11.緊急クエスト:【嵐の前の静けさ】 前編
「はぁ~……一仕事終えた後に食べるはポテトは格別だよ……!」
「頑張りましたね、硝子さん」
「うん、これも全部ジョーカーくんのおかげだよ……!」
「まだ明日には打ち合わせが控えているんですよ? 安心するのは早いです」
「うぐっ……そ、そうだった……あぁ……忘れてたかったのに……」
硝子さんはぐにゃりと机の上に倒れ、顔をしかめた。
「で、でも……本当にジョーカーくんに頼ってよかった……わたしね、オフ会をやろうて決めた時、すっごく緊張したんだ……だから当日も不安で不安で、お酒飲んじゃって……あんなことに……」
「思えば、最初の印象はすごかったですからね」
雪男からの、酔っ払いお姉さん、駄目駄目人間に、最終的はマーライオンと四段階進化。いや退化か? を見せられて驚かない方がどうかしている。
そのせいで、今ではすっかり異性の対象として見れないくらいだ。
「ううぅ……あの時のことは忘れて……もうお酒も飲んでないでしょ……?」
「そうですねそうですね、えらいえらいですね」
そう言って硝子さんの頭を軽く撫でてあげると、眉を下げて顔を赤らめて、両手で持ったシェークのストローを啜った。
「も、もう……これでも一応わたしの方が年上でお姉さんなんだから、そう子供扱いばかりしないで……」
「そういうのは、もう少し自己管理が出来てから言ってくださいよ。四歳も歳の離れた高校生に助けを求める人間の言えることですか、それ」
「ご……ごめんなさい……」
僕の言葉のカウンターパンチを食らい、硝子さんはしょぼくれた。
だが、口をむずむずさせてぎこちない笑みを作り、顔を赤らめながら僕の方に視線を飛ばしてくる。
まるで、何かを伝えたそうに。
「そ、それでも……やっぱり、ジョーカーくんに頼んでよかったと思ってるよ? ジョーカーくんとの日々は本当にとっても楽しくて……本当に、好き、だから……」
「……そうですか」
どうやら伝えたかった言葉はそれで全部だったようで、硝子さんはますます顔を赤く染め、すぐさま僕から視線を逸らした。
よく見ると、自分の両手をものすごい勢いで握ったり離したりしている。
本当に、好き、だから……ねぇ。
その言葉の本当の意味に気付きつつも、僕はなんて返答を返せばいいのか分からず、この時は言葉を濁してしまった。
よくよく思えば、ここでちゃんと話し合っておけば、あんな悲劇は起こらなかったのかもしれない。
だが、そんなことに感づけるほど僕の予測能力は高くなく、この時は唯々硝子さんと一緒に、黙って昼食を終えることしか出来なかった。
最後のレッスン自体はすんなりと終わってくれてよかった――なんて、僕は油断していたんだ。
まさかこの後に、あんな事態が待ち受けているなんて思いも知らず――。
◇◇◇
それは昼食を食べ終え、僕らがハンバーガー店を出て帰ろうとした時だった。
「った!」
他の人と肩をぶつけてしまい振り向くと、そこには少々ガラの悪い格好をしたお兄さん方二名が立っていたのだ。
尚、いつもの事ながら、僕のファッション知識は皆無なため、とにかくなんかガラの悪い人が着そうな服とだけ明記しておく。怖っ。
「あっ、す、すいません……」
「はぁ? ヤバくねヤバくね? 俺たちとぶつかるとかヤバくね?」
「マジでマジで、謝って済むと思ってるとかマジで?」
そう言って、ガラの悪い二人は僕らを囲むようにして道を塞いだ。
これあれだ。異世界転生物でよく見かける、『序盤に雑魚敵さんたちに絡まれるイベント』だ。
まさか死なずにリアルで遭遇するハメになるとは……。
傍らにいる硝子さんはまた泣いてるんだろうなぁ……。そう思い視線を向けると、意外も意外、興味深そうに二人を見ている硝子さんの姿があった。
「ジョーカーくん……わたし、こんないかにも雑魚敵な人たちを見たのは初めてだよ」
「奇遇ですね、僕もですよ……」
「これは異世界転生系の話を描くときのいい資料になるよ。ここでいつもなら主人公が倒したりするんだけど、逆にやられたら? それとも交渉術でどうにかするとか? 逆にヒロインの方がチートとか? むしろ雑魚敵さんたちの方を主人公にした方が新しいかな……?」
「あ、あの硝子さん……?」
どうやら外から受けた新たな刺激が、硝子さんの創作意欲に火を付けたらしい。
すっかりと思考集中状態に入ってしまい、最早現実を見ていない。
てっ! こんな暢気にしている場合ではない!
