1.イベント:【はじめてのオフ会】
「あひゃひゃひゃひゃっ! ほらほら! ジョーカーももっと飲みなさいよ!」
「はぁ」
そう言って、僕の目の前に座る人は持っていたビールジョッキを一気に飲み干し空にした後、大きなゲップを吐き捨てた。
その姿は豪快であり、圧倒されてしまう。
一応明記しておくが、ここは東京都内にあるファミレスであり、居酒屋などではない。
僕は高校一年生であり未成年のため、もちろんお酒ではなくドリンクバーから持ってきたメロンソーダをちびちびと飲んで、何度目かになる質問をもう一度聞いた。
「あの……本当にあなたが『シンデルヤ』なんですか?」
「そうろ! なんか文句れもありゅ!?」
すでに酒が回っているため、先ほどよりもろれつが回っていない。
それも構わず、シンデルヤはテーブルに置かれたワインをグラスにつぎ、再びそれを口の中にへと流し込んだ。
「いえ、ただまさか、こんなにお若い女性の方だなんて思いもしませんでしたから」
そう。僕の目の前に座って豪快に酒を飲むこの女性こそ、僕がハマる『スターダスト☆クライシス』でコメントを返し合うほどの親友、シンデルヤその人だったのだ。
僕の予想では、もっと太ったおっさんとかでも来るのかと思っていたから、イメージとは大分かけ離れてた姿に驚いた。
いや、そもそも初めて出会った時から、彼女の姿は異常だったのだ。
待ち合わせ場所に来た彼女の格好は、体にはおえるだけの上着を着込み、ニット帽子にマフラー、ドット柄のピクセルサングラスを付けた、怪しい風貌で現れたのだ。
『あんたがジョーカーね! ほら! とっととオフ会を始めるわよ~!』
シンデルヤはその時からもう既にできあがっており、待ち合わせ場所の近くにあったこのファミレスに入って、今の今までこうしてひたすらに酒を飲んでいるというわけだ。
その証拠に、彼女の真横には脱ぎ捨てられた上着などが山積みとなっている。
見たところ二十代。
背丈は僕よりも高く、僕が173cmなのに対して、彼女は177cmくらいはありそうだ。
長く無造作に伸ばした黒髪は腰まであり、髪の隙間からは酔っているせいで赤くなった顔が見えた。
眠そうに目蓋を下ろした大きな目の上からは長いまつげが伸びており、まるで線で引いたかのような美しい鼻と口元をしている。
そしてなによりもおっぱいが大っきい。超でかい。ぼいんぼいんだ。Kカップくらいはある。
黒のタートルネックを着てるせいでその形はより強調されて、嫌でも目がいってしまう。
緩木結香の可愛さや、綺羅星刹那の綺麗さとはまた違う。大人としての魅力を彼女は持ち合わせていた。
間違いなく、星5SSR美少女。いや星5SSR美人だ。
メイクなどをすればもっと綺麗になるはずだが、今ではその美貌も酒の所為で全て台無しになってしまっている。勿体ない。
「それでシンデルヤさん、本題なんですけど、どうして急にオフ会をやろうだなんて言い出してきたんですか? 僕らはプライベートまでは干渉しない。そういう暗黙の了解があったと思っていたんですが?」
「ジョーカーにたのみごとがあったきゃらに、決まってるれろうらっ!」
「それじゃあその頼み事っていうのは一体何なんですか? 早く教えてください」
「えーとぉ……わしゅれた!」
「はぁ……駄目か……」
こうして先ほどから何度も何度も、彼女との問答を繰り返しているが、一向にシンデルヤからの頼み事とやらを聞き出せていないのだ。
正直このまま無駄な時間を消費し続けるのは、人生無課金主義者である僕の性に合わない。
いくら大切な友人であるシンデルヤだからといっても、流石に限度があるぞ。
人生初のオフ会と言うこともあり、楽しみで夜も眠れず、貴重な土曜日にこうしてわざわざ東京まで足を運んだというのに、これではあんまりだ。
僕は席を立って、早々にレジへ向かうことにした。
「要件が話せないなら、ゲームのコメントで送ってきてください。もうこれ以上は付き合いきれませんので」
そう言って僕が席から離れようとすると、すぐさま服が引っ張られてシンデルヤは腕で僕の腰をがっちりホールドし、へばりついてきた。
「やらやら! 帰っちゃらめぇええっ!!」
「ええい離せ! この酔っ払いが! 僕が人生無課金主義者で、なによりも時間を無駄にすることが嫌いなのは知ってるだろうが!!」
「話しゅぅ! 話しゅからぁ!」
「へえ? それじゃあ、言ってみろよ」
「えーろっ……えへへへっ♡」
「笑って誤魔化すんじゃねえよ!」
「いてろ~! ひとりれろむなんてつまらないろ~!!」
結局その後もシンデルヤは僕のことを離してはくれず、酔っ払いのバカ力も相まって逃げることはできなかった。
僕は仕方なく、シンデルヤの話に適当な相づちを打ちつつ、『スターダスト☆クライシス』を進めたり、電子書籍を読んだりして、どうにか時間を無駄にしないよう過ごしたのだった。
母親には遅くなるとのメッセージを飛ばしておいた。
「かぁ~……」
時刻が夜の十時を回った頃、シンデルヤはすっかり泥酔し、テーブルの上に突っ伏して眠りこけてしまっていた。
長い黒髪のため、その姿はまるでホラー映画のモンスターのようである。テレビの中から這い出てきそうだ。
「解放されたはいいものの……どうしよう、この人……」
正直このまま放っておいてとっとと帰りたいところだが、星5SSR美人な彼女をこのままにしていいものだろうか?
