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6.イベント:【戦いの後の晩餐会】

「んっ……あぁ……いい匂い……」

「ああ、硝子さん。おはようございます」

「うん……ジョーカーくん、おはよう……」


 硝子さんはベッドから体を起こした。

 すると何かに気がついたのか、部屋を見回して、僕を見る。


「あれ……部屋が……片付いてる……?」

「ええ、あまりにも汚かったので、ちょっとだけ片付けさせてもらいました」


 硝子さんが眠った後、僕はこれから過ごすことになるこの空間を少しでも快適に過ごすため、時間を投資して、掃除をしていたのだ。


 といっても足の踏み場を作り、ちょっとだけ綺麗にしただけである。

 最初から開いていた段ボールから品物を出してまとめ、空となった段ボールは潰し、未開封の段ボールは流石に無断で開けるわけにはいかなかったため、台所の端に寄せておいた。

 掃除機はこの家になかったため、買ってきたダスキンで床などを拭いた。

 それだけである。


「あ、ありがとう……わざわざ掃除してくれて……」

「僕もこれからここで住むことになりますからね。流石にあのままじゃ、快適に過ごせまんから」


 これも未来の僕に対しての投資だ。

 やっておかなければ、後々後悔することになるだろう。


「あはは……ごめんね……汚い部屋で……」


 ぐぅ~


 その時、硝子さんのお腹から音が響いた。


「お、お腹空いたぁ……」

「もう夜の七時ですからね。ちょっと台所を借りて、カレー作ったんですけど食べます?」

「食べりゅっ!」

「そうがっつかなくても、大丈夫ですから」


 僕は炊飯器からご飯を二皿分よそって、鍋に作っておいたカレーをかけた後スプーンを付けて、奥の部屋の中央に置かれた小さなテーブルの上に並べた。


「美味しそぉ~! あれ……でも家にまともな材料なんて、なかったはずだけど……?」

「だからさっきスーパーで買ってきたんですよ。カレーなら一度に多く作ってしまえば、当分は料理をしなくても大丈夫ですからね」


 そのついでにスーパーのリサイクルコーナーで、ビール缶も捨てられたので一石二鳥である。

 硝子さんは合掌をした後、スプーンですくったカレーを口の中に入れた。


「うっまぁ~いっ! ジョーカーくん、料理上手だったんだね!」

「大げさな、カレーに失敗もなにもないですよ。作り方さえ間違えなければ、誰だって美味しく作れます」


 それに料理上手というのは、本来結香のような人間を指す。

 彼女の作る料理の美味しさに関してだけは認めざるをえない。

 

「料理もできて、家事もできる……ジョーカーくん、思ったよりも将来有望だね……! ずっとわたしのお世話をしてほしいくらいだよ……」

「絶対に勘弁です。硝子さんの場合、僕の人生全てを課金するハメになるので」

「そ、それこそ大げさだよジョーカーくん……! わたし、そこまでひどくないよ……っ!?」

「宅配便に出るのもやっとなのに?」

「うっ……! そ、それはどうにかできたでしょ……?」

「まだ一日目ですよ、気は抜かないように。また明日もするんですから」

「うぐっ!? あ……あれで終わりじゃないの……?」

「何言ってるんですか? たかが一回出来たくらいですよ。もう何回かはしてもらいます」

「そ、そんなぁ~……っ!!」


 と言っても、九日間。

 いや明日で八日間だから、あまり日にちは掛けられない。

 やっても、後二日が限度だな。

 それまで少しでも、酒無しで人とまともなやりとりができるようになってもらわなくてはならない。

 かなり厳しいが、慣れてもらう他ないだろう。






 洗い物を終えると、硝子さんはパソコンに向かって何かをしていた。

 

