11.サブクエスト:【緩木結香の好意に耐えろ!】
て、待てぃッ!
まだだ! まだここで死ぬ定めじゃない!
僕は瀕死の脳を無理矢理にもたたき起こし、目の前の緩木を再認識した。
なんでここにいるんだ?
確か今は仕事の関係で神戸市内におり、後二日間は帰らないはず。
メッセージにもそう書かれていた。
いや、それらをとやかく言ってもしょうがない。
今はこの状況をなんとかしなければ。
ただでさえ、緩木のことを思い出しただけでも悶え苦しんでしまうのに、デート以上の格好と容姿で来られれば、もう太刀打ち出来ない。
しかもここは僕の家だ、本拠地だ。
完全に逃げ場を塞がれてしまっていた。詰みである。
「来ちゃった♡」
「なんで……ここにいるんだ……? まだ仕事は終わってないだろ……?」
「マネージャーさんが忘れ物をしたらしくてさ、一回こっちに戻るのに私も付いて来ちゃったんだー♡ 服も仕事服でいいって言われたし、せっかくだから七芽くんに見せてびっくりさせようと思って♡」
ああ、びっくりだ。
ついでに心臓も止まるとこだったよ。
必死に緩木に悟られないように彼女から視点をずらすも、漂ってくる匂いや存在感が、嫌でも伝わってくる。
これがプロのメイクさんの仕事か……全く侮れないな……。
ただでさえ美少女の緩木が、メイクや衣服の力を合わせて何倍にも魅力的に見えてしまう。
例えるのなら、レベルマックスの星5SSRキャラクターに、更に強化アイテムを付けたような感じだ。
直視すれば、死んでしまう。
僕の信念が。
「それでね……どうかな? 綺麗……?」
そんな上目づかいを使って、不安そうに聞いてくるな。
答えなんて一つしか無いだろうが。
「まあな……」
「どのくらい?」
「レベルマックスの星5SSRキャラクターに、強化アイテムつけたくらい」
「ふふふ♡ ありがとっ♡」
ああ、違う……。
こんな甘々展開、僕の人生ではあり得ない。
だが現実は非情である。
いくら目を背けても、問題は解決してくれない。
「それでね、少しだけ時間があるから、七芽くんの部屋にお邪魔したいなーって、思ったわけなんだよ」
「……はい?」
僕の部屋に……だと……?
いいのか? 悪いのか?
駄目だ、今の頭じゃ判断が付かない。
どうする……?
「とりあえずお邪魔していいかな? ちょっと風が冷たくて寒いんだ……」
「あ、ああ……悪かったな……入れよ」
「ありがとうね、ご家族の人はいるのかな? いるなら挨拶したいんだけど」
「生憎、父さんも母さんも仕事だよ」
「残念だなー、『七芽くんの彼女の緩木結香です』って、言いたかったのに~」
「洒落にならない嘘を吐こうとするな!」
親になんか知られてしまえば、ほぼ確定事項になってしまうじゃないか。
なんて恐ろしいことを模索してるんだ……こいつは……。
「二階に七芽くんのお部屋があるのかな?」
「……まあな」
「それじゃあ寒いからそこで待ってていい? 多分七芽くん、部屋にいたんじゃないかな?」
「まあ……そうだな」
「なら、悪いけど先に入らせてもらうね」
「ああ……そうだな……今日は少し寒いもんな」
僕の了承を聞くと、緩木はお礼の言葉を言って静かに二階にへと上がっていった。
僕は適当にお茶とお菓子をトレーの上にへと乗せて、緩木の後を追うように階段を上がっていく。
だがトレーを持つ手は微動に震えており、階段を上がるごとにその震えは止まらない。
トレーに乗ったコップに入ったお茶が、さきほどから微かに零れていっている。
落ち着けぇ……大丈夫だ……。
予定は狂ってしまったが、平常心を持てば何の問題も無いはずだ。
無の境地、瞑想をするんだ。
やり方、知らないけど。
なるべくゆっくりと階段を上って、深呼吸をして十分に心を落ち着かせた後、ドアノブをしっかりと握って、息を吐く。
よし……覚悟は決まった!
僕は意を決して部屋の中にへと入ると、緩木は立ったまま僕の殺風景な部屋を眺めていた。
こんな殆ど何もない部屋の、一体何処を見ているというのだろうか。
緩木は入ってきた僕に気づくと、笑いながらこう言った。
「七芽くんて、結構過激なエロ本持ってるんだね?」
「漁ったのか!?」
「ううん、言ってみただけ~♡」
「はっ!」
ブラフか!
その証拠に、緩木は得意げな笑みを浮かべて僕を見ている。
ちくしょう! 完全に弄ばれた!
