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「ぬいぐるみショップ Keito」二号店出店予定です。

作者: 鷹枝ピトン

 とある田舎町の商店街の一角に、こじんまりとその店はあった。

『ぬいぐるみショップ Keito』。ぬいぐるみ、人形の専門店である。

 店主の佐々木は、もともと寺の坊主であり、人形供養を生業にしていた。しかし、住職が乱心し、寺に放火。木造の建築は、あっけなく焼失。佐々木は職場を消失することとなった。

 そこで、佐々木が心機一転始めた商売が、このぬいぐるみショップである。海外から取り寄せたキャラクターもののぬいぐるみから、怨念籠った日本人形まで、幅広い品ぞろえを用意していることで、一定の常連客をつくることに成功した。近々、二号店を隣町のショッピングモール内に出店する予定である。


 木枯らし吹く寒空のある日。佐々木が修繕依頼されたぬいぐるみに糸を通していると、その客はやってきた。


「すみません。やってますか」


 佐々木が顔を上げると、そこには黒いコートに身を包んだ長身のおとこが立っていた。低い天井にあたまが付きそうで、ぶつからないかと心配になる。マスクとサングラスを着用しており、表情は読み取れない。


「ええ、やっていますよ。なにかお探しですか」


 店内に、ほかの客はいない。佐々木は、ぬいぐるみを置いて接客に移行する。

 

「なに、ということでもないのですが、その……」


 言いよどむ男。佐々木は確信する。「あっち」の客か。


「当店のことはだれからお聞きになりましたか?」

「……関内さん、ですけど」

 関内……聞き覚えのある名だった。佐々木は記憶を探る。そこで、たどり着いたのは、二か月まえに来店した、ひげの男だった。


「ああ、あのひとですか。なるほど、なるほど……。と、いうことは、あなたも、呪いのほうですか」


 息をのむ男。図星か。佐々木は、奥から、カタログを持ってくる。


「うちは、全国から質のいい人形をそろえていますからね。お客様のご要望に応じた子を見繕えます。失礼ですが、ご事情のほうをお伺いしてもよろしいでしょうか。いえ、プライバシーにかかわることなので、無理にとはいいませんが」


 男は、しばらく沈黙してから、口を開く。


「娘が、誘拐されまして」

「へえ……」


 マスクで年齢がわからなかったが、娘がいるということは、それなりの歳なのかもしれない。男は、目頭を押さえると、うつむく。


「犯人は、わかっています。二年ほどまえから、わたしは父の会社を継ぎ、社長に就任しました。しかし、業界全体の不況もあり、経営が悪化してしまい、先代から働いていてくれている従業員をリストラしてしまったのです」


「その、もと社員のひとりが娘さんを誘拐した、と?」


「ええ……三越というのですが、あの男は不当な解雇だと裁判まで起こそうとしてましたからね。随分根にもっていたのでしょう。あいつは、わたしに電話をかけてきて、娘を誘拐した、といったのです」


 涙ながらに話す男に、佐々木は、お茶を薦める。


「それは、大変でしたね……。娘さんはご無事だったんですか」


「ええ、まだ危害は加えていないそうです……」


 佐々木は、昆布茶を口で転がす。そして、ゆっくりと、首をひねる。……まだ?


「あの、電話がかかってきたのは、いつですか?」


「今朝です」


「……警察には言いましたか?」


「いえ。いやとくに三越から警察には言うな、などとは言われていないのですが、誘拐被害者のマナーに反するかと思い」


 わけのわからない理論に、佐々木は頭を抱える。警察が動いていない、ということは。


「えーと、つまり、娘さんは現在進行形でその三越という男に誘拐されている……そういうことですか」


「その通りです。以前、飲み屋で関内さんからここのことを聞いていたので、電話を受け取ってから、一直線にこちらにお邪魔した次第なのです」


 佐々木は、深呼吸してから、開口する。


「……あの、警察に行きましょう」


 娘がなにかをされていて、その復讐というのなら呪いに頼る考えも理解できる。しかし、手を尽くす前の、初手呪いだよりは、レアケースすぎる。

 男は、首を振った。


「実は、昔から呪いというものに興味がありまして。これは絶好の機会なのです。ぜひ、協力していただけないでしょうか」


「…………」


 娘の無事よりも、自分の興味を優先させるとは。佐々木は、あきれてものもいえなくなった。しかし、客であることには変わりない。これ以上の口出しは無用だ。


 佐々木は、あらためて、男にカタログを示す。


「それでは、こちらのひな人形などはいかがでしょう」


 指でさした写真は、ひな人形だった。


「へえ。これも、やはりいわく付きなのですか」


「ええ、まあ。ひな祭りの日、親が留守のあいだに、その家のこどもが強盗に殺されましてね。子を殺した犯人への親の怨念がこもっています。娘さんのために使う、今回の件にぴったりではないでしょうか」


