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2.廃課金系美少女

訂正:打ち合わせの日を、『五月五日』から『五月六日』に変更しました。

 僕は唖然と顔で、シンデルヤを見ていた。

 昨日までの破天荒な酔っ払いはいずこへ。

 今目の前にいるのは、僕に怯えて布団に包まるか弱く儚い女性でしかなかった。


「ど、どうして……わたしの家に男の人が……? ど、どちらさまなんですか……っ?」


 今にも恐怖で泣き出しそうな彼女に、僕はなるべく優しく、そして探るようにして声をかけた。


「えーと……その、昨日のことを覚えていませんか?」

「すみません……」

「そうですか……それじゃあ改めまして自己紹介を。初めましてシンデルヤ、僕は『ジョーカー』です。昨日、あなたとオフ会をした」

「そ、それじゃあ……あなたが、ジョーカー……くん……なの?」

「ええ、まあそうです」

「ま、まさかこんなに若い男の子だったなんて……もっと年上の人かと思ってた……」

「それはこっちの台詞ですよ。もっとデブなおじさんかと思ってました」

「ち、ちがうもん……! これでも二十歳のお姉さんなんだよ……!」


 うっ! 

 これはまずいぞ。

 正直、僕の好みの巨乳お姉さんだ。

 今の言動といい、かなりくらっときた。

 このままでは心を鷲づかみにされてしまう。ハートを打ち抜かれる前に話題を変えるとしよう。


「それは失礼しました。それで結局覚えているんですか?」

「ううぅ……ご、ごめんなさい……昨日のことは、本当によく覚えてないの……」


 どうやら本当に昨日の記憶がないらしい。

 これは一体どういうことだ? 

 酒で記憶が全部吹き飛んだということだろうか?

 ゲームのコメントの口調も酔っていたときの方が近かったし、転校生の話を出していたにもかかわらず、僕の年齢を予測出来なかったのはそのためか?

 でもそれなら好都合。昨日言っていた頼み事とやらも忘れていることだろう。

 よかったー、面倒なこと言われずに済んで。


「それじゃあ僕はこれで失礼します。どうやらシンデルヤさんも怖がっているようですから」

「そ、そんなことないよ……! ま、待って、ジョーカーくん……!」

「いえいえ無理しなくてもいいですよ。それじゃあさようなら」


 ピンポーン


 僕がそうやっていち早くここから逃げようとするも、突然チャイムが鳴り響いた。

 

「あ、ちょ、ちょっと待っててね……? お願いだから……」

「……分かりました」


 彼女はベッドから降りて立ち上がると、たどたどしい足取りで僕を通り抜けて、台所にあった酒瓶を取って口に含んだ後、玄関の扉を開けた…………んっ?

 今自然と変な動作を挟まなかったか、この人?


「ぷはぁ~! はいは~い! お・ま・た・せ・しましたぉ~!」

「ご利用ありがとうございます! お荷物のお届けに参りました!」

「いつもご苦労しゃまでしゅぅ~!」


 立っていたのは宅配便のお兄さん。

 シンデルヤは、早くもろれつが回っていない。

 おいおい大丈夫か……あれ……。

 だが僕の心配を余所に、彼女はえらく慣れた手つきで受け取り伝票にサインを書いていく。

 そして何枚目かになる伝票にサインを書き終えた後、今度は宅配便のお兄さんから段ボールを受け取っては部屋の中の段ボールの上に積み上げていき、また受け取っては積み上げていく。

 それはまるでブロック遊びでもしてるかのようであり、とてもリズミカルだ。


「ジョーカーも手伝って!」

「あ、はい……」


 そこに僕も加わって、段ボールのバケツリレーを八回ほど繰り返した。

 これでまたより部屋に段ボールが溢れて、狭くなってしまった。


「ありがとうございます! またよろしくお願いします!」


 そんなとても元気な声を残し、宅配便のお兄さんを見送ると、シンデルヤは鼻歌交じりでスキップをしながら一つの段ボールを開け始めた。

 

