嵐の前に…
番外編の様なお話です。
少し、読みにくい表現が含まれていますか気長に読んでもらえると幸いです。
そしてまだ、ユキちゃんは出て来ていますよ!!
ー『感情の色』ー
《別名『〇〇〇』
それは、心の色。
人や妖。動物や虫。そして神。すべての生きる者が生まれた時に一色、己に持っている色の事を指す。
その色が変わることは稀にしか無いが、輝くか輝いていないかで多くの差がある。
そして、生きる者の人生や生き様、時折見せる激しい感情によって輝き方は変わっていく。
だが本来、人や妖にその色を見るものはいない。
神こそ、色を見れる者がこの世に一人いるかいないかである。僅か一握りの可能性もない、神にとっても稀な存在である。》
「リクノエ」
「しっ!!椿、静かにして…」
ランドセルの中から椿の呻く声が聞こえた。
不服のようだ。
夕日は沈み、夜へと変わる。
それは、人の時間から妖の時間になるのと言うこと。
狭く古びた重い木のドアを不気味な音を立てながらゆっくりと開ける。
開けるまでに一苦労だ。
けれど、ここで誰かに気付かれては命が危うくなる。
夕日が沈むまでに部屋の中にいないとバレた場合、父さんに殴られかねない一度だけ、そう言うことがあった。
けれど、今は椿もいる。
今日だけは失敗出来ない。
「白日か?」
扉を閉めた時、彼だけが呼ぶ僕の名前が後ろから聞こえた。
「宵?」
目の前には、僕よりも背が高い弟の極夜がいた。
僕はいつも極夜のことを『宵』と呼んでいる。
意味は…、まだ極夜には秘密だ。
そして、僕が極夜のことを宵と呼ぶようになってから極夜も僕のことを『白日』と呼ぶようになった。
意味は知らない。宵も教えるつもりはないみたいだ。
「どうしてこんなに遅かったんだ?」
何時もならここに居ない存在。
僕の手の届かない存在。
「学校に忘れ物を取りに行ってたんだよ」
宵にとって僕は邪魔者。彼の前にはあまり居ない方が良いと言うことは鮮明にわかっている。
「そうか」
代わり映えのしない、切れ長の目は父さんにそっくりだ。
「それより、宵。こんなところにいていいの?」
僕は一切父さんに似なかった。
「いや、怒られる…、けど家の奴らじゃない妖の匂いがしたんだ。だから確認のために来た」
「そっか。でもこの通りいないよ?」
リクノエは手を広げ辺りを見回した。目の先には、殺風景な屋敷と塀だけだ。
「それに、早く帰ったほうがいいよ」
ここは屋敷の離れで、リクノエはここで暮らしている。屋敷は隣にあるものの立ち入る事を禁じられ、まるで一人暮らし。けれど、食事だけはちゃんと運ばれてくる。
「あぁ、屋敷の中には入るなよ」
いつもと同じ、氷のような目。
「風邪ひかないようにね」
それでも僕は宵を嫌いにはならない。
「返事になってない」
「ごめん」
宵は人間ではありえないような足取りで、屋根の上に飛び乗り、屋敷へ向かった。
「わかってるよ」
宵の背中を見送りながら僕は手を振り、ちょっと呟いた。
僕は元から笑えなかったわけじゃない。
心の奥底からは笑えなかったけど、この屋敷の妖達への作り笑いは得意だ。
だから宵もへらへら笑ってるとしか、思っていない。
僕は、生まれた時からそう言う存在だ。
吹雪の山にただ一人、泣きながら裸足で立っている。
「リクノエ?」
誰も、吹雪の山へと僕を探しに赴いてくれる人はいない。
「もう少し、待って…」
下を向けば、涙が落ちる。
上を向けば、涙が伝う。
僕は弱い。ただの、人間。
いや、僕はもしかしたら、人間ですらないのかもしれない。
「やっぱり、僕は馬鹿かな…」
ぽっかりと自分の心が開けた穴に目を晒し、そっと目を閉じた。
風が髪を払い、頰をくすぐった。
「あら、リクノエ。そこで何してるの?」
僕の開いた穴は塞がらない。
「母さん」
上がらないの?と母さんは優しく笑った。