「いくらなんでも、人様の部屋を勝手にいじったりなんてしないよ。でもそうなんだ~、七芽くんもやっぱりそういう本持ってるんだ~、ふぅ~ん♡」
「持ってない持ってない。そんな本、全然持ってない」
そういう本は持っていないが、電子書籍はこっそりとスマホの中に入っているため、嘘は言っていない。
今時紙のエロ本を持っている男子高校生など、殆どいないだろう。
ちなみにジャンルは『巨乳お姉さん』系のため、少々小ぶりサイズな緩木には絶対にバレるわけにはいかない。
バレた日には、僕も綺羅星同様に、『ああ! 窓に! 窓に!』というメッセージを送るハメになってしまう。
「と、とにかく座れよ……落ち着かないだろうが」
「そうだね。あ、七芽くん! 私、とうとうプレイヤーレベルが80にまで上がったんだよ!」
「てことは、ストーリーも終盤に入る直前か」
「うん! 七芽くんが言った通り、ちゃんとストーリーを読みながらやると面白いね、このゲーム! ますますハマっちゃったよ!」
「それはよかった。布教した甲斐があったってものだ」
緩木はそれを証明するように、僕にスマホの画面を見せてきた。
確かに、プレイヤーキャラの横にはレベル80と表示されている。
この短期間で、あの膨大なテキストを読みながらよくここまで進められたものだ。
「でも、今ものすごく強いゴリラさんと戦ってて、その人が中々倒せないんだなー。直ぐ必殺技撃ってくるし、ロイブラちゃんを使っても、全然ダメージが与えられないし、最後の最後で全部回復してくるしで、やんなっちゃう」
「ロイブラちゃん?」
「ロイヤルブルースターダストブラスターちゃんの略」
「ああ、そういうことか。敵に関しては確実に、みんなのトラウマの星4SRゴリラ・ゴリラだな。あいつは流石に僕でも苦戦したよ。僕の頃なんかは、まだキャラもそこまで揃ってなかったし」
ストーリーを進めて行くにつれて、どうしても避けられない強敵が『スターダスト☆クライシス』には存在する。
星4SRのキャラクターの、ゴリラ・ゴリラである。
名前の通り見た目はゴリラなのだが、スターダスト鉱石の影響によって言葉を話せるようになった、紳士的な性格のゴリラである。
まんまゴリラな見た目と紳士的キャラのギャップから、人気投票ランキングでも上位にへと上がってくる、人気キャラクターの一人だ。
ストーリー終盤直前で、彼は超新星爆発によって住む星を無くした人たちを、宇宙コロニーに収容するかどうかを決める選定者としてプレイヤーたちの前に立ちはだかるのだが、このときの強さがまあ半端じゃない。
ストーリーの流れ上、彼は選定者という重要な役回りから、スターダスト鉱石を全身に埋め込んでパワーアップした状態で戦う事になる。
そのため通常の性能とは異なっており、
『速攻で必殺技ゲージを溜めて、連続で撃ってくる』
『更に持ち前のスキルを使って攻撃力を上げてくる』
『挙げ句の果てに、大量にあるライフゲージを全部削ったとしても、一度だけ全回復して蘇る』
などと、そのあまりのチートぷりに全ユーザーが泣いたと言われている。
もちろん、僕もその中の一人だ。
だからゴリラ・ゴリラに関しては、単純な火力だけでは倒すことができず、しっかりとした編成と戦略が必要となってくる。
「ガチャを回すために取っておいたスターダスト鉱石を使おうと思ったんだけど、丁度こないだのガチャで無くなっちゃったから無理なんだよねー。今月はもうお金使えないから、来月に課金して、スターダスト鉱石を使いまくって倒すね!」
「いや、ちゃんとキャラクターを育てればどうにでもなるだろうがよ。いくらなんでも金が掛かりすぎるぞ。その方法……」
確かにガチャ用のスターダスト鉱石を消費すれば、倒れたキャラクター全員を復活させることはできるが、それはあまりにも金持ちのやり方である。
無課金プレイを貫き、微かに得られるスターダスト鉱石を少しずつ溜めていくような僕には、到底真似できない方法だ。
「大丈夫だよ~! 私、これでも結構稼いでるんだよ?」
読者モデルなんだから、そりゃそうだろう。
これで稼いでないと言われればブラックすぎる。芸能界の闇を感じてしまう。
緩木はそれを伝えて満足したのか、スマホを仕舞い、僕のベッドにへと潜り込んだ。
て、おい。
「勝手に入り込むなよ」
「ふぅあ~……七芽くんの匂いで一杯だよ……♡ 幸せぇ~♡」
「変態か貴様。てかそうバタバタするな、埃が舞うだろうが」
「ごめんごめん♡ でも落ち着くなぁ~ここ……あぁ~ずっとここにいたい……」
「勘弁してくれ」
そうなれば僕が寝られなくなってしまうじゃないか。
「七芽くんもおいでよ~?」
「っ……断る」
布団を持ち上げて誘ってくる緩木を背にして、どうにかして理性を取り戻す。
先ほどはゲームの話をして気が紛れていたが、依然不味い状況には変わりないのだ。
この状況……一体どう切り抜ける……?
