12.緊急クエスト:【嵐の前の静けさ】 後編
僕らの前に現れた彼女は――いつもの彼女ではなかった。
『敵意』という名の黒い風が全身を覆い、『破壊』と『恐怖』の波動を、周り一面に放つ。それが今の結香だった――。
その気配に気がついていないのか、僕に関節を決めていた(マジマジ言うほうの)雑魚敵の一人が、僕から手を離して軽い足取りで結香に近づいて行った。
「ねぇねぇ、そこのラックで一緒にお茶しないっ!?」
ゴキッ。
と、そんな鈍い音が聞こえた。
何が起きたかといえば、雑魚敵の右手が結香の左肩に触れた瞬間――彼の右手、いや右腕は、あさっての方向に向かってねじ曲がったのだ。
「がっぁ……ッ!?」
苦悶の表情をむき出しにした雑魚敵は膝から倒れ、外れてしまった右腕を左手で抑える。
それに対し、結香は今まで見たことがないほどの冷たい目線を男に向けていた。ガヤから見ているこちらまで凍り付きそうになるその視線に、誰一人として動くことも、声を発することもできない。
「悪い手だね――その手で七芽くんを傷つけたんだ――ならそんな手、もう必要ないよね――!」
「ぐあううぅあぁぁあッ!?」
結香は続けざまに、右腕を押さえていた雑魚敵の左手も蹴り飛ばし、左腕も同じく凄い音を立てて曲がり、彼は泡を吹いて白目を向き気絶。その場に倒れこんでしまった。
そこで正気を取り戻したのか、硝子さんを抑えるもう一人の(ヤバい言うほうの)雑魚敵が声を荒げた。
「こ、このアマァ……ッ!! よくも馬路をやりやがったなッ!? 手を出したってことはァ、覚悟出来てるてことだろうなッ?! アァッ!!」
「あなたたちこそ、覚悟はできてるの? いえ、してもらうわよ――あんなにも七芽くんを傷つけて――っ! その罪全てを、お前たちの体に刻み込んでやる――ッ!!」
絶対零度の視線に光りが灯った。
そしてそれは――最狂最悪の兵器の起動を意味していた。
「へっ! やってみなッ! 俺、矢場井突刺は、その昔、『南小学校の槍使い』の異名を持つほどの蹴りの使い手だったんだッ! 女のテメェに負けやしねぇんだよッ!!」
え! お前も二つ名持ちだったの!? でも全く聞いたことない名前なんですけどそれ!?
その昔、僕らの小学校では二つ名を付けるのが流行っていた。、
一芸のある子は直ぐに『○○小学校の○○』という名前が付けられていたため、僕らの同世代で二つ名を持つ人間は意外と多い。
ということは、この雑魚敵たち、意外と僕らと歳が近かったわけか……厳つすぎて気付かなかった。
そして僕もそんな二つ名の持ち主であり、そして何故か一番有名な『東西南北小四天王』の一人に数えられる、『北小学校の切り札』でもあった。
そして結香もその『東西南北小四天王』の一人なのだが、彼女に付けられた二つ名は――、
「奇遇ね――私もその昔、二つ名を付けられたのよ」
「へッ! なら名乗ってみなッ! どうせ聞いたこともねぇような、しょうもない名前だろうけどよォ――」
「『南小学校の黒台風』」
「へっ?」
先ほどの威勢は、疑問形に変換されて出てきた。
「私は『南小学校の黒台風』――南小学校の生徒ならもちろん、聞いたことくらいはあるわよね?」
「そ……そんな……う、嘘だぁ……ハッタリに決まってらぁ……っ!?」
そう――その名前は僕ら小学生たちのトラウマ。
最狂最悪の化物の名前だったのだ。
矢場井は必死に掠れた声を荒げるが、体は正直なものだ。
先ほどの威勢はどこへやら。
過去の記憶が体に染みついているせいか、矢場井の体は震えて冷や汗を流している。
この男も過去に最狂の喧嘩児だった結香に対して、何らかのトラウマを植え付けられたようだ。
だがもう、発生してしまった台風を止めることは誰にもできない。
ご愁傷様である。自業自得ではあるがな。
「へっ……へへ……黒台風が女だって……? なら楽勝じゃねぇか……! ガキの頃ならあれだったが、今負けるわけがねぇッ!! 今ここで、思う存分過去の清算をしてやるよッ!!」
元『南小学校の槍使い』は、涙と鼻水を垂らしながら、結香に攻撃を仕掛けた――!
