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間の神門 …Hazama no mikado…  作者: 菜ノ 風木
三十一文字 1
7/13

三十一文字 〜繋の唄〜

皆さんは、靈友(ソウルメイト)と出会ったことがあるでしょうか。

今日はそんな彼らの始まりの物語です。

一足早く春風がこの街には吹いていた。

平屋の気品溢れる広大な敷地に美しい花々が取り揃えられている。

けれど、そんなことにも目を止めず足早に長々と続く廊下を歩く者がいた。

たかが美しいといっても、この場所は所有者には別荘地にしか過ぎない。本家はこれよりもはるかに勝るのだ。

これは大変だ。遅れてしまう。

着物の擦れる音で、静かな平屋で主に来訪者を知らせる。

まず来訪者は部屋の障子の前には座らず、襖があるであろう手前の壁の横に座る。

この家では当たり前の変わった風習だ。

長様(ナガサマ)

一言、呼び名を呼ぶと、長様のほんのりと笑う声が聞こえる。これが長様の部屋に入ってもいいと言う合図であった。

「失礼致します」

ゆっくりと立ち上がり、長様の前に座った。

永螢(エイケイ)

また笑って手元の本を眺めながら「久しぶりやね」といつものように言った。

「はい」

大広間の掛け軸が長様(ナガサマ)の特等席。そこでいつも本を読んでいたり、お菓子を食べたりと何かしらやっている。

だが、読書の際だけは雨の日であろうが晴れの日であろうが障子は全て取り外され、光と風が部屋の中に入りやすいように配慮されている。

今となってみれば、長様の座っている場所は影になり顔をはっきりと見ることはできない。

別荘宅を作った職人達の唯一の後悔であった。

「今日は何があったん?」

何もなくても来てくれたらえぇのに、また笑う。

「お礼に伺いました」

長様の笑顔には、あのよく似ている人間の姉弟の姿を思い出させる要素が多いにあった。

「ほな、見つかったっちゅーことか」

「はい。誠に有難うございました」

「新しい二半(にはん)とその結士(ユイシ)も?」

二半(にはん)とは、妖と神の間に立つ者。そして、その二半を『人』と『妖』と『神』の世界で繋ぐ唯一の存在それが結士である。

「決まったも同然かと」

風が永螢の目にかかった髪をそよそよと揺らし、凛とした目をあらわにする。

開け放たれた大広間の前には、垂れ下がった藤の花が壮大に咲いているものの永螢が来た時だけはその華は姿を消した。

長様は先程よりも笑ってお茶を手に取ると「また、何も言わずに行かせたんやろ」と、ぼそりと呟いた。

「その方が話数も増えて良いかと」

長様は物事(すべて)において察しがよく、物事の後先を考えるのが上手だった。

「せやなぁ、そうや!あのこともう教えてあげたん?」

「あのこと、とは?」

永螢は少しはにかみながら笑った。

「遠回しに聞くなぁ、あのことと言えば、敷地外にいる結士の元に契約をした二半は外に出れるっちゅー話や」

長様が本から顔を少し上げ子供らしく、微笑をこちらに向けた。

「永螢」

「はい」

長様は凄いお方だ。並みの者なら一目見るだけでわかる。

「今度写真見せてな」

長様は永螢にとって稀なことを言ったのかあたふたと「え、な、何の写真で…」と連呼しながら手をしどろもどろさせ慌てている。

「クスクスッ、あははは!!人といれば、色々と思い出は増えるらしいで」

長様はよく笑い、根っからのイタズラ屋であることを証明している。

先代達も、長様と同じく笑顔が似合う者ばかりでイタズラの才能と共に、これが遺伝かと思わざるおえないものである。

「生きていれば、妖も人も神もみーーんな同じはずや」

長様は甘酸っぱそうに言った。

「同じではありませんよ」

永螢は目を伏せ、畳の目を一つずつ追いかけた。

長様は私とは違う。

この概念からは、幾年たてど逃れることはできない。

「なして?」

それは根本的に違うからだ。

「あなた方…、人は、我々にとって光。太陽です」

ただ、それだけのことである。

「せやけど、人だって悪い人はおって犯罪に手を染める人も、もちろんおる。妖だって、良い者もいれば悪い者もいる」

顔を伏せていた長様がゆっくりと徐々に目線を合わせてきた。

「なぁ永螢」

「はい」

「そう大差ないやろ?」

長様。それ以前に大切なことがあるのです。

ゆっくり自分に吐き捨てるように言葉を連ねた。

「それでも、笑顔一つで世界を変えてくれるのは人なのです」

その思いも、ただこの一言に尽きる。

「わからへんなぁ…」

私は長様から三代前の時代からこの家に仕えてきた。

その度に人と妖は変わらないと、どの代も言う。その都度悲しい顔をさせてしまうのは決まって長様のような年頃からだった。

そして、寂しそうにまた本に目を通された。

再び、音もない静かな空間となった。

喉が痞えるように声が出ず震えだす。長様に対しての恐れではなく、この先への不安。

そして、何かがある予兆のような心地。

私は決してこの方を裏切る事は出来ず、そして一生分ではとても払いきれないほどの恩がある。

「長様。人は我々と比べ命が短い。けれど彼らはそれでも短い日々を一日一日噛み締めて踏みしめて生きていきます。それは本人達が気付かないくらいに」

「そう、ッね…」

長様は再び本に目線を移した。

「悪いことをしようと、そして善をしようとも、彼らは生きる(すべ)を身に付けている。」

風が吹き、藤以外の様々な花弁が部屋に入り混じる。

