4.電子の海のシンデルヤ
[てな話が、今日学校であったわけなんだよ]
[はは、妄想乙]
緩木の告白を受けた後、僕は家にへと帰り、『スターダスト☆クライシス』の素材を頑張っていた。
だが帰りの道中は一人ではなく、途中までずっと緩木が付いてきて僕にひたすら質問責めをしてきたのだ。
あれは中々に堪えた……。
だが今は素材集めも切り上げて、ゲーム内でフレンドとなったプレイヤーと対戦をしている真っ最中だった。
現在話しているのは、僕の数少ない友達の一人であり、チャットまでする程の仲であるプレイヤー『シンデルヤ』。
素性はもちろん不明だが、ネットでも有名な廃課金ユーザーの一人であり、新キャラが追加されるたびに課金しては、出るまで回している様子をSNS上にへとアップしている(もちろん僕は無課金プレイヤーである)。
また時々漫画もアップしていたが、後に連載が決まり、今度『かふぇモカ』名義で単行本を出すことなった漫画家としての肩書きも持つ。
私生活などが分かることは一切書いていないため、どんな人間かは分からないが、見た感じや言葉使いからして多分ニートな兄ちゃんか、おじさんだろう。
まあ素顔などどうでもいい。
とにかく僕とシンデルヤは何となく波長が合うのである。
興味のある話題や、考え方、推しキャラに至るまで話しが合うため、こうやってたまに時間を決めてはチャットをしているのである。
この時間を、僕は何より楽しみにして生きている。
好きな相手と好きなことをして思う存分楽しむ!
そう、僕は人生に無駄な『課金』はしないが、大切だと思うことには思い切り『投資』するのだ。
これこそが、僕の望む無課金人生!
ああ、素晴らしい!
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
僕は上機嫌になりつつ、画面の行動カードを『攻撃』を選択した。
『スターダスト☆クライシス』のゲームシステムは、キャラクターの行動カードを選択して戦う、ターン制のバトルゲーム方式である。
フィールドと呼ばれる場所には現在、僕とシンデルヤのキャラクターが三体ずつ立っており、近未来的なデザインの剣や銃で攻撃しては互いのキャラクターのライフゲージを減らしていく。
行動カードを選択するまでの制限時間は60秒。
だが慣れてしまえば、僕らのように普通に会話をしながら対戦を楽しむこともできるようになる。
スマートフォンなら入力候補も出てくるため尚更だ。
打つたびに、スレッドに並ぶ言葉が下から上へと流れていく。
[これがマジなんだな~]
[いやいや、転校生に初日から告白されるとかあまりにもテンプレすぎだから]
[だからそこが謎なんだよな。なんでその子は僕に告白してきたんだと思う?]
[は? え、何? ジョーカー、マジでその美少女に告白されたわけ?]
[まじまじマジカルスーパーきらら]
[くたばれぇリア充ゥ──ッ!!]
そのコメントの後に、シンデルヤは爆発するスタンプを連打して、僕のキャラクターを攻撃してきた。
ははは、今日もシンデルヤは元気である。
僕はそれを読んでいたため、『全体回復』のカードを既に選択していた。
ちなみに、マジカルスーパーきららは星3Rのキャラクターであり、アイドルな衣服を纏った、マイクを持つかわいらしいキャラクターである。
そして『ジョーカー』とは、僕のプレイヤー名だ。
[え? なに? ジョーカーてそんなイケメンなわけ? ペルソナ出す系?]
[僕は黒縁眼鏡もかけていなければ、あんなオシャンティーじゃない]
例え僕があの世界に入ったとしても、どうせ渋谷のダンジョンで立たされるのがオチである。
[じゃあなんで『ジョーカー』なんて名前にしたわけさ? その名前付けるのイケメンか、こじらせてる人間くらいだけだぜ?]
