4.メインクエスト:【レッスン1 『代用品を使え』】
【訂正】
結香とのデート日数を、『五月三日』から『五月四日』。
打ち合わせの日を、『五月五日』から『五月六日』に変更しました。
とうとうやって来てしまった、ゴールデンウィークに入る直前の土曜日。
そして、これから僕が死闘を演じることになるであろう、九日間の始まり。
僕は朝から電車に乗って千葉から東京へと向かい、硝子さんのアパートの扉の前までやって来ていた。
持ち物は着替えや充電器などを入れたリュックサック、それと先ほど買ったある物の入った紙袋を持っていた。
チャイムを鳴らすと、中から何度か物音がし、扉が数センチほどだけ開いた。
しっかりとチェーンを取り付けて、扉の隙間からこちらを伺うようにして見てくる眉を下げた硝子さんの顔が確認できた。
「い、いらっしゃい……ジョーカーくん……」
僕だと分かると硝子さんはすぐにチェーンを外し、扉を開けた。
今日の姿は黒色のジャージに、縦書きで『廃課金命』という文字が書かれていたティーシャツを中に着ていた。
ご自慢の美しく流れるような黒髪には所々に寝癖が付き、頭の上には黄色のレンズのブルーライト眼鏡がのっている。
うーん、なんという残念美人。
こないだのタートルネックと、ロングスカートを履いていれば、読書姿が似合う文学美人お姉さんに見えるのに非常に勿体ない。
「よく飲まずに出られましたね。少し心配していたんですけど」
「じょ、ジョーカーくんはもう……知らない人じゃないから……」
「それならこれからの生活も安心ですね。とにかくお邪魔します」
「うん……! 少し汚いけどあがって……」
中に入ると、相変わらず部屋には段ボールが積まれており、足の踏み場が少ない。
どこが少しなのだ? 感覚が麻痺してるんじゃないか?
そんな疑問はさておき、僕は荷物を置いて早々に本題に入ることにした。
「それじゃあ硝子さん。これから打ち合わせまでの九日間。あなたの人生廃課金主義を直すため僕は色々なことを言いますけど、ちゃんと従ってくださいね」
「そ、それは……その……えっちなことも含む……?」
「なぜそうなる」
いきなり話の軌道をずらすな。
戻すのが面倒くさくなるだろうが。
硝子さんは顔を赤らめながら、自分の体を触りつつ、吐息交じりで恥ずかしそうに僕から顔を背けた。
その仕草が一々エロいから困る。
健全な男子高校生の純情を弄ばないでほしい。少々前屈みになってしまう。
「だ、だって……っ、ジョーカーくんも若い男の子だから……その……そういうことされちゃうのかなて思って……そ、そっち系の漫画でも……そうなってたし……だから……っ」
「僕は、人に向かってゲロを吐くような女性に欲情はしません」
「ご、ごめんなさい……」
しょぼくれる硝子さんも可愛いが、それに構っている暇は無い。
早く話戻さないと埒があかない。
「とにかく、僕の言うことには従ってください。いいですね?」
「わ、わかったよ……! それで、まずは何からすればいいのかな……!」
「そうですね。まずは――」
僕は台所にあった酒を持ち言った。
「この家にあるお酒を全部捨ててください」
「やだよ!?」
「言ったでしょ? 『ちゃんと従ってくださいね』、て」
「わたしも言ったじゃない……! お酒を飲まないようにする方法を考えてって……っ!」
それはちゃんと覚えているのか。
となると、泥酔さえしなければ記憶は残るというわけか。厄介な。
「でもあったら確実に飲んじゃうでしょ?」
「うっ! で、でもいきなりお酒が飲めなくなっちゃったら、わたし宅配便にすら出られなくなっちゃうよ……っ!」
「だから完全に無くす訳じゃありません。お酒を飲む代わりに、他の物で代用して体を慣れさせていくんです」
「他の物……?」
「これですよ」
僕は事前に持ってきていた紙袋から、中身を取り出す。
手に持ったのは、紙袋に包まれた長方形の薄い箱。
「なに……それ……お菓子……?」
「バッカスチョコレートですよ。微量のお酒が入ったチョコレートです。硝子さんにはこれからお酒の代わりに、このチョコレートを食べてもらいます」