手には、黒いお盆があった。
「これ、おやつよ。極夜にはなんしょだからね」
母さんはよく『内緒』を『なんしょ』という。
母さんの口癖であり、母さんの天然さがわかる証拠だ。
縁側からお盆を受け取る。
「うん、わかった。ありがとう」
母さんが手に持っているお盆ごと貰った。
「ふふ、母さんはもう行かないといけないけど風邪ひかないようにね」
母さんは僕の元にずっといることはできない。もちろん、父さんが許さないからだ。
「うん、わかってるよ。母さんも風邪ひかないようにね」
「ふふ、ありがとう」
そう言って、母さんは僕の頭を撫でた。
「それじぁね、おやすみ」
母さんの背を見送りながら、僕は手を振った。
「おやすみ」
最近、母さんは変わってきた。
僕がもっと幼かった頃と比べると、少しぐらいの変化しかないが僕にとっては、恐ろしいことだった。
いつか、母さんが僕のことを忘れる日がくるような気がする。
僕の存在を忘れる。
そして、「あら、あなただぁれ?」って僕に言うんだ。
いつものあの優しい笑顔で。
左には父さんが居て、右には母さんが居て真ん中には二人の手を握ってる宵がいる。
そこに僕はいない。
「あなたのお母さんは何処にいるのかしらね。一緒に探しましょう!」
僕に手を差し出して、母さんはきっと僕に言う。
三人の親子は楽しそうに笑っている。
僕がいない世界。
目の前にいるのが、僕のお母さんのはずなのに。
今話しているのが、僕の母親のはずなのに。
母さんは、僕を覚えて居ない。
「あら、どうしたの?大丈夫?あなたのお母さんが見つかるまで一緒にいましょう!」
僕が最近見る悪夢。
「あなたのお名前は?」
ぼくは無言で下ばかりを見ている。
「ふふ、私は和葉。この子は、極夜。そして、私の夫よ」
「俺の名前の紹介はなしか?」
「ふふ、まぁいいじゃない」
いつもとは、比べ物にならないほど仲が良く、あの父さんは優しそうな目で僕を見てくれている。
「ほら、あなたの名前も教えてちょうだい」
僕の前でしゃがんでまたふわりと花が咲くように笑った。
僕の記憶にある本物の笑顔。
「僕の名前は…
「リクノエ!!」
「えっ…」
「リクノエ、ナニシテルノ?」
ランドセルの中から大きな声で椿が話しかけてきた。
「ご、ごめん…」
どうしちゃったんだろう。僕…
「オナカスイター、イイニオイスル」
「そうだね、一緒に食べよう」
お盆の上に置いてあるお皿がカタカタと揺れていた。
「リクノエ、ヘヤ、ヒロイ?」
「狭いよ」
「ニワ、アル?」
「庭の方が部屋より大きいよ」
「ハヤク、ミタイ」
「すぐ見れるよ」
僕はいつも、ここで過ごす。
ここにはガラクタばかりで倉庫のようなものと化している。
でも、ここは倉庫や鳥籠。それとは、比べ物にならないくらいの場所。
ここは、ただの〇〇だ。
縁側から少し歩くと、廊下に出て、部屋の前まで歩いていく。そして、少しためらうように殺風景な部屋の襖を開けた。
「ただいま」
狭い畳の部屋だ。
けれど、ちゃんとタンスと本棚、勉強机に大きめの押入れまである。
「よし」
お盆を机の上に置き、ランドセルを畳の上に優しく置いた。
「椿、出てきてもいいよ」
「ワカッタ」
ランドセルを開けてあげると、文房具をうまく使い、椿はランドセルから出てきて、顔を上げながら満開の花を見るような時の顔で部屋を見回していた。
「イイヘヤ」
椿が心からそう言ってくれたことは僕にはちゃんとわかっていた。
「ありがと、何かいるものがあったら言って」
「ワカッタ」
リクノエは教科書を取り出し、机に並べていく。
「でも、すぐ用意してあげるのは難し…「リクノエ、ドコデネテルノ?」
リクノエの声を遮った椿は相変わらず物珍しそうに辺りを見回している。その姿はどこか動物のような可愛さだ。
「押入れの中だよ」
