1.綺羅星刹那のクエスト依頼
「いや本当! 『篭守さんは吐き出したい』はなんと言うか尊みが深すぎてヤバいというか、なんかこう言語化できなくて『あぁ――っ!!』てなるっていうか、こう言葉にしなくてもわかり合えるような純粋な関係が最高というか、とにかく最高なんです!!」
「あ、ありがとう……ね……」
言語能力が著しく下がったファンを相手に、かふぇモカ先生もとい、灰被硝子さんは相づちを打つ。それを、僕はカップに入ったカプチーノを口に流し込みながら隣で見ていた。
にしても驚きだ。
こんなのでも、一応はトップカリスマモデルなのだから。
そう、最初に喋っていたのは、僕らの学校のスターであり、トップカリスマモデルも務める星5SSR美少女・綺羅星刹那のものである。
サイン会が終わった直後、僕と硝子さん、そして綺羅星は新宿にある喫茶店に入り、こうして延々と綺羅星の『篭守さんは吐き出したい』の感想を聞かされていたのだ。
いつもの僕に向けられる冷たい態度とは違い、綺羅星は目を輝かせながら熱心に硝子さんの作品のいいところを褒めたたえている。
その性格の違いぷりといったら……うん、ちょいキモいまである。
「ちょ、ちょっと、お手洗いに行ってくるね……っ!」
硝子さんはそう言いながら、真っ赤になった顔を両手で覆い隠しトイレに向かって走って行った。
多分褒められ慣れしていないから、綺羅星の賞賛に耐えきれなくなったのだろう。
気持ちは分かる。僕も結香に好感度100%の言葉を投げられれば、ウサイン・ボルト以上の速度でトイレに駆け込む自信がある。
それなのに目の前で自分の作品をこれでもかと言うくらいに熱心に褒められたら、嬉し恥ずかしで死にそうにもなるだろう。
トイレに向かった硝子さんに笑顔で手を振る綺羅星。だが硝子さんがトイレに入った途端、彼女の目つきは一気に鋭くなって、僕を睨んできやがった。
どれだけ僕のことが嫌いなのだ、こいつは……。
「それで? なんであんたがかふぇモカ先生と一緒にいるわけ? まさか付き合っているとかじゃないわよねぇ……?」
「ただの友達だよ友達、ゲームの知り合いなんだよ。硝……かふぇモカ先生とはな」
「本当かしら? もし結香を弄んでたっていうのなら許さないから……」
結香――。
本名・緩木結香は、僕と綺羅星の同級生であり、共通の友人であり、星5SSR美少女で僕にゾッコンラブなガチ恋勢である。
結香はいつもいつも僕に好意という名の課金をして、手に入れようとしてくるのだ。
だが恋愛は人生の墓場。恋人に対しての奴隷宣言だと考えている僕は、それらの好意を回避したり、出来なかったりする日々を繰り広げていた。
綺羅星にとって結香は大切な友達であるため、色々と心配しているのだろう。
前も一度僕の事を、『自分では何も頑張らず、他人にばかり寄りかかる寄生虫みたいなところが嫌い』だと言われたことがあった。
一応はその認識も少しは緩和されたように思っていたが、今にもテーブルに乗っているケーキ用のナイフで僕を刺してきそうな勢いだ。早めに誤解を解くことにしよう。
「安心しろ、そもそも僕は誰かと付き合う気なんてない。それに僕とかふぇモカ先生の関係は結香も既に知ってるよ」
「……ならいいけど。でももし本当に結香を裏切ったら――分かってるでしょうね?」
おーと、その持ったフォークで一体何をする気なのかな? ほうほう、ケーキにぶっ刺して細切れにするのかぁ、そうかぁ。うん、絶対に怒らせないようにしよっと。
綺羅星は切り分けたケーキの欠片を口の中に入れ、カップに唇をつけた後、唐突にこんなことを言い出した。
「ねぇ、貸しの件なんだけど」
「……ああ、その件な」
僕は前に一度、結香の件で綺羅星に力を借りるため彼女に貸しを作ってしまったのだ。だがそれは僕にとって、悪魔との契約と同じだった。
綺羅星ほどの課金系美少女、一体どれほどの無理難題をやらされるハメになるのやら……。
だが貸しは貸しである。
返せるのなら早く返して、遺恨をなくした方がいいだろ。 さあ、一体どんなことを言い出してくるんだ……?
