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16.灰被硝子のルート選択

「戻ってきましたか」

「はい……打ち合わせを再開しましょう……」


 須藤さんの刃物のような視線にも動じず、硝子さんは席に座り、拳を自分の両膝の上に置いた。

 僕はただ彼女の隣にいるだけだ――ただそれだけ。後は、硝子さんが決着をつけるだけだ。僕はそれを見守ればいい。


「須藤さんに言われて、よく考えてみました。そして、わたしの答えは出ました……」

「それでは、改めて聞かせて頂きましょうか。かふぇモカ先生はこの先、どのようにしてこの作品を盛り上げていくおつもりなのでしょうか? どのようにして、この作品を売ってこう思っているのでしょうか? お聞かせください」

「私は――『篭守さんは吐き出したい』をこのまま、二人のラブコメ展開で続けていきます……っ!」

「ですが、それでは人気が落ちていって――」

「ええ、確かに今のままじゃ駄目だと思います。

 篭守さんは奥手だから、幼馴染みである彼に対してのアプローチも少なすぎました……。

 だから――!」


 硝子さんはは机に両手をついて、須藤さんの顔に迫る。


「これからはもっと色んな事をして、二人の関係を深めていきたいと思っています。

 それがわたしの描きたいもの。この作品にとって大切な物なんです!

 これからも二人は少しずつだけど仲を深めていって、色んな困難に立ち向かいつつも、それでも最後はハッピーエンドを迎えるんです! 絶対に二人で一緒に幸せになるんです! それがこの作品の売りであり、読者のみんなが求めている物で、そして、わたしが思い描く物語(ストーリー)なんです! だからこれだけは、絶対に譲るわけにはいきませんっ!!」


 息を巻いて自らの意見の述べた硝子さんは、興奮気味に息を切らした。

 須藤さんは、そんな彼女の姿を、その無機質な瞳に写していた。

 まるでカメラで撮影するかのように、瞬き一つなく硝子さんを捉えている。


「――それでもし、人気が落ちてしまったらどうするおつもりですか?」

「その時はまた別の手を使ってチャレンジしてみるまでです――だから須藤さん、その時は一緒に考えてもらってもいいですか? わたしも、この作品を一人でも多くの人に楽しんでもらいたいんです」


 須藤さんは少し顔を俯かせた後、口元の端を微かに上げた。ような気がした。


「――そうですか。いいですよ、それが私の仕事ですから。でも話し合うのは今からです。人気が落ちてからでは遅すぎますよ、かふぇモカ先生」

「は、はい! よろしくお願いします……っ!」


 硝子さんと須藤さんは互いに握手を交わす。

 それが終わると、硝子さんはおもむろに右手の人差し指を突き出し、何か企んでもいるかのように、ニヤリと歯を出して笑った。


「それに、新キャラを出さないとは言ってませんよぉ? 最近丁度いいキャラクターを思いついたんです……!」

「というと?」

「すごい荒々しくて、まるで台風みたいな女の子です。まだ名前は決めていませんが、彼女は道化(どうけ)くんのことが好きで好きでたまらなくて、篭守さんの家に乗り込んでくるんです。そして、篭守さんと彼女が、彼を取り合うんですよ!」


 ん? なんだか聞いたことがあるような設定だな、それ。

 てか絶対にモデルいるよな? なぁ? 


「ライバルキャラですか……王道ですがアリですね……」


 須藤さんもなんだか納得げな雰囲気だ。

 え、アリなの? 採用なの? 

 それすごく間近な関係性に見えて、ちょっと洒落にならないんですけど?


「では早速、ネームの打ち合わせに入るとしましょう。この回から挽回しますよ、かふぇモカ先生」

「もちろんです! この物語を終わらせるわけにはいきませんからね!」


 その後も二人の白熱した意見は飛び交い、数時間をかけてネームは完成し、打ち合わせは終了した。


 後に硝子さんから聞いた話だが、この時須藤さんと一緒に作った話はとても評判がよく、『篭守さんは吐き出したい』は再び人気を取り戻したと、嬉しそうに報告してきたのだった。



◇◇◇



 ぐぅ~……。


「あっ……」


 打ち合わせを終えてビルから出ると、突然お腹の鳴る音が聞こえた。

 音の鳴った方。つまり隣を見ると、硝子さんは頬を染めて、お腹を両手で押さえていた。

 

「お腹空いたんですか?」


 確かに時刻は、夕方の十七時を回ってしまっている。空もすっかりオレンジ色に染まり、その先には夜の暗闇が見えている。

 

 ぐぅ~……ぐぅ~ぐぅ~……。


「ううぅ……お腹空いた……」


 そう言えば、酔いを覚ますために胃の中の物を全部出したんだっけ。それはお腹も空くはずだ。

 しかも周りからはスパイスの利いた匂いが立ち上っている。この匂いは――カレーだな。

 確か昔テレビで、神保町には美味しいカレー屋の店がいくつもあると言っていた気がする。理由としては、片手で本を読みつつ食べられるものだから、だったか。

 あの話は、どうやら本当だったようだ。


「何か食べて帰りましょうか? 奢りますよ」


 かくいう僕も、硝子さんの腹の虫の音に刺激されて、すっかりと腹ぺこなことに気がついた。


 朝は硝子さんが酔ってて大変だったし、そのまま昼を跨いでぶっ通しで打ち合わせに付き合って、今に至る。

 お腹こそなってはいないが、空腹の所為で妙にお腹周りが落ち着かない……。


 でもカレー屋かぁ。あまり外で食べたことがないから、なんだか新鮮だなぁ~。

 何カレーにしようかなぁ~。 

 口の中はすっかりとカレー味で染まり、カレー気分だ。


「そ、それならさ……」

 

 隣にいた硝子さんは、カレーのことで頭がいっぱいな僕の服を端を、指でつまんできた。

 何処か遠慮気味で申し訳なさそうに僕から視線を外し、途切れながら言葉を並べていく。


「じょ、ジョーカーくんのカレーが……食べたい……かなぁ……て……」

「え、僕のカレーですか? でもここには色んなカレー屋の店があるんですよ?」


 ここには数多のカレー屋が存在し、それこそ僕なんかの普通のカレーよりもずっと美味しいはずだ。

 それでも硝子さんは退く気がないらしく、言葉で抵抗してくる。


「も、もうジョーカーくんとの生活も終わりだから……だから……少しでも……長くいたくて……だからっ……」


 硝子さんは強く口をつぐみ、服をつまむ手は微かに震えていた。

 はぁ……ずるいなぁ……そんなの姿見せられたら、こう答えるしかないじゃないか。


「僕なんかのカレーでよければ、()()()()()作りに行ってあげますよ」

「う、うん……っ!」


 硝子さんは元気よく返事をして、その勢いで僕の手を握ってきた。握った瞬間、硝子さんの顔は満面の笑みに変わる。


 自立したのかと思ったら、どうやらまだまだのようだ。

 なんとも先が思いやられる――だが少しずつでもいい。


 僕らは親友なんだ。

 だからのこの関係が続くまでは、彼女の手を握り続けることにしよう。

 硝子さんはは珍しく僕の手を引いて向かい合い、満面の笑みで自分の気持ちを吐き出した。


「ジョーカーくん、こんな駄目駄目なわたしだけど、これからもずっとよろしくね……っ!」


 そう言って笑う硝子さんは、奇しくも僕の大好きな美人お姉さんの姿をしていた。

次回はエピローグ。

意外なあの人物が登場……?


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