3.イベント:【繋がれない友達】
夕方六時を回ったこともあり、既に綺羅星は僕の家からいなくなっていた。
「さて、刹那ちゃんも帰っちゃったことだし、七芽くん、ちょっとそこに座ってください」
結香は僕の部屋の床に正座して、床面を叩き、座るように促してきた。
「はぁ、なんでだよ? てか、結香も帰れよ。外も大分暗いぞ」
「いいから」
「ははぁーん、さてはまた僕に抱きつこうって魂胆だな? その手には乗らな――」
「七芽くん、ちょっと真面目なお話です」
結香は珍しく僕に対して、厳しい目線を向けてきた。
その光景は、今から説教してくる母親のようだ。
ええぇ……僕、怒られることでもしたかな?
一応、綺羅星のセクハラ疑惑は解消したはずなんだけど。
不安を抱きつつ、結香と向かい合うように正座で座る。理由は、まあなんとなく。場の雰囲気的にだ。
「な、なんだよ……どうしたんだよ?」
「ちょっと七芽くんにお願いしたいことがあるの
「お願いだって……?」
あの結香が僕にお願いとは、なんとも珍しい。
普段の彼女は常に僕に与え続ける立場であり、欲したりする行為は、僕の好意以外では滅多に求めてこない。
結香のそのお願いの予想が付かず身構える僕に対し、結香は一度呼吸を整えてから、僕を見た。
それは例の、本音を語る彼女の瞳をしていた。
「お願い七芽くん。刹那ちゃんを助けてあげて」
「綺羅星を……助ける、だって? それは一体……どういう意味だよ……?」
言っている意味が分からない。それが正直な感想だった。
綺羅星の一体何を助けると言うのだ? あの才色兼備で皆から好かれる人生勝ち組カリスマモデルの、一体何処に助ける要素があるというのだろうか。僕にはさっぱり分からなかった。
答えを求めるように結香を見つめていると、彼女は少し困ったようにして、手を動かしながら説明しだした。
「刹那ちゃんはね……誰かと繋がることが出来ないの。えっと……なんて言えばいいのかな……あのね、私と刹那ちゃんは友達なんだけど、でも通じ合っていないの」
なんとも抽象的な例えである。
だが僕は結香が言いたいことが何となく理解出来ていた。
それはきっと先ほど刹那が言っていた、信頼関係の繋がりという話のことだろう。
「でも助けるてなんだよ? 通じ合っていないことに、何か問題でもあるのか?」
心が通じ合っていないという話は、よく聞く悩みの一つだ。
他人とわかり合えあえない。相手の心が読めない。と、色々あるが、果たしてそれはそんなに問題のあることだろうか?
そんなにみんな、誰かと深い関係になって仲良くなっているだろうか? いいや、なってなどいない。
そんなのごく一部だ。砂粒レベルの奇跡に等しい。
むしろ大半の人間とは、心など通じ合ってなんていない。通じ合えるはずがない。
それが他人だから――。
それが個人だから――。
それが自分だから――。
それが人間だから――。
それでも、人と人は関係を持つことができる。仲良くなれることができる。
互いに理解しあおうとすれば。
現に綺羅星だって、トップカリスマモデルとして活躍し、クラスでも多くの生徒達と打ち解けている。
一般生活を送る上では、何一つ不自由していないのだ。
ならばそれだけでいいのではないだろうか?
そこに助ける要素などあるのだろうか?
「ううん、違うの七芽くん。
それは私たちが、他の誰かと繋がれているから言えることなんだよ。
でも、刹那ちゃんに関しては違う。もっと深刻なの。
刹那ちゃんは今まで、誰一人として心の繋がりを感じた人がいないの」
「誰一人だって……? そんな大げさな……流石に両親とかはいるだろうが?」
「刹那ちゃんの家庭は複雑なんだよ……。幼い頃から、ご両親は二人とも海外に行ってて殆ど構ってもらえなかった。そして今も、刹那ちゃんは広いお家でただ一人、たった一人で暮らしているの。誰とも繋がることができず、心が孤独なまま……」
なんだよ……その漫画みたいな設定は……。
どこまでキャラを盛り合わせれば気が済むのだよ、あのカリスマモデルは……。
軽くリアリティーラインをオーバーしてるじゃねぇか……!