リクノエは少し上機嫌になり、襖を満面の笑みで開けた。
「コレガ、オシイレ?」
「そうだよ」
「僕が幼稚園くらいの時、この屋敷で初めて友達ができたんだ。それで、その友達が押入れに電気をつけたら秘密基地みたいになるとか言って、電気をつけてくれたんだよ」
「ソノ、トモダチハ?」
「いないよ」
リクノエはまだ襖を開けた時と同じ笑顔で笑っていた。
それから椿と一緒に、いつの間にか部屋の前に置いてあった夕飯を分けあい、押入れの中で一緒に寝た。
***************
「リークーノーエー」
朝。椿はリクノエを起こすのに悪戦苦闘していた。
それは、登校時間のはずなのにリクノエが全く起きないからである。
昨日の夜。リクノエに明日何時に学校に行くのかと尋ねると、学校は8時20分からだから7時15分には屋敷を出たいと椿に言っていた。
なのに、今は7時35分だ。
あれから椿が何度揺さぶっても、叫んでも、起きない。
根は真面目そうなのに、相当な寝坊癖があるようだ。
「リークーノーエー!!」
「何…?もうちょっと寝かせ…」
ようやく口を開いたかと思えば、またすぐに寝返りを打ち始めた。
「チコク」
「う、うわぁぁぁぁ!!!」
手足をばたつかせ、思い切り起きたせいで体のあちこちが痛くなったがそれすらも、御構い無しに破れんばかりの力で襖を開けた。
「ち、遅刻!」
やばい、やばい、これは本当にやばい。
おじいちゃんにせっかく許してもらえた小学校。遅刻してしまっては全てが無駄になる。
「ツバキ、オコシテアゲタ」
「わ、わかってる、ありがと!」
大慌てで、狭い部屋を走り回るリクノエを椿は楽しそうに見ていた。
「椿、入って!!」
「モウハイッター」
「よし!」
リクノエはご飯も食べずに、屋敷を出た。
屋敷から学校まではおよそ30分。
「リクノエ」
「な、何?」
ランドセルの中からは教科書や筆箱のぶつかる音や擦れ合う音が聞こえる。
「タノシイネー」
椿は呑気にランドセルの隙間から顔を出しながら、楽しそうに歌を歌っている。
「え、ぼ、僕には、よくわからないよ!」
椿と比べ、リクノエは息切れをしながらも必死で走っている。
その様子を見て、椿はまた笑った。
ソレデ、イインダヨ、リクノエ。
ツバキハ、タノシイ。
「リクノエ、ガンバレー」
上下に揺れ、変わりゆく景色を眺めながら椿は嬉しそうに晴れ上がった空を見て笑っていた。
「うぅ…!」
ダカラ、キメタ。
リクノエ。
「椿は楽で羨ましいよ!!」
風が横を通り過ぎ、木の葉が足元を踊る。
まだ暖かくはない温度にも心地よささえ感じてきていた。
次々と横を通る冷たい手の様な風はいつもなら張り付いた氷の矢の様だと思うが、今日は優しい手の様な気がする。
まるで、雪女が横を通り過ぎたみたいな…
錯覚かな。
全ては、僕の想像だ。
「リクノエ、モット、ハヤク!!」
「うぅ!!わかったよ!!」
キミガ、ノゾム、トキ。
ツバキハ、キミニ、スベテヲ。
「リクノエ。キョウノ、ユウショク、ナニ?」
空の雲を目で追っている椿は必死に地面を蹴っているリクノエに聞いた。
「それ、今じゃないとダメ?」
「リクノエ、ケチ!」
理不尽だ。
何も、そこまで言う必要はないと思う。
けれど、椿はそんなことを言ったものの腹を立ててはいない様だった。
「椿、落ちるなよー」
「ワカッテルー」
楽しいな。
一つ一つの言葉に、感情がある椿の声は聞いていて安心する。
僕の中に溢れるほどのたくさんの感情はあまりない。
けど今日は、はっきりとわかった。
いつも一人で通う通学路がこれからは、キラキラと水面に浮かぶ光の欠片の様に、僕の景色も鮮やかに輝くのかも知れない。
もう一度、あの色を見れるのかも知れない。
誰かから、教えて貰った『感情の色』と呼ばれるあの色を…
けど、誰に教えて貰ったんだっけ?