 男は、ううんとうなる。


「たしかに、よいお品物のようですが……。その少し値段が」


 難色を示す理由は、価格のようだった。仕入れ値がそれなりだったので、値引きは厳しい。佐々木は、それならば、と提案をする。


「では、オーダーメイドで人形をつくることもできますが。お値段も、お手頃ですよ」


 この店では、顧客の怨念を、佐々木手作りの人形に込めて、専用の呪い人形を製作する販売方法もしている。これが好評で、売り上げの三割を占めていたりする。

 値段をいうと、男は、ほおと頷く。


「それなら予算内で済みそうです。オーダーメイドですか。どんな人形でつくるのですか」


 佐々木は、少し待っていてください、と残し、奥に見本品を探しにいった。

 男は、茶を飲む。口に合わなかったので、ティッシュに染み込ませて、ごみ箱に捨てる。ほどなくして、佐々木が小箱を抱えてやってきた。


「一番人気は、テディベアですね。見た目の可愛さが、呪いというおどろおどろしさを緩和してくれるのです。あとは、こちらの日本人形。古くからの、典型的なスタイルを求めるかたに人気ですね。少し値は張りますが。あとは、こちらのわらを使ったもの」


「わら! 藁人形、ですか」


 男のくい付きの良さに、佐々木は微笑む。ほとんどの客は、藁人形を見せるといい反応をしてくれるのだ。


「製作時間もかかりませんし、本日中にお渡しすることもできますよ。それと、釘と金づちもサービスできます」


「いいですねぇ。事態は一刻を争いますからねぇ」


 まっとうなことをいう男。それならば、さっさと警察に駆け込めばいいのに、と佐々木はこころの中で突っ込むが、口には出さない。

 男は、藁人形にほぼ決定したようだったが、おや、と箱のなかに気になるものを見つけて佐々木に聞く。


「石と……粘土、ですか?これも人形なのですか」


「ええ、日本人にはなじみがないですかね。ゴーレムです」


 店内の時計の針がカタンと動いた。






 とある廃工場。


 そこには、中年の男と、少女がいた。

 少女は、結束バンドで縛られており、身動きが取れない。

「ねえ、おじさん、いい加減これ解いてよ。逃げないからさ」


 男は、ビール瓶を傾ける。ぴちょんと一滴だけ、コップに落ちる。


「……ああん? トイレに行くときはちゃんと取ってやってるだろうが。我慢しろ」


 少女は、ふてくされる。男は、そのふてぶてしさに、自分を解雇した男を重ね、舌打ちをする。


「恨むんならてめえの父親を恨め」

 

 男は倉庫の外へ煙草を吸いに行こうとする。重い金属製の扉を開けると、光がこれでもかというほどに入り込む。いままで見えなかった埃が可視化され、男の鼻がうずく。


 ひとが通れるくらいの隙間が空いたところで、男は身をそこへ滑り込ませる。しかし、ガン、となにかにぶつかる感触がして、男の通行は阻まれた。


「なんだぁ……?」

 男は、目を細めて、障害物の正体をとらえる。逆光で黒いが、次第に目が慣れてくる。巨大である。そして、自然の臭いがする。これは……。


「やま……?」


 目の前にあるそれは、そう表現するに適したほどに大きな、土の塊であった。石と、土と、ところどころには草。


 男は当然の疑問をもつ。何故、扉のまえに、こんなものが。


 触れてみると、冷気を放っている。ひんやりとした冷たさが、気持ちを落ち着ける。


 だが、次の瞬間。


 土の塊が、爆せた。


 

 巻き起こった土煙に何事かと少女は飛び跳ねる。音のした方向、扉のほうをみると、出口が土砂で塞がれていた。


「ええ……?なに……?」


 とりあえず、救助が早く来なくては、餓死することだけは理解できた少女であった。






 客が来ないので、佐々木は、テレビを聞きながらぬいぐるみにワッペンを付ける作業をする。たまにお茶をのんで、乾燥する季節の風邪を予防する。


「ニュースです。三蛙町の廃工場で、男の死体が見つかりました。男は土砂のなかに埋まって状態で窒息死しており……」

 

 身に覚えのあるニュースに、顔を上げる。ふうん、とつぶやくも、なにも感想がでない。

 佐々木は再び手元に目線を落とす。


 置き電話がなり、受話器を耳に当てる。

「はい、もしもし?ああ、どうもこんにちは。テナントの改装の件ですか。そうですねえ、壁紙のデザインはこちらで用意したかったのですけど……」


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