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最強の魔術師は家賃が払えない?

「今月分の家賃はまだかい?そろそろ払ってもらえないかい?」


 世界一の魔術師の朝は早い。 

 朝早くから借金の取り立てかのように家の家賃を払えと大家さんがうるさい。

 世界一の魔術師であるご主人様は、最強であると同時に社会的に見れば弱者とも言える。


 なぜって?

 ご主人様は食べることにしか興味がないからだ。

 ご主人様の実力があれば、間違いなく大金持ちになれるだろう。

 ご主人様の魔術を持ってすれば倒せないグルマはいないのだから、適当にグルマ協会に行って依頼を受けてくればいいものを、ご主人様はそうはしない。

 

 ちなみにグルマ協会とは、グルマ討伐を生業にしている人々のギルドのことだ。冒険者協会、ハンター協会と言われたりもする。

 グルマについてのお得な情報なんかを教えてくれたり、狩ったグルマを買い取ってくれたり、いろいろなことをしてくれる協会だ。

 

 そのいろいろなことの中には、グルマ依頼というものも含まれる。

 一般人が、〇〇のグルマの肉が食べたいから、銅貨○枚で狩ってきてくれ。

 とか、国が、大型グルマ討伐の依頼を出したり、数の少ない希少種の植物グルマを探してきてくれ。とか、依頼内容は多岐にわたっているが、とにかく、難しい依頼であればあるほどにお金が稼げる。


 ちなみに、ステーキサラマンダーの肉は、依頼での納品で大体金貨数枚。頭の先から足の爪の先まで買い取って貰えば金貨数十枚はくだらない。本来ステーキドラゴンをたった一人で倒そうなんて人はいないので、団体で討伐すれば報酬は山分け。

 そう考えると、まず一匹まるまるで売るような人はいないだろう。


 だが、一匹まるまるで金貨数十枚だ。相当な値段である。


 金貨1枚で大の大人が二ヶ月近く生活できる。僕たちは二人で生活しているので、それを考えると、だいたい一ヶ月は普通に暮らしていけるだけの大金。それが数十枚だ。


 数年は何もせずに生きていける。


 が、ご主人様はそんなことはしない。


 魔術師であるご主人様は、どこで覚えたのか慣れた手つきで仕留めたグルマをさばき、食べられる部分だけを分離し、転送魔法(生き物以外のものを好きな場所に転送する魔法)で家まで送るのだ。

 それこそ、ステーキサラマンダーのような大型のグルマになってくると、食べられる部位も多く、転送する部分も相当な量になることもしばしば。


 しかし、それを売ろうだなんて考えはご主人様の中にはない。

 もしその気があったら、今頃僕の中で消化されているであろうステーキサラマンダーの肉は、僕のお腹ではなく、誰か他に売られて、また違うところの誰かの腹の中に入っていたのだろうから。


 とにかく、ご主人様は暇さえあればグルマが出現する穴場スポットに出かけていく。

 いや、仕事も何もしていないご主人様は、常に暇なので、寝る、料理する、食べる、トイレ、風呂以外の時間のほとんどは外でグルマを探す旅だ。


 これでは金などたまるわけがない。

 まあ現状、食べ物に困ってはいないし、飲み物もご主人様がいる限りはいくらでも魔術でおいしい水が飲める。

 水同様に、火、光、その他生活に必要なものは全て魔法でそろってしまうわけで、実際生活で困っていることなんてないようにも思えるが、実はそうでもなかった。

 