「我々とは、違うのです」

小さな風が髪を揺らし、長様の持っていた本のページが波打つようにめくれた。

「けど、それでも、人と妖の違いなんてないもんに等しいはずやで…」

そう言ってパタンと長様は本を閉じた。








「ダレ、オマエ?」

小学校三年生の冬。春休み間近の季節。

「そっちこそだ、だれ?」

僕は、崖の上から落ちてなぜか奇跡的に生きているようだった。

「ワカラナイ、ワスレタ」

目の前にいるのは、何メートルもある黒く、霧がかったシルエット。

「ど、どうして、こ、ここにいるの?」

妖は僕を見下ろしている。

「ワカラ、ナイ」

自ずと言葉が溢れ自分が何かに気付く一歩手前モヤモヤした感覚だった。

「ココ、ネテタ」

僕は小さい頭ながら考えたが全くもって無意味だった。

「ネテタ、デモオキタ」

足が竦んで立っているのもやっとだったが、何故か走って逃げると言う選択肢を思い出せなかった。

怖いけど、怖いけど、目の前にいる妖を放って置けなかったし、やはり誰かに似ている気がした。

「ここに寝てたの?」

近くには洞窟があって奥まで続いているようだった。

「カミサマ…、ア、アイツ、イタ…」

神様…?妖が神の近くにいた?

信じられない話だ。

相反するモノのはず。なのに側にいることができるのか?

「ありえない。妖は神の側にはいれない。」

「イレル。ミツケテクレタ」

えっ…とリクノエは震える声を漏らした。

「マッテタ、マッテタ。ツレテッテ…」

「ちょ、ま、ぼ、僕に言ってるの⁈」

「ソウ」

何度も何度も同じ言葉を言ってきては見下ろす妖。

それに、連れていってと言われても僕にはあの場所に続く帰り道しかしらない。

「で、でも僕の家はダメだよ…、直ぐ殺される…」

「ノウリョクカクレル、デキル」

「で、でも…」

妖の目は徐々に潤みを増していく。

「ツレテッテ…」

僕は、どうすることもできなかった。

見上げるほどの黒い妖。形は所々固まっておらず、まるで黒い霧のようだった。

「わ、わかった。なんとかしてみる」

「アリガト」

それでもどうしよう…

部外者が入ってしまったら殺されかねない。

僕の部屋だけなら無事かもしれないが、それは窮屈だ。

「ナマエ、ナニ?」

突然顔を何処と無く近付けてくる。

「え、僕は…」

息を大きく吸って再び上を見上げる。

「リクノエ」

母さんから付けて貰った大切な名前だが、誰かに言うのは少し怖い。

そして、妖に言うのも人以上に怖い。

父さんは僕に名前をつけようともせず、『お前なんか死ねば良いのに』と言った。



「リクノエ、イイナマエ」



妖は僕のことを嫌う。僕が正当ではないから。

けれど、いまこの目の前にいる妖は何と言っただろうか。

人が人の子のために付けた名前を褒めた。けれど、その事に気づくのに僕は時間がかかった。

「あ、ありがとう…」

そう言って俯いた。けれど、俯く暇などなかった。

「ナマエ、ツケテ」

リクノエをじっと見つめたまま言う。

「え?」

「ジブン、ナマエ、ナイ」

途端に、リクノエの思考回路は衰え始めていることを証明しようとしだす。

「ダカラ、ツケテ」

混乱と恐れでパニックを起こす寸前を隠すために…

けれどそれは、リクノエにとって一生に一度の出会い。

リクノエの運命を左右する『靈友(ソウルメイト)』との出会いだった。

だが、今のリクノエがそのことに気付くのはもう少し後のことであった。

名前…名前…

あれから20分近く経ったが、まだ決まらずにいた。

「マダ?」

痺れを切らし妖は聞いた。

「た、大切なことだと思うから少し待ってくれない?」

「ワカッタ」

優しくそう言った。

でも、どうやって家に連れて行こう…

2メートル近くある見上げるだけでも首が疲れてしまう姿に戸惑いは同隠せない。

「でも、どうやって隠れさせよう…」

縁斗にバレると大変なことになりそうだ。

発狂とか、するのかな?

まぁ、でも驚きそうだ。

「カクレルトクイ」

「え?」

そう言うと束の間、体を捻り準備体操を始め「ミテテ」と吐き捨てた。



「シュワッ」


風が起こり、砂埃が立つ。

そして、妖が炭酸が抜けたような音を声真似したのかと思っていたら、風が止んだ時に姿が消えていた。

「え?え?」

全て、夢だったのか?

「シタシタ」

2メートルの時の大きさとは比べ物にならないくらい小さくなっていた。

二十センチくらいだった。

「ち、小さくなってるー!!!!」

あまりにも驚いてしまって、その場で尻餅をついてしまった。

「リクノエ、コレデツレテッテ」

少し、声がさっきと比べて高くなっていた。

てってと尻餅をついた僕の方に向かってくる。

「君は妖なの?」

霧の集合体みたいな姿だったのに、今は黒いプニプニとした姿だ。

「アヤカシ、ヨウカイ、ソウナノカモ」

「でも…僕は『人』だ。それでも良いの…?」

不安だ。不安だ。この世の終わりが来てもおかしくないくらいの不安。立ち上がれないほど怖くて、震えて、寒い。そして、息がしづらくて、眠たい。

「リクノエ、アヤカシ、キライ?」

「き、キライじゃないよ」

手の震えは止まらず震えが増す。

「ナラ、リクノエ、ダイジョウブ」

「えっ…」

「ホント、ウソ、ツケナイ」

小さな妖が笑ったような気がした。

僕は人や妖を見てこなかったせいか誰が笑っているのか、誰が笑っていないのか、と言うのが全くわからない。

「ハヤク、ウエ」

え、上?