繰り出されたのは鋭い右蹴り。
それはまさに槍のごとく早く真っ直ぐ進み、結香の顔面を突き刺す――――だが、結香の足はそれよりももっと早く、矢場井のある一点だけを突き刺していた。
「ふぅっ」
「が――はっ!」
男性諸君全員の急所――股間である。
矢場井は泡を吹いて倒れ込み、結香はなんともなさそうに髪をかき上げた。
このような場面でこんな感想を抱くのはおかしいかもしれないが、あえて言わせてもらうと。
この時の結香は、あまりにも美しくてかっこよくて――そして何よりも心強かった。
「金輪際、この二人の前には現れないこと――もし守れないかったら分かってるよね――?」
「はい! 黒台風さんのヤバさ、存分に思い知りました! 二度と会わないようにします!」
「マジすんませんでした! 調子乗っててすんませんでした! マジでッ!!」
馬路は結香に脱臼した肩を入れられて息を吹き返し、矢場井は股間を押さえながら、作られた笑みを浮かべている。
そんな二人に、結香は容赦ない絶対零度の視線を向けて言い放った。
「なら――消えて」
「「はいっ!!」」
結香の言葉を聞いて、二人は一目散に走って消えた。
その瞬間結香は僕の方を振り向いて、突然――いや、いつも通り抱きついていきた。
だが、顔は今にも泣きそうで、温かみがあった。
「七芽くん大丈夫!? 怪我とかしてない!? 腕とか外れてない!?」
「あ、あ……大丈夫だよ……うん……」
「でもすごく震えてるよ……? 可愛そうに……そんなに怖かったんだね……。ごめんね、もう少し早く助けに入ればよかったね……」
結香はそうやって僕の安心させるように頭を撫でてきてくれるのだが、震えの原因は別にあの二人ではない。
白状してしまえば、これは全部結香のあの黒台風モードの姿を見てしまい僕もまた過去の記憶を呼び起こしてしまったからだ。
あの二人と同じく、僕も過去の結香に一度だけ殴られたことがあった。
その時のトラウマが体に刻まれているため、今だ忘れられず、結香に抱きつかれるたびに、体の震えは増していく。
恩知らずだと自分でも思うが、しょうがないだろうが! 過去のトラウマなんて早々に治るものじゃないんだよ!
「ゆ、結香、もういい……もう大丈夫だから……」
「あっ……そっ……か……そうだよね……」
なるべくやんわりと断ったつもりだったが、結香は僕の心情を察したのか、僕から離れ距離を置く。
結香は何かを思い詰めたように震えて、今にも泣き出しそうだった。
それを見て、僕は我に返った。
そうだ……何をやってるんだ、僕は……。
黒台風の記憶で苦しんでいるのは、何も僕らだけではない。
黒台風本人だった結香もまた、そんな忌まわしい自分の過去に苦しんでいるんだ。
僕なんかを好きになってしまったがために――。
結香は僕のことが好きだが、そんな僕のトラウマが結香自身なのだ。
結香は必死に過去を隠し、それが原因で一度は歪み、暴走した。
これじゃあ、先週までと――いや、今までの繰り返しじゃないか!
さっき助けてくれたのだってそうだ。
いくら僕が結香の過去を知っているからといって、黒台風状態のまま僕の前に現れることが、どれほど彼女にとって勇気のいることだったか。どれだけ苦悩することだったのか、想像に難くない。
その証拠に、先ほど結香は『もう少し早く助けに入ればよかったね……』と言っていた。
きっとものすごく悩んだはずだ。苦しんだはずだ。
それでも結香は、僕を助けるために来てくれたんだ。
なら僕がやるべき事は、結香を避けることなんかじゃない。
だから僕は――、
「っ、ななめくん……?」
僕は離れていった結香の手をしっかりと掴み、そして力を入れる――もう絶対に離さないように、強く――。
「な、なに思い詰めてるんだよ……。別にさっきの姿を見たからって……い……今更、結香から離れたりなんてしねえよ……ぼ、僕たちは友達だろうが……」
結香は一瞬だが目を見開き、呆然と僕を見つめていた。
今日は本当に、結香の新しい顔が見れる日だ。
いつもの余裕そうな笑みを浮かべている彼女からは、想像もできない顔だ。
だが結香すぐに顔を綻ばせて、僕の胸に頭を当ててきた。
「もう、そういうところが心配なんだよ……♡」
そう小さく呟いてから、結香は再び僕に近づき、手を回してくる。
いつもみたいなあからさまな態度でも、わざとらしくもない。自然な形で優しく、僕の体を抱きしめてくれた。
そして強く強く僕を抱きしめて……なんか強すぎない?
ああ、これはあれだな。いつものいちゃラブ結香さん展開だな。
しょうがない、今回ばかりは大目に見て――、
「ところで七芽くん、そこの美人な女の人は誰なのかなぁ――? 是非とも教えてほしいなぁ――?」
「だ、大丈夫……? ジョーカーくん……?」
「へっ……?」
僕が視線を落とすと、そこには暗黒の瞳をした結香が僕を見つめていた。
深淵を覗くとき、深淵もまた、僕の事を覗いていたのだ。
あっれれ? おっかしいぞ~? これラブコメじゃなかったけぇ~? 明らかにクトゥルフ神話に出てきそうな人が混じってるんですけど?
「ははは、何言ってるんだ、結香。彼女は僕の友達さぁ~!」
しかぁし! そう簡単にやられてたまるか! 口先だけなら僕だって負けてはいない!
ここで僕の切り札の一つ、『嘘でも本当でもない』を、発動!
これにより、場にいる(恋愛)モンスターを守備表示にすることができ――、
「嘘付かないでよ。だって七芽くんに友達なんていないでしょ」
「酷くないっ!? でも否定できないッ!!」
くっ!
やはり黒台風状態の結香相手では、全てのカードの効果が無効化されてしまう!
だが、なんとしてでもこの状況を打開しなくては、僕自身が墓地送りにされるッ!
脳内デッキの中から必死に使えるカードを探す僕だったが、それよりも先に、結香はあるものを取り出して、僕の前に出してきた。
結香が取り出したのは、彼女のピンク色のスマートフォン。そこには一枚の写真が表示されていた。
「それにもし本当に友達なら、こんなことはしないよね――?」
「げっ……!?」
結香が出してきたカード。
それは、ラクドナルドで硝子さんの頭を撫でている僕の写真だった……。
その効果は――僕が墓地送りになります。はい。
次回はとうとう、修羅場回!? ご期待ください!
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