酔った勢いで変なことをしないだろうか?
そしたらすごく寝覚めが悪いぞ……。
そんな不安が頭をよぎる。
僕は綺羅星を真似て、顎に手を当てて少しだけ考えた後、重たい溜息を吐き出した。
「ほら、家まで送りますから帰りますよ」
「んにゅ……ふぅぇ……おれらぁーい……」
僕はシンデルヤの腕を肩に乗せ、会計を済ませファミレスを後にした。
本当、友達なんて持たない方がいい。
僕は改めてそう思いながら、駅を目指してシンデルヤと一緒に二人三脚で歩き出したのだった。
◇◇◇
泥酔する前に、住まいは東京都内にあるという話を聞いていたため、何本かの電車を経由して彼女の家まで向かった。
途中、ホテルにでもぶち込もうかなとも考えたが、時刻はもう既に夜の十時半を回ってしまっている。
だからもし僕が未成年であることがバレて、通報でもされればことだ。
漫画喫茶でも油断はできない。最近の世間の目はより厳しいものになってきている。
子供に挨拶しただけで事案だ。犯罪だ。
そんな危険、とても犯せない。
もしそうなってしまえば、シンデルヤにも迷惑をかけることになるし(というか、もう十分に迷惑なのだが)、最悪学校も停学だ。
だからいくら酔っていて信用ならなくても、僕はシンデルヤの案内を聞くしかなかったのだ。
幸いなことに、シンデルヤの情報を元に都内にある、とあるアパートにへと辿り着くことができた。
彼女のポケットに入っていた鍵を差し込んでみて回すと、扉の鍵が空いた。
これで一安心である。
暗い部屋の中にへと入り、手探りで灯りのボタンを探して点けると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
部屋中の隅々にまで置かれた、段ボールの山々。いや塔が至る所にそびえ立っていた。
玄関隣にある台所には酒瓶が散乱し、ビール缶ばかりが入ったゴミ袋が、台所奥へと追いやられるように山積みとなっている。
向かい側の部屋の奥には、机の上に置かれたパソコンと液タブが見え、唯一綺麗な場所と言えばそこくらいなものだった。
「汚ったねぇ……」
まるで昔テレビで見たゴミ屋敷のようだ。いや、あそこまで酷くはないが、それでもこれは中々にどうかと思う。
僕はシンデルヤを寝かすためベッドか布団を探す。
すると、パソコンなどが置かれた机の横に、くちゃくちゃになった布団が無造作にのったベッドがあった。
そこにシンデルヤを寝かせて、布団をかけてやる。
「これでよし」
これでようやく解放される……。
僕はヘトヘトになった体に鞭を打って、家へと帰ることにした。
これはもう、明日のお昼まで爆睡コースである。
どうせ明日は日曜日だし、存分に寝てやるぞ。へへへっ……。
「じょーかぁー」
「うわっ!?」
突然の後ろからの衝撃によって、僕はバランスを崩して転倒してしまう。
重苦しく感じる下半身に目を向けると、そこには先ほど寝かせたはずのシンデルヤが、僕の足に抱きついていたのだ。
シンデルヤの顔は少しずつ僕に近づいていき、僕の体に覆い被さってくる。
そして彼女の顔があまりにも近くまで迫ってきた。
「どこいくろぉ……? まらろうらんりっれないんらろぉ……?」
「酒臭っ!」
その匂いはすさまじく、嗅いだだけで頭がクラクラしてくる。
それは僕の疲労と合わさって、強烈なまでの睡魔に襲われた。
「まず……い……このまま……じゃ……」
「いっしょにねろうぉ……? じょーかぁ……」
もう抵抗する力も無くなっていた僕はそのまま力尽き、意識を失ってしまった。
◇◇◇
目の中に光が差し込んだことで、僕は目を覚ました。
目を開ければ、そこには見知らぬ天井が見えた。
体を起こして周りを見ると、辺り一面に段ボールの塔がそびえ立っている。
そこでようやく、僕は昨夜のことを思い出す。
ここはシンデルヤのアパートであり、台所だ。
スマホを出して時刻を確認すると、もう朝の十時。
連絡用アプリにメッセージが一件届いており、母親のものだった。
『楽しんでくるのはいいけど、どこかに泊まるのなら連絡して』
僕はそれにすぐ謝罪の返事を書いて、母親に送信した。そうしないと、後でうるさいからだ。説教をくらって無駄に時間を浪費したくはないからな。
そういえば、僕の上に覆い被さっていたはずのシンデルヤがいなくなってる。トイレにでも入っているのだろうか?
僕は立ち上がって部屋の中を探してみると、彼女はすぐに見つかった。
「……っ!」
奥の部屋のベッドの上で、布団に包まりながら、まるで怯えるようにして僕のことを見ていたのだ。
昨日までの破天荒な雰囲気は全く感じられず、とても弱々しい。
不安げに僕を見つめてくるシンデルヤの姿に疑問を感じていると、彼女は絞り出すようなか細い声で言葉を発した。
「あ……あの……あなたは一体……だ、だれ……なんですか……っ?」
「……え?」
そこには、昨夜のシンデルヤとは似ても似つかない別の人物がおり、僕はただただそれを唖然として見ることしかできなかった。
何らかのご意見、ご感想がありましたら、お気軽にお書きください。
また、評価ポイントも付けてくださると、とてもありがたいです。