「む、無理だよそんなの……! だってそれ、ちょっとしかお酒が入ってないでしょ……っ!?」
「でもお酒の味はします。それも酔いすぎないほどに少量です」
「無理無理死んじゃう……っ!! そんな量じゃ私、人と会っただけで死んじゃうよっ!?」
どれだけ貧弱なのだ。スペランカー先生もびっくりだぞ、おい。
だがそんなわがままを聞いてやれるほど、僕は優しくない。
だから声を少しだけ低めて、口調を変える。
「いいかシンデルヤ。僕はお前から仕事の依頼を受けた。それも九日間で、その人生廃課金主義とやらを直せときたもんだ。
正直、人生の時間を消費してまでやりたいと、僕は思っていない。単純に報酬が出るから、その分の仕事をしようとしているだけだ」
「うっ……ううっ……っ!」
それを聞いて、硝子さんは目の端から涙を流し始めた。
やはり怒られることに慣れていないのだろう。
だから彼女の場合は、ここが潮時だ。
「だがな。それとは別に、僕は親友であるお前の頼みをなんとかしてやりたいと思っているんだよ」
「へぇ……っ?」
僕は少しずつ声を柔らかくしていき、語るように言葉を繋げていく。
「親友のお前が困っているのなら、僕は助けてやりたい。
僕はどんな困難な状況でもそれを乗り越えてきて、お前もそれを認めてくれているんだろ?
そう思ってくれているのなら、どうか僕を信じてくれ。必ず僕が、シンデルヤの悩みを解決してみせる。
だからお願いだよシンデルヤ、僕の頼みを聞いてはくれないか?」
「ジョーカー……くん……」
「決めるのはシンデルヤ次第だ。無理強いをさせるつもりはない。僕のやり方が気に入らないのなら、そう言ってくれて構わない」
硝子さんは少しだけ俯き口を閉ざすも、その後すぐに優しい笑顔を僕に向けてきた。
「……わかったよ、ジョーカーくん。わたし、あなたを信じて、頑張ってみようと思う……っ!」
よし、乗っかってきたな。
硝子さんは頼み事を断れない。しかも対人能力が乏しい。
だから少し冷たくした後に落差を付けて褒めてやれば、必ず首を縦に振ると思ったのだ。
少し卑怯なやり方ではあるが、これも彼女のためだ。
それに、さっき言ったことは僕の本心だ。
だからこそどんな手を使ってでも、彼女に僕の提案を飲んでもらう必要がある。
「今日も宅配便は来ますか?」
「うん……昨日原稿を頑張ったご褒美に、四個くらい欲しいものを買っちゃったから……」
「それなら丁度いい、今日中に試せそうですね」
いずれはこの衝動買い癖も直さなくてはいけないが、焦りは禁物だ、一つずつ、着実にクリアしていく。
宅配便のお兄さんを待つ間、僕はちゃんと硝子さんの了承を得てから、開いているお酒を全て台所の排水口の中に捨てることにした。
未開封の物は売れるため、業者さんを手配し、後で買い取りに来てもらうことにした。
その間に僕はお酒を次々と流していたわけだが……、
「ああ~っ!! 我が愛しのロン・サカパセンテナリオ! ジャックダニエル! ポールジロートラディションっ!! そ、その子はレミーマルタンルイ13世っ!? や、やっぱり止めてジョーカーくんっ! その子たちにそんな酷いことしないでっ!? その子たちがいないとわたし、とても生きていけないのよ……っ!!」
「酒を名前で呼ぶの止めてくださいよ……人聞きが悪いじゃないですか……」
その間、硝子さんはまるで愛する我が子と引き裂かれる母親のように、捨てられていく酒の名前を叫んでは、僕の足下にへばりつき必死な表情で泣いていた。
言葉だけで聞けば、完全に僕が極悪人である。
勘弁してほしい……。
「お願いよっ! わたしのことは好きにしてもらっても構わないからっ!! その子たちは……その子たちだけは……っ!!」
「駄目です」
「あああああああああああああっ!?」
その後も硝子さんの泣き言を聞きながら、僕は複雑な気分でお酒を流し続けたのだった。
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