7.メインクエスト:【レッスン2 『ガチャを回せ』】
「で、できたぁ……!」
「うん、前よりも大分マシになりましたね。硝子さん」
時が経ち、今日は四月三十日。
硝子さんはこれで三度目となる宅配便を受け取ることに成功した。
一時はどうなるかと思ったが、以前に比べてペンが震えなくなっただけ、大分マシになっている。
僕はその成長っぷりに、ひとまず安堵した。
これなら、次のレッスンに移っても大丈夫そうだ。
そこで僕は、ここいらで第二の計画を始動させることにした。
「ご……ご褒美……これだけわたし頑張ったんだから……ご褒美に何か買ってもいいよね……?」
硝子さんは自分のスマホを取り出して、すぐさま大手ネットショッピングのサイトを開いて、欲しいものリストを開いていた。
だが僕はすかさず、彼女のスマホに自分のスマホを被せた。
「その前に硝子さん、これをやってからにしてください」
「へ?」
僕のスマホには、既にとあるアプリを起動させておいた。
それを見て、硝子さんは謎めいた口調で呟く。
「何これ……スマホゲームのガチャ……?」
「そうガチャです。といっても、ただガチャを引いた気分が味わえるお遊びアプリですけどね」
僕は事前に、この『無限ソシャゲガチャ』というアプリをインストールしておいた。
アプリの内容は、表示された架空のスマートフォンゲームのガチャを回せるという――無限プチプチのようなストレス解消アプリの類いの代物だ。
もちろんダウンロードは無料。
ただこれは無限プチプチのような、永遠と同じ作業を繰り返すものとは少し違い、ある要素が含まれていた。
「これは架空のスマホゲーム風ガチャアプリですけど、それ故に星1Nから星5SSRのキャラクターが出てくるんです。だから星5SSRを出せたら、なんでも買っていいですよ」
「なんでも……ほ、星5……SSR……!」
「これならお金を無闇矢鱈に使う心配もないでしょ?」
「う、うん……分かった……やってみるよ……」
星5SSRと聞いて、硝子さんの目の色は変わり、勝負師のような真剣さとわくわく感に満ち溢れた表情になっていた。
彼女は指で、『一回ガチャ』というボタンを押すと、光りのエフェクトが現れて、その中から一枚の裏向きのカードが出現した。
カードはゆっくりと回り、出てきたのは――星3の剣を持ったキャラクターだった。
「くぅー……! もう一回!」
「待ってください硝子さん、これは何かを頑張った時にだけしてください。連打して、すぐに星5が出たら意味ないでしょ?」
「つ、つまりこのガチャを引くには、何かをやり遂げなくちゃいけないの……?」
「そこら辺の認識はえらく早いですね……ええまあ、そういうことです。だから原稿が終わったりとか、そういう時に引いてください」
ちなみに僕のスマホにインストールしたのは、彼女が我慢に負けて、ついつい引いてしまうことを避けるためでもある。
もちろん硝子さんには、僕のスマホ以外で星5SSRを出しても買い物をしてはいけない。したら怒ると、釘を刺しておいた。
するとしょぼくれた声で、『はい……』と答えてきた。よほど、前に冷たくしたことが応えたらしい。
でもこれで、少しでも購買意欲が抑えられればいいのだが……。
「ううっ……分かったよ……原稿やる……できたら、ガチャさせて……」
「もちろん、頑張ってください」
それから十五分後。
スターダスト☆ブラスターの素材集めをしている最中、突然硝子さんが僕に向かって飛び込んできた。
「ぐぇ!?」
「出来た! ジョーカーくんガチャ! ガチャ!」
「ええっ、いくら何でも早くありませんか……? てか……硝子さんさんそんなに引っ付かないでくださいよ……む、胸がその……」
僕のお腹当たりには、横に潰れた硝子さんの胸があり、柔らかくて暖かい二つの感触と熱、そして圧倒的なまでの弾力感が伝わってくる。
これには思わず、僕も動揺と赤面を隠せない。
だがそんなことお構いなしに、硝子さんは真剣な眼差しで僕の体にぐいぐい詰め寄ってくる。
「色んなツールを駆使して速攻で仕上げたの……! 入稿もしたよ! だからガーチャ!
