17.メインクエスト:【緩木結香の暴走を止めろ】
最後の授業が終わり、チャイムが鳴り響いた。
それは戦いを告げる合図であり、僕と緩木は二人揃って立ち上がり、席を立って互いに空き教室目指して歩き出した。
間隔を開けてはいるが、二人して肩を並べ速度は同じ。
数日前とは違い、僕らは一言も発さず、発するつもりもない。
全ての決戦はあの空き教室で行なわれるのだ。だからここで話すことはない。
視線を横に流し、隣で歩く緩木を伺うが、相変わらず楽しそうな笑みを浮かべて、鞄を持つ手を後ろに回して、リズム良く足を進めている。
それが緩木の作り上げた虚構の美少女としての仮面なのか、本心で笑っているのかは分からなかった。
空き教室にへと入ると、窓の外はあかね色の空に染まっており、オレンジ色の光りが部屋の中を明るく照らしている。
皮肉にもその景色は、緩木に告白された日とあまりにも似ていた。
緩木は僕の横を通り抜けて、窓側を背にして僕の方を振り返る。
この配置もあのときと同じ。
まるでタイムマシンであの時間に戻って来た気分だった。
あの時と同じように完璧な笑みを浮かべて、上目遣いで僕を見る緩木。
その表情はあまりにも可愛くて魅力的であり、同時に計算されたものだった。
まるで美少女のテンプレートな表情を顔に貼り付けたようだ。
はっきり言って気持ち悪い。
これは僕を確実に堕とすためだけに作られた、緩木の虚構の姿なのだから。
「それで七芽くん、決着を付けるて書いてあったけど、とうとう私と付き合ってくれるのかな?」
唯一あの日と違うものがあるとすれば、それはどす黒く染まった緩木の瞳だろう。
光りを殺し真っ黒に染まるその瞳には、黒台風時代の彼女の面影があった。
緩木は化け物から人間にへと戻ったと言っていた。だがまだ彼女の中には、あの頃の性質が残っているのだ。
『爆発した感情を制御できない』
それが、今回の僕の課金がきっかけとなって蘇った。
つまり今目の前にいるのは、黒台風時代の緩木そのものだ。
あの全てを破壊した伝説の暴れん坊を、今度は僕一人でどうにかしなくてはいけないのである。
だがもう、とっくの昔に覚悟は出来てる。
だから僕は堂々と宣言する。
「僕は人生無課金主義者だ。この生き方を曲げるつもりはない。だからお前とも付き合わない」
「そう意地張ってないで、諦めて私と付き合ってよ。そして二人で一緒に甘い日々を過ごそうよぉ♡」
「そうはならない。だって、僕がお前を止めるからだ」
「七芽くんが付き合ってくれないのなら、私は今の生活を止めるつもりはないよ? どんなものを犠牲を払ってでも、あなたへの課金を止めない」
「そうかよ。それじゃあ本題だ。緩木、ゲームを開いてみろ」
「んぅ?」
緩木はスマホを取り出して、横持ちにする。『スターダスト☆クライシス』を起動させたのだ。
何度か指でタッチした後、何かに気づいて、驚いた顔で僕の方を見た。
僕のしたことが分かったようだな。
「どうして……? どうして七芽くんのキャラクターが私の所に送られてきてるの? それも、星5や星4の強いキャラクターたちばかり……!?」
そう、僕は先ほど自分のデータから集められるだけの星5、星4キャラクターたちを集めて、纏めて緩木のデータにへと送信したのだ。
おかげで僕の手元に残ったのは、星3などの低レアキャラばかりとなってしまった。
「僕が今まで大事に育ててきた仲間たちだ。そいつらがいれば、ゴリラ・ゴリラだって無課金で倒せるはずだ。他の場面でも対処できる」
「でもこれって……七芽くんに課金させたことになるじゃない……!」
「元々僕が持ってたものだ、わざわざ買ったわけじゃない。だから課金には含まれない」
僕の持つレアキャラクターたちを、ほぼ全てをあげたのだ。
ある程度のキャラクターを僕は持っていたから、これで緩木が無理して現金を課金し、ガチャを回すことが当分は無くなったということである。
「な、七芽くんからのプレゼント……♡ はっ! で、でもこんなことをされても、私は七芽くんの課金を止めるつもりはないよ!」
「ああ、だろうな」
これはまだ序の口。
緩木が現金を使い潰してガチャを回す、リアル破産を防ぐための策だ。
僕が用意してきた秘策はこれじゃない。
だが成功するかどうかは、正直なところかなりのギャンブルだ。一度でも挫ければ、そこで負けてしまうかもしれない。
でもこれしか緩木の暴走を止める方法が見つからない。
そして、この方法を使えるのは僕だけだ。
だからこそ、僕はここでカードを切る!
