EP.クリア報酬:【二人のサイン会】
ゴールデンウィークも終わって、僕と硝子さんの短くも濃密な生活は幕を閉じた。
その後の生活は、別に大して変わりはしない。
いつものように学校に行き、いつものように結香の課金好意(誤字にあらず)を交わしつつ、いつものように家に帰って自由な時間を過ごす。
そんな毎日だ。
そして今日はゴールデンウィークが終わっての、最初の土曜日。
その日、僕が一体何をしていたのかと言えば────硝子さんの隣に座っていた。
「ごめんね、ジョーカーくん……付き合わせちゃって……」
「別にいいですよ。テンパって外でリバースされるのもあれですからね」
「も、もう……今日はまだ飲んでないよ……っ!」
硝子さんは不満げに口を風船のように膨らませる。こんな表情が出来るなら安心だ。気絶してしまう心配もないだろう。
僕は改めて後ろに掛かった看板を見る。
そこには、『篭守さんは吐き出したい 第一巻 サイン会イベント』書かれた看板が掛けられていた。
勘のいい人なら気付いたと思うが、今日は『篭守さんは吐き出したい』第一巻の発売日。
そして今から硝子さんはこれから大勢のお客さんを相手に、サインをすることになるのだ。
でもなんで僕まで付いてきてるのかといえば、それは水曜日の夕方まで遡る。
◇◇◇
前述した通り、僕は放課後は家に真っ先に帰り、自由な時間を過ごしていた。
この日は買ったばかりの電子書籍の漫画を読んでいたらいきなり電話画面が表示されて、そこにあるのは硝子さんの名前だった。
出てみると、開口一番に泣き声の硝子さんの叫び声が聞こえた。
『助けてジョーカーくんっ!!』
話を聞くと、どうやらまた須藤さんの頼みを断れきれず、引き受けてしまったらしい。
それを聞いた時は、流石に僕も呆れて、脱力感に襲われた。
「あの……ちゃんと自分の意見を言えるようになったんじゃないですか?」
『そ、そうなんだけど……須藤さんには色々とお世話になっているし……どうしても断り切れなくて……それで思わず……』
確かに、仕事上の付き合いというものもあるのだろう。そう思えば、硝子さんが断れなかった気持ちも、理解出来なくはなかった。
『そ、それに……ジョーカーくんともまた会えるし……』
「最初から呼ぶ気満々じゃねえかよッ」
『だ、だってしょうがないじゃない……! こうでもしないとわたし、ジョーカーくんに会えないんだよっ!?』
「だったらいい加減、一人で外に出られるようになってくださいよ。打ち合わせとかどうしてるんですか?」
『今までと同じく、メールでだよ?』
「成長してねぇ……この人……」
僕の今までの頑張りは一体なんだったんだ、全く。
まあ、須藤さんとの関係が良好になっただけ、まだマシということにしておこう。
お酒も買い物も、最近は程々にしているようだしな。
「お願い! ジョーカーくんっ!! ちゃんとお給料も払うから~っ!!」
仕方がない。給料も出ると言ってるし、バイト感覚で手伝ってやるとするか。
なに、バイトと言っても硝子さんの隣にいるだけの簡単なお仕事だ。それだけでお金が貰えるんだ。儲けものである。
◇◇◇
と言う経緯があって、僕は土曜日の休みにこうして硝子さんと一緒にサイン会にするハメになったというわけだ。
ちなみに場所は、新宿にある紀伊國屋書店・新宿本店の九階イベントスペース。
目の前には、整理券と篭守さんの単行本を持ったお客さんが並んでいる。
「それではこれよりサイン会を始めたいと思います。整理券を係の者に渡して、お進みください」
店員のお兄さんの声がして、サイン会は始まり、並んでいたお客さんが一列に硝子さんの前まで歩いてくる。
「は、始まったよジョーカーくん! 始まった!?」
「落ち着いてください。はい、深呼吸、深呼吸」
「すぅーはぁー……」
深呼吸を数回すると、一人目のお客さんが篭守さんの単行本を硝子さんの前に出した。
「サイン、お願いします」
「あ、はい! お願いしまふっ!」
緊張のあまり噛んでしまったが、硝子さんはしっかりとマジックペンを持って、震えながらも表紙を捲ったページにサインを書いていく。
サインに関しては、マグカップの中にかふぇモカというサイン文字が書かれたデザインであり、なんとかして一冊目を書き終えた。
ちなみにサインのデザイン候補は十パターンくらいあり、その中から僕が選んだ。もちろんセンスの欠片もない僕に選ばせるなどどうなのかと反論はしたのだが、硝子さんは聞かず、結局選ばされるハメとなった。
あの時は本当に苦労した。
硝子さんはその後も次々とサインを書いていき、お客さんに渡して、お礼を言った。
お客さんの中には、作品の感想や、コメントをくれる人も多くいて、硝子さんは最初こそ戸惑いつつも恥ずかしがっていたが、途中からはそれを笑顔で聞いて、とても嬉しそうだった。
一時休憩が挟まり、硝子さんは小声で僕に語りかけてきた。
「ジョーカーくん、なんだか嬉しいね。こうやって自分の作品が、誰かに伝わっているのって」
「よかったですね。硝子さん、ここまで頑張ってきて」
「うん! これもジョーカーくんのおかげだよ……。わたし、今が人生の中で一番幸せなんだっ!」
「っ、そ、そうですか……」
面と向かってそう言われると、なんとも照れくさい……。
僕は硝子さんに顔を見られないよう、あさっての方向を向いた。
赤面など、見せたくない。
「それではサイン会を再開いたします」
そこでサイン会は再開し、また新しいお客さんが硝子さんの前に立った。
助かった。これで顔を見られる心配もない。
そう安心したのも束の間、そのお客さんはえらく目立った格好をしていた。
具体的に言えば、目立っていたのは、顔に付けた大きなサングラスとマスク、さらには帽子まで被り、明らかに顔を隠している。
だがあのサングラス……何処かで見たことがあるぞ? はて?
ファンション知識が皆無なこの僕が、そのようなことを記憶しているというのは大変珍しいことであり、まじまじとその人物を観察してしまう。
どこだ? どこで見たんだ、あれは?
「か、かふぇモカ先生、大ファンです! サインをお願いしま――げっ!?」
「へぇ!? ど、どうしましたか……?」
そのお客さんは僕を間近で見た瞬間、そんなすごい声を上げて固まってしまった。
人の顔を見てそんな変な声を上げるのはどうかと思うが、近くで見るとますます何処かで会ったような気がする。
サングラスもそうだが、声も聞き覚えがある気がするぞ。誰だ? 一体どこの誰と似ていて…………ああぁッ!!
僕は驚きのあまり、頭の中に浮かんだ人物の名前を、つい口に出してしまっていた。
「お前……綺羅星……なのか……?」
思わず口から出てしまった言葉に、その正体不明な人物は強く反応し、震えながら声を上げた。
「どうして……どうしてあんたが、そこに座ってるのよ……っ!?」
そう、僕と硝子さんの前に現れたのは――『篭守さんは吐き出したい』の単行本を持った、綺羅星刹那だったのだ。
次回から、三回転目・課金系美少女。綺羅星刹那編スタート!
ご期待ください!
何らかのご意見、ご感想がありましたら、お気軽にお書きください。
また、評価ポイントも付けてくださると、とてもありがたいです。