ガーチャ!」
「分かりましたから、そんなに近づいてこないでくださいよ!?」
全く、どれだけガチャが好きなのだ。
廃課金勢なのは知ってるが、まさか架空のガチャにここまでハマるとは……。
「ああ! 今度は星2NRだ……! ぐぬぬぬっ……!!」
「残念でしたね。また頑張ってください」
「なにか……なにかやることは……そうだ! ならあの段ボールの山を片づけたら引かせてもらえる?」
硝子さんが指さしたのは、台所に置かれた未開封の段ボール。
確かにあれに関しては、僕が片付けるわけにもいかない。
「え、ええ……いいですよ?」
「よーし、頑張るぞー……!」
まさかガチャの力がここまでとは……これ使えばもしかしたら、他のこともできるんじゃないか?
僕は試しに、硝子さんにあることを提案してみた。
「硝子さん、外を一人で散歩して来れたら、十回ガチャを回してもいいですよ?」
「ひよぇ!? じゅ……十連ガチャ……!! じゅ、十連……でも一人で散歩……ぐっぐぁああああっ!?」
硝子さんは頭を抱えて、かなり苦悩してらっしゃる。
これはまだ一人で外を出歩くのは無理そうだな。
ここでやけくそになって外に飛び出されても困るので、程々にしておくとしよう。
「すいませんでした硝子さん、無理なこと言って。代わりにその段ボールの山を片付けたら、二回ガチャを引いてもいいですから」
「ほ、本当に……?」
「ええ」
「わーい!」
硝子さんは次から次に未開封の段ボールを開けていき、中の物を取り出しては、棚などに置いて整理している。
だが段ボールの処理方法を知らなかったようなので、買っておいた布テープを渡して纏め方を教えたあげた。
硝子さんは段ボールの山を片付け終わると、早々に僕のスマホを借りて、ガチャを回した。
だが出たのは、いずれも星2NR、星3Rキャラだけだった。
「何でなのぉ……!? このガチャ排出率悪すぎない……!? 初期の初期、サービス開始時のスターダスト☆クライシスみたいだよ……っ!!」
「ガチャも運ですからね。もちろんちゃんと星5SSRが出ることは確認してありますので、これからも頑張ってください」
「くぬぬぅ……! 見てなさいよこのガチャ……! 絶対に星5SSRを出してやるんだから……っ!!」
硝子さんはぐぬぬと唇を横に広げ、今度は慣れない手つきでトイレ掃除を始めた。
だが彼女がどう頑張っても、当分は星5SSRを出すことはできないだろう。
なんせこのアプリには一つ、彼女の知らない隠された機能が備わっているからである。
このアプリには――事前に出る排出率を設定することができるのだ。
つまり、今このガチャの運営は、僕自身!
今現在、僕が設定した星5SSRの排出率は――わずか0.1%。
この設定は驚異的な低さであり、普通のスマートフォンゲームで設定すれば、間違いなく消費者センターに通報されてもおかしくないレベルの数値。
これならば、硝子さんが星5SSRを引く可能性も極めて少ない……!
