諏訪湖祭湖上花火大会 1
穂高と広高は、おやきの店から諏訪湖の湖岸に到着した。広高は愛花にテキストチャットのアプリ内で、「もう着いたよ。」ということを送った。五分後、愛花がメッセージを送ってきた。「いま塩尻駅の駅蕎麦屋さんで遅めの昼食をとって、小淵沢ゆきの電車に乗り込むところ。」らしい。
その十分後のことであった、広高と愛花が二日ぶりの再会を果たしたのは。
「穂高。私はこれからお母さんになる愛花。よろしく。」
「千葉県北部から諏訪まで電車だけで来たの?」
「うん。でも、千葉県じゃなくて東京都。広高と一緒に。四時間もかかったよ。京浜東北線が一番きつかった。めちゃめちゃに混んでて、地獄絵図だった。でも、今まで育った家よりは遥かに極楽浄土と思えるようなところだった。谷川岳のように家は峻峭たる環境で、我が目は炯々としていた。でも、成績に於いては虎榜に名を連ねている、という状態が屡々あった。」
「そんなに大変だったのか。」
「東京から埼玉県三郷市まで三十キロを一駅分の切符すら買えないから、歩いて行って、食糧の買い出しに行った。」
「え、本当に?」
愛花の後ろにいた晴花と楓花とがともに声を上げていた。
「遺憾ながら、それらは全て本当のことだ。親の虐待から逃れたくて、ついてきたんだ。とにかく遠いところまで逃げたかったの。広高が信州人だったから、信州に行った訳で、もし広島県民だったら広島に行ってたと思う。」そう穂高は答えた。
晴花は共感していたが、言葉の意味がわからないという箇所がかなり多かった。そして彼女は友達と喋り出した。
「新しい弟が、非常に語彙が多すぎてなにを言っているか分からないことがある。」
「ああ、あれね。えーと、あれは中島敦の山月記の記述に基づいているね。李徴の姿の一部と穂高とを重ね合わせているのではないか。」鋭い考察が晴花の友人、颯からあったのだった。
「え、もしかして読んだことあるの?」
「母さんが信濃高校で国語の教師やってるから、教えてもらった。」
そうこうしているうちに花火の音がした。