5.メインクエスト:【レッスン1 『代用品を使え』】 実戦編
ピンポーン
「っ!」
チャイムの音が鳴って、硝子さんは体を跳ね上がらせた。
多分宅配便だ。
先ほど事前にスマホで確認して、配達が付近まで来ていることは知っている。
「それでは硝子さん、これを一つだけ取って食べてください」
僕はすかさずバッカスチョコレートの箱を開けて、硝子さんの前に差し出した。
「一日の上限は五個までです。あまり頼りすぎても効果が無くなってきますので」
「ほ……本当に大丈夫かな……?」
「ええ、硝子さんならできますよ」
「そ、そう……? そ……それじゃあ……っ!」
硝子さんは覚悟を決めたのか、箱からチョコレートを一つ掴むと、それを口の中に放り込んだ。
それを口で何度か転がし、ゆっくりと溶かすようにして食べている。
「硝子さんは今お酒を飲んだ状態と変わりません。だからもう、誰と会っても平気なんです」
「ふぅー……うん、そうだね……!」
硝子さんは自信を持った足取りで進み、玄関の扉を開けると、そこに立っていたのは思った通り、こないだと同じ宅配便のお兄さんだった。
僕はそれを奥の部屋の影から見守っている。
「ご利用ありがとうございます! お荷物のお届けに参りました!」
「はひっ!?」
お兄さんの声量の大きさにビックリしたのか、硝子さんは肩を跳ね上がらせて、固まってしまっていた。
このままではまずい。
固まってる時間が長ければ長い程、やり直すことは困難となる。
それでもし、失敗なんてしたら最悪だ。
紙装甲メンタルな硝子さんの場合、一度の失敗が大きく後を引きずることになる。そうなれば大幅な時間の浪費だ。
その後に立て直しなんて、九日間では到底間に合わない。
だから今回は一度でも失敗すればゲームオーバーなんだ!
これでは、僕が投資したチョコレート代と、これまで計画を考えた時間が無駄となってしまう。
それだけはなんとしてでも避けなくてはならない。
僕はすかさず、硝子さんのスマホに電話をかけた。
鳴り響く着信音で、硝子さんは体を飛び上がらせる。
「ほえっ!?」
「あの……電話、鳴ってますけど?」
硝子さんは着信に驚き、再び意識を取り戻した。
よし、これでいきなり転ぶ心配はなくなったぞ。
硝子さんは僕の着信を確認し、電話に出てくれた。
「『ど、どうしたの……ジョーカーくん……こんな近くにいるのに……』」
「僕が出て行ったら訓練にならないでしょ? だからせめて最初だけは電話を使ってサポートします。大丈夫です、硝子さんならやれますよ」
「『う、うんそうだね……大丈夫だよね……?』」
硝子さんは電話を持ちながら再度、宅配便のお兄さんと向かい合った。
視線を外してはいるが、さっきとは違い固まったりはしていない。
「あの……お電話でしたら、お待ちしますよ?」
「『い、いえ……このままで大丈夫なんです……』」
「そうですか? では伝票の方にサインをお願いいたします」
「『は、はい……わかりました……』」
硝子さんは震える手でペンを受け取り、伝票を書き始めた。
こないだ見たなめらかな動きとは違い、かなりぎこちない。ペン先がガリガリと音を立てている。
「『じょ、ジョーカーくん……いる……?』」
「大丈夫です。ちゃんと見てますよ」
「『う、うん……わたし……頑張るから……っ!』」
今回の荷物は合計で四つ。つまり四枚の伝票を書かなくてはならない。
硝子さんはたっぷり三十秒かけて、ようやく一枚目の伝票を書き上げることに成功した。
「『か……書けたぁ……!』」
「その調子です。その勢いで、次のも書いてください」
「『う、うん……わかったよ……』」
その後も硝子さんは時間をかけつつも、二枚目、三枚目と伝票を書いていき、とうとう四枚全ての伝票にサインを書き上げた。
これで最初の難関はクリアしたぞ。後は荷物を受け取るだけだ。
「『ふぅー……できたぁ……』」
「あの……ご気分でも悪いんですか?」
「『へぇ!? い、いえ……違うんですあの……』」
「硝子さん、焦らず、すぐに荷物を受け取ってください」
「『はっ……に、荷物……荷物をいただけませんでしょうか……っ!?』」
「これは失礼いたしました。こちらがお届け物になります!」
「『は、はい……』」
硝子さんは一つずつ段ボール箱を受け取っていき、一時は順調そうに見えた。
だが、
「あわっ!?」
よりにもよって、最後の最後、四つ目の荷物を受け取ろうとした際にバランスを崩し、転倒しかけたのだ。
倒れる硝子さんと、彼女を掴んだ手。
「大丈夫ですか!?」
宅配便のお兄さんが咄嗟に、硝子さんの体を支えてくれたのだ。
なんと絵になることか。
最近の邦画みたいな展開である。
普通ならここで恋が始まってしまうのだろう。
だが残念、相手はあの残念美人な硝子さんである。
そして彼女にとって、この状況は最悪だった。
宅配便のお兄さんと完全に目が合ってしまったのだ。
スマホは床に落ち、硝子さんは石化したかのように固まってしまっている。
恋する乙女の表情どころか、恐怖と混乱で顔が歪み、泣く寸前である。
「あ……あわわぁあっぁ……!?」
まずいぞ……このままじゃ確実に作戦が失敗に終わってしまう……!