また、僕のスマホでしか引かせないのもそのためだ。
彼女がこのアプリをダウンロードしてしまえば、確実にこの機能に気がついてしまうからな。
「トイレ掃除終わったよ……! ジョーカーくん!」
「はい、それじゃあガチャをどうぞ」
「今度こそ……あっ! 光った! あっ! あああっ!! ――くうぅっううう!? 今度は星4……っ!?」
「惜しかったですね、でもこの調子なら出せますよ。はい」
ただ、あまりにも星2、星3が続けば硝子さんも飽きてしまうため、そのギリギリを狙って、星4SRに関しては排出率を通常のゲームと同じくらいに調節しておいた。
これで、途中で投げ出してしまうこともないだろう。
「くっううううう……! 絶対に、出してやるんだから……!」
それからと言うもの、硝子さんは原稿の他に、掃除や洗濯、仕舞いには不慣れすぎて見てられないような料理をしてまでして、ガチャを回すようになった。
これはこれで心配なほどに、架空のガチャにどっぷりと浸かってしまっていたが、代わりに彼女が多々買う(誤字にあらず)ことは無くなった。
そして迎えた五月四日。
今日は結香と東京デートをする日だ。
待ち合わせ時刻は朝の十時。
もうそろそろ出なくてはいけないのだが、硝子さんは今だ僕のスマホと睨めっこしているため、出るに出られない。
「うぅ……大体のキャラクターは出せたけど……今だ星5が出ないなんて……課金さえできれば……」
硝子さんは今まで出たキャラクターたちの収まったコレクション図鑑を閲覧しながら、そうブツブツと色々なことを呟いている。
正直かなり不気味だ……。
体育座りをしているため、まるで怨霊みたく見えてしまう。
「硝子さん、そろそろスマホ返してくださいよ」
「もうちょっと待って……うん、よし、次はイケる。完璧。はい、ジョーカーくん、スマホ」
「どうも。それじゃあ今日半日ほど出かけてきますけど、約束――守ってくださいね?」
「特定の時間に電話すればいいんだよね? 分かったよ。だ、だからそれが出来たらガチャ回していいんだよね!? しかも十連も……っ!!」
「ええ、そうですよ。後、困ったことがあってもすぐ電話してきてください。帰ってきますから」
硝子さんに指定した時刻はお昼の十二時、十四時、夕方の十六時の三回。
これは硝子さんが僕に隠れて、お酒などを飲んでいないかのチェックをするためのものである。
と言っても、家のお酒は全部処分したし、硝子さん一人だけで買いに行くこともできないため、あまり意味はないとも思うが、念には念を押すに限る。
「それじゃあ行ってきます、硝子さん。良い子にしててくださいよ」
「うん、いってらっしゃ~い……!」
硝子さんを部屋に置き、僕は扉を閉めた玄関先で静かに目を閉じ祈った。
ああ、神様、どうかあの駄目駄目なお姉さんが我慢できますように――。
神様なんて信じていないけど、今日ばかりは祈らざるおえなかった。
◇◇◇
待ち合わせ場所は新宿駅。
駅から出て早々、人の声や、近くにある大型スクリーンの音、信号機や、広告車の音が混じり合った騒がしい音が耳に響いてきた。
ゴールデンウィークということもあって、人がごった返している中、そんな中でも目立つくらい、今日の結香は目立っていた。
もちろんいい意味で。
今回も僕のファッション知識の無さにより、詳しい描写はできないが、一言で例えるのなら――天使。
チープな表現だな。分かっている。
でもそうとしか言いようがないんだから、仕方ないじゃないか。
そんな天使姿な結香を演出するかのように、彼女の周りには鳩が飛び降りて、雲の切れ間から太陽の光が流れでて、彼女の上へと降り注いでいた。
そんな結香を呆然と見てしまっていると、こちらを見て、僕に気づき、結香は目を見開いて笑った。
「あっ、七芽くん、おはよう♡」
「あ……ああ、すまん、待たせたな。悪い、時間を無駄にさせて」
「今来たところだから大丈夫だよ♡」
「それ、絶対に今来たやつの台詞じゃないよな?」
「もうっ、相変わらず七芽くんは時間に厳しいねぇ……自他とも関係なくさ」
「時間は財産だからな。当たり前だ」
時間は――お金と違って消費する一方だ。
貯めることはできない。
だから他人の時間をないがしろにするということは、人生無課金主義者を掲げる僕にはとっては出来ない相談だった。
「あまり細かすぎると、嫌われちゃうよ? でも私は好きぃー♡ 七芽君のそういう優しいところ♡」
「開口一番に褒めるな、照れるだろうが」
だが結香に褒められることも大分慣れた。
もう赤面などしてやるものか。精々、体が熱くなる程度のことだ。
「それじゃあ、早速行こうか! 七芽くん♡」
「っ! ……なぁ、友達同士で手は握らないんじゃないか?」
「そんなことないよ? それにはぐれたら、それこそ無駄な時間の消費に繋がると思わない?」
「……一理ある」
結香のやつ、どうやら少しずつだが、僕の性格を分かってきたらしい。
時間の浪費を持ち出されたら、僕は何も言えるはずがない。
しかたなく、僕はそのまま結香と控えめに手を握ることにした。指先にちょっと触れる程度のものだ。
他意は一切無い。
最初からペースを乱されまくりだが、こうして僕と結香の(友達としての)デートが始まったのだった。
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