「買っちゃった~買っちゃった~♪ 1/7スケールスターダストブラスターちゃん買っちゃった~♪」

「え、まじ? あの完成度も値段も高いあの?」


 今回出たフィギュアは、ネットレビューを見ても絶賛の嵐の超ハイクオリティの一品だったが、それに比例してお値段も数万円レベルであり、高校生である僕にはとても手に入らない商品だった。


「ふ・ふ・ふ、ジョーカーも見るかい……?」

「見る見る、見させていただきます」

「よろしい! では御開帳!」


 段ボールの中から出てきたのは、持ち前のブレード付き大型拳銃を構えるスターダストブラスターが中に入った箱だった。

 更にその箱から実際のフィギュアを出すと、そのクオリティーの高さは一目瞭然。

 圧倒的かっこよさと、その中に含まれた可愛さ、そしてなによりも造形師の深い愛を感じられる。そんな一品だった。

 うおおおおおおおッ!! これは完成度高いわ! やばい! 現物見たら欲しくなってきた!


「いいな! いいな! もしかしてこんなお宝が、この部屋の段ボールの中にまだ眠ってるのか!?」


 ならば開けなければ勿体ない。

 先ほどまではただの段ボールの山にしか見えなかったが、今ではここは金鉱山だ。

 僕が我慢してきたあれやこれやなお宝が眠っていても不思議ではない!

 流石、廃課金勢のシンデルヤ。金に糸目を付けていない。


「ああっ!! そうだよ! それだよジョーカー!」

「へぇ?」

「わたし、ジョーカーに頼み事があるの!」

「げッ!? そ、それじゃあ僕はこれでお暇しまーす……」

「とぉっ!」

「あふぅん!?」


 背中から伝わる柔らかい感触。

 それは紛れもない、彼女の持つ兵器「OPAAI(おぱーい)」だ。なんと言う破壊力。僕の脳を一気に駄目にしていく。


「逃がさないよ、ジョーカー? 絶対に聞いてもらうから」

「くっ! 離せ! 僕はそんな兵器になどに屈しはしないぞ!」

「話を聞いてくれたら、直接揉んでもいいよ」

「オーケー、話を聞こう」


 交渉成立。

 友人からの頼みだ。話を聞いてやるくらいはいいだろう。


「それで早速頼み事なんだけど、わたしの人生廃課金主義を直してほしいの」

「人生……廃課金主義……?」


 なんだ、その僕の『人生無課金主義』の対極に位置する言葉は。

 『人生無課金主義者』なんて言葉を作った、僕ですら初耳だぞ。


「ジョーカーの言葉を少し借りてみたの。意味合いとしては、『人生のあらゆることに対して課金してしまう生き方』て意味だよ」

「つまり酒を我慢できなかったり、欲しいものを次から次に買ってしまうてことですか?」


 昨日の酒を浴びるほど飲んだり、先ほど届いた大量の段ボールで分かるとおり一杯買い物をしたりと言うことだろうか。

 でもそれぐらいなら、他の人もやっているだろうし特に気にするほどのことでもない気がするが……?


「それも含まれているけど、一番の問題は、わたしが頼み事を断れないてことなのよ。これを見て」


 彼女はスマートフォン取り出して、あるメールを見せてきた。

 書かれていた文面はこうだ。


[お疲れさまです。担当編集の須藤訂作(すどう ていさく)です。


先日申し上げていました、打ち合わせの件でメールをさせていただきました。

このたび一巻発売ということもあり、是非一度、かふぇモカ様と直接会って打ち合わせをしたいと思った次第であります。


お忙しいとは思いますが、是非ご検討の程よろしくお願い申し上げます。]