「あ…」

そう言えば、この上から気付いたら落ちたんだ…

何故助かったのか理解が出来ない。

「ねぇ、もしかして助けてくれた?」

「タスケテナイ。リクノエ、セナカ、オチテキタ」

妖の話を聞くに、落ちてくる間に気絶してしまったみたいだ。

最近、よくプツリと記憶が途切れ布団の上に倒れこんでしまっていたことが何回かあった。

全部僕の部屋の中で起こる出来事だが、そう変わった問題ではないと思い込んでいたのかもしれない。

「・・・ごめん、ありがとう」

「ン?」

「もう一回大きくなれたりする?」

座ったまま寝転び、上を見上げて言った。

「ムリ」

即答だった。

「スガタ、カエル、チカラ、イル」

「なるほど」

片言だが理解はできる。

「でも、ここからどうやって上がろう…」

目の前には浅い川があり、後ろには洞窟そして上を向けば高くてゴツゴツした岩肌が見えている。

「リクノエ、リクノエ」

「何?」

「ドウクツ、コエ、スル」

「え?」

今度は白い霧だった。

洞窟の奥から流れてくる白くて白くて、大きい霧。

「う、嘘…だよ、ね…」

再び、地響きと砂埃が起こり、足元をふらつかせた。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

僕はここで停止した。









「た、助かったぜ…」

「無事でよかったです。縁斗」

崩落しかけた地面から何とか落ちずに済んだ縁斗であった。

「少し、思い出した」

地面に座り込んでいた縁斗は立ち上がり、砂をはらう。

「お前なんだよな、春」

縁斗がそう言うと、春は嬉しそうに首を縦に振った。

「でも今のは何だ?い、異能とか何かか⁈」

「い、異能ですか?」

ちょっと待て、と縁斗はいい考えるそぶりを始めた。何かを演じているようにも見えるが、全く似ていなかった。

そんな縁斗に春は静かに思っていたことがある。縁斗は雰囲気を打ち壊す天才だと言うことを…

「春は妖怪だよな?」

「あまりよくわからなくて」

春はそう言うと小さく俯いた。

「そっか…、あ、今の技もう一回使えるか?」

ゆっくりと春は頷いた。

「なら、リクノエを探すのを手伝ってくれ!」

縁斗は春にしがみつき大きな声で叫んだ。

「リクノエと言う方は、さっきお隣にいらした?」

「あぁ!すっごい頼りになるやつなんだ!」

さっきの態度とは裏腹に、純粋な目がそこにあった。

「そうですか。ですが彼…、あまり近づかないほうが良いかもしれない…」

春はそう言うとまた俯いた。

「何でだ?」

「嫌な匂いが」

目を合わせようとすると、すぐ逸らす。

「匂い?」

「えぇ…、花の香り。妖の匂いがしたの」

「妖、妖怪…、リクノエが?」

怪談話なんて馬鹿にしそうな雰囲気を持っているリクノエの姿がゆっくりと瞼の裏に浮かび上がってくる。

「それでも、俺はリクノエは良い奴だって思うよ」

だから…、そう言って俺は春を見た。

「リクノエを探すのを手伝ってくれ!」

春に言ったつもりだが、自分にも言い聞かせた気がした。

「元からそのつもりです」

そして春は縁斗と目線を合わせ、ふわりと笑ってくれた。








「ね、ねぇ…、僕が見えているものは何だと思う?」

手の震えと恐怖心で足が動かなくなっていた。

体が告げている。『お前は死ぬ』とー

「ダイジョウブ、コワクナイ」

「え、え…?」

頭の中では既に思考回路がぐちゃぐちゃで周りの地響きが強くなり、立つこともままならなくなってきた。

「リクノエ、ウエ、ミテ」

「え、え…」

さっき程よりも、震えが増し現実逃避を止めるために妖を見つめた。

今のリクノエにとって、妖だけが頼りだった。

「リクノエ」

「わ、わかった」

ゆっくりと、震えながら上を見た。

見た、見たんだ。

視界が暗く、後ろからは日差しが伸びている。

そこには、大きく赤い二つの(ツノ)を持った緑色の目の鬼がいた。

「リクノエ、コワクナイ」

視界がくらみ出した。

白い霧に包まれているような気がして、酷く眠く、何かが崩れる予兆みたいだった。

「リクノエ、ネル、ダメ」

遠くで妖の声が聞こえる。

けれど、体はゆっくりと地面に吸い込まれていく。

「リクノエ」

ぼんやりした頭で誰かの声を聞き瞬きを何度かした。

「えっ….、えっ?えっ?えっ?」

それも束の間。頭の混乱がやはり止まらない。

数秒の間気絶しかけていたかと思えば、今この瞬間、赤い鬼の(てのひら)の上にいるのだった。

「リクノエ、タノシイ」

隣にいたはずの妖は何故か僕の肩の上に乗っており、楽しそうに話し始めた。

「いやいやいやいや!!!怖い怖い!!」

さっきから、叫び過ぎて喉が痛くなってきた。

だが、そんなことも気にされず徐々に上の方に上がっていく。

「怖いって!!」

こ、殺されるのかな…。食べられる?煮たりとか?

怖いし、怖いし、嫌だよ、嫌だよ、いや、だ、よ?




