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12.破産申請

「ここか……」


 綺羅星から、『緩木が倒れた』との連絡をもらった翌日。

 僕は神戸にある病院へとやって来ていた。

 今日は平日でありもちろん学校もあった訳だが、仮病で休むと伝えてある。

 これで入学早々、僕の皆勤賞は無くなったわけだ。まあ、どうでもいいけど。

 両親が仕事に行くのを、家の近くの影に隠れて確認し、私服に着替えて千葉から電車を経由して、片道四時間をかけて緩木の入院する病院までやってきたというわけだ。

 と、こう聞けば、まるで僕が緩木のことが心配でいてもたってもおれずに、千葉から飛んできたように聞こえてしまうが、実際の経緯は違う。

 僕がわざわざ学校を休んで四時間もかけて神戸へやって来たのは、あの綺羅星刹那が僕に助けを求めてきたからである。

 あんなにも僕のことをクズ呼ばわりした彼女である。

 これはただ事ではない。

 書いてあった文面はこうだ。


[ちょっと、明日学校休んででもこっちに来て、お願い。あんたの言葉なら、多分結香に届くと思うから]


 それがどういう意味なのか。

 最初はよく分からないが、綺羅星に理由を聞いていくにつれて、ことの重大さを理解したというわけだ。

 その理由は直ぐにでも分かる。とにかくまずは緩木の元へと向かわなくてはならない。


 綺羅星から教えられた病室番号と照らし合わせながら部屋を探していく。あった、ここだ。

 『緩木結香』と書かれたプレートが一枚だけ壁にはめ込まれていた。

 どうやらこの病室の患者は今のところ彼女だけらしい。

 中に入ると、そこには点滴を打ちながらベッドに眠る緩木の姿があった。

 目を瞑っており、入ってきた僕には気づいていない。寝てるのだろうか?

 僕はなるべくうるさくしないように、ゆっくりと歩いて近づき、緩木に声をかけようと口を開いた。

 だが、僕よりも先に、目を瞑ったままの緩木が声を発したのだ。


「もう来たんだ。早かったじゃん」

「僕が来るのを知ってたのか?」

「……なんで七芽くんがここにいるの?」


 緩木は一気に目を見開くと、目を丸くして僕をまじまじと凝視した。

 その顔には驚きの感情が張られていたが、直ぐに顔を歪ませて苦笑いを浮かべた。


「そうか……刹那ちゃんか……」

 

 珍しく眉に皺を寄せ、明らかに不満げな態度を露わにする。

 それは多分、僕に緩木の病院を教えた綺羅星に対しての怒りだろう。

 よほど僕には知られたくなかったようだ。

 

「ああ、かなり心配してたぞ」

「そうなんだ、でも大したことじゃないよ。ただの軽い過労だからさ、明日には退院できるよ?」

「ゲームのやり過ぎでか?」

「っ!」

「綺羅星から聞いたよ。お前、暇を見ては『スターダスト☆クライシス』をやってたみたいじゃないか」

「それは……私が倒れたことと関係ないよ」

「いいや関係ある。おかしいと思ったんだよ、あんなに早くプレイヤーレベルが上がるなんて、普通にやってたらあり得ない話だ」


 プレイヤーレベルに関しては、前にも言ったとおり課金などでは上げられない。

 ただひたすらにプレイし続けて、経験値を溜めていくしか方法はないのだ。

 それが何を意味するか――。


「緩木、お前これまで殆ど寝ずにプレイしてただろ」

「ちょっとだよ……」

「ちょっとだと? 過労で倒れるまでやってちょっとのはずがないだろうが。レベルの上がり方からして、プレイを始めた日からずっとだな」


 緩木は笑顔は少しずつ固いものにへと変化していき、それは同時に肯定を意味していた。

 詰まるところ、緩木は破産したのだ。

 僕に対して無理な時間の課金をしすぎたせいで、体を壊した。


「それは、僕に好かれるためか? 僕と少しでも話題が欲しいからここまで無理したのか?」

「……だって、少しでも七芽くんに近づきたかったから」

「ふざけるなよ、ゲームは本来楽しむためのものだ。僕と近づくためのツールなんかじゃない……!」


 本当に楽しんでいないのならやる必要はない。

 そんなこと、僕だってさせたくない。

 昨日、あんなにも楽しそうにゲームのことについて語っていたように見えたのに、あれは嘘だったっていうのか?


「大丈夫だってば、今回はちょっと無理しすぎたけど、次はもう少し加減するからさ」

「待てよ、まさかまた今みたいな生活を続けようとしてるんじゃないだろうな?」

「次は倒れないように頑張るからさ」


 なるほど……綺羅星が僕を呼んだ本当の理由はコレだったのか。

 緩木は体を壊しても尚、これまでと同じような無理な生活を通すと言っているのだ。

 こればかりは、他人に興味のない僕でも無視することはできない。

 緩木がそうする理由は他でもない、僕なのだから。


「やめろ緩木。そんなことをして、一体何になるっていうんだ?」

「少なくとも、七芽くんが私のことを気にかけ続けてくれる」

「僕を脅す気か……」

「まさか、でも七芽くんが私と付き合ってくれれば、止めないこともないよ?」

「つまり、僕が付き合う以外方法はないって言いたいのか?」

「私言ったよね? 