女の人…だった様な気がする。
優しくて、暖かい。茶色の髪の長い人。
「リクノエ、イソゲー!」
「わかってるよ!」
僕にとって、無意味の色が無意味の色で無くなる瞬間。それは、僕の『存在』とその『理由』がわかった時なのではないかと思う。
ツバキハ、リクノエ、キミノ、トモダチ。
そしたら、また僕の会いたい者達に会えるのかな。
ツバキハ、キミガ、キニイッタ。
そしたら、今よりもっと楽しくなるかな。
ダカラ、キミヲ、イノチガ、ツキル、マデ。
その時にも、椿は僕のことを飽きずに友達でいてくれるかな。
マモルヨ。
『それが、貴方様への"ツグナイ"になるのならば…』
「椿、ハァハァ、学校では、静かに、しててね…」
「ウン」
リクノエの息切れが目立ってきていたが、それでも走るペースは変わらない。
「ま、間に合うかも…」
目の前にはすでに校門が見えている。
校舎の時計では、およそ6分前。
キーンコーンカーンコーン
甲高い壊れかけの音が、耳に痛痒く響いた。
「はよー!リクノエ!!」
この、いかにも明るい声の持ち主は、クラスの中でも男子から1番指示を集める『松谷 縁斗』だ。
「あ、ハァハァ…、え、縁斗、おはよう」
教室に辿り着いたリクノエは息が荒く、ドアに少し寄りかかっていた。
「なんだ、寝坊でもしたのか?」
そんなリクノエを見ても、縁斗は楽しそうだ。
「そ、そんなところ…」
何で、椿も縁斗もそんなに楽しそうにしてるんだ?
「まっ、今日も午前授業だしな!」
・・・えっ?
「え、あ、そっかぁ…」
授業丸一日あると、思い込んでた…
寝坊の後は、息切れ、その後は頭痛と三段重ねの苦痛が、リクノエを襲った。
「ん?なんか、あったのか?」
「別に何も…」
息切れを整え、縁斗に向き直った。
けれど、縁斗を見るといつもとは違いどこか不安そうな顔色をしていた。
「あ、あのさ、今日授業が終わったら、さ。春のところ行かないか?」
「春さんのところ?うん、いいよ」
『春さん』とは、昨日色々あったものの仲良くなった妖だ。
「おっしゃ!ありがとな!」
さっきの表情とは打って変わり、急に笑顔になった。
今日も一日、縁斗は楽しいみたいだ。
その証拠にとびきりの笑顔で、算数の授業を受けていた。
**************
「なぁ、リクノエ…」
放課後。昨日と同じように、あの神社へと歩き出していた。
「何?縁斗」
リクノエは、よく勘が当たる。ほぼ、100パーセントの確率にまで登り上がっている。
「行き方…」
突然、縁斗が止まった。
「行き方…」
また、同じことを下を向きながらぶつぶつと唱えている。
まさか・・・
「忘れたの?」
リクノエは勘が良過ぎるせいで、ほぼ人が喋る前に何が言いたいのかわかってしまう。
「…」
一つ二つとゆっくり、縁斗は首を縦に振った。
「…わかった」
僕からすれば、縁斗は物凄くわかりやすい性格だ。嘘偽りがないのは見ていてわかるが、逆に見ていてヒヤヒヤするのは、どこかユキちゃんに似ていた。
「おぉーーー!!!さすがリクノエ!!」
そんな、リクノエを縁斗は完全に頼りきっていた。
学校の裏道を通っていくと、簡単に教室から見える山まで通れる。
前回よりは、早くあの神社へ続く階段にたどり着くことができた二人であった。
あれ、こんなところに赤い灯篭なんてあったっけ。
古びてはいるもののちゃんと使えそうだ。
階段の登るところにある二つの赤い灯篭は、屋敷で見るものとは別格だが、この灯篭の方が値打ちが上の様な気がした。
「リクノエ」
「え、あ、何?」
リクノエは、不意打ちに弱い。
人と関わることが少ないせいか、急に話し掛けられる事に慣れていないのだ。
「今日、何時くらいに帰るつもりだ?」
「え、今日?早く帰るけど?」
「え?何かあるのか?」
「お弁当持って来てない」
・・・。
お互いの間に絶妙な間が空いた瞬間だった。
静かで、静かで、嵐の前のような穏やかな風が二人の間を吹き抜けて行った。
先に言葉を発したのは、縁斗だった。
「・・・マジか」
「「はぁぁぁーー? / ぎゃぁぁぁーー!!」」
リクノエの溜息のような叫び声と、化け物を見るような叫び声を上げる縁斗。
「僕。知らないからね」
「そんな…」
「でも、まぁ、山だし何か食べれるものもありそーだけど」
あるの…かな?
