EP.クリア報酬:【緩やかな日々】
「ちょっと待ちなさいよ」
お昼休み。僕がトイレに行った帰り道で、お馴染みの階段から、お馴染みの凜とした声が聞こえてきた。
該当者は一名。
そもそも階段で僕に声をかけてくる人間なんて一人しかいない。
「綺羅星さん……」
綺羅星はいつものように階段から僕を見下ろして、その長い足を優雅に下ろして降りてきた。
彼女が歩けば、そこはただの学校の階段ではなく、ファッションショーの会場に見えてくるから不思議である。
綺羅星は僕の元まで降りてくると僕ではなく、窓に両手を乗せて外を眺めた。
あまりしっかりと見たことはなかったが、これがカリスマトップ読者モデルの顔か……。
綺麗すぎて、溜息が出てしまう。
「ちょっと息かけてこないでよ! もう二度と息しないで!」
なんて無茶を言う。それでは死んでしまうじゃないか。
「なら丁度いいわ。とっとと止めて、早く」
真顔で言ってくるから恐ろしい。
多分本気で言っている。
綺羅星は僕に対して、まるでゴミでも見るような視線を送りつけてきたが、すぐに窓の外に向き直り、小さく呟いた。
「やるじゃない、あんた」
「は?」
「だから結香を説得したことよ! 察しが悪いわねぇ、もっと頭を使いなさいよ?」
「待て、あいつから聞いたのか?」
「違うわよ。昨日、あの空き教室の外で聞いてたのよ。あんたたちの会話をね」
「盗み聞きとか、トップ読者モデルのやることじゃないぞ……」
「あんたが頼りないからでしょうが。いざとなったら私が出ていって、結香を止めるつもりだったのよ。悪い?」
「いえ、なにも悪くありません……」
一応、僕のことを心配してくれたということだろうか?
確認したいが訊けない。また罵倒が飛んできそうだし、相変わらず怖い目つきで僕を睨み付けてきている。
敵には回したくないため、ここは潔く引き下がるとしよう。
「正直話している内容の殆どは訳が分からなかったけど、途中からあんたたちの甘ったるい会話を聞いて察したわ。もう私の出る必要はないってね」
「あれ聞かれてたのか……ううぅ……死にたい……」
恥ずかしさで死にそうだ……。
ということは、僕のサポートキャラクター云々の話も聞かれていたことになる。
うぇええええ! 意味が分かってないとは言え、超恥ずかしいんですけど!?
「とにかくよ、結香を助けてくれてありがとう」
先ほどから散々色々と言われてきたが、この時の綺羅星は僕の顔をしっかりと見て、感謝の言葉を述べてくれた。
流石現役で働く、トップカリスマ読者モデル。
いくら嫌っている相手だからと言っても、こういう時の礼儀はちゃんと弁えているらしい。
その対応は、とても大人だった。
「それじゃあ用事は済んだから、私はもう行くわ。結香によろしく伝えておいて」
「あ、綺羅星さん!」
「綺羅星。『さん』はいらないわ。一周回ってキモいから」
「なら、綺羅星。その……色々と助けてくれて、ありがとう」
僕も感謝の言葉を彼女に言うと、その代わりとして、綺羅星は右の人差し指を一本立てて、こちらの方向に首を傾げてきた。
首の角度はシャフ度。とても絵になっている。
「貸しは必ず返してもらうから」
「ああ、覚悟してるさ」
「そう、ならいいわ」
綺羅星は軽く鼻で笑い、今日は階段ではなく、廊下を歩いて去って行った。
◇◇◇
綺羅星と別れた後、僕はいつものように空き教室まで来て、扉を開ける。
教室の中には先に来ていた先客が、窓際の席に座って窓の外を眺めている。
それはまるで広告の一部のようだ。
キャッチコピーを付けるなら、『美少女、春一番』と、いったところか。
僕が中に入ると人の気配を感じ取ったのか、彼女は即座にこちらの方を向いて、お得意の笑顔を向けてきた。
「おかえり七芽くん。待ってたよ!」
「ああ」
僕は椅子を引いて、彼女の向かい側に座る。
目の前にある机には、弁当箱が二つ並んでいた。
「なあ、僕たちは友達になったはずだろ?」
「言ったじゃない、アタックは続けるって。大丈夫、別に二人分のお弁当を作るくらいならそんなに負担じゃないよ。睡眠だってちゃんと取ってるしさ。だから食べてよ、七芽くん。私二人分なんてとても食べられないよ~、助けてぇ♡」
「はぁ……しょうがないなぁ……」
助けを求められたら、しょうがない。
僕は彼女のサポートキャラクターとなったのだ。なら責務を果たすとしよう。
僕は箸を持って、目の前の弁当箱を開ける。
今日の中身はのり弁だ。シンプルな内容だが、とても美味しそうだ。
好意を一方的にもらうのはあれだが、友達に助けを求められた以上、断る訳にはいかない。
僕は空いた手で弁当箱を持ち、ご飯の上に乗った海苔を箸で一口サイズに切ってから、ご飯ごと持ち上げた。
それじゃあ、いっただきま~す!