 硝子さんはノリノリ気分で何かを描いており、画面を見るとそこには硝子さんの描いている漫画のページが表示されていた。

 その後も次々と線が増やされて生まれるキャラクターたち。


 そこにいたのはプロの漫画家としての硝子さんの姿であり、笑顔で漫画を描く彼女を見ていると、今までの残念な姿を吹き飛ばすくらい素敵に見えた。


「……楽しそうですね」

「うん……っ! 漫画を描くのって、すっごく楽しいよ……! ジョーカーくんも描いてみない……?」


 硝子さんは遊びに誘うように、僕にペンを差し出してきてくれた。

 もう漫画のページはなく、まっさらな新規の紙がスタンバイされている。

 だが僕は手の平を振って断った。


「僕には硝子さんみたく、絵心も話を考える才能もありませんので、パスで」

「別にわたしも才能があったわけじゃないよ……? ただ好きで描いてたら、いつのまにかこうなってたの」


 硝子さんは再びペンを持ち直し、執筆を再開させた。


 硝子さんの漫画は、『篭守さんは吐き出したい』というタイトルのラブコメ漫画だ。

 内容は、引きこもりの女子高校生が、幼馴染みの男に『好き』という感情を吐き出すため、毎回奮闘するが結局上手くいかず悶々とする。

 確かそんな内容だった。

 別名、『尊い系漫画』とも呼ばれ、SNSのコメント欄にも、『尊い』、『続きが読みたい』などと書かれた画像が多く貼り付けられていた。


 僕はあまりハマらなかったが、世間では高い需要を誇るようだ。

 だから連載して単行本化し、こうして僕が厄介なことに巻き込まれるハメとなったわけだ。

 そう考えると、先人たちのいうとおり『人生はクソゲー』である。


 でも改めてみる、この篭守さんて……。

 

「この篭守さんって、硝子さんがモデルなんですか?」

「ひゃいっ!?」


 先ほどまでノリノリでペンを走らせていた硝子さんが、再び固まった。

 本日二度目の石化である。


「そ、そ、そんなことないりょ……っ??」

「声が裏返っていますよ」


 どうやら図星のようだ。

 本当に表情によく出る人だな、分かりやす過ぎるぞ。

 僕がじーっと見つめていると、硝子さんは絞り出すような声を上げた。


「しょ、しょうがないじゃない……! だって創作物ていうのは本来、作者の欲望を書き出すものなんだよ……! だから別にこんな駄目駄目なわたしのような子でも、受け入れてくれてお世話してくれる都合のいい男の子が出てくる物語を描いてもいいじゃない……っ!!」


 なんと清々しい駄目人間宣言だろう。

 先ほどまで素敵に見えた硝子さんの姿は吹き飛んでいった。


 硝子さんの仕事風景を見守りつつ、僕はスマホでネットの海を泳いでると、一件のメッセージが飛んできた。

 結香からだ。

 見てみると、今日から始まった仕事のことが書かれており、撮影衣装でピース姿を決める結香の写真も一緒に送られてきた。

 写真では生で見るよりも魅力は半減してしまうが、それでも可愛すぎるのであまり直視してはならない。


[七芽くんは今日何してたの? 知りたいなぁー♡]

[家事]

[ああ、部屋の掃除してたんだ。七芽くんて男の子の割に結構マメなんだね]

[まあな]


 僕の十八番、『本当の事はいわず、嘘も言わない』だ。

 明確な場所は言っていないため、嘘ではない。


[でも前みたいな無理だけはするなよ]

[七芽くんに会えなくて、寂しくて、つい倒れるくらい頑張っちゃいそう♡]


 僕はすかさず、結香に電話を掛けた。


「絶対にやめろ」

『七芽くんこんばんわ♡ こうして夜に電話するのは初めてだね♡』

「話をするつもりはない。単に警告をしっかりするだけだ」


 今結香が倒れれば、僕は彼女の『サポートキャラクター』として、すぐに彼女の元へ向かって、看病しに行かなければならなくなってしまう。

 今それをされるのは非常に困る。今だけは。


『そんなつれないこと言わないでよー、私明日も仕事だから何か応援の言葉をもらえたら嬉しいなぁーって♡』

「頑張れ。じゃ」

『あ、待って七芽くん!』

「なんだよ、話をする気は――」

『愛してるよ。おやすみ』


 そう言って結香は電話を切りやがった。

 ……くそっ、おふざけなしでその言葉は反則だろうが。

 僕は右手で赤面する顔を押さえていると、硝子さんがこちらを見ていた。 


「例の転校生ちゃん?」

「ええまあ……そうですけど……」

「愛してるとでも言われたの?」

「っ!? どうしてですか……?」

「なんだか顔が赤いから」

「き、気のせいですよ。気のせい」

「ジョーカーくん、愛してる」

「なんですか、そんな唐突に」

「『愛してる』っていえば、ジョーカーくんがわたしのお世話を一生してくれるかなと思って……」

「ねえよ! なに恐ろしいこと考えてるんですか!?」

 

 まだ諦めてなかったのか、この人。

 本当に勘弁してほしい。

 僕は誰かの人生を背負いきれるほどのメンタル、持ち合わせてはいないのだ。

 そんな僕に硝子さんみたいなお世話レベルの高い人、到底背負いきれない。てか背負う気もない。


「とにかく僕はもう寝ますからね……今日疲れました……」

「うん、お疲れ様ジョーカーくん。おやすみ……」


 僕は硝子さんと『おやすみ』の言葉を交わした後、借りた毛布に包まり、目を閉じた。


「そうだよね……転校生ちゃんがいるんだもんね……」


 微かに硝子さんの独り言が聞こえたが、あまりにも眠かったため、それを聞き返すことはしなかった。

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