「それでわたし、つい、『いいですよー』て言っちゃったんだ」

「嫌なんですか?」

「あまり知らない人と会うのは得意じゃないの。それも二人だけで堅苦しい打ち合わせでしょ? なら確実に飲んじゃう。飲んで泥酔して、打ち合わせになんかならない……」

「あー……なるほど、そういうことですか」


 納得した。

 つまりシンデルヤは、酒の力を借りないと他人と会うことが出来ないである。

 だから昨日僕と会ったときも、さっき宅配便を受け取ろうとした時も酒を飲み、苦手なことを緩和していたというわけだ。

 確かに昨日のあれを見れば、容易に想像ができる。

 打ち合わせを飲み会に変えているシンデルヤの姿が。


「しかもこの担当編集がまた嫌なやつなの! わたしの作品に滅茶苦茶文句言ってくるし、その文章も硬すぎ! 怖いのよ! 無機質にも程がある! 愛がなさ過ぎるのよ! 添削するためだけ生まれた添削マンよ、こいつは!」


 もう既に酔いが回り始めているため、担当編集なのにも関わらずぼろくそである。

 よほど日頃から鬱憤を溜めていたのだろう。

 だが自分の意見を言えず、それを吐き出せなかったと……厄介だな。

 しかもこのままでは、昨日と同じ展開になってしまう。

 明日も学校があることだし、ここは早くこの話を片付けなくてはならない。


「だからジョーカーお願い! わたしのこの廃課金主義者を直して!」

「お断りします」

「ええっ!? なんでよ!!」

「いや僕なんかに頼るよりも、病院に行った方がいいからに決まってるじゃないですか」


 酒を止めたいなら僕じゃなくて医師に頼った方がいい。

 こういうことは、ちゃんと専門医に診てもらった方がいいのだ。 


「ま、待ってよジョーカー! 例えお酒の力に頼らなくなっても、わたしの衝動買いや、頼み事をつい受けちゃう癖は直らないのよ!? 後まずわたしお酒飲むの止める気なんてないから!?」

「ええぇ……じゃあどうしていうんですか……」

「そこでジョーカーの出番よ! あなたなら、飛び抜けた発想で、この問題を解決してくれるでしょ?」

「どれだけ僕を買いかぶってるんですか……。そもそも人生無課金主義者な僕が、そんな面倒なことに首を突っ込むはずないでしょ」

「転校生ちゃんの時は首を突っ込んでたじゃない!」

「あれは、原因の半分が僕にあったからですよ。シンデルヤさんの件とは全くの別の話です」

「そんなこと言わないでお願いよぉっ!! 打ち合わせまででいいからぁっ!!」


 必死に僕を逃がさないように足にへとしがみついてくるシンデルヤ、二十歳。

 とても年上とは思えないくらいに泣きべそをかき、年下の男の子に懇願してきている……。

 ダメダメだこの人……僕よりも駄目人間だ……。


「なんならこのおっぱいも好きにしていいから~っ! ジョーカーのしたいことならなんでもしてあげるからぁ~っ!!」

「人を最低な人間に陥れようとするのはやめろ……日付は?」

「五月の六日……」


 丁度、ゴールデンウィーク最後の日である。

 今日が四月後半の日曜日だから、約十日前後と言ったところか。


「わたし……あなた以外に頼れる人がいないのよ……っ」

「大げさですね、ご両親の方がいらっしゃるでしょ?」

「ちゃんと自立するて約束で東京に出てきたの。だからできれば、親には言いたくない……」

「ふぅー……」


 多分シンデルヤは嘘を付いてはいない。

 本当に気を許せる友達は僕くらいなもので、だからこうして苦手なことをしてでも僕に頼んでいるのだろう。

 とはいったものの……このまま流されれば、また結香の時の二の前になるぞ。

 ただでさえ人生無課金主義者としての尊厳が危ういというのに、こんなこと引き受ければ間違えなく彼女の人生廃課金主義に飲み込まれてしまう。


「とにかく駄目です。そんな確証もできない約束、僕は出来ません」

「お願いよぉっ!! ジョーカーっ!! もうあなたしかいないのっ!! このままじゃわたし……うっ!?」

「し、シンデルヤさん……?」

「うぇえええええええええええッ!!!」

「ぎゃああぁぁあぁあぁっ!?」


 シンデルヤさんは吐いた。それも盛大に。

 彼女の口から出た虹色のそれは、僕の足にかかって、そのまま流れ落ちていき床を染めていく。

 