「フン、だからお前は『人』なんだよ」





極夜(キョクヤ)の声?

あぁ、僕は『人』だ、よ…、あれ…?

何かがおかしい。

誰の顔も思い浮かばない。



「お前なんて、誰にも必要とされてないだろ。

何かしたことがあるのか?自分から何かしようと思ったことなんて一回でもあったのかよ!!!」



極夜の声。

極夜は、こんなこと滅多に言わない。極夜は良い子だ。それにこれは極夜が僕に言った言葉じゃない。

極夜が母さんに言った言葉。

僕はたまたま聞いてしまったのだ。

でも、確かに極夜は母さんの方を向いて言っていたけれど、本当は僕に対して言われた言葉だと思う。

「あ…」

そして僕は思い出した。

僕には、助けてって言える人がいない。そして、僕が死んだとて、誰も悲しまないと言うことをー

それに僕が死んだとしても、悲しむ者はおらず、寧ろ死んでくれて良かったと思う(ひと)のほうが多いと言うことも…

あの屋敷にいる人達の顔や目や行動や言葉を見れば、はっきりわかる。

死んでも、悲しまない。

あの屋敷のみんなのにやりと笑っている顔が思い浮かぶ。

「ふぅ…」

手を握り締めた。爪が掌に食い込む程に握り締めた。

けれど、憎しみなど込み上がってはこず寧ろ少し安心すらも感じていた。

何で、怖いと思うんだ?

何に対しての恐怖…?

これからの未来。僕は一人ぼっちで生きていくのは目に見えている。



『僕はいつまで一人ぼっちでいれば良いのかー』



僕は、自分が何者なのか知らない。何で生きてるのかもわからない。

一度だけでも、『特別』と呼ばれるような存在になりたかった。

本当に、本当に…

僕を必要として欲しかった。

極夜みたいに、『自慢だ』と父さんに言われて見たい。みんなに言われたい!!!

でも、父さんや皆んながそう言ってくれないのはもうわかってる。

だから、たった一人でも僕を見て笑って優しく頭を撫でて一言『特別だよ』って『貴方は何者にも変えられない』って夢の様な言葉を並べてくれる人がいてくれたら僕は幸せだと感じられるのかもしれない。

「わかってる…」

握り締めていた手をゆっくりと、血を指にまとわりつけながら離した。

今日、ここで食べられてしまっても良いのかもしれない。

誰も悲しまないのなら、世界から見放された僕でもこの鬼に食べられたことないのなら鬼の為に、誰かの『特別』になれるような気がした。

どんな種族でも食べないと生きてはいけない。一部例外もいるが、ほとんどの種族がそうだ。

だから、食べることは大事、だから、食料はもっと大事。

今ここで僕は、曖昧な死を決意した。

そして、目を瞑る。

だが、鬼は一向に僕を食べる気配はない。寧ろ、ゆっくりと上に上がっていく。

落下させて食べる気かな?

体の震えは止まらない。

「リクノエ、ナニ、コワイ」

肩に乗っている妖は僕を見て行った。

「えっ?」

「ダイジョウブ、ジブン、ツイテル」

優しい目だった。



「ナニモコワクナイ」



本当に、嬉しかった。

でも、妖の目を直視することはできなかった。

さっき会ったばかりなのに、昔に会っていたような気分が込み上げてきた。

「ハヤク、イク」

俯いていた顔を上げると、そこは崖の上だった。

「え、ど、どうして?」

掌の上体は地面に降り立つ。そして、再び赤い鬼を見上げた。

緑色の目がとても印象的で、誰かに似ていた。

「リクノエ、イク」

「う、うん…、でもてっきり食べられるのかと思ってた。」

赤い鬼は思い切り首を横に振った。

優しい鬼もいるものだ。

「リクノエ、ハヤク!」

「う、うん」

僕は走り出し、何度も後ろを向いた。

その都度鬼は姿を消していくが、何処と無く笑っていたような気がする。








「リクノエーーー!!リクノエーーー!!」

アイツ、どこに行ったんだよ。

春をようやく見つけ、これでゆっくりと帰れると思った矢先のことだった。

リクノエは、頭がいいからどこかに隠れたのかもしれない。

「縁斗…」

「何?」

「嫌な匂いがするわ。」

春はそう言うと俺の腕を掴んで、じっとしていた。

「春?」

風が吹き荒れ、草木の音が耳に入って行くように異様な鈴の音が耳に届いた。

「ハハハッ!!!!二半、とうとう見つけたぞ。結界が弱まったから来てみたら、何と美味そうな人の子までおる。」

何メートルもありそうな黒く長すぎる髪を地面の砂ごとズルズルと奇妙な音で引きずりながら、女は俺たちの前に出て来た。

「お、おい…、こいつ…」

「妖」

笑った顔は、春と違い不気味だ。

「妖⁈じぁ、春と同じじゃねーか!」

「フンッ、人の子よ。その外道と一緒にするな。こちらは正当な妖。そいつは外道。妖とはまるで呼べぬ存在だ。」

「じゃ、じぁ何なんだよ!!」

「二半。妖にも、神にもなれない落ちこぼれ。よく覚えておくが()い」

「…違う!!!」

「何が違う。如何様(いかよう)に言えども、正当ではないのだ。それに、今日お前はここで消えるのだ」

少し、躊躇いながら口を不気味に広げて言った。

「いや、命は助けてやろうか。その代わり、その人の子を寄こせ、食うてやろう」

着物の裾から見える刃物と共にその顔は、人とは似ても似つかない、本物の妖。

「どの様な焼き方が好きだ?火あぶり、串焼き、炭火焼、丸太焼き、あ、部分を分けて焼くのも良い〜」

春とはまるで違った。

頭が狂っている。



「お断り致します!!」



・・え?

