3.フラグ管理
訂正:結香とのデート日数を『三日』から『四日』に変更しました。
「はい、七芽くんお弁当だよー♡」
シンデルヤ、もとい硝子さんからの頼み事を引き受けた、翌日の月曜日の昼。
僕はいつものように結香からの弁当を受け取って、中身を開けた。
今日の献立はオムライス。その横には箸休めとして、ウィンナーやブロッコリーが添えられている。
オムライスの上にはケチャップで書かれた大きなハートの中に、『大好き♡』と書かれていた。
メッセージが重い……。重くて甘い。
「ありがとうな、結香」
「うーん、お礼を言われるのは嬉しいんだけど、七芽くんいつもその言葉だよね? 形式的になってきてるというか、もう少し変化球を付けてきてもいいんだよ……?」
「ありがとうございます。結香さん」
「どうして他人行儀になるのっ!? 違う、そうじゃないよっ!」
「早く食べようぜ? 僕は結香の弁当を食べるのが待ち遠しいんだよ」
「もうぉ、最初っからそういう言葉でいいんだよ……どうして七芽くんはそう捻くれているのかな?」
頬を膨らませながら、不満げに僕を見てくる結香はとても可愛い。
だがそれが僕を堕とすためだけに作られた、計算された顔であることを僕は知っている。
だから素直には惚れてやるわけにはいかない。
恋愛とは課金と同じ。
付き合ってしまえば、相手に自分の人生の時間やお金を消費(課金)することになってしまうことになる。
それは僕の人生無課金主義に反する。
「女子にいい思い出がない男子は自然とこうなるんだよ」
「それを聞くと、なんだか悲しくなってきちゃうよ……。それならこれからはもう少し、男の子に優しくしてあげようかな……」
「やめとけ。結香に優しくされたら、大概の男子は勘違いするぞ」
「一番勘違いしてほしい人に言われても、説得力がないよ……」
「僕は変人枠だからカテゴリーが違うんだよ」
「でもいいもん。胃袋に関しては、着実に攻略しつつあるからね♡」
それを言われると耳が痛い。
確かに今では平然と、結香の弁当を美味しく食べてしまっている。
でもこれは友達のよしみで食べてる部分もあるし、まだセーフだ。セーフ。
それに美味しいからしょうがない。やめられない、とまらないのだ。
だがそんな美味しい弁当も、今日は味が薄く感じてしまう。
原因は硝子さんの『人生廃課金主義更生プログラム』のことを考えていたからだ。
その方法を僕は未だに考え付いていない。
ネットでも中毒症状をやめる方法などを調べてはいるが、今だにいい案が思い浮かんでいない。
だがこれだけは確定している。
『僕が硝子さんのアパートに泊まり込んで彼女を見張ること』は。
でなければ確実に硝子さんはお酒を我慢できずに失敗してしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならない。
だが何故僕がここまで必死になって、こんな面倒な計画を成功させようとしているのか。皆様は不思議に思うことだろう。
それは単純な話、これが金のかかった仕事だからである。
マーライオンが落ち着いた後、硝子さんは改めて報酬の話を持ち出してきたのだ。
『ジョーカーくんの時間をいただくんだから……ちゃんとお金は払わないといけないからね……』
フリーランスの仕事をやっているだけあって、人の時間の対価を十分に理解しているようだ。
そこら辺に関しては大変助かる。僕も無償で働かされるのはごめんだからな。
現金が絡むなら、僕も手は抜けない。
徹底的に彼女の依頼を全うしなければならないだろう。
そんなことを頭に巡らせながら弁当を食べていると、結香が携帯を取り出した。
「そうだ、七芽くん。ゴールデンウィークの予定って空いてる? 空いてるよね」
「どうして確定事項で話を進める」
「だって七芽くん、一緒に遊びに行くような友達なんていないでしょ?」
「……いやいないけど、一応僕にも予定というものがあってだな」
「それじゃあ、ゴールデンウィークの予定は?」
『硝子さんの廃課金主義更生プログラム』
なんて言えるはずがない。
彼女の話を持ち出せば結香のことだ、確実に面倒なことになる。
それだけは、なんとしてでも防がなくてはならない。
「まあ……ないけど……」
「よかったぁー、実は私五月四日だけはお休みなんだ」
「だけ? もしかして他の日は仕事なのか……?」
「うん。また撮影の仕事が入ってるの」
「モデル業も大変だな……僕にはそんな仕事に追われる青春時代なんてごめんだよ」
「だからその日だけでも一緒に過ごさない? お願ぁ~い、七芽くん♡」
「断る。僕の時間は僕が決める。何処にも行く気はない」
もしその日に予定を入れれば、硝子さんから目を離すことになってしまう。
それだけは是が非でも避けたい。だからここは、断固としても断らなければいけない。
「うん。だから、私が勝手に七芽くんと一緒に過ごすの。七芽くんがしたいことを私もする。それならいいでしょ? もし七芽くんがずっと家にいるっていうのなら、お家デートでもいいからさぁ?」
まるで僕を誘惑するかのように、結香は僕の手に指を絡ませてきて強く握り、赤らめた顔で上目遣いにこちらを見てきた。
握られた手の力は強く、ビクともしない。
……あれ?
