16.パーティー編成
「待ってたよ、綺羅星さん」
やってきた綺羅星刹那は、相変わらず階段上から僕を見下していた。
後ろの窓の逆光により、神々しさすら感じてしまう。
構図も完璧だ。きっとシャフトあたりでアニメ化されれば、こんな感じになるのだろう。
「てかあのキモい電話はなに? 無理よりの無理なんだけど」
『無理』て言うのはやめろ。
それ女子が使う言葉の中でも、最上級にキツい単語じゃないか……。完全に拒絶してやがる。
だが僕は咳払いをして仕切り直し、綺羅星に緩木の隠していた過去を話した。
今から相談に乗ってもらうのだ。情報はなるべく共有しておいた方がいいだろう。
綺羅星は緩木の過去話を聞いて、複雑な表情を浮かべ窓の外を眺めていた。
「そう……あの子にそんな過去があったの……」
「これからどうしたらいいと思う?」
「ちょっと、少しは自分で考えなさいよ」
キツい目つきで、そう口を尖らせる綺羅星に、僕はお手上げとばかりに両手を挙げてみせた。
「考えてはみたさ。でも八方塞がりなんだよ。
緩木と付き合おうが付き合うまいが、あいつが僕に好意を向け続けることは変わらない。それに例え付き合ったとしても、ただでさえ不安定な緩木がもっと変になるかも知れないんだぞ? こんな問題、僕一人だけじゃ対処しきれないよ」
「情けないわねぇ……。簡単に諦めてるんじゃないわよ、あんた男でしょうが?」
「『ちょっと男子~』とか言って、都合のいいときだけ性別を持ち出すやつ、僕は嫌いだ」
「はぁ~……本当なんで結香はこんなやつを好きになっちゃったのかしら……過去の話を聞いても理解まではできないわ……」
「僕も同感だよ」
緩木に敗因があるとすれば、それは『最強無血の完璧美少女』で僕に挑んだことである。
もしこれが、『三つ編みの似合う地味っ子眼鏡美少女』であれば、僕もなんら抵抗なく受け入れてたかもしれない。
「なあ頼むよ、綺羅星さん。僕は既に綺羅星さんに貸しを一つ返すことになってるんだ。ならアドバイスの一つや二つ、前借りしたっていいじゃないか。それに綺羅星さんだって、緩木があのままでいいなんて思ってないだろ?」
「確かに今の結香を放ってはおけないわね……。分かったわよ。今回ばかりは貸しなしで、あんたを助けてあげるわ」
「助かるよ」
綺羅星は顎に右手を置いて、左手で右手の肘を持った。
前に見た、美少女学生探偵モードの綺羅星である。
綺羅星は遠くを見つめて目を細める。
「そうねぇ……とにかく今の結香の問題は、あんたに対して色々とやってあげてることなのよね? それも限度を越えたレベルで、あんたにもうアピールしてる」
「体を壊すくらいだからな。明らかに過剰な好意の課金だよ」
「確かに付き合っても共倒れになるのがオチね。もう一層、あんたがこの学校から転校するしかないんじゃないの?」
「今の緩木なら地の果てだろうが僕を追いかけてくるよ。そもそもそれ、根本的な解決になってないだろうが」
さも当然とばかりに僕の転校を勧めてくるな。
緩木のためにそこまでしてやるつもりはない。それこそ、僕の人生無課金主義に反する。明らかに限度額をオーバーしてるぞ。
「残念ね、あんたの顔を見なくて済むと思ったのに」
「どれだけ僕のことが嫌いなんだよ……」
「結香みたいな才能ある子に近づく悪い虫は、全員嫌いよ。それも、自分は頑張らず、他人にばかり寄りかかるあんたみたいなやつは特にね」
「さいですか……」
まるで親の敵でも見るかのように、綺羅星は目つきを鋭くして僕を睨み付けてくる。
そこには、僕以外への憎悪も混じっているように感じた。
綺羅星は幼い頃から芸能界にいたと聞いたことがあるし、多分見てきた悪人の数が違うのだ。
きっと、そんな過去も合わさって出た言葉なのだろう。言ってる重みが違う。
でもそれら類いの悪人と一緒にしないでほしい。
僕は単に自分に正直なだけだ。そんなクズたちと一緒にするな。
「とにかく私が言えるとすれば、『あんたがこの学校から消えてくれる』か、『あんたがいなくなってくれる』かのどちらね」
わーお。これは遠回しに僕に対して『死ね』って言ってますね。
確かにそれなら問題解決。みんなハッピーだぁー☆ 僕を除いてな。
綺羅星はその長い足を伸ばし、階段を上がっていく。
どうやら、彼女からもらえるアドバイスは、『僕がいなくなる論』ただ一択だけのようだ。
「私は私のやり方で結香の暴走を止めてみせる。だからあんたも自分のできることをしなさいよ」
「転校はしないからな」
「あっそ、なら精々頑張れば」
人生無課金主義者としての僕は何処へいったのやら。
もう既に大部分の人生の時間を、緩木に対して消費してしまっている。
これは一度何処かで見直して、人生無課金主義者としての生き方に立ち返る必要があるぞ?