いつの間にか春が俺の前に来ていた。

「あぁ?お前ごときが逆らうとは…、身の程知らずめ」

長い赤黒い爪を鋭く尖らせ、こちらに向け、吸血鬼のように長い牙をちらりと覗かせると、左の牙が一つだけ真っ赤に染まっているのがわかった。

「縁斗、下がってください。」

「あ、おい春!」

「フンッ、どちらともこの火で食ってやろう!!!」

妖怪の手に炎が燃え上がり、鋭く尖った爪が輝きを増している。




「身の程知らずは、どちらだ。」




突如上空から声が聞こえた。

「あぁ"?」

「哀れな(モノ)長様(ナガサマ)はこう言っておられる。二半の方が好きだ…、と」

そして、目の前には白と淡い水色の着物を着た女が一人舞い降りた。

(ナガ)…、ハッどこぞのどいつだ?」

手の炎は未だ燃え上がったままだった。

「長様を知らぬ者に用はない。が、これも長様の(メイ)。あんたを叩き潰しにきた」

「そりゃありがたい、が叩き潰しされるのはお前だ」

「呑気なもんだい」

「フン、心優しい妖さぁんよぉ〜?」

知らないことほど怖いものはない…。そう呟いて、言った。

「私は雪女。お前に私の大切な名を教えてやるほど、私は優しくはない」

落ち着いた声で言い放ち妖怪を睨んだ。

そして、お互いが同時に手を構えた。

「ハッ、能無しよ。ここで死ぬのだ!!!」

炎の爪を振りかぶった。その瞬間だった。

空に手を伸ばし、大きく強く叫ぶ様に、歌う様に言った。

「雪女家、舞曲、『儚舞(ぼうまい) 紅花(べにばな)』。雪に映えるは、紅き花だ!!!そこに、炎は似合わない!!!」

雲が現れ、白い半透明の結晶の華が服を濡らした。

「ゆ、き…」

そして、徐々に雪女の手の上に集まりだす。

着物の袖は吹雪のように冷たく、なびいている。

まるで、着物そのものも雪のようだ。

「消えな!!」

土砂崩れが起こった時の音の様にあたり一面に鳴り響く。

思わず身構えると、強く目を瞑った。

「縁斗…」

目を開けると、雪女が立っていた地面は大きくへこんでいた。

「チッ、外した」

癖のかかった長髪に目もくれず、雑に頭をかいた。

まだ力が有り余っているような態度だ。

「フン、まぁ今日のところは見逃してやろう」

いつの間にか、手の炎は消えていて、刃物も消えていた。

「二度とくんな!!」

此処ぞとばかりに縁斗は叫んだが、春に口を塞がれてしまう。

「生意気な…あぁ、そうだ。人の子よ。悪い相が見えているらしいぞ、付き合う友は考えた方が良い」

にやついた、獣のような目つき。

「はぁ?」

縁斗は恐るるべき相手だと言うことをまだ一ミリもわかっていなかった。

「マガギと言う男がいてな、これが100発100中の占い師だ。そンな奴が今日初めて出会った人の子にそう伝えよと言われてなぁ、まぁお前はこの先ロクな人生を生きられるわけではないだろうからな。」