「ゆ、結香さん……? なんだか顔が近くなってきてませんかね……?」
「気のせいだよ、気のせい。だから七芽くんが私とキスしても、それは気のせいだからさぁ……♡」
「気のせいで済ませるなっ!? 一発アウトだろがそれっ!?」
くっ! 流石は元最強の喧嘩児!
もやしっ子の僕では、手を引き離すことができない……ッ!
ヘビに睨まれたカエルとはまさにこのこと。
結香の目は一見溶けたように緩んで見えるが、その奥にある瞳には獲物を狩る時のハンターと同じ眼光が光っていた。
流石は長年にわたって理想の美少女の姿を作り上げてきただけのことはある。
相変わらず可愛いな畜生……。
だからこのままキスされるのはまずい……! 確実に堕とされてしまうッ!!
打開策は結香の質問に答えることだが……どう回答すればいい……ッ!?
これは非常に厄介な問題だ。
もし僕がここで断ったとしても、結香はその日僕の家に突然来るかもしれない。
するとどうなるか?
僕は友達の家に泊まりに行ったことにするつもりだったが、結香は確実にそれを嘘だと見破り、僕を問い詰めてくるだろう。
そうなれば、また黒台風の発生。僕が二重苦になるだけだ。
それならここは、少しでも硝子さんのアパートから近い場所を指定した方が却って有利!
これだ!
結香に決定権が渡るよりも先に、僕が行き先を決めればいいッ!
「まっ……てぇっ……ゆっ……かァッ!!」
「おっと……!」
僕は残された力を全て使い、強く握られた結香の手を力ずくで離してこう提案した。
「そ、それなら一緒に東京へ行こう! あっちの方が遊ぶところもあるだろ? なっ?」
「本当にっ!?」
「ああ、狭い家にいても退屈なだけだしな」
「私はそれでもいいんだけどなぁー、お外ではとてもできないようなこともできるし……でも嬉しいよ、七芽くん。楽しみにしてるね♡」
「ああ、任せとけ。待ち合わせ場所は後で伝えるから」
助かったぁ……。
これで離れる距離を最小限にまで縮めることはできた。
後は離れた時の対策だな。ちゃんと考えておかなければ。
次々と沸く問題に頭を抱えつつ、僕たちの騒がしいお昼休みは過ぎていった。
僕はその日の放課後、教えてもらった硝子さん本人の連絡用アプリにメッセージを飛ばした。
[ゴールデンウィーク中は、硝子さんの家に泊まりますね]
たった数日ちょっとで、星5SSR美少女ランクの女性のアドレスが三件にまで増えるとは……全く、人生とは分からないものである。
メッセージはすぐに既読が付き、返信が返ってきた。
[いいとも~!]
この文面からして、夕方なのにもう飲んでるな?
まあいい。文章で残してあるから、酔いが醒めたら再度確認するだろう。
僕は先を思いやられつつ、改めて彼女の更生プログラムの案を練ることにした。
◇◇◇
翌朝、僕は電話の着信音で目を覚ました。
スマホを見ると、かけてきたのは硝子さんであり、僕はベッドに丸まりながら電話に出た。
「はぁい……もしもし……?」
『ど、どういうことジョーカーくん……! ゴールデンウィーク中、わたしのアパートに泊まるって……っ!?』
「その方が都合がいいでしょう? 僕がそっちに泊まれば、ずっと硝子さんのことを見張ることができますし」
『で、でも未成年の男の子を泊めてるなんてしられたら……』
「別にいかがわしい関係じゃないから大丈夫ですよ。両親にも友達の家に泊まるって言っておきますから」
『で、でもでも……!』
中々引き下がらない硝子さんに、僕は思いの丈を告げる。
「あのですね硝子さん、よく考えてみてください。僕の実家は千葉で、硝子さんのアパートは東京にあるんですよ? その間の移動時間、交通費で一体どれだけ僕に人生の課金されるつもりですかねぇ?」
『ごめんなさいごめんなさい……! だからそんなに怒らないぇ……っ!!』
「それに我慢弱いあなたから目を離せば、確実に飲むでしょ?」
『そ、そんなことないよ……っ!』
「それじゃあ昨日はお酒、飲まなかったんですか?」
『……す、少し』
「はっきりと答えてください」
『うぅ……飲みました……飲んでしまいましたぁ……っ』
まるで悪戯がバレて怒られている子供のようだ。
駄目だこの人。
もうどうにもならない。
「だからゴールデンウィーク中は僕が住み込みで見張ります。正確に言えばその前の土日からですね。期間は九日。それまでいさせてもらいますから」
『ううぅ……わかったよ……よろしくお願いします……』
「それでは土曜日に、また会いましょう」
硝子さんの弱々しい声を最後に、僕は電話を切ってベッドから立ち上がり、学校に向かうため掛けておいた制服に手をかけた。
この先に待つ九日間はとても長い日々になりそうだな、と思いながら。
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