でも、縁斗なら何でも食べれそうだ。
「そ、そうだよな!!」
うんうん、と軽く頭を上下に振っておいたリクノエだった。
「あ、ついた」
あと、数段上がれば神社だ。
目の前には大きく赤い鳥居が見える。
「「…ん?」」
けど、何か忘れている様でおかしい様な気がする、
「な、なぁ、リクノエ」
「な、何、縁斗」
「俺らさ、昨日あんなに階段登ったはずだよな?」
「うん、途中で食事もとったし…」
「場所間違えたか?」
「それはな…い」
「え、あ、あったりするのか?」
「いや、階段へ続く道の最初のところに赤い灯篭が両側にあったような…」
「赤い、とうろう?」
「昨日は無かった」
「え、じぁ…」
縁斗とリクノエは走り出した。
「春ーーー!!おい、何処にいるんだ!!」
逃げるためでは無い。あの妖が無事かどうか確かめるためだ。
「春さーーーん!!」
境内を走り回るが春さんの姿は見えない。
なら、最後あの梅の…
「あの、ここにいますよ」
「「は、春!!/春さん!!」」
何処にいたのか、背後からひょっこりと笑顔で現れてきた。
けれど、昨日とは服装がまるで違う。
「え、き、着物が新しい!!」
「私だって、まだ女ですよ!これぐらいは致します!」
頰をぷくっと膨らませて、縁斗にしっかりと着物を見せていた。
春さんは、これでも230歳だそうだ。
「そ、そっか。って、それより!!聞きたいことが山ほど!!」
「縁斗、落ち着いて」
「あ、あぁ!何で、あんなに階段を登るのが早かったんだ!!」
率直に聞きすぎ…
もう少し、聞き方があるんじゃ無いかと、思ったリクノエであった。
「あぁ、それは私の術ですよ」
「術?」
春さんは、何度か考えるそぶりをして最後は縁斗の言葉に納得し理解していた。
「はい。せっかく、お客様が来るんですもの。その道中を短くしてあげるのも私の役目です」
普段、客人を家に招待などしたことの無い二人にとって今の説明は到底理解出来るものでは無かった。
「でも、春さん。他の人が迷い込んで来た時はどうするの?」
「それでしたら、私の術で追い返しますよ。雲の明るさを変えたり、階段を長くしたり、風を強くしたり…」
「…それって」
かなり、心当たりがある!!
寧ろ、それしか無い!!
二人の顔が引きつり、冷や汗が首筋を伝う。
「申し訳ありません。縁斗やリクノエの時に使ったものです。ですが、ほとんどの者が引き返すんですよ?」
なるほど。だから、最初に会った時あんなに焦っていたのか。
「でも、他の妖は入ってこないのか?」
「はい。相当力の強い妖ではない限り大丈夫です」
妖の世界は、強さが全て。
リクノエにとって理解がしやすい話だった。
「でも…相当強い妖が来たら?」
「その時は戦って、咲き乱れましょう!!そして、地面が私の血で潤う時、血を花弁にでも変えて、相手を呪い殺してやりますよ!!」
笑顔ではっきりと、告げ始めた春さん。
「す、すげぇ!!」
カッコイイ!と、思っているのは縁斗だけだ。リクノエは、と言うとカッコイイと言う感情がかすりもしないままだった。
ただひたすら春さんを怒らせたら怖いな、と思っていた。
「ふふ、そして、またこの場所に戻って再生。と言う形ですよ」
「再生?」
リクノエが聞き返した。
「はい。私。あの梅の木に妖力の三分の一を注いでいるんです。ですから、あの花が咲くたびに花弁を利用して再び、体を得ることができるのです」
「す、すごい…」
これには、さすがのリクノエもすごいと思っていた。だが、縁斗は逆にポカーーンとしていた。
「あ、また可笑しな話をしてしまいましたね。お腹は空いていますか?」
僕らの顔を見かねて、春さんは笑いながらそう言ってくれた。
春さんの笑顔につられたのか、二人のお腹は同時に鳴った。
「少しの物しかありませんが、食べて行ってくださいね。さっ、どうぞ社に上がってくださいな」
社の中に入ると1番奥の客間に通してくれた。
屋敷まではいかないが、少し長めの廊下で、途中から外まで襖で覆われていた。
「開けますね」
春さんが丁寧に正座して、ゆっくりと襖を開けてくれる。