「俺の事は俺が決める!」

「無様!!!!!ハハハハハ!!!アハハハハヒッ、ヒィッ、アハハハハハハハハ!!!」

不気味な叫び声の様な笑い声。

みるみるうちに炎が巻き上がり、竜巻の様に妖怪を包んで消えた。

「な、なんだったんだ…」

縁斗は、その地面に張り付く様に座った。

「無様な妖。そう言うことしか出来ないよ」

俺の隣に雪女は見下ろす様に立っていた。

「お前は?」

「アイツよりマシな雪女さ。長様と言う者に仕えてる」

「でも、何で助けてくれたんだ?」

「長様の命としか言いようがない」

そう言うと、雪女は歩き出した。

「まっ、取り敢えずあんた達の事は永螢(エイケイ)から、聞いてるから。今後は気を付けるように」

「永螢って、だれだよ」

時が止まるように雪女は立ち止まった。

「永螢を知らない?」

「・・・まず、だれ?」

あれほど荒々しく時が動いていた場所は風もなく止まった。

「永螢、確か…別の名は、藤沢永真(フジサワエイシン)と言ったはず…」

「そいつなら知ってる」

「そうかい。あっ、この神社の区域の結界は張り替えておいたから害の無い者以外は入れないから、安心しな」

また頭を容赦なくかきだし、雪女のくせにあっつーと背を伸ばした。あの綺麗な癖っ毛伸ばした長髪は鬱陶しそうだった。

「誠にありがとうございます」

ゆっくりと頭を下げ、ふわりと笑った。

あの妖怪とは比べ物にならないくらいの綺麗な笑顔。そんなことに縁斗は誇らしく感じた。

「それじゃ、あたしはこれで」

そう言うとまたぶつぶつと何かを唱えながら歩き始める。

「あっ…」と、また振り向き「長様から言伝だ。『おおきに』ってさ」と軽く吐き捨てると手を軽く振り、また歩き出した。

「変わったやつだな」

けれどそれも束の間。目を離したら隙に風が吹いたら消えていた。






「ハァハァ…」

「リクノエ、ダイジョウブ?」

「う、うん」

先ほど足をひねり、少しずつ反響するみたいに痛みが強くなっていく。

「相当奥だったんだね…」

落ちた場所と拾い上げられた場所が別のようだった。

何故今生きているのか不思議なくらいで、1日でいろんなことがあった。

もう2度と来ない冒険のようで今でも生きてることにすら疑問が思い浮かぶ。

「リクノエ、モウスグ」

「えっ…」

その声と共に、顔を上げると神社が見えた。

「け、境内だ…」

坂道をゆっくりと下る。

「ヤットツイタ」

これで家に帰れる…けど、問題があるこの妖だ。

せめてどこかに入れられ… ーあっ。

「ランドセルどこだろう」

「ランド?セル?」

「ランドセル。通学鞄だよ」

「リクノエ、モノシリ」

「違うよ。ただ君がまだ人の世界を知らないだけだ」

「シラナイ、デモ、オシエテクレル」

僕にはない、純粋な目。

「僕の知ってるものに限るけどね」

「リクノエ、ランドノセル」

「ランドセルだよ」

妖のおかげもあってランドセルを無事見つけることは出来た・・・が。

よりにも寄って、木の上に引っかかっていた。

「トレルノ?」

「いつもなら行けると思うんだけど…」

生憎、足を負傷中。

「リクノエ、オロシテ」

「え、うん」

下ろした。

「アシ、ミセテ」

差し出した。

もう、殺されるなんてことを想像することはなかった。

「ワレ、アラワレワタル ハナノネヨ サケシツツメ イニシエト 」

影が渦巻くように体中を霧が覆い、服装が変わっていく。

黒い着物に白い花の紋章の刺繍で裏地は赤と白。

肩には黒いマントのような羽織のようなものがあり、フードが付いている。

右耳には赤いピアスのようなもの。

「こ、これ…なになになに?!!!!」

周りを見回しても、あの妖の姿は見当たらない。

「ナニカ、オモイダシタ ケド、ワスレタ」

あの妖の声はピアスの中から聞こえてきた。

もう人間の次元を超えすぎていたため、言葉などでないのであった。

「けど、これ何の意味が…」

「リクノエ チカラ アゲル」

チカラ…

僕にはない、妖の力だろうか。

羨ましいとも思うが手にしたくもないと思ってしまう。

「アヤカシ、ワルイヤツ、チガウ」

妖は僕にとって本当なら憎しみ深い者の対象なのだろう。

けどこんなに「ダイジョウブ」といってくれた人や妖は今までで、一握りもない者たちばかり。

もう、気付いていたはず。

何の憎しみもない。

それは何故か。

「ねぇ…、やっぱり僕は嫌いになれないみたいだね」

「ナニヲ?」

「僕は妖が好きだよ」

初めて心から笑いたいって思った。

「僕にとってはいなくなったらダメな存在なのかな」

ユキちゃんと初めてあった時のようにぎこちない顏だと思うけど、僕にとっては史上最大級の笑顔。

これが言いたかったんだと、やっと気付いた。

僕はずっと妖が嫌いなフリをしてきた。あの(セカイ)では人間は妖の敵でなくてはいけない。だから、嫌いなフリをずっとしてきた。

本当は、近づきたかったし話しかけたかった。

本当は、あの輪の中に入りたかった。

「リクノエ、ダイジョウブ」

もう、足の痛みは感じなくなっていた。

「うん。登ろう」

たかが、ランドセルを取るだけなのにこんなにも嬉しいと感じた事を僕にはまだ理解できなかった。

「よかった、ランドセル無事で…」

いつもよりも足軽に木の上に登れた。

「ソンナニタイセツ?」

「うん。おじいちゃんと母さんが内緒で買ってくれたんだー」

リクノエはいつにも増して喜んだ。

「あ、しばらくこの中に入っておいてくれない?」

「ドウシテ?」

「ほら、僕は君をみて大丈夫だけど、他の人は違うかもしれない」

「ナルホド、カシコイ」

褒められなれていないのか、リクノエの頰が少し赤くなった。

「アッ…『(カイ)』イッテ」

「えっ?」

「オオキナコエデ」

「わ、わかった」

心を落ち着かせる。

やれと言われたわけではないがそうした方がいいような気がしたからだ。

「すぅ、『(カイ)』ッ!!」

霧が弾け、また黒い霧が風とともに僕を包んで舞い上がる。

みるみるうちに、元の服装に戻った。

「す、すごいねっ…!」

あれ?

見回しても妖はいなかった。

「どこに…」

「リクノエーー」

その声は突如上から聞こえた。

「う、うわァァァァァァァーーーー!!!」

僕は思い切り走った。叫びながら走った。ランドセルを投げ出し、体中のあらゆる神経と筋肉を動かして空中に舞った妖を見事なスライディングでキャッチした。

「フゥ」

お風呂でも入ったおっさんのようなため息だった。

「よ、よかったぁ」

手の中にはあの妖の姿がある。

何処からともなくさっきの姿だがその姿にさえ安心した。

「中に入って」

「ワカッタ」

そう言うとあっさりと中に入り、筆箱やノートを自分の好きな位置に変え始める。

賢いな…

「タオル、ツカッテイイ?」

「いいよ」

母さんがいつも汗だくになって帰ってくる僕を見てたまに入れてくれているのだ。

「でも何に使うの?」

「オタノシミ」

そして、筆箱を開け何かを作り始めた。

作り始めるといっても物の配置を変えただけで、もとからランドセルの中に入っていたのは教科書とノート一冊ずつとスポーツタオルそれに大きめの緑色の布の筆箱。筆箱の中身は、キャップの付いた鉛筆3本と消しゴムそれに定規だけだった。