「なに身構えてるのよ? 別にそんな難しいことを頼むつもりはないわよ。あんたにそこまでの期待はしてないから。ただ、あんたと結香のデートに同行したいだけよ」
「デート言うな。僕らはまだ付き合ってない」
「いい加減に認めなさいよ。学校でのあんたらの認識はどう見てもバカップルよ」
「そんなことになってるのか!? やめろ! それじゃあ確定事項になるじゃないか!」
道理で最近周りの男子からの視線が険しいわけだ。
友達なんていないから、そんなこと知るよしもなかったぜ……!
でも僕らが遊びに行くのに同行か……。
「めんどくせぇな……」
「ちょっと、ちゃんと貸しを返しなさいよ!」
「いやだってわざわざそのためだけに何処かへ出かけるんだろ? そろそろ僕を休ませてくれよ……もう疲れたんだよぉ……」
「何言ってるのよ。ついこないだまでゴールデンウィークだったでしょうが。どうせずっと家でゲームでもしてたんでしょ? それぐらいいいじゃない」
半分あってて、半分間違いなんだよなぁ……。
僕のゴールデンウィークの予定は、硝子さんの育成プロジェクトで終了したよ、畜生が。
だがそんなことを言えば、また話がややこしくなるので、大人しく黙っていることにした。店を僕の血で染めるわけにはいかない。
でも僕と結香と一緒に何処かに行くか……。
「でもなんで三人で出かけたいんだ? それで何か綺羅星の得になることでもあるのか?」
「それは……まあ色々とよ。そう、あんたが結香のことをちゃんと大切にしているのか、それを確認するためよ!」
「とってつけた感が半端ないんですけど」
「なんか文句ある?」
「あ、すいませんでした……」
フォークを向けられたので両手を挙げて降参だ。
てか現役女子高生の罵倒の目こわっ。僕エムじゃないから超こわい。
早く帰ってきて硝子さん。じゃないと僕、この狩りスマモデルに狩られちゃうよ。狩りだけに。
「お、お客様! お客様!?」
すると店内の奥が騒がしかった。
そう言えば硝子さん、遅いなぁ……なんだかものすごく嫌な予感がするぞ。
騒ぎが聞こえてきたのは、丁度トイレの方向だ。
僕は席を立って見に行くと、そこに流れていたのは――血。
目に入ってきたのは、店員さんに抱き寄せらてれる血まみれの顔をした硝子さんの姿が見えた。
「硝子さん!」
何があった! 頭をぶつけた? 誰かに襲われた? くそっ!
どうしてこう次から次へとこう面倒事が起きるんだよ!
僕は急いで駆け寄ると、硝子は微かな声で僕に話しかけてきた。
「……はぁ、……じょーかーくんはぁ……」
「硝子さん一体何があって……本当に何があったんですか?」
硝子さんは確かに顔から血を流していた。
だがよく見ると頭からとかではない。正確に言うのなら鼻からだった。鼻から大量の血が流れ落ち、口元まで垂らしていたのだ。要は鼻血である。
「ほ、褒められすぎれ、つい興奮しちゃっらぁ……」
「ああぁもう全く! 本当に手が焼ける人ですねあなたはっ!!」
どんだけ鼻の血管が弱いんだこの人は。バッカスチョコレートあれだけ食べてよくそうならなかったな、驚きだわ。
「なによ大声出して――かふぇモカ先生!? 大丈夫なんですか!?」
後からやって来た綺羅星は先ほどの僕と同じようなリアクションをしていた。
硝子さんの髪が長すぎるので、どうしても口元の血しか見えないのだ。なんとも紛らわしい。今度美容院にでもぶち込んでやろうか、大泣きするだろうけど。
「らいじょぶ……らいじょぶだからしゃ……」
「ああ、喋らないでください。また血が出てきますから」
「ほ、本当になんなの……あんたとかふぇモカ先生の関係て……」
「えーと……し、親友かな……?」
「うへへへ……」
正直この関係は親友の度合いを超している気がしたが、そう言っておくことにした。
でないと、僕の肩書きは完全に硝子さんのお世話係に定着してしまう。嫌じゃ嫌じゃ! 引きこもりのお世話係で一生を終えるなど嫌じゃ!
この日は結局そのまま解散という形となり、綺羅星との約束も明確に決まらないまま別れることとなってしまった。
後日、結香に相談してみるとしよう。
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