春さんの顔を見ると、何処となく楽しそうだ。
「おい、リクノエ!」
「え、な…」
すっかり余所見をしていたのを申し訳ないとすら思う。
「う、うわぁ〜!すごい」
「だな!!」
部屋は綺麗な木の装飾が施されていて、あの襖を開けた時には信じられない景色だ。
あの屋敷とは違う程遠い美しさ。
春さんの感情すら現れている様な優しく、力強さがある部屋だった。
「喜んでいただけて、嬉しいですわ。ここは私のお気に入りなんですよ」
お待ちくださいね、とまた言って襖の方に向かっていった。
「何するんだ、春?」
一度、廊下まで出た春さんを見送ると、襖を開ける様な音がする。
けれど、部屋の襖は閉じられたままだ。
「何をする気なんだ?」
「お楽しみですよ」
いつの間にか、部屋の中に表れた春さんは襖の前に座っていた。
そして、少し襖を開けた。
「春?」
「今から、襖を開けるだけですよ」
その言葉とともに春さんが襖に手を添え軽く腕を伸ばし、トンッと言う音が響いたかと思うと、その音と共に風が吹くように、襖も消えていった。
「あっ…」
花が散っていった様な光景だった。
「これは、あなた方が昨日見た梅の木と同じものですわ」
目の前には、何百年も大地に根を張った梅の木。
昨日の貧相な姿とは別物だ。
「昨日とは、全然違う…」
「えぇ、もうすぐ春ですもの。それに、これが最後ではありませんからね」
春さんはそう言ってまた笑った。
**************
「リクノエ、ツバキモ、ミタカッタ」
「ご、ごめん…」
すっかり、あの梅の木に気をとられていたせいで、椿のことを忘れていたリクノエであった。
「今度は、二人に紹介するから。それに、お土産も貰ったし、今日屋敷に帰ったら二人で食べよう!」
「ワカッター」
機嫌、直ったかな?
ちょうど昼過ぎにになったので神社から帰ることにしたのだ。
縁斗は夕方までいると言って春さんと楽しそうにしていた。
「キョウモ、ヨリミチ?」
肩に乗った椿が上空の時折光の指す、木々の隙間を見ながら言う。
「うん。友達がもうすぐこの街を離れちゃうから」
「リクノエ、ダイジョウブ」
「ありがとう」
椿はまた笑った。
「ツバキ、ココデ、マッテル」
「わかった。昨日と同じ場所にランドセル置くね」
昨日と同じ場所にランドセルを置くと、椿は手慣れた様にランドセルの中に入り、昼寝の準備を整え出していた。
その姿にさえ、少し面白さがあった。
「行ってくるね」
「イッテラッシャイ」
椿はちっちゃい手で手が引きちぎれるくらいに振っていた。
椿といると笑っちゃうな。
椿の姿が見えなくなると、急に木々が目立って見えた。
けれど、この山道にも慣れたものだ。
最初にここに来た時と比べ、別の道を発見したので至って簡単に着くことができる様になったのだ。
だが、普通の道より過酷さは増す。
「ユキちゃん」
「リク、今日は別の道から来たの?」
ユキちゃんには何でもバレてしまうみたいだ。
「うん。それより、ユキちゃんいつも何時からいるの?」
僕は今日この時間に来ることを言った覚えはない。
それに、今日みたいにユキちゃんは、いつも僕より早くこの場所にいる。
「うーーん、私の好きな時に此処にいるよ。けど、リクの方が不思議よ!」
「え、何で?」
「だって、私が来た後にすぐ来るんだもん!」
ユキちゃんは僕にビシッと指を立てて笑顔で言う。
「僕にもそれはわからないよ」
それから、また二人で笑いあって別の話を始めた。
最初は普通のいつも通りの話だったけれど、途中からユキちゃんの顔が暗くなっていったのがわかった。
「リク。あのね、今度またこの街に来た時は色んなところ案内してね」
「うん、もちろん」
ユキちゃんは、前からここぐらいしか良い場所を知らないといっていた。
町の商店街やお店、本屋さん。行きたいところはいっぱいあるのにまだ行っていないらしい。
普段は、旅館で手伝いやら色んなことをやっているみたいだ。
「きゃっ…」
すると突然、強い風が僕らのまえを通り過ぎて行く。
ユキちゃんの黒い髪が自然と空を泳いでいた。
「凄い風だったね」
さっきと風と比べ、空は快晴だった。