これを一体どうするのか。

まず、筆箱のチャックを開け鉛筆をキャップを付けたまま、同じ位置に揃える。そして、鉛筆本体の面に定規を被せる。スポーツタオルは筆箱の中に半分押し込み、消しゴムを持ったまま妖は筆箱の中に入る。ちなみに消しゴムは枕がわりだ。そして、最後の仕上げに半分余ったタオルを自分の上にかけ、チャックを締める。

完璧だった。

手練れ過ぎて言葉も出なかった。

「行くか…」

ランドセルを背負い、一言「行くよ」と声をかけてから歩き始めた。

早歩きで数歩、歩いた時だった。

「あれ…、治ったと思ったんだけどな…」

足の痛みが再び襲ってきたのだ。

仕方ない。頑張ろう。

「リクノエ」

ランドセルの中からでも妖の声ははっきり聞こえる。

「何?」

「ミギ」

「右?」

取り敢えず、言われた通りに右に曲がる。

「ヒダリ」

「わかった」

「マッスグ」

このやり取りが何回か続いた時、リクノエの足が宙に浮き、右足から転げ落ちた。

「痛っ"〜!!」

怪我が悪化したことが明らかにわかり、悲鳴をあげずにはいられなかった。

「リクノエーーー!!どこだー!!」

「え?え、縁斗!!」

「のわっ!!ビックリしたぁ…、なんだリクノエか」

疑問を隠しきれないリクノエであった。

「ってか、お前、どこにいたんだ?」

「えっ?崖から落ちたんだけど…」

「はっ?何言ってんだ?」

「え?縁斗…、あの場所にいたよね」

縁斗は確か、あの時手を伸ばしてくれたはずだ。

「うーーーん?わかんねーけど、いいんじゃね?見つかったし」

「まぁ…うん」

リクノエはもう考えないことにした。

「それにしても、随分仲良くなったんだね」

縁斗の後ろには最初に会った女の人がいた。

「あっ、そうだ俺の知り合いみたい」

知り合いに普通出ていけって言うかな…

そんなことも気にされずあっという間に縁斗と女の人の世界が始まっていきそうになった。

「春と申します。先程は大変失礼を…」

「あ、き、気にしないでください」

「お優しいのです…ね」

春さんは僕の方をじっとみて声を詰まらせた。

「な、何か?」

「足。怪我をされていますね。すぐに治療を!!」

「えっ?えェーーー⁈」

足にしっかりと包帯を巻いてもらい、さっきよりは痛みが減っていた。

「縁斗、良い御学友を見つけましたね」

賽銭箱の隣に座り、雑談話をどことなくした。

「御学友って何だ?」

寝転びながら縁斗が言う。

「クラスメイトってこと」

縁斗と同じようにリクノエも寝転んだ。

「ん?あ、あぁでもリクノエはただのクラスメイトじゃないからな!」

「う?うん」

御学友の意味をあまり理解できていない縁斗であった。

「なんだかんだ言って大変だったな」

「そうだね、でもまた来ようよ」

「だな」

「お待ちしております」

「そう言えば、春さんはこの神社から出ないんですか?」

のそりとリクノエが起き、春を見た。

「え…、えぇ、この神社に住み始めた頃は出入りできていたのですが、今は出れなくなってしまって…」

「出れないのか⁈」

風の如く起き上がった。

「はい…」

「なら、俺が出してやる!出れる方法探してやる!」

「で、ですが勉学の方は…」

「リクノエに教えて貰うから何とかなる!」

また、風の如くリクノエを指差した。

そんな中、リクノエは思ったと言う。

この瞬間が1番理解できない、と…

「そうですか。リクノエさん、お願いしますね」

本日最後の締めくくりの思考回路停止であった。

「ですが、今日はもうお帰りになった方がいいですよ」

「でも…」

縁斗がわかりやすいように口を窄めた。

「縁斗、それにリクノエさん。またいらしてください」

春の後ろには梅の花が散った。

「あ、あの春さん。さん付けしなくてもいいですよ」

リクノエはいつもよりも暖かい目線を誰かに向けた。

「わかりました。リクノエ」

リクノエの成長した瞬間だ。

「ありがとう春さん」

「リクノエ貴方も…」

「僕はいいんですよ。ね、春さん」

横目で縁斗を見ると寝転んだ姿勢でぶつぶつと何かを唱え始めている。

「わかりました」

二人の目線に気付き縁斗は身を起こした。

「ん?どうかしたのか?」

「いえ。さぁ、お鞄をお持ちください」

「ありがとな、春。またくるから」

「ありがとうございます」

春からランドセルを貰い、僕らは神社を出た。

「リクノエ、今日はありがとな」

「今更どうしたの?」

ニヤつきながら縁斗は鼻歌を歌っている。

「いや、言っておかないといけないよーな気がしてさ」

「これから言う機会は多そうな気がするけど」

「だな!」

あんなに怖く恐ろしかった階段は、今こうして降りてみるとそうでもなかった。

「でも、あっという間だな…」

「うん」

上ってきた時よりもはるかに短時間で降りてきたのだ。

「なんだったんだろうな」

「幻とか?」

「いや…、でも」

「「それはいやだ」」

二人で思い切り笑いあった。

小学校三年生の最後の冬。

「リクノエはどっち方面で帰るんだ?」

「僕は右」

「そっか、俺は左だ。また明日な!!リクノエ!!」

「また明日、縁斗!!」