確かにその意見には同意するが、これは僕の小学校時代のあだ名に由来する。
[僕は昔、『北小学校の切り札』て呼ばれてたからだよ]
[北小学校の切り札wwwwww]
[名前の由来は、僕がババ抜きでジョーカーを引きまくったからだ]
[ちょっwww待ってwww腹痛いwww]
どうやらシンデルヤの笑いのツボに入ってしまったらしく、しばらくはスレッドに笑いを表す「w」ばかりが続いていた。
おっと、僕の選ぶターンだな。行動カードは『攻撃バフ』と。
話しを戻すと、小学校の時に流行っていたトランプ遊びで、僕はババ抜きをするたびにジョーカーを引きまくり、いつも最下位を取っていた。
それで付いたあだ名が『北小学校の切り札』である。
由来を聞けば、全くもってかっこよくない。
えっと『攻撃バフ』と。
このニックネームの系譜も元々は他校から流れてきたものであり、僕の時代には、
超絶美少女、『西小学校の大妖精』。
間違って女子の着替えている教室にへと入ってしまった、『東小学校の勇者』。
歩いた大地は更地に変える、『南小学校の黒台風』。
などとそうそうたる碌でもない面子が並んでいた。
どちらにしろ碌でもない思い出ばかりである。忘れるとしよう。
はい、『攻撃バフ』。
[あー、超草生えた。今日いい夢見れそうだわ]
[そうだな、僕もいい夢見れそうだ]
気づけばお互いに残されたキャラクターは一体ずつ。
シンデルヤのキャラクターはクジャクを思わせる派手な衣服を身に纏った、星5SSRでレベル99のアンドロメダ。
対して僕は、ブレイドの付いた大型の二丁拳銃を持つ、青を基調とした女の子キャラクター。この作品のメインキャラであり、星3Rのスターダストブラスターである。レベルは、アンドロメダと同じく99。
レベルだけで見れば互角だが、レアリティの上では僕の方が劣勢だろ。
だが、攻撃は僕からである──。
僕はすかさず行動カード『攻撃』を選択し、スターダストブラスターが二丁拳銃をぶちかまして、シンデルヤのフィールドにいるアンドロメダを攻撃した。
スターダストブラスターは連射攻撃型のため、一発自体の威力は低い。だがその一発が当たるごとに、満タンだったアンドロメダのライフゲージは大幅に削っていき一瞬にして空となった。
[……はい?]
[まだまだ行くぜ!]
攻撃の途中にライフゲージがなくなってしまったことにより、特殊演出にへと切り替わる。
銃を撃ち終わったスターダストブラスターが飛び上がり、青色のブレイドでアンドロメダをX字に切り裂く──!
そして切られたアンドロメダは爆発、背後には青色で星形の土煙が上がり、『YOU WIN!』の文字が現れた。
これで勝負は決まった。
[はい、これで僕の勝ちだな。金はもらっていくぜ、これでようやくキャラのレベルが上げられる]
『スターダスト☆クライシス』の対戦に勝つと、相手が任意で賭けた金額の報酬が受け取れることができるのだ。
それにプラスして、アイテムや他の物も賭けられるが、僕らはそれを喧嘩の種となるためやってはいない。
だが、金だけでも助かる。上位ランクのキャラクターのレベルを上げるには、素材の他にも莫大なるゲーム内マネーが必要となるのだ。
全く、ゲーム内でまで金、金と言うハメになろうとは。
[はぁー!? ちょ待て待て! なんで!? なんでレベル99のアンドロメダが一発KOされてるんだよ!?]
[お前が笑っている間に、僕は脇でひたすら攻撃バフを振りまくってたからだよ]
そう、僕がシンデルヤにニックネームの由来を言ったのは、相手を油断させるため。あくまで集中力を削ぐためだったが、思いのほか爆笑してくれてよかった。
その隙に僕は星5から星4のレアリティの高いキャラクターを前線にへと出してそちらにへと注意を向けさせて、端に置いたスターダストブラスターにへとひたすら攻撃バフを降り続けていた。
配置も目立たない脇にへと置いていたために、シンデルヤも僕のメインキャラクターにしか目がいかなかったのである。
[おい卑怯だぞ! ジョーカー! もう一度対戦しろ! そしてお前の持つ星5のロイヤルブルースターダストブラスターを賭けろ! てかくれ!]
[やなこった、無課金だけで頑張ってようやく出したんだぞ? 廃課金者は廃課金者らしく頑張って出しな!]
僕はこれ見よがしに、勝利画面で先頭に配置していたロイヤルブルースターダストブラスターを指で押して、彼女を動かした。
ほら! ほら!
可愛いだろ! 僕の星5SSRロイヤルブルースターダストブラスターは!
無課金でひたすら石を溜めて、0.3%という恐ろしく鬼畜なまでの排出率の中、全ての時間や労力を投資してやっとこさ手に入れたキャラクターなんだ!
廃課金勢であるシンデルヤですらまだ持っておらず、フレンドの中でも僕を除いて所持しているユーザーはいない!
[精々頑張って、ガチャを回すことだな! はははっ!]
[くぉおおおおおおおてめぇ!!! これ見よがしに使いやがってぇ!!! 次のピックアップガチャがくれば俺だって全財産投げてやるよ!]
