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15.メインクエスト:【冷徹打ち合わせ会議】

 と、想いが一つになったのはいいが、最悪な状況であることには変わりなかった。

 

「着いたぞシンデルヤ、立てそうか?」

「らいじゅぶ……らいじょうぶだかりゃ……」


 タクシーを乗り付けて着いたのは、数多くの編集部のビルが立ち並ぶ神保町。

 シンデルヤは依然酔っ払っており、上手く言葉を発音出来ていない。

 辛うじて意識を保ってはいるが、目蓋も重く、今にも眠ってしまいそうな雰囲気だ。

 不安は多く残るが、ここまで来たんだ。行くしかない。

 

 そんなシンデルヤに肩を貸しつつ、僕らは目的のビルに入り、受付を済ませてから指定された七階に向かうため、エレベーターに乗り込んだ。

 幸い、乗ったのは僕らだけであり、シンデルヤの負担も最小限ですんだ。


 だが思いつくのは、最悪な結果ばかり。

 そんな不安にさいなまれ続ける長い長い時間をエレベーターで過ごし、覚悟を決めると、扉が開かれた。


 目に入ってきたのは、数多くの漫画宣伝チラシやアプリ広告、キャラクター等身大パネルなど。

 その中には、シンデルヤの描いている漫画『篭守さんは吐き出したい』のヒロイン兼、主人公の篭守さんもいる。

 それを見て改めて、シンデルヤが漫画家だったということを実感することができた。


「かふぇモカ先生でしょうか? 初めまして、担当編集者の須藤訂作(すどう ていさく)と申します」


 声をかけてきたのは、二十代前後の見た目をした、細い眼鏡を掛けた男性だった。

 表情は硬く、あまり感情が感じられない。

 一言で言えば──無機質。そんな印象を受けた。


「は、はひ……そうれすぅ~……」

「なんだかしゃべり方が変ですが? どうされましたか?」

「か、風邪をひいてしまったんですよ。あはははは……」

「風邪ですって? ……それであなたは?」

「お、弟です。姉の付き添いで来ました」

「そうですか。ご足労頂き感謝します。それではこちらへどうぞ」


 通されたのは、窓際側に設置されたスペース。

 そこには壁で仕切られた小さな部屋が六つほどあり、その中の一つの部屋に案内された。


 そこには、机と椅子。後は四角いペンケースが机の上に置かれ、よく漫画で見かける打ち合わせ場所そっくりだった。

 まさか自分がこんな場所に足を踏み入れるなんて、夢にも思わなかった。

 シンデルヤは依然ふらふらしていたので、僕が椅子に座らせて、全員席についた。


「では今回、かふぇモカ先生をお呼びしたのは、これからの展開についてです」

「そ、それにゃら大丈夫ですりょ! こにょ後も二人のいちゃラブが続いてって、ハッピーエンドれす!」

「同意出来ません」

「な、なぜれふか!?」

「これを見てください」


 須藤さんが出してきたのは、一枚のグラフ表だった。

 一回目更新と書かれた、高いグラフが、右肩下がりに落ちていき、最後には半分にまで減ってしまっている。

 よく見るとそのグラフ表の上には、「『篭守さんは吐き出したい』閲覧数」という文字が書かれていた。


「これが、今の篭守さんの現状です。今の展開を続ければ、当然読者は飽きてくる」

「れ、れも……今らっれ一杯いいねをもらっているんれすよ……!?」

「それは固定ファンだけの話でしょう。その人達もいなくなれば、この漫画は終わります」

「それれも! わたしの漫画は出したときから人気らっらんれす! そう簡単に終わるわけ……!」

「それはたまたまタイトルと、アイデアがヒットしただけです。宝くじに当たったのと変わらないんですよ」

「そ、そんら……」


 キッツいこと言うな、この人……。

 イメージ通りと言えばイメージ通りなんだが、実際に言葉で聞くとなんとも辛い。

 シンデルヤが無機質な添削マンと揶揄していた理由が、分かった気がする。


「ですので、ここら辺で新キャラなどを登場させてはいかがでしょうか? 二巻の最初の回でもありますし、それによっては世界観も広がって、新たな客層も取り込めますよ」

「れ、れも……わらしの中ではもう展開が決まっれれ……」

「では詳しく聞かせていただきましょう。ですが、今までの展開を続けていくというのならば、賛同できません」

「っ……で、でもそれは、わらしの描きたいもろじゃ……」

「かふぇモカ先生――あなた、プロとしての自覚はお有りなんですか?」

「へ……っ!?」


 須藤さんの声が一気に低くなり、僕らの身体は硬直した。

 その声は無機質を通り越して、より洗練された刀のようだ。それがシンデルヤの喉元に突きつけられた。

 

「プロの漫画家の仕事は、売れる商品を作ることです。それを描きたくないから描かないというのはプロ失格としか言い様がありません。商品になった以上、これからはそのことも考えなくてはいけないんですよ? それを分かっているんですか?」

「……っ」

「風邪の件もそうです。体調管理だって仕事の内なんですよ? それすら出来ないのならば、あなたはプロの漫画家には向いていません」

「――――」


 シンデルヤの目が真っ白に染まり、首を落とす。

 先ほどまで握っていた手も弱くなっており、力を失っている。

 