 『例え七芽くんが私のことを嫌いになったとしても、私は七芽くんを好きであり続ける』って。

 だから私は、君に対しての課金を止めるつもりない。

 例えあなたが私を選ばなかったとしても、私はあなたのことを愛し続ける。

 でも七芽くんがまだ誰の物にもなっていないというのなら、可能性が残っているのなら、私は最後の最後まで課金して、あなたを手に入れようとすることをやめない」


 緩木の目は、観覧車で見たときと同じ目をしていた。 

 その瞳は真っ直ぐであり、緩木の決意を表している。


「ああ、でも七芽くんと付き合えば、もっと色々なことが出来るね♡ もっとあなたに色々なことをしてあげられる……♡ それはとても素敵なことだと思わない? 七芽くん?」


 うっとりした顔で架空の将来を考えている緩木に、僕は戦慄し恐怖して鳥肌が立つ。

 緩木は確かにそこにいるが、彼女の奥底に住まう黒く得体の知れない何かを一気に見せられた気分だった。

 そして同時に、僕の奥からどう言っていいのか分からない感情がわき上がってくるのを感じる。 


「なんでなんだよ……どうしてそこまでして、僕なんかを手に入れようとする! そこまでする価値、僕にはないだろうがッ!?」


 病院の中とは言え、声を抑えるのは難しかった。

 はき出した音は辺りにへと反響して、部屋中にへと響き渡る。

 だが僕の叫びが聞いても、緩木は平然とした顔で僕を見つめ、当たり前のようにこう言い放った。


「あるんだよ。私には」

「その理由を……教えてはくれないのか?」

「こればかりは七芽くんでも話せないよ。あなただからこそ言いたくないの」

「どういう意味だよ、それは! 教えてくれよ! 一体僕らに何があったっていうんだ!?」

「それじゃあもう帰ってくれないかな? 少しだけ眠りたいからさ」


 緩木は僕の言葉を遮るように、布団を顔まで被って丸くなった。

 僕はその後も緩木を呼びかけたが反応はなく。そこで会話はお開きとなり、僕は重たい足を引きずって病室を後にした。



◇◇◇



「なんなんだよ本当……! 僕は一体、緩木に何をしたっていうんだよ!」


 緩木の病室を後にした僕は、病室内にある椅子にへと腰掛けて、頭に手を置いた。

 そうでもしないと、先ほどまでの気が収まらなかったからである。


 どうする? どうすればいい?

 緩木の現状を止めるには、僕が緩木と付き合うこと以外ない、と彼女は言った。

 だが今の状況で、僕は緩木と付き合うことはできない。

 僕と付き合った時のことを妄想していた緩木を見て、僕への過度な課金を止めるとはとても思えない。

 あの様子からすると、緩木は既に課金の中毒へ陥ってしまっている。

 最初こそ僕を堕とすことが目的だったかもしれないが、今は僕に対して何らかの好意を課金する行為にハマってしまっている。

 それはもはや依存だ。

 例えここで付き合っても、解決どころかむしろ事態を悪化させるだけかもしれない。

 ゲームに限らず、緩木は他のなにかで無茶な課金をし、そして破産する。その繰り返しになるかもしれないのだ。

 完全に負の連鎖にへと入り込んでしまっている。


「僕が付き合えばすべて解決……てことにはならないな。これは」


 解決する唯一の糸口は、僕と緩木の関係性を暴くことだが、それもまた難しい。

 緩木から出されたヒントは『美女と野獣』という単語であり、それだけで答えにまで辿り着くことなど到底出来ない。

 いや、そもそも緩木は僕に分からせようとしていないのだから当然である。

 はぁ……これがあの省エネ探偵でもあれば、順巡りで答えまで辿り付けるのだろうが、僕は高校生探偵ではないため推理など到底無理な話である。

 間違え探しですら、手こずるレベルだ。

 

「てか、なんだよ、あの態度は……せっかく来てやったのに、すぐ布団の中に潜り込みやがって。昨日はあんなに名残惜しそうにしてたくせによ……」


 まあ病人だから仕方もないが、もう少し話をしてくれても……待てよ?

 なにかが引っかかるぞ?

 確か、僕が入ってくる前に、緩木は何かを言っていた。


『もう来たんだ。早かったじゃん』


 そうだ、僕ではなく、他の誰かに対してそれを言ったのだ。

 それは誰だ? あんなにも気軽に話しかける人物といえば――――まさか!


 僕は再び緩木の病室にへと向かって急いだ。

 辿り着き、緩木の病室付近にある椅子へと座り、ある人物を待つ。

 それから三十分ほどが経過した後、私服を着たある女性が緩木の病室に入っていくのが見えた。

 多分あの人だ……!

 それからまた十五分後、その女性は緩木の病室から出て廊下を歩いて行く。

 僕はその女性を見失わないように追いかけて、声をかけた。


「あの、すいません!」

「はい……どなたでしょうか?」


 顔を見て確信した。やっぱりこの人だ。

 間違いない。


「あの、失礼ですが、緩木結香さんのお母様でしょうか?」

「そうですが……?」


 掴んだ!

 そう、僕は緩木結香の家族の誰かが来ると踏んで、病室前で待機していたのである。

 かなりの博打だったが、これで決定的なヒントは手に入れた!


「初めまして。僕は緩木結香さんと同じクラスの、無生七芽といいます」

「! それじゃああなたが、あの子の話してた……」


 どうやら緩木は僕のことを話していたらしい。

 なら話は早い、早速本題に入るとしよう。


「聞きたいことがあるんです。緩木結香さんの過去について」

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