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14.リバウンド廃課金

「ごめんなさい……じょーかー……ごめんなさい……っ」


 そう言って、硝子さん――いや、シンデルヤは涙を零した。

 目の焦点が合っておらず、僕の姿をちゃんと捉えられているかも分からない。

 今にも壊れてしまいそうなガラス細工のような彼女に、僕は足を滑らして、ゆっくりと擦り寄る。


「シンデルヤ……一体これはどういう、ふげっ!?」

 

 近づこうとしたが、ビール缶が顔に直撃した。幸い中身は空だったので痛みは少ない。


「ばか! ばか! ジョーカーのばーかっ!!」

「ちょ! やめろよシンデルヤ! 缶とか地味に痛いんだよ!」


 シンデルヤは周りにある物をなりふり構わず投げつけてきて、僕が近づこうとすることを拒んだ。

 全く一体どういうことだ? 硝子さんに一体何があったていうのだ?

 酒といい、この態度といい、全くの謎だ。

 

 そう疑問に感じつつ、時刻を見る。もう五分が経過している。

 残された時間は、移動時間を含めても最大五十分。

 一見多いようにも見えるが、シンデルヤになって(酒を飲んで)しまった硝子さんをそれだけの時間で説得出来るだろうか?

 頬から汗が流れる――そんな錯覚に襲われた。


 焦る気持ちを必死に抑えつつ、まずはシンデルヤの話を聞くとしよう。

 そうしなければ、解決の糸口どころか、近づくことすらできない。

 一歩ずつ、彼女に寄り添う必要がある。

 僕はその場に腰を下ろし、シンデルヤと同じ目線に合わせた。

 よどんだ瞳が、うっすらと僕を見つめているのが分かる。


「なあ、シンデルヤ。一体どうしたんだ? 今日は打ち合わせの日だろ? 何があったんだ?」

「言いらくらい……」 

「『言いたくない』か?」


 シンデルヤは、こくりと頷き返答する。

 酔っている所為で、ろれつが回っていない。この状態で打ち合わせなど出来るのだろうか? 心の中で弱い自分が諦めようとしているが、唇を噛んでその感情を殺した。

 僕がここで諦めたら、彼女のこれまでの頑張りが全部無駄になってしまう。それだけは、なんとしてでも避けなくてはいけない。

 彼女の親友ならば――!


「分かったよ。なら一つずつ聞いていくけど、この大量のお酒はどうしたんだ?」

「買ってきらの……」

「誰が?」

「んっ」


 シンデルヤは迷わず、自分に人差し指を向けて答えた。

 嘘だろ? と、僕は顔を顰め、顎に手を置いた。

 硝子さんは酒や付添人無しでは、外に出られないはず。だがそこで、さっき踏んだ物を思い出した。

「バッカスチョコレートか……!」


 つまり硝子さんは、大量のバッカスチョコレート食べたことによって一時的にシンデルヤとなり、その足でこれらの酒を買い込んだというわけだ。

 

 だからあんなにバッカスチョコレートの箱が空いていたんだ。

 なんと豪快な。そんなに食べたら糖尿病になるぞ。

 

 だがこれで、酒の謎は解決した。

 一歩前進したことに少しだけ胸を撫で下ろしつつ、時計を見る。

 今のやりとりだけで、もう十一時五十分。

 残り、後四十分。


 心臓の鼓動が激しくなり、手に汗がにじんだ。

 落ち着け……まだ時間はある。

 次は理由だ。それを知ることができれば、この状況を打開できるかもしれない。

 真っ先に思いつく理由といえば、それは打ち合わせだ。


「そんなにも、打ち合わせに行くのが嫌だったのか?」

「……嫌らぁ」

「嫌か……でも大丈夫だって、そのために僕がついてるんだろう?」


 そう言ってどうにか説得しようとしたが、シンデルヤはものすごい勢いで首を横に振る。

 絶対に行かないとばかりに激しく。


「嫌ぁーらっ!」

「どうしてそこまで拒むんだよ……昨日までは大丈夫だったじゃないか」


 むしろ前向きに行こうとしていた。

 一体どうしてそうなったんだよ。シンデルヤ?

 

 僕の気持ちに答えるように、シンデルヤは少し黙った後に、小さな声で呟いた。


「らっれ……打ち合われにいったら……じょーかーがいなくらっちゃうらもん……っ」

「……それは……また、どういう意味だよ? 別にこれからだって、僕らはずっと友達だろうが?」

「だから違うろっ!! らっれ……打ち合わせが終わっらら、じょーかーが……わらしの前から……いなくらっちゃう……手が届かなくらっちゃう……っ!!」


 どの言葉がトリガーとなったのか、シンデルヤは激高し、想いの波が彼女の口からあふれ出して、その勢いで僕に掴みかかってきた。


「転校生らゃんを見れ、諦めろうって思っら……友達でいようれ……っ! らから、この気持ちを抑えようと思っれ……でもそう思うろ、不安で不安で押し潰されそうになっれ……どうしようもなかったろ……っ!! わたしわ……じょーかーが好きなんらよ……っ!!」