「まっ、待ってください!」

「何ですか?」

「――っ!」


 須藤さんの刀のように鋭い視線が、僕に突きつけられた。

 あまりの無機質さに、言葉が出せない。

 多分、下手な意見は直ぐに切り捨てられてしまう。僕みたいなただの高校生の意見なら、尚更簡単だ。


 確かにシンデルヤはプロどころか、大人失格とすら言ってもいい。

 だがそれでも、彼女が漫画を描くときの姿は、僕からすれば十分にプロに見えた。

 僕がゲームや漫画やアニメを見ている時ですら、シンデルヤは必死になって漫画を描いていた。

 それを否定されたくはない。でも僕がそんなことを言って何かが変わるのだろうか? 意見してもいいのだろうか?

 何かのプロでも、ましてや大人でもない僕の意見など、言っても無意味ではないだろうか?


 怖い。どんな言葉を言ってもバラバラに切り捨てられるかもしれない。

 意味がないと、間違っていると言われてしまうかもしれない。


 でも、それでも! これだけは、言わざる終えない――!


「僕にとって……シンデルヤは立派な漫画家なんです! それだけは否定させません……っ!」

「はぁ、何を言っ――」


 ガバッ! と、突然シンデルヤが立ち上がり、須藤さんの言葉を途切れさせた。

 そして一目散に駆け出して、何処かに行ってしまったのだ。


「し、シンデルヤ!?」


 すぐさま追いかけたが、姿を見失ってしまった。

 どうしたんだ急に……。


「ショックのあまり逃げだしたのか……? 確かにあれだけ言われたら心も折れるか……」


 打ち合わせは結局失敗か。そう諦めかけた時である。


 オエエエエエエエッ!!


 奥の方から、ものすごい音が聞こえた。

 地鳴りのようだが、これは人の声だ。

 僕は声の鳴る方へ向かうと、着いたのはトイレだった。その音は女性用から響いてくる。

 この音……もしかして……?

 

 何度かそんな声が響いた後、水の流れる音がして、中から一人の女性が出てきた。

 

「……シンデルヤ?」

「全部……吐き出してきたから……もう大丈夫だよ……ジョーカーくん……!」


 そう言って、ぜいぜい言いながら、口元から涎などを垂らしながら出てきたのは、硝子さん。いやシンデルヤ。違う、彼女たちだ。

 安定した口調は確かに硝子さんのものだが、闘志に燃える目はシンデルヤ、その人だ。

 顔の赤さも取れて、持ち前の白い肌に戻っている。


「まさか、飲んだ酒を全部吐き出したのか……?」

「ぞう……だよ……だからもう……大丈夫……もう負けないよ……!」

「なんて無茶苦茶な……」


 確かに吐けば元通りになるが、それには相当な体力の消費と負荷がかかってしまう。

 その証拠に、今の硝子さんは別の意味でふらふらとなってしまっており、身体を崩した。


「とっ! 酔いが醒めたのはいいですけど、どうしてそんな無茶をしたんですか? 硝子さん、そんなに体力がないでしょうが」

「だって……ジョーカーくんの期待に応えたかったんだもん……」


 そうか。僕のさっきの言葉で、硝子さんは頑張ってくれたのか。

 それなら、僕の起こした行動にも意味があったんだな。


「ジョーカーくん、戻ろう。打ち合わせに。わたしは、自分の描きたい作品のために戦うよ……っ!」


 硝子さんは、既に自らの足で立ち、意志の籠もった目で僕を見てくる。そこにはもう、なんの迷いも無い。

 そんな彼女に頼もしさすら感じた僕は、こう返してあげた。


「とりあえず、よだれ、拭いた方がいいですよ?」

「あぁ……忘れてた……」

「ああ、こら、服の袖で拭かないでくださいよ。汚いなぁ……」


 僕はポケットからティッシュを取り出して、硝子さんの口元を拭いてあげた。全く、最後の最後まで締まらない人だ。

 でもそれなら、僕が支えてあげればいい。

 寄りかかられるのではなく、二人して、その困難に立ち向かう。

 それが、親友としての僕の役割だと思うから。

 

 硝子さんの手を握り、僕らは打ち合わせに戻っていく。


 プロの漫画家がなんだ。プロの編集者がなんだ。ならこっちは、硝子さんのお世話のプロなんだぞ。

 だから何度硝子さんが失敗しても、支えて立たせて手を握って、そして彼女の願いを叶えてみせる。

 それが、今の僕の仕事――やるべきことだ!


「さあ、二回戦目の開始だ! 今度こそ決着を付けようぜ! 硝子さん(シンデルヤ)!」

「うんっ!」


 僕らは駆け出す。もう手は握っていない。でも大丈夫だ。

 僕の隣には硝子さんがいて、硝子さんの隣には僕がいる。

 それだけで十分だ。

 

 だって僕らは、対等な親友なんだから──!

物語はいよいよクライマックスへ!

果たして硝子さんの出す答えとは――?


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