「前に遊園地に行った時のこと覚えてる? ほら、観覧車に乗った時の。実はあの後、私刹那ちゃんのお家に行ってたんだ……。住所は大分前に教えてもらってたから……」
ああ。確か綺羅星が珍しく僕にメッセージを送ってきて『ああ! 窓に! 窓に!』と書き込んだあの時か。
やっぱりあれ結香さんが原因だったのね。
「あの時は七芽くんとの関係を邪魔されたくなかったから、どうしてそんなに邪魔してくるのか聞いてみたんだ。そしたら刹那ちゃん、泣きながら私にその理由を聞かせてくれたの……」
うん、シリアスなシーンの途中で悪いんだけど、泣いてた原因は結香さんにもあるんじゃないかな? 多分。
あのメッセージ的にもそうだと思うんだけど。
「刹那ちゃんは、昔子役をしてたらしいの。でもその時に仲の良かった友達がその……才能を枯らされちゃったらしくて、その後、芸能界からいなくなっちゃったんだって。それがトラウマで、だから私にもそうなってほしくないって……そう言ってた……」
なるほど。僕を嫌っていた理由はやっぱり人間の黒い一面を見過ぎたからなんだろう。
でもだからといって、僕をあそこまで毛嫌いするのはどうだろうか? まあ、大切な友達だから仕方ないか。
「家庭とトラウマ。その両方が合わさって、刹那ちゃんは誰とも繋がれずに今まで生きてきたの。どんな人間も上辺だけ。刹那ちゃんの周りには人がたくさんいるのに、心はいつも一人ぼっちの孤独なまま――それが、今の刹那ちゃんの状況なの」
僕は深く息を吐き、結香の話を整理する。
今まで誰とも深い関係になれなかった結果、上辺だけの関係性しか作れなくなったというわけか。
なるほどな。綺羅星の『繋がりの秘密』て言葉の意味がよく分かった。
これは思った以上に、厄介なお願いごとになりそうだ。
「経験がないからどうすれば人と繋がれるのか分からない。しかも過去のトラウマが壁になって、大切な友達だろうが深い関係にはなれないってわけか」
なんとも面倒な。もうカウンセラーにでも見てもらった方がいいんじゃないか?
どうして僕の周りには、こうも問題の度合いが深刻過ぎるやつらばかりなんだ。
なんで僕を頼るんだよ。もっと他にどうにかしてくれる人間がいるはずだろう?
「ううん、七芽くん。今回に関して言えば、七芽くん以上に適任な人は他にいないの」
どこが? あんなにも嫌われてるのに。
「私の場合は、刹那ちゃんとあまりにも近すぎる関係にいるから、逆に刹那ちゃんの壁を強くしちゃうかもしれない。より一層、距離が生まれちゃうかもしれない。
他の人も同じ。刹那ちゃんとの心の距離はあまりにも遠すぎて、壁に辿り着くことさえ難しい。
でも、七芽くんは違う。七芽くんはあれだけ刹那ちゃんと言い合いが出来て、それでいて近すぎる関係でもない。まさに理想の距離感なんだよ、二人は」
わーい、なんて嬉しくない事実だろう。
いつの間に僕とあの野郎の距離はそんなに近くなったんだ? おい。
でもそうかよ……僕だけかよ。
「分かったよ……。つまり綺羅星のその壁を叩き壊せるのは、僕以外いないってことだな?」
「そう……」
結香は申し訳なさそうに眉尻を下げて俯く。
まるで自分を責めるかのように、膝に置いた拳を強く握り締めて震えている。
「ごめんね……七芽くん……嫌な役押しつけちゃって……でも助けられるのは七芽くんだけなの……! もしここで助けられなかったら、多分刹那ちゃんはこのまま誰とも繋がれずに、本当に孤独なまま生きていくことになっちゃうの……悲しそうな笑顔を浮かべながらっ!!」
結香の心の叫びは部屋中に響いて反響し、僕の耳に痛いほど伝わってくる。
彼女の目の端には、微かに光る物が見えた。
「私は……そんな辛そうな刹那ちゃんをもう見たくないの……だからお願いだよ……七芽くん……。あの子を助けて……七芽くんが刹那ちゃんに課金した分は、全部私が穴埋めするから……だからお願いだよ……っ!」
