門出の前に僕の声を……
今回は短いお話です。物語がガラッと動くのはまだ先ですが、このお話もしっかりチェックしていただけると嬉しいです!
ユキちゃんはあの日。最後に会える日だったはずなのに来なかった。
今日の風は冷たくて誰かが感情のかけらでも落としているような気がして、雨が大地が濡れる様を呆然とみていた。
僕にとってはただの雨。でも、ユキちゃんにとっては特別な雨。
前にユキちゃんが言っていたのだ。
『私は何でも好き!どれも、一瞬のことだから特別ってことでしょ?』
そう言って笑っていたのだ。
大きく手を広げ、舞を舞うみたいにキラキラとヒラリと花が落ちるように踊るその様は、僕の脳裏にほんの一瞬だけ焼き付いていた。
もう、ユキちゃんはここにはいない。
それは、僕がこの場所に来る理由がないと言うこと。
ユキちゃんがいなければ何の意味もないのだ。
本当に只々、窮屈で、またユキちゃんがいなくなった場所を、隣にいるはずだった場所を、眺め見渡し空を見上げ、大切な君の名前を呼んで叫んだ。
惨めな僕の姿が地面の水面に浮かんで行く。
けど、僕の声はユキちゃんと違って大地にも空にも何処にも届かず、響かなかった。
せめて、ユキちゃんには届いてくれたらよかったのに…
僕の景色はまたモノトーン。白黒だ。
「帰ろうか…」
神様。貴方がいるのなら、もう一度ユキちゃんに会えますように……
僕の願いを叶えてくれる神様なんていないことはちゃんと分かってるけど……
**************
僕の住んでいる部屋は屋敷とはかなり離れていて別宅だ。
主に一人暮らしのようなもので僕の前には大きな何かの木があるけれど周りにあるのは枯葉だけで一度も花や葉がついたのを見たことがない。
大木ということはわかるが、それ以外はわからず、その太い枝は屋根と合体しているおかげで、僕の部屋に日は当たらず、影になっている。
夏はボロボロの扇風機しかないこの部屋にとってはありがたいが、冬は辛くいつも霜焼けになり掛けている。
「あら、リクノエ。おかえりなさい」
今日は珍しく僕の部屋に母さんがいた。
「どうしたの?」
「ちょっとね〜」
口元に手を当てながら、ニヤニヤしている。
いかにも何か面白いことを見つけたような顔だ。
「そうなんだ。何か良いことがあったんだね」
けど、珍しいことではない。むしろ最近ずっとこの調子だ。
「あら、少し濡れてるわよ〜さっきの夕立と鉢合わせしちゃったのね」
母さんは独特の感性の持ち主でいわゆる天然という奴だ。
「うん。まぁ」
母さんは相変わらず笑っている。
「あ、それより今度ね、極夜がみんなの前でご挨拶することになったんだって!」
「極夜が?」
凄いことだ。僕と同い年なのに存在が認められたということなんだろう。
「そうよ。リクノエも応援してあげてね!」
そう言って母さんはニコニコ笑った。
「え、あ、うん。今度会ったら言っておくよ」
今度はいつかわからないけど。
多分、僕は言わないだろう。もしかしたら、ことが終わった後かもしれないし。
僕に言われても極夜は屈辱としか考えないような気がする。
「ふふふ。楽しみね〜」
けど、母さんは本当に嬉しいみたいだ。なにせ、いつもと笑いかたが違うのが何よりの証拠だ。
「極夜もちゃんと成長してるって感じて安心するわ〜」
極夜は母さんの中で自慢の息子で、僕なんかとは違う。だって、極夜が母さんを生かしているようなものなのだから。
「それに、リクノエも立派なお兄ちゃんだしね!」
「ハハ、ありがとう」
僕は弟には敵わない。
これは事実で一生覆されないものだ。
「あ、あとね。また今度お客様が来るからよろしくね」
「うん……」
ぼんやりとしか聞いていなかったが、僕には関係のない話だということはわかった。
「うん」
母さん。
お客様なんて僕に一度も来たことはないよ。
「あら、そろそろ行かないと!またねリクノエ。おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
僕には母さんと話す時の条件がいくつもあって殆どが暗黙の了解で、これは僕が僕でいるための鉄則。
絶対に僕は母さんの前では笑っておかなければいけない。
笑って笑って、大丈夫だからと伝えなければいけない。
心に何か引っかかっていても、笑っていなければいけない。
僕が決めた最前線のルールで、これが僕の僕のためのルールで………
用は、こことは違う世界に焦がれる僕を否定するためだった。
それでも、このルールを守ろうとしているのにやはり思ってしまうことがある。
それは、最近少し母さんの様子がおかしいこと。
でも、それは母さんが僕とは真逆のあの世界に慣れていっているということで、喜ばしいことだ。
そう、母さんはあの世界で認められつつあるんだ。
僕は「おめでとう」と言わなければいけない。
ちゃんとした、いつもの笑顔であのいつも笑っている母さんの背を見ながら……
けど、僕にはなんだかその背中が寂しく思えた。
だから、いつかこの言葉を言う日が来ないことをお願いする。
学校の図書館でみた本の中で、主人公が最後に言った言葉。
「一度でも僕を愛してくれてありがとう」
もう、題名も覚えてないそんな物語だった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
誤字脱字などございましたら、気軽に教えてくださると嬉しいです。
間の神門!まだまだ続きますよ!
作者的には早くユキちゃんに会いたい……
そして、松谷くんにも!!