お互いに手を振り、帰路を歩いていくのだった。











「リクノエーー」

「あっ、ごめんごめん」

急いでランドセルを下ろし、中を開ける。

「もう出てきても良いよ。裏道で帰るから」

そう言うと「フゥ」と一息、妖はついた。

リクノエはその姿を見ると、少しニヤニヤと笑った。

「ねぇ寄り道して良い?ちょっと待ってて貰わないといけないけど」

「イイヨー」

妖はランドセルの中が気に入ったみたいであった。

けれどリクノエはランドセルの中を見ないことにした。

見てはいけないと思った。

その中にはランドセルの中と言う名の世界などなく、妖の一部屋になっていた。

「ツクマデ、カタニノセテ」

「うん」

取り敢えず、妖をランドセルの外に出してランドセルを締めて背負う。そして、ゆっくりと妖を両手の掌に乗せて、僕の左肩に乗せた。

「ハンタイ」

右のほうが気に入ったみたいだった。

「わかった」

妖を右肩に乗せると、僕はある場所へ向けて歩き出す。

「ドコイク?」

「友達のところ」

「サッキ、トナリニイタ?」

「縁斗じゃない子」

茂み道に入り、様々な獣道を通る。

「着いたよ」

「ヤマ」

率直すぎ。とだけ言ってリクノエはランドセルを下ろした。

「ここで待っててくれる?ランドセルは好きに使って良いから」

「ワカッタ」

妖をランドセルの中に入れあまり目立たないような場所に置いておく。

また、茂みの中に入り、獣道を数個通り抜けるととある草原についた。

いつもの場所だ。

けれど、ユキちゃんは来ていなかった。

今日は来ないのかな?

いつもより遅かったし仕方がないか、と自分に言い聞かせ、草原の中を空を見上げながら歩いた。

「陽が沈むまで時間がありそうだな…」

陽が沈めば、妖の時間になる。

僕にとって1番嫌いな時間。

「そうだね」

「え?」

「どうかしの?リク」

後ろを振り向くとユキちゃんがいた。

「ゆ、ユキちゃん?今日は…」

「リクが来るの遅いから散歩してたんだよ!」

「ごめん」

「気にしないで!こーして、来てくれたわけだし、ね!」

ユキちゃんは誰をも魅了する人の誉れみたいな子だ。いつ如何なる時も笑顔が似合う。

「ありがと」

リクノエも、ユキと出会ってから数日ではあるものの人の前で笑えるようになっていた。

「でも…」

「でも?」

「実はもうすぐ、家に帰らないといけないの」

ユキちゃんはさっきの笑顔とは異なり、俯いて僕の顔を見てくれようとはしなかった。

「ユキちゃんの家は…、旅館をやってるんだよね」

「うん、そろそろ手伝いに戻らないといけなくて…」

いつもと同じ、ユキちゃんの黒髪に似合う桜色の着物。

「そっか…」

この姿を見るのも、あと少しだけ。

ユキちゃんとこうして話せるのも、あと少しだけ。

「でも!また会いに来るから!」

ユキちゃんは顔を上げ涙を目に溜めながら初めて会ったとみたいに僕をしっかりとその瞳に止めてくれた。

「うん…!」

離れるのは寂しいけど、この先僕は一人ぼっちならユキちゃんを待つことぐらい楽勝かもしれない。

「けど、今日は帰る準備しなきゃいけないから…」

「何日に帰るの?」

「多分、リクの学校が春休みに入るくらいの時だよ」

ユキちゃんと同じ小学校だったなら楽しそうだと思う。

休みの時も一緒に遊んで、いっぱい話をして、出来たら一緒に大人になって見たいと思った。

「また、会おうね」

「うん、リク約束ね」

「何を?」

「今度会った時は、街。案内してね!」

ユキちゃんは、また笑った。

僕の夢は叶いそうにない、かな。

リクノエはユキちゃんを見て、そして、笑った。




『楽しいひと時が終わるのは一瞬のこと』




母さんがよく言っていたことが今なら身に染みて感じる。

あの場所から帰ってきたリクノエは妖をランドセルの中から出し、右肩に乗せた。

「タノシカッタ?」

「楽しかったけど、悲しいことを聞いた」

歩きながら僕は妖に少しだけ、ユキちゃんの名前は出さなかったもののこの街を離れると言うことを伝えた。

「ダイジョウブ、マタ、アエル」

「そう、だね」

でも僕にとっては初めての友達を失うと思うと辛かった。

「リクノエ、ヤサシイ、シアワセ、ナレル!」

「えっ…」

その言葉とともに、大きなお屋敷の門の隙間に椿の花が目に見えた。

大きく綺麗に咲き誇った椿。

妖が方から服を伝って地面に降り、小さい足取りで、椿の花に近寄った。

一瞬道を間違えたことがわかったが、それを考えるよりも、もっと大切なことがあることをちゃんとわかっていた。

「椿」

春風が真横を通り、椿が揺れ、あの赤い花弁が空を舞う。

「椿」

「エ?」

「君の名前は、『椿(ツバキ)』だ」

「ツバキ…」

リクノエは少しだけ笑った。

「ツバキ、ツバキ!」

「行こう」

椿を再び肩の上に乗せ、歩き出す。

椿は、満面の花を咲かせながら喜んだ。




まだまだこれからも続きます!

さて、ユキちゃんとリクノエはまた再開をすることが出来るのでしょうか…

次話もお楽しみくださいませ!

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