「……それは結香の勝手な決めつけじゃないのか? 人の人生の行く末なんて、誰にも分からないだろうが」
疑問でもなく、答えを求めた物でもない。
単純に聞いてみたかったんだ。その問いに結香がなんて答えるのか。
「そうかもね……そうかもしれない。でも、刹那ちゃんが孤独なことは、知っているから。刹那ちゃんは私の大切な友達だから。だから分かるの、心の奥で一人、泣いてるって。
だから私は、そんな刹那ちゃんに手を差しのばしたい。
握りたい。
近づきたい。
助けてあげたい。
寄り添ってあげたい。
一緒にいてあげたい。
ありがた迷惑になるかもしれないけど、これが私の気持ち――刹那ちゃんに対しての想いだから」
そうか。それが結香の答えか。
それなら――、
「分かったよ。今回だけ引き受けてやる」
「っ! 七芽くんならそう言ってくれるって……信じてたよ……!」
「嘘つけよ、さっきまで不安な顔してたじゃねえか」
「ごめんね……ちょっとだけ不安だったから……」
だろうな。通常時の僕なら絶対に引き受けない案件だ。
だが仕方がない。どうやら今回は、僕にしか出来ない案件みたいだしな。
それに、大切な物を守りたいって気持ちは分かるしな。
「その代わり、僕が課金した分はちゃんと補ってもらうからな?」
「うん! 私に出来ることならなんでもしてあげるね!」
「ん? 今何でもするって言ったよね?」
「なんならものすごくえっちなことでもいいよ♡」
「嘘だ嘘冗談だ忘れろおいバカ止めろ! 上 に 覆 い 被 さ っ て く る な ッ!?」
「えー、いいじゃんそろそろ♡ 学校だともう私たちカップルみたいに見られてるらしいしさぁ♡」
「さっきまでのシリアスだった空気を壊すんじゃねぇよ! 台無しじゃねぇか!」
どこぞのシリアスブレイカー狐か、お前は。
あと数センチでキス一歩手前だったが、必死に抵抗して抜け出すことができた。何となくだが、結香と取っ組み合いをしてる間に、抜け出すコツが分かってきたぞ。
「あーあ、今回もお預けかぁー」
結香は口を尖らせながら立ち上がり、部屋の端に置いてあった自分のリュックサックを持ち上げた担いだ。
「それじゃあもう帰るよ、七芽くん。刹那ちゃんのこと、お願いね?」
「分かったよ……。面倒ではあるが、僕も綺羅星には貸しがあるしな。キッチリと返して遺恨がないようにするよ」
曖昧にして、後でとんでもないことを頼まれても洒落にならないからな。
「でもどうしようかなぁ……そもそも僕は、あいつに相当嫌われてるしな……」
どうやってその壁とやらに近づこうか?
いやまずは綺羅星を知るところからか?
う~んう~ん唸る僕に、結香は人差し指を上げて笑顔で言ってきた。
「それなら、こんなのはどうかな?」
◇◇◇
「何よ、話って……」
「昨日の続きだよ」
僕は昼休みに、綺羅星を例の階段に呼び出した。
ここら辺は普段使用頻度の少ない教室が並んでいるため、人通りも少なく、相変わらず他の学生の姿は見えない。
「忘れなさいって言ったでしょうが……」
「まだ借りを返し切れてないからな、最後までやらなくちゃ落ち着かない」
厳密に言えば結香に言われたからなんだが……そのことは伏せておく。
結香が関わっていると知れば、綺羅星は身構えて、壁を厚くしてしまうかも知れない。そうなれば僕である意味がなくなってしまう。
だから今回は、あくまでも僕の意志、僕だけで動いていると思わせる必要がある。
結香との約束を守るため、僕は覚悟を決めて、その言葉を口にした。
「だから綺羅星、僕と付き合ってくれ」
七芽の言葉の真意とは――?
待て次回!
何らかのご意見、ご感想がありましたら、お気軽にお書きください。
また、評価ポイントも付けてくださると、とてもありがたいです。




