まれても、蹴ってきても、何をしてくれても構わないから! だから言ってくれ、ここはただの物置なんだって!

 

 救いを求めるかのように跪く僕に、綺羅星は優しくこう言った。


「私の部屋なんか見て」


 その瞬間、僕は絶叫した。

今日は間に合ったぜ(汗だく)


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