「緩木、僕はお前の暴走を止めてみせる。付き合う以外のことをなんでもしてな」
「何でも……?」
「もし、お前がゲームで寝不足だったら、僕はお前の家に行って寝付くまで帰らない。
もし、お前がまた仕事で倒れたら、僕は学校を抜け出してでも駆けつけて、元気になるまでお前の側に付きまとってやる。僕の説教付きでだ。
もし、お前が何かで無理をしていたら、僕は意地でもその原因を突き止めて、叩き潰してやる。
そうやってあらゆる手段を使って、意地でもお前に普通の生活を送らせる。分かったか!」
「何言ってるの……七芽くん……? もしそんなことをしたら、七芽くんの体が持たないよ……っ!」
「それでもやる。やってみせる」
真意を伺うように見てくる緩木の目に、僕は引かず、真っ直ぐな瞳を彼女に返した。
そして先に、緩木から僕から目線を微かに逸らした。
勝った。
ここに来て、始めて僕に主導権が回ってきた!
「何言ってるのか分かってるの、七芽くん……? それこそ、七芽くんが嫌ってた他人への課金行為じゃない……。そんなこと、あなたに出来るはずがない……!」
「いいや違うね。これは課金じゃない。何故なら――」
この瞬間を待っていた。
僕はここぞとばかりに手札引き、切り札を場に出した――!
「僕が緩木の『サポートキャラクター』になるからだ」
「サポートキャラクター……? それって確か、フレンド同士になった人のキャラクターを借りれる、あの……?」
「ああ。フレンドからキャラを借りることは、課金行為には入らない」
そう、サポートキャラクターを使うことは課金ではない。
単にフレンドのセットしたキャラクターを借りるだけだ。
だから僕の人生無課金主義にも反しない。
正直、自分でもデタラメな理論だと思っている。はっきり言って無茶苦茶だ。
突っ込まれれば、瓦解する程度の言葉遊びに冷や汗が止まらない。
でもこれだけは言わなくてはならない。
何よりも大事で、伝えなくちゃいけないこと。それは――。
「大切な友達を助けるなんて、主義を通すよりも先に、やらなくちゃいけないことだろうがッ!!」
「っ!」
いくら僕が人生無課金主義者で他人に興味がないといっても、大切な家族が困っていたら有無を言わず助ける。
別に家族だけの話じゃない。
大切だと思う物の為なら、人はどんなことでも頑張れる。それは当たり前のことだと、僕は思う。
それはもちろん友達にも当てはまる。昔の親友(認定してしまったの)なら尚更だ。
だから僕は、過去の親友を見捨てることなんてできない……!
「緩木、困ったことがあったら、僕になんでも言え。付き合うこと以外でなら、どんなことでも力になってやる。だからもう、僕らの関係は緩木の一方通行なものじゃない」
一方的に与えられるだけの歪な関係。
それを、今ここで再構築する――!
「緩木、今から僕らの関係は友達だ。どちらか一方が与えるんじゃない。困っていたら互いが互いを助け合う。それが、これからの僕らだ」
緩木は口を開けて、唖然としていた。
言葉も出ず、ただただ僕を驚いた顔で僕を見ているだけだ。
「これでもう、お前に無理はさせない。僕は全力を挙げて、友達を助ける」
そう。僕の秘策とは、僕自身が切り札となることだったのだ。
彼女が無茶をすれば、僕も無茶をする。そうすれば僕も一緒に壊れるハメになる。
自分だけならともかく、僕まで被害が出ると知れば、緩木も暴走するのを止めるかも知れない。
そう考えた僕はそれを狙い、自らの人生を賭けの材料に使ったのである。
僕が切れるカードは全部使った。
これで駄目なら、本当に人生の時間を消費して、緩木を止めなくてはならなくなる。
出来ることならそれは避けたいが……果たして緩木の反応は――。
「ぷっ、あははははっ、あははははははっ!!」
爆笑である。
シリアスだった空気が、緩木の笑いによって一気に崩壊し、崩れ去った。
「ははっ……まさかそんな力業の屁理屈を持ってくるだなんて思わなかったよ……いかにも七芽くんらしいねっ」
「う、うるさい……」
これでも一応、必死に考えて出した計画なんだぞ?