「うん」
空は晴れ、快晴だ。なのに、ぽたぽたと雨の様な音が聞こえる。
「ユキちゃん…?」
雫の主は、ユキちゃんだった。
「此処ね、夜空が綺麗だと思うんだ。ううん、絶対に絶対に綺麗なんだ!!だから、一緒に見よう、約束して?」
突然立ち上がり、僕の服を掴むユキちゃん。
長い黒髪がまた風に吹かれて、僕の視線を遮るがそれでも、綺麗だと思った。
「うん、わかったよ。ユキちゃんが言うんだからきっと綺麗なんだろうね」
「うん!!とびきり綺麗よ!」
涙を拭いながら笑う姿は、誰かに似ている様な気がした。
「ねぇ、明日来れる?」
「うん。明日で学校が終わりなんだ」
「いーなー!私はこれからが大変なんだ!」
大きく手を広げ、踊り子の様に地面を蹴ってユキちゃんは踊りだす。
「どんなことするの?」
ユキちゃんは『したいときにしたいことをする』のがモットーらしい。
「うーーん、とある人の所へ行かなくちゃいけないの。修行?みたいな感じかな」
「大変だね…僕には出来そうにないや」
「リクがやったら、私よりも早く終わらせそう」
「それはないよ。僕、覚えるの遅いし…」
「それもありえない!漢字物凄い速さで覚えてたの私、知ってるからね!」
ユキちゃんは踊るのをやめて、僕の方にずいっと顔を近づけて来て言った。
「ゆ、ユキちゃんの錯覚だよ」
「クスッ、絶対に?」
「絶対に!」
もう一度、ユキちゃんはクスッと笑った。
「ねぇ、リク」
「何?」
ユキちゃんは、黒髪をたなびかせながら空を見上げていた。
「今度は私のこと、呼び捨てで呼んでね?」
「えっ…え?」
「それに…クスッ」
「また会ったときはリクの本当の名前。教えてね」
「えっ…え?エェーーーーーー!!!」
「クスクスッ!!私、もう行かないと!また明日ね、リク!!」
ユキちゃんは突然走りだし、森の方へ行く。
「あ、ゆ、ユキちゃん!!」
そして、一度だけ振り返った。
「全部、ぜーーーんぶ!!約束よ?」
その顔はいつもとは違う笑顔だった。
『約束だからね?』
鈴の音が、鐘の音が、二度辺りに響いた後やっと僕の耳にも届いた。
ちょうど、ユキちゃんがいなくなった後だった。
**************
ユキちゃんのことを呼び捨てかぁ…僕には難しそうだな…
「リクノエ、ナヤミ、ゴト?」
屋敷に着いたリクノエと椿は夕食をとった後、雑談をしていた。
リクノエにとって、滅多にない有意義な時間であった。
「そうなのかな?」
「ツバキ、キキタイ」
「うーーんでも、はは、嘘がバレちゃっただけだよ…」
リクノエは相変わらず冴えない顔をしていた。
春さんから貰った手作りのお菓子を広げて一つ摘む。
「リクノエ、ドンナ、ウソ?」
「僕の名前を教えなかった」
「ナンデ?」
「何でかな…何となく?」
椿は、もともと空になったていたコップの中に入って丁寧にお菓子を食べている。
「リクノエ、オモシロイ」
「そう言ってくれるのは椿ぐらいだよ」
椿が最後の一個を食べ終えると、夕食のお皿を廊下に出しておいた。
「そろそろ寝よっか」
襖を開けると、電気が付けっ放しだった。
まずいな…バレてないよね…
「リクノエ、ココ、トケイハ?」
「え、ないよ」
この部屋に時計なんてあるはずがない。それに、屋敷にも到底ない。
何故なら、妖はあまり時を気にしないからだ。
「ジカン、ワカル?」
「勘だよ」
「リクノエ、エライ」
「普通だよ」
椿を抱えて、襖の奥の布団に一緒に入る。
「おやすみ」
「オヤスミ〜」
今日のリクノエは少し寂しそうだったなと思う椿だった。
キミノ、ココロガ、ハレルヨウニ
ソシテ。
リクノエガ、トモダチト、アエマスヨウニ
気長に読んで頂きありがとうございます。
ユキちゃんはまだまだこれからも、不思議ちゃんです。
そして、椿の不思議な一面も知って頂けたかな、と思います。
ますます、物語がこれから続くたびに様々なことが絡まって来ると思います。
楽しみにしていて下されば嬉しいです。
また、問題点や改善点、誤字などございましたら気軽に教えて貰えるとこれまた、嬉しいです。
次話もよろしくお願いします。