「ううぅ……ぎもぢわるいっ……」

「だ、大丈夫ですか……?」

「さ、さっきの一杯がいけなかったみたい……一気に吐き気が……ご、ごめんね、ジョーカー……でもわたしあなたしかいなおぇえええええええええっ!!!」

「あああああああああッ!? 分かった! 分かったからもう喋るなっ!! お願いだから!!」

「でもまだお願いしでぇえええええええええっ!!!」

「引き受ける!! 引き受けるからッ!!!」


 僕のズボンはすっかり虹色にまみれ、咳き込むシンデルヤさんは更にその場で吐き出し、もうどうにも止まらなかった。

 今では僕もシンデルヤさんもすっかり全身虹色である。


「ほ……ほんとう……に……?」

「ああ……だからもう喋らないでくれ……」


 先ほど吐いたおかげか、シンデルヤさんはやつれた顔をしつつ、先ほどの弱々しくも儚げな姿を取り戻していた。

 口の周りを虹色に染めながら。


「ご、ごめんね……ちょっとトイレに行ってくるよ…………じょ、ジョーカーくん……連れて行ってくれないかな……? 気持ち悪くて動けない……」

「分かりました……その代わりシャワー貸してください」

「ううっ……ごめんなさい……」


 僕がシャワーを浴びている最中も、隣のトイレで彼女の吐く音は続き、なんとも言えない気分となってしまった。

 いくら儚げで美人でおっぱいが大きくて好みにドンピシャでも、あれは流石にやばい。

 付き合えば、間違いなく人生の全てを捧げなくてはいけなくなってしまう。

 僕の言葉で言えば、廃課金系美少女。

 それが彼女だ。

 深入りは厳禁である。気をつけることにしよう。





 ズボンはシャワーで虹色の液体を洗い流した後、洗濯機を借りて洗いドライヤーで乾かすことにした。

 床の掃除は、ベットでダウンするシンデルヤさんに変わって僕がすることになったのだが、この家には雑巾は愚か掃除用具すらなかったため、一度近くのコンビニまで買いに行くハメとなってしまった。

 もちろんお金はシンデルヤさんから出してもらった。

 はぁ……だが結局こうなるのか……どうしてこう僕の周りにはこうも厄介ごとが起こるんだろう。早く普通の生活を送りたい……。

 僕は雑巾で床を磨き終えると、それを片づけてシンデルヤさんの所にへと向かう。


「それじゃあ、掃除も終わったし、ズボンも乾きましたから今度こそ僕は帰りますよ」

「ありがとう……ジョーカーくん……大分楽になったよ……」

「それとさっきコンビニで栄養ドリンクとスポーツ飲料も買ってきたので、落ち着いたら飲んでください。珍しい僕からのおごりですので」

「なにからなにまでありがとう……あなたに頼って、本当に良かった……これからもよろしくね……?」

「もう一度言っておきますけど、打ち合わせが終わるまでですからね」

「う、うん。わかったよ……。そ、そうだ……まだわたしの名前を言ってなかったね」


 彼女は上半身を起こすと、僕に向かってこういった。


「わたしの本名は、灰被硝子(はいかぶり しょうこ)ていうの。だからこれからは気軽に硝子て読んでれぇええええええええええッ!!!」

「あああああああああッ!? 洗面器! ほら洗面器これ!」

「ありがとおおおおおッ!!!」

「だから喋るなて言ってるだろうがッ!?」


 こうして僕は、とんでもない廃課金系美少女の頼みを聞き入れてしまったのである。

汚かったらごめんなさい。

でも好きなんです、マーライオンになる系の駄目駄目なお姉さんが。


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