 とうとう言われてしまった。

 とうとう彼女の気持ちを、明確な言葉にされてしまった。

 

 そうだろうよ。ああ分かってたさ。

 硝子さんが、シンデルヤが、僕のことを好きなことくらい誰がどう見ても分かる。あれだけアプローチをかけられて分からない方がどうかしている。


 シンデルヤは必死に僕の服にしがみついて、胸元は暖かくも冷たい涙で濡れていく。


「嫌ぁ……!嫌なろ……っ! いなくならないでじょーかーっ……わたし駄目なままでいい……っ! このままでいいかりゃ、らから……ずっと側にいてよっ……じょーかー……っ! うっ、あああぁ……っ!!」


 そういうことか。

 硝子さんは僕の事が好きになってしまったが、昨日の僕と結香のやりとりを見て、自分の想いに蓋をしようとしたんだ。

 しっかりとした大人として――大人しくしく引き下がろうとしたんだ。


 だがそれは皮肉にも、より一層、彼女に不安を強いることになった。

 不安に耐えきれなくなった彼女は、それをかき消すために酒という劇薬に溺れ、そして沈んだというわけだ。


 真相に辿り着いた僕は、縋り付いて泣くシンデルヤを見て今までのことをただ呆然を思い返した。

 

 確かに、硝子さんとの生活は大変だったが、同時に楽しかった。

 二人で一緒に硝子さんの依頼を頑張ったり、ゲームをしたり、動画を見たり、話したり、笑い合ったり。本当に友達の家に泊まってるみたいで本当に楽しかった。


 しかもその相手は、僕の好きな巨乳お姉さんだ。こんなの楽しくないわけがない。

 そんな彼女との日々がずっと続くのも、そう悪くはないかもしれないな。


 だから僕は、シンデルヤに向かってこう言った。


「嫌に決まってるだろ」

「っ!」


 ああ楽しかったさ。本当に楽しい日々だった。

 だからその代わりに、このまま一生こんな駄目駄目なお姉さんの面倒を見ろだって?

 ふざけるな。人の人生をなんだと思ってやがる。


「僕の人生の時間は、僕だけの物だ。それを誰かに捧げる気なんて毛頭ない。これが僕の気持ちだ。誰にも否定させたりなんかしない」


 僕の気持ちは僕だけのものだ。

 だから――、


「お前も自分の好きなように生きろよ、シンデルヤ。なに自分の気持ちに蓋してんだよ、吐き出すのは得意だろうが」

 

 僕はしゃがみ込んで、シンデルヤに手を伸ばす。


「お前の気持ちはお前だけのものだ。僕は抵抗はするけど、シンデルヤの気持ちまでは否定しない」

「でもジョーカーには転校生らゃんが……」

「まだ排出され(堕ちて)てない。僕と結香はまだ友達のままだ」


 結香は魅力的だが、それでもまだ僕は堕ちていない。多分。うん。胃は攻略されつつあるけど。

 

 僕が顔を伏せると、小さな笑い声が聞こえてきたのが分かった。


「……ふっふふ……分かったよ……ジョーカー……それなりゃわたし……いや、俺も……、いいえ、わたしたちは、ジョーカーに一杯課金するりゅ。課金して課金して、絶対にジョーカーを手に入れてみせりゅ」

「無駄な消費に終わるかもしれないぞ?」

「愚問らな、ジョーカー。廃課金ユーザーて言うのわ、出るまれ回すものらんだぜぇ?」


 二カリと歯を見せて、シンデルヤは笑った。

 ああ――こいつだ。


 そこで僕はようやく分かった。


 今までは、酒を飲んだ硝子さんがシンデルヤなのだと勘違いしていた。

 いや、合っていたが、それは半分正解だっただけだ。


 想いも何もかも、お酒を飲んだ姿も含めて全てが合わさって、彼女たちはシンデルヤ(硝子さん)なんだ。

 コインの裏表ではない――二人合わさって彼女なんだ。


 今までは硝子さんに頼まれて、酒を禁止させて一切飲ませなかった。

 

 だが、それがいけなかった。

 

 酒を飲むことで解放される彼女のもう一つの素顔を、僕は知らず知らずの内に封印してしまっていたのだ。

 だからバランスを崩して、こうして無理矢理な形で出てきた。暴走をしてしまった。

 だがしかし、それが再び二人を合わさることになった。


「親友を殺してたのは……僕だったんだな……ごめん、硝子さん(シンデルヤ)


 僕らは手を握り、そして立ち上がる。


「わたし、打ち合わせり行くぅ……っ!」

「ああ、なら急いで準備しろ。直ぐに出発するぞ」


 こうして僕らの想いも一つとなり、準備を済ませた後、タクシーを呼んで急いで編集社に向かってもらった。


 シンデルヤ(硝子さん)最後の試練が、今始まる。

次回はとうとう担当編集者の須藤さんが登場! 波乱の予感……?


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