そんなに笑うな。真面目に考えてきた僕がバカみたいじゃないか。
「でもそうか……私が無茶したら七芽くんにまで迷惑をかけちゃうのか。それならもう、私も無茶はできないね」
「正直、暴走してる時のお前も、相当迷惑だったけどな」
「ごめんごめんて。今ようやく目が覚めた気分だよ。私、ちょっと焦りすぎてたみたい」
緩木の瞳はすっかり光りを取り戻しており、あのどす黒いかった汚れは綺麗さっぱり消えて無くなっている。
今回の黒台風はもう消滅してしまったらしい。
緩木は笑って僕を見る。
今度は、先ほどの貼り付けたような物ではなく、柔らかく口元を曲げた自然な笑みをしていた。
「また助けられちゃったね。北小学校の切り札」
「その名前で呼ぶな、南小学校の黒台風。恥ずかしいだろうが」
「そんなことないって、すごく格好いいよぉ♡ ただ私のことは『黒台風』て呼ばないでね? もし呼んだら、いくら七芽くんでも怒るから?」
おっと、ようやく消えたと思ったのにもう新たな黒台風の発生だ。
緩木の後ろから、黒く巻き付く微かなオーラらしき幻影が見えた気がする。
絶対に怒らせないようにしよう。今度こそは収拾が付かない。
でもこれで、僕らの関係はイーブン。
対等で正常なものとなった。
だがそれと同時に、僕は緩木のことを無視できなくなってしまったのである。
友達なんて作るものじゃない。自由に身動きが取れなくなってしまうから。
でもせめて一人くらいなら……いても問題はないだろう。
「これでようやく、スタート地点に立てたわけだね。んんっー!」
腕を上げ、緩木は大きく伸びをする。
その表情は晴れやかであり、まるで憑き物が落ちたかのようだ。
「それじゃあ覚悟しててね、七芽くん! 友達にランクアップしたからには、これからもっともっと積極的にアタックしていくから!」
「あれ以上積極的て……一体僕に何をするつもりだ?」
「ほっぺにチューするだけだよ?」
「軽く友達の範疇を飛び越えるな!」
「海外だと普通だよぉ♡」
「ここは日本だ、千葉市内だ」
友達なんかになって本当によかったのだろうか?
今更になって急に不安になってきたぞ……。
もうやってしまったことなので仕方ないが、これだけは釘を刺さなくちゃならない。
「でも、無茶だけするなよ? じゃないと、僕が動くハメになる」
「それもいいねぇ? 二人して共倒れしよっか?♡」
「おいバカ、マジでやめろ」
「あははっ! 冗談だって! 冗談! 私も七芽くんには無茶してほしくないからさ。そんなことしないよ。絶対♡」
どうだか、正直まだ信じられない。
緩木は僕に向かって右の人差し指を伸ばして、そして高らかに言った。
それは僕を堕とす宣言をした宣戦布告の時と同じく、はっきりとした口調だった。
「私はこれからも七芽くんとの関係性を上げていって、必ず君を手に入れてみせる!」
「やって見ろ。僕は緩木の友達だが、お前の物になるつもりはない」
「結香」
「ん?」
「友達なんでしょ? ならゲームの名前と同じく『結香』て呼んで」
「……」
そう言えば緩木さん、本名プレイでしたね……。
うわぁ……完全に忘れてたわ……。
えぇ……まじで呼ぶのぉ……?
「それとも、私のことを友達て言ったのは口だけなのかなぁ? ああどうしよう! これじゃあ不安で不安で、今にも七芽くんの愛が爆発しそうだよぉ~!」
くっそっ! 弱みにつけ込みやがって!
いつかそのにかにか笑う、性悪な性格をたたき直してやる!
「くっ……わ、分かったよ……ゆ、ゆぅーかぁ……」
「次間違えたらディープキス♡」
「ああもう分かったよ! 結香だ結香! 結香! これで満足だろうが!!」
「うふふふっ♡ これで私たち、もう友達だね?♡」
正直この関係のどこが友達なのか突っ込みたい気分だったが、それを言えばまた緩き……結香に色々と言われそうだったので黙っておく。
だがこれで緩木が纏っていた黒台風は消失し、晴れて僕らは友達になった。
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