でもどうする?
頼みのスマホは落ちてしまい、体の固まった硝子さんがそれを再度拾うことはできない。
なら彼女が覚醒するワードを、思いっきり叫ぶしか方法はない。
だがそれはなんだ……?
硝子さんを一発で現実に引き戻すことができる、魔法の言葉は……?
僕はヒントを探すため部屋中を見渡していると、ある物を目にした。
これだ! これなら確実に硝子さんの意識を取り戻せる! 迷ってる暇はない!
絶体絶命な状況を打開する言葉。
僕は電話越しに、その魔法の言葉を思いっきり叫んだ――!
「ロイヤルブルースターダストブラスターのピックアップがきたぞッ!!」
「へぇぁ!!?」
それを聞いた硝子さんは、腕を高く上げて飛び上がるようにして立ち上がり、そして覚醒した。
そして目を瞑った優しい笑顔で、宅配便のお兄さんに微笑んだのだ。
「大丈夫です。ありがとうございます。それではお仕事ご苦労様でした」
「は、はぁ……?」
宅配便のお兄さんは頭に大量のはてなマークを浮かべながら、帰っていった。
色々とすいませんでした、お兄さん。お仕事ご苦労様です。
硝子さんはそこら辺に適当に段ボールを置くと、奥の部屋から出てきた僕の方に向かって歩いてきた。
「やりましたね、硝子さ……っ!」
驚いた。
硝子さんが僕の胸に飛び込んできたからである。
「しょ……硝子さん……?」
いきなり抱きつかれては困る……。
好みのタイプだから思わず、ときめいてしまうじゃないか。
後、プレスしてくる胸がすごい……。
少々赤面する僕に、硝子さんは期待の眼差しを向けつつ、こう聞いてきた。
「じょ、ジョーカーくん……ロイヤルブルースターダストブラスターのピックアップがきたって本当なのっ……!?」
「あれは嘘だ」
「そんなぁああああああああああッ!?」
あれは、こないだ届いた1/7スターダストブラスターのフィギュアを見て、僕が思いついた方便であり、もちろん嘘だ。
そんな残酷な真実を聞かされて泣き崩れた硝子さんに、僕は彼女の肩を優しく叩いて、もう一つの事実を告げた。
「でも、宅配便を受け取ることは出来たじゃないですか」
「! ほ、本当だ……! や、やったよジョーカーくん……! わたし……できたよっ……! 褒めて褒めて……っ!」
「はい、頑張りましたね」
本当に大きな子供みたいだ。
たまに二十歳であることを疑ってしまうが、でもそんな彼女を見ていると、なんだか微笑ましい気分になってきてしまう。
「うん! ……あ、待って……それを聞いてなんだか急に力が抜けてきちゃった……じょ、ジョーカーくん、ベッドまで運んでいってくれないかな……?」
「はいはい、分かりましたよ」
僕は硝子さんをおんぶして、ベッドの元まで運んでいった。
硝子さんは疲れたのか、そのまま横になって数分後、彼女の寝息が聞こえてきた。
「宅配便を受け取っただけでこれとは……先が思いやられるな」
僕はそう言いながらも、硝子さんの上に優しく布団をかけてあげた。
世間にとってはとても小さなことかもしれないけど、彼女にとってこれまでの人生を変える程の大きな一歩を踏み出したのだ。
だから今は、ゆっくりと休ませてあげることにしよう。
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