じゃないと僕の人生は滅茶苦茶だ。
他人にばかり時間を使うハメになってしまう。
そもそも、身の丈に合わないラブレターに応じてしまったのが間違いだったんだ。
あーあ、猫型ロボットがタイムマシンに乗ってやって来ないかなぁ……。滅茶苦茶やり直したい。
僕が過去の後悔にうなだれていると、階段の上で綺羅星は華麗に振り返って、僕を見下ろし言った。
本当に人を見下ろすのが好きなやつである。
「私は私の方法で結香を助ける。でもこれだけは覚えておいて、悔しいけど、多分結香を止められるとすれば、それはあんただけよ」
凜とした綺羅星の声が、綺麗に階段広場にへと反響していく。
反響して、残響し、僕の耳にいつまでもその内容が残る。
僕にしか……止められないだって……?
綺羅星に真意を確かめようとするも、残響が消えた時には既に彼女の姿は消えていなくなっていた。
◇◇◇
[てなわけなんですよー。なんかアドバイスください頼みます]
[なんでそんな状況でゲームやってるの? バカじゃね?]
[いやー気晴らしでもしないと、体が持たないんですよぉ……]
放課後、家で『スターダスト☆クライシス』をプレイしていると、シンデルヤからそんなツッコミコメントが返ってきた。
僕はそのコメントを見て眉をひそめて頭をかき、自分に呆れて溜息を付く。
確かに僕もこんな超重要な時に何をやってるんだろうと思ってはいるが、考えても考えても一向に解決の糸口が見えないのだ。
こんなの、気晴らしにゲームでもやらなくちゃ、やってられない。
てかさせて。もう頭がゆだって、さっきから思考回路がずっと空回りし続けてるんだよ。
昔親戚のおじさん家で見たカセットテープみたいな感じだ。
そもそもこんなややこしい問題、ただの高校生に解決出来るわけないだろうが。
[でも、あんなに人生無課金主義者を豪語してたジョーカーが人助けとは、キャラ崩壊しすぎじゃね?]
[まだ僕は人生無課金主義者のままだ。強制じゃなくて、自分の意志でやったからギリギリセーフなんだよ]
[ガバガバすぎるだろうwwwその理屈www]
[なあ、漫画家様なんだから、アイデアの一つや二つポンポンと思いつくだろ? 教えてくれよ]
[おっ、てめぇ、漫画家舐めてるな? そんなにアイデアぽんぽんと出てくりゃあ、苦労しねぇんだよッ!!]
[悪かった悪かった。僕の言葉が軽率だったから、とにかく何かないか? 本当に今回ばかりはピンチなんだ、頼むよ]
[仕方ねぇーな。といっても俺だって間接的に話を聞いてるだけだからなぁ、大したことはアドバイスできないぞ?]
[それでも僕一人で考えるよりかはマシだよ。『三人揃えば文殊の知恵』て言うだろ?]