僕は箸で持ったご飯を、そのまま口に運んで、
「ねぇ、七芽くん。もう一回、あれ言ってよぉ~♡」
「あがっ?」
僕は口にご飯を入れようとしたところで、固まる。
あれ? なんのことだ?
「ほら、私のな・ま・え♡ 確かにお弁当は私が勝手に作ってきたものだけど、それくらいのご褒美は欲しいなぁ~?」
なるほど。弁当を作ってきた報酬というわけか。
確かに僕らは友達となり、ただ奉仕されるだけの関係じゃなくなった。
彼女がこう言ってくるのも、良い傾向だと言える。
……言えるのだが……ええぇ……言うのぉ……あれ?
まだ慣れてないし、照れくさいからあまり言いたくないんだよなぁ……。
いや、時間とか消費されるよりは、遙かに安い出費だからいいんだけど……うぅううっ……!
僕は何度か口をパクパクと動かした後、喉から絞り出すように声を出した。
「あ、ありがとうなっ……結香っ……」
「うふふっ♡ どういたしまして♡」
それを聞けて満足だったのか、結香は上機嫌に箸を持って、自分の弁当箱を開けた。
彼女の中身も僕と同じのり弁だったが、おかずには色鮮やかな野菜たちが、多く入れられている。
茶色の揚げ物系が多く入った僕の弁当とは、またひと味違う。
「どうしたの七芽くん? あ、少し揚げ物多かった? 七芽くん前によく食べてたから好きなのかと思って……入れ過ぎちゃったなら、ごめんね?」
「いや、別にそうじゃなくて、ゆ、結香の弁当と中身が違ったからつい……な……」
「あ、そういうことか。じゃあ、私のお弁当も少し食べてみる? はいこれ、アスパラガスのベーコン巻きだよ。あーん♡」
結香は箸で持ったアスパラガスのベーコン巻きを、僕の口の前に突き出してきた。
いや、もはや口にぶつけてきている。ベーコンにまかれた塩と胡椒が、スタンプのごとく唇に押されていく。
これは食べるまで箸を戻さないつもりだ。
僕は仕方なく口を開けて結香の強制あーんに応じた。
うん美味い。味は本当に文句なしだ。
「わーい♡ 初めてのあーんで、間接キスだぁ♡ 友達二日目からラブラブだね、私たち♡」
「僕はあーんも、間接キスにも動揺しねえよ。なめるな」
「七芽くんて格好いいよねぇ♡」
褒めるのはやめろ。
熱くなってくるだろうが。
これ以上みんなも、こんないちゃラブをいつまでも見せられては、堪ったものじゃないだろう。
だからここら辺で打ち切らせてもらう。
てかさせて、じゃないと僕の方が保たないから。
とにかくこれで、僕と緩木結香に纏わる問題は、ひとまずの決着が付いた。
これからも、僕と結香はこんな変な友人関係を続けていくのだろう。
人生に変化がつきものだが、そう何度も訪れるものじゃない。
だから次の変化が来るまでは、僕の物語もここで一度お終いだ。
それではみんな、さようなら。
良い人生の課金を――。
◇◇◇
結香と一緒に、あの甘々な昼食を過ごした日。
僕は学校を終えた後、いつものように家へと帰ってきて相変わらず『スターダスト☆クライシス』を起動させていた。
結香は神戸で倒れた時の穴埋め撮影があるとかで、放課後すぐに東京へ向かうための電車に乗るため、駅で別れた。
学生の内から仕事をするというのも大変な話である。
自分の学生時代という貴重な時間を消費して働いているのだ。本当に頭が下がる。
人生無課金主義者な僕には、到底できないことだ。バイトですらやりたくない。
ゲームのロードが終わり、タッチしてホーム画面へ切り替えると、メッセージが一件飛んできていた。
確認してみると、送り主はシンデルヤだ。
またいつものように対戦したいのだろうか? それとも雑談か何かか?
メッセージを確認すると、そこにはこう書かれていた。
[なあ、ジョーカー。オフ会なるものをしねぇか?]
人生に変化はつきものだ。
そして変化は連鎖していく。
だから一度始まってしまった僕の物語もまた、そう簡単には終わってくれそうにないようだ。
まだまだ続くのじゃよ?
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