すると、突然僕の背中に優しい熱が伝わってきた。
緩木が僕の首に、手を巻き付けて接近してきたのである。
「ゆ、緩木……!?」
「えへへぇ~、七芽くんだ~、七芽くんがいるぅ~♡」
「離れろよ……! 熱いだろうが……!」
「私は寒いのぉ~、ああぁ……七芽くんパワーが充電されていくのを感じるよぉ~……♡」
「勝手に人を充電器にするんじゃねえよ!」
緩木は何をしても離れてはくれず、僕は面倒くさくなって結局そのまま放置することにした。
耳元が熱く、緩木の吐息が聞こえてくる。
少しの沈黙が流れた後、僕はそれを自らの言葉で破った。
「……なあ緩木。
正直に言ってしまえば、僕は恋愛関係ってやつが苦手だ。
もっと言えば、恋愛なんて時間の無駄だとすら思っている。
付き合うコストはバカ高いのに、実らなかったら全てが無駄になる。
例え付き合えて両思いだとしても、必ずどこかで喧嘩をしたり、仲が悪くなったりする。
そうなったら面倒だ。
その時間はきっと二人ともが傷ついて、疲弊して、人生の時間を無駄にする。
だから僕はそれを避けるために、友達すらも作ってないんだよ。
面倒なことはしないし、安請け合いもしない。
それが人生無課金主義者である、僕の生き方であり、考え方なんだ。
だからつまりえっと……何が言いたいのかっていうとだな…………こんな考えの駄目な僕でも……緩木は好きでいてくれるのか?」
『うん』
そう答えられたら、僕は一体どうすればいいのだろ。
どんな顔をして、緩木を見ればいい?
どんな態度で、緩木と接すればいい?
今ですらこんなにも胸が高鳴っているというのに、もしも緩木が、こんな僕を受け入れてくれるというのなら――。
その時、僕は一体、どんな答えを出すのだろう。
「――――」
「……な、なあ、なにか答えてくれよ……緩木」
「――――ぐぅ……」
「ぐぅ……って寝てるし!?」
緩木は気持ちよさそうに目を閉じ、心地よさそうに僕の首元で眠っていた。
マジかよ!?
え、なにか? 人が一世一代の言葉出したのに、この子寝てました?
はぁああああああああ! まじかよおおおおお!!
なんだよそれ!? ただ僕が超恥ずかしい経験しただけじゃねえかよッ!!
それで僕の気持ちは完全に白けてしまい、先ほどまで動いてくれなかった頭の中も一気に働いていく。
よし、再起動完了だ。
もう緩木を見ても大丈夫。ただの星5SSR美少女にしか見えない。
メンタルリセット完了だ。
全く、これでようやく緩木の腕から解放されるぜ……。
彼女の腕を剥がし、ベッドの上にへと寝かせてやる。
このまま眠らせたままの方がいいかとも思ったが、確かマネージャーさんと一緒に戻って来たと言ってたな。
いつ帰るかも分からないし、一応起こすとするか。
「おい緩木、寝てて大丈夫なのか? また戻らないといけないんだろ?」
「んっ……あぁ……? ああ、私、寝てた……?」
「ぐっすりとな、大丈夫か?」
「平気平気! ちょっと仕事で疲れちゃっただけだからさ!」
「ならいいけど」
「う~ん! でも来てよかった! 七芽くんのおかげで、また仕事頑張れそう!」
「あまり無理はするなよ?」
「大丈夫だって! あぁ~でももっと七芽くんと一緒にいたいなぁ~七芽も一緒に行こうよぉ~ねぇ~♡」
「生憎、明日は学校に行く予定が入ってるんだよ」
「ちぇ~、残念」
緩木は唇を尖らせていたが、笑っており、名残惜しそうに僕の服をつまんでくる。
そしてそのまま玄関まで降り、緩木は玄関の外にへと出た。
そして、綺麗に回って振り返り、僕の顔を見つめてきた。
「本当にありがとうね、七芽くん。私、これからももっともっと頑張れるから!」
「ん? ああ……」
緩木の言葉にちょっとした引っかかりを覚えたが、特には言及せず、緩木の手によって玄関の扉は閉められた。
部屋に戻ると、先ほどまで緩木が寝ていたベッドに視線がいってしまう。
近くまで行くと、緩木の匂いがしっかりと付いてしまっていた。
「……これは今夜眠れないな」
案の定、緩木の匂いで僕の目は冴え渡り、深夜になっても眠ることは出来なかった。
そんな眠れない夜を過ごしていると、突然携帯が振動して、綺羅星からメッセージが飛んできたのだ。
眠れないし、気晴らしに綺羅星に話相手となってもらおうっと。
これも後に課金をすることとなる人間のできる特権である。
そう思い綺羅星からメッセージを見て、僕は思わず目を見開いてしまった。
そこに、『緩木結香が仕事中に倒れた』ということが書かれていたからである。
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