[二人しかいないけどな]
それを機に、シンデルヤのコメントは止まった。
どうやら本気で考えてくれているらしい。
本当に困っていたからありがたい。
やはり、誰よりも頼りになるやつだよ。お前は。
三分ほどが経過して、再びシンデルヤからのコメントが返ってきた。
[正直、解決できそうなアイデアは思いつかなかった]
「やっぱりそうか……」
[でも、ジョーカーはジョーカーらしく考えればいいと思うぞ]
[僕らしく?]
[『人生無課金主義者』なんて変なこと思いつけるんだ。それみたくジョーカーらしい変で無茶苦茶な発想で乗り越えればいい。俺はそう思う]
[変な考えいうな。まともで合理的だろうが、人生無課金はよ]
[俺が言えるのはそれだけだ。でも大丈夫さ、ジョーカー]
シンデルヤのコメントは続き、次から次へと上がって止まらない。
[なんだかんだで、これまでもジョーカーは危機的状況を脱してきたじゃないか]
[ゲームで難しい局面に当たっても戦略に戦略を立てて乗り越えたり、無課金プレイだから課金せず色々な物を我慢してひたすらに石を溜めて、手に入れるまで何度も何度もガチャを回したり。色々とな。正直俺にはそんな縛りプレイみたいなやり方できない。無理だ]
[俺が無課金なお前とこうして話すのだって、気が合う云々の前に、そんなお前を認めているからなんだぜ?]
「シンデルヤ……」
そんな風に思ってくれていたのか……お前は……。
全く、例え文章だけでも褒められるのは堪える。顔が熱くなるじゃないか。
だが決して悪い気分はせず、僕の口元は自然に持ち上がった。
この際だ、僕もシンデルヤに対して思っていることを、素直に伝えるとしよう。
[ありがとうなシンデルヤ。僕も、お前のことを唯一無二の親友だと思ってるよ]
[え、重っも……。ジョーカー『親友』は重いぜ……。せめて腐れ縁くらいだろ?]
[おい僕の感動を返せ]
せっかく正直に言ったのに、その反応はどうなんだよ……。
まあいいさ、僕だけがそう思っていれば。
でも僕らしい考え方か……。
僕らしいってなんだろうな。自分だと全然分からない。
[それじゃあ問題も解決したところで――お前を殺す]
[デデン!]
シンデルヤからの対戦を受諾して、キャラ編成、サポートキャラクター、オプションアイテムをセットして、戦闘画面にへと切り替わる。
そしてシンデルヤとの対戦が――、
「……これ、使えるんじゃないか?」
僕の頭の中に浮かんだ一つの案。
そのアイデアを逃さぬよう、僕は必死にたぐり寄せて、組み立てていく。
そして一つの秘策が出来上がったのだ。
「もしかしてこれなら……緩木の暴走を止められるんじゃないか」
僕はもうゲーム画面を見ておらず、完全に思考の世界へと入り込んでしまっている。
何度も何度も再考して、考える。
僕の中にある緩木結香で実践して、試す、試す、試す。
そして結論は出た。
これしかない。少なくとも僕には、これしか思いつかない。
再びゲーム画面を見た時には『YOU LOSE』の文字が表示されていたが、僕はまるで勝ったかのような高揚感に包まれていて、熱いものがこみ上げてきた。
スマホを握る手にも力が入り込み、拳にして強く握りしめる。
これなら緩木結香の暴走を止められる。
そう確信して。
[おいおい、どうしたんだよジョーカー、殆ど動いて無かったじゃねぇーか]
[見つけたんだよ。お前が言ったとおり、僕にしか思いつかない方法をな]
僕はシンデルヤにお礼のコメントを送った後、『スターダスト☆クライシス』を閉じて、連絡用アプリを開いた。
メッセージを送る人物など、この場合は一人しかいない。
僕は素早く文章を書いて、直ぐに送信した。
[緩木結香。明日の放課後、空き教室でお前を待つ。決着を付けよう]
これでもう後戻りはできない。
僕は明日の緩木との決戦に備え、その日はいつもよりも早く眠った。
これは絶対に負けられない戦いだ。
負ければ僕どころか、緩木の人生までもが狂ってしまう。
そんな罪を背負って生きるのはごめんだ。
だから絶対に勝つ。勝たなくちゃいけない……!
その重みを背負い、僕は深い眠りの世界にへと落ちていった。
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