[バカな考えはしない方がいいぞ?]
[できらぁ!]
いや、それは本当に止めた方がいいと思うよ? マジで。
そういえばシンデルヤと対戦をして、もう随分と時間が経つ気がする。スマホの時刻を見ると、夜中の1時を回っていた。
明日も学校だし、流石にもう寝た方がいいだろう。
[それじゃあ僕はこれでもう寝るとするよ。明日も早いしな]
[乙乙ー、次は覚えてろよ☆]
[おお、また有り金を貯めておくことだな]
シンデルヤとの連絡を終え、ゲームを終了しようとしたその時、フレンド申請を求めるアイコンが現れた。
「もう僕のフレンド一覧、一杯一杯なんだけどな……」
低レベルプレイヤーだったらよほどのことがない限り切ろうっと、申し訳ないけど。
そう思い見た開くと、出てきたプレイヤーレベルは5。
僕はそれを確認した後、フレンド申請を拒否しようとしたが、ユーザー名を見て手が止まった。
そこには、『結香』という名前が刻まれていたのである。
「……まさか」
試しにフレンド申請を承認してみると、すぐさまチャットルームにへと誘われた。
入ってみると、開口一番に向こうからメッセージが届いた。
[やっほー! ジョーカーくん改め、七芽くんこんばんわー!]
[人違いです]
[誤魔化しても無駄だよ? ちゃんと七芽くんの名前見てたから。このゲーム、同じ名前は使えないはずでしょ?]
ちっ、その通りだ。
『スターダスト☆クライシス』は重複するネームは最初の設定で弾かれてしまう。このゲーム内に、カタカナ文字で『ジョーカー』と名乗るのは僕しかいない。
[正解だよ。でもゲーム内でリアルネームは止めてくれ。一応僕の個人情報だぞ]
[ごめんごめん! どうしても確認したくてさー]
[それなら明日直接僕に確認すればいい話しだろうが]
[私が聞いて素直に教えてくれるの?]
[いや]
聞かれても教えないだろうな。
そういう意味では、緩木の判断は正しかった。悔しいことに。
[でしょ? だからこうして確認したわけ!]
[なるほどな。今日僕の下校に付いてきたのも、このためだったのか]
[そうそう! 少しでもジョーカーくんと話せる話題がほしかったからね]
[でもその名前、よく認証されたな]
[試しに入れてみたら大丈夫だったんだ、覚えやすいでしょ?]
最近だとあえて変わった名前を付けるプレイヤーも増えていることだし、皆直接的な名前は避けているため結果的に残っていたのだろう。
運のいいやつである。
[少しでもジョーカーくんに近づけるように、これから頑張るからよろしくね!]
[分かったよ、初心者プレイヤーさん]
[ゲームの中でくらい名前で呼んでよー!]
やなこった。
フレンド申請はしたものの、それはクラスのよしみだからだ。名前を呼び合うほどに気を許したわけではない。
[つれないなぁ……昔はあんなに優しくしてくれたのに……]
[意味深げな台詞をはくな。僕に女の子の知り合いなんて、生まれてこの方一度もできた試しがねえよ]
[あははっ! そうだったんだ! それじゃあ、私が記念すべき一人目だね!]
[とにかく戦闘に困ったら、精々僕の鍛え抜かれたサポートキャラクターを使うといいさ。そうすれば序盤は楽に進められるはずだ]
フレンド申請は他のプレイヤーと繋がり、チャットや対戦ができる以外にも、セットされたサポートキャラクターを借りられるという利点が存在する。
この機能を使うことで、他のプレイヤーが育てたキャラクターを1体だけ連れて行き、使うことができるのだ。
僕にフレンド申請がよく飛んでくるのも、僕がプレイヤーレベル150であり、メインにはコバルトブルースターダストブラスターを設置している所為でもある。
[分かったよ! 困った時はジョーカーくんのキャラ借りるね?]
[ああ、使え使え、そして僕の懐を潤せ!]
サポートキャラクターが使われれば使われるほど、極小ながら報酬ももらうことができる。
そうすれば僕のゲーム内財布は潤い、また他の事に使えるというわけだ。
ふふっ! 悪くない話である……!
[ジョーカーくんゲームの中だと結構はっちゃけてるんだね。おもしろーい!]
結香はそのコメントの後に、笑っているキャラクターのスタンプを押した。
[それじゃあ、また明日ね。ジョーカーくん!]
[ああ、また明日な]
そうして結香とのチャットを終えると、僕は今度こそゲームアプリを終了させて、目覚まし時計をセットして眠りにへと就いた。
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