早くこの場から立ち去らなくては……。
「そ、それじゃあここで失礼しますね……」
ブツブツと物語の構想を練る硝子さんを引きずりつつ、その場を後にしようとした。が、すぐに僕の手が掴まれ引き戻されてしまった。
「はぁ? ちょちょ、人にぶつかっておいて逃げるとかヤバくね?」
「逃げられると思ったのぉ、マジで?」
ちぃ! 完全に退路が断たれた! 相手の語彙力も完全に死んでるし、交渉できそうにもないぞ……!
「てかよく見りゃあ、姉ちゃんマジヤバく? めっちゃ胸が」
「マジマジだわ。マジ爆だわ」
二人の視線は、硝子さんの胸元に刺さっており、僕は自らの失態に気付いた。
しまった!
硝子さんは現在、通常服状態!
今の彼女の外見は、読書の似合う爆乳美人お姉さんだ。
世の男性の憧れの姿であり、こんな雑魚敵さんたちならば確実に目を付けるッ!
「硝子さん走りますよ――」
「待てって言ってるだろうがよォッ!」
「くっ、硝子さん!」
僕の必死の抵抗も空しく、雑魚敵たちは、僕に引っ付いていた思考集中状態の硝子さんを引き剥がし、自らの体に引き寄せた。
そこで集中力が途切れたのか、硝子さんの目に光りが灯っていくのが分かる。
「……はれぇ? どういう状況……これ……?」
「なぁ、姉ちゃん、俺たちとそこのラックで行こうぜ? なぁ?」
「一緒に茶ぁーしよやぜ茶ぁー、奢るからさマジで」
「え、えぇーと……あの……っ」
今そこから出てきたばかりなんだよ! 察しろや!
なんて言ってもこの人たちには通じないだろう。ならどうするか。
こうなったらなろう主人公たちに習って、僕が華麗にこいつらを倒すしかない――!
僕もよくシンデルヤから『ライトノベル主人公』と呼ばれている。ならきっと、こういう時になんか火事場のクソ力的な何かが発揮出来るはずだ!
溢れる自信に背中を押され、僕は硝子さんを掴む雑魚敵に立ち向かう!
「硝子さんを離せたたたたたたたたっ!?」
「弱くね弱くね? マジで弱くね?」
「ヤバくね? ヤバくね? その弱さはヤバくね?」
「じょ、ジョーカーくん!」
くっそっ! ものの数秒で関節を極められてしまっただと!?
え、なんで? こういう人たちて普通口ばかりで、実際はかなり弱いんじゃないの……? てあたたたたっ!?
そうごりごり関節を曲げてくるな! 現役高校生でも体の硬いやつはいるんだぞ!?
「いいだろ姉ちゃん? ほんのちょっとお話したいだけなんだよ俺たちはぁ」
「先っちょだけ、先っちょだけでいいから、マジで」
「それともなにかぁ? あのガキがどうなってもいいのかぁ? なぁ?」
「うぅっ……!」
なんと典型的な悪役か。二次元でも最近見かけないぞ。
だが現実でこの状況に会うのはまずい……。
それも硝子さんとの相性は最悪だ。彼女はただでさえ、頼み事を断ることが出来ないのだ。
さっきの店の注文ですら危うかったというのに、僕という人質がいるのなら、なおのこと断れるはずがない……!
どうする!? 僕は今だ関節を極められてて動けないし、硝子さんも体を掴まれていて動けない!
何か……何かこの状況を打開できる何かはないのか……ッ!?
「なぁ、いいじゃねぇか。俺たちはただ姉ちゃんと仲良くしたいだけさぁ、少しでも深い関係によぉ? もし断るってんなら、分かってるよなぁ?」
「あいたたたっ!?」
「っ! ……わ……分かりま――」
「駄目だ硝子さあいだだだっ!?」
「――――私の七芽くんに、何をしてるの?」
それは、聞き覚えのある声だった。
だがいつも聞く甘ったるい印象も、元気で明るい雰囲気のものでもない。
そこには明確な――敵意が含まれていた。
「なんだテメェは? て……ヤバ可愛くね?」
「マジでマジ、オオマジだわ……」
「知りたいのなら教えてあげる――私は七芽くんの『サポートキャラクター』だよ――!」
そう言って現れたのは――黒い風を纏った、緩木結香だった。
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