 問題だったのは家だ。

 家に関しては魔術でどうなるようなものではなく、家賃というものは払わなくてはならない。


 まったくふざけた話である。

 最強の魔術いが家賃払えないがために大家に追いかけ回されるのだ。

 ご主人様も仕事をすればいいものを。


 と、いうことで、今は僕が少し働いている。

 いわゆるアルバイトというやつだ。

 僕の本業はご主人様の助手なので、正式にどこかから雇ってもらうわけにもいかず、現状アルバイトしかできないのが現実だ。

 ハンターとして活動するのも悪くはないのだが、仕事を終えた後にまたご主人様と一緒におなじようなところへ行って狩りをするのは流石に精神的に疲れるので却下だ。

 小さな飲食店のアルバイトをするのが無難だった。


 こうしてなんとか家賃は払えていたものの、今月はそうもいかなかった。

 僕が働いていたアルバイト先のお店が閉店してしまったのだ。


 今月のアルバイト料はなし。

 今月はピンチ。

 そろそろご主人様と一緒に、依頼を受けねばならない。最低でも僕の新しいアルバイト先が見つかるまで。


 そう思って僕はご主人様に切り出した。


「ご主人様ぁ。今月やばいですって。家賃払えませんよ。仕事しましょ?仕事」


「んでそんなことしなければならないのだ。私は食べられればそれでいい」


 昨日のステーキサラマンダーの残りをミディアムレアで器用に焼いていくご主人様。大家さんが来ても食べるということに関しての貪欲さは曲がることがない。


 そういう僕もご主人様に出されたミディアムレアなご馳走を頬張ってしまう。

 師弟揃って朝から重い肉だ。

 胃もたれを機にすることなくがっつり食べる。


 食べているメニューだけを見れば、家賃が払えないほど困窮しているとは誰も思うまい。


 って、そうじゃない。そうじゃない。

 再び僕はご主人様に向き直る。


「住む場所がなくなるんですよ?大変なことじゃないですか!」


「だからなんだというんだ。料理さえできれば別に屋根なし壁なしシャワーなしでも問題ないぞ」


 ほんとにご主人様ときたら。

 常識的な考えを持っていない。

 料理さえできればいいって。要は結局食えればいいんじゃないか。


 ん?料理……。


「じゃあご主人様。この家に住めなくなったら、この家のキッチンが使えなくなりますよね?そうしたら料理できないですよ」


 僕がそういうと、ご主人様は目を見開いた。


「……盲点だった。料理できなくばよりうまいものが食えなくなる。このステーキも、一見ただ焼いているようで、多くの工夫がなされている。この工夫なしにこの肉を食ってみれば……」


 そこからが長かった。

 ご主人様の食への愛は深い。それこそ海よりも深い。

 その深さは何にも比べられないほどに。


 そのまま数十分。延々と僕はご主人様から料理とはなんなのかを聞かされた。


 ご主人様曰く、その食材に敬意をもって、その食材を最高に、それ以上ないほどまでに美味しくすることこそ料理であり、食材への敬意であり、美食家の真髄であると。

 何十回何百回と聞いてきた言葉であるため、もう正直聞き飽きている。

 が、この話は間違いなく本当である。


 今頬張っている、ステーキサラマンダーステーキも、ご主人様の言ったように、様々な工夫がなされている。

 もう僕はこの味に慣れてしまっているので、なんとも感じない(なんとも贅沢な悩みともいえよう)が、初めて食べた時の感動といえばもう、それはそれはすごいものだった。

 噛んだ瞬間に肉汁が全身を駆け巡る。柔らかな肉が口に入れた途端にとろけ、旨味、甘味、かすかな塩気がさらにもう一口食べたいと思わせる。

 肉だとは思えないほどにふわふわなステーキは、ナイフを添えただけで一刀両断。


 それもそのはず。二日間かけて様々な調味料と煮込み、漬け込み、もみこみ、すり込みをしたその極上のステーキは、誰もが食べられるようなものではなかったのだから。

 メインとなる肉も相当強いグルマから取れる肉だが、一緒に煮込まれた食材もまた、市場に出回ることはほぼないとまで言われた高級食材。

 どれもこれも全てご主人様が狩ったグルマから手に入れた食材だ。

 うまくないはずがない。


 今でこそ平気な顔でこうしてステーキを食べている僕だが、当時は本当に、口に入れた瞬間の肉のように、僕の頬自身が溶け落ちてしまうのではないかと思うほどに美味しかったものだ。


 そういった回想シーンを思い浮かべていると、ご主人様がもう一度口を開いた。


「働くぞ。家賃何か月分か貯めよう。今すぐだ」


「やる気になったんですね!」


 ご主人様が仕事をやる気になってくれたようだ。

 

ご主人様(事実上ニート)がついに働く。初めて自分の食事のためでなく、金のために。


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