2 . 三十一文字 〜 梅の唄 1 〜
今回は、少し、松谷君の過去に近づくきっかけ第一回(?)のお話です。この章は、少し長めになる予定ですが気長にお付き合いいただけると嬉しいです。
僕らは、とうとう着いてしまった。
隣の松谷君をみると、目がキラキラ輝いているのがわかる。
だが、そんな松谷君の姿もあの背景と重ねたら異様だ。
そう、その背景とは松谷君に案内しろと頼まれ、勘だけを頼りに、ここまで連れてきた摩訶不思議な神社に続いているかもしれない急斜面の階段。ちなみに、階段から上は見えない。
「ね、ねぇ…松谷君。」
「ん?」
「きょ、今日は帰らない?ちょっと、寒くなってきたし」
山の中というせいか、それとも季節のせいか。今日は、比較的暖かかったのだが、今は違う。
とにかく寒くてゾワゾワする。
僕達は、薄着だ。風邪を引いたら大変だし、あの家で、看病されるのは好きじゃない。
「なんで、やっと着いたのに帰るんだよ!!」
「だ、だって…」
それに、嫌な予感がする。
ゴォッッッッ!!!
「うわっ!」
階段の上の方から、風が勢いよく吹いてくる。
ビュォォォォォ!!
石ころが目に入らないように必死になって目を手で覆った。
服がブワッと煽られ、尋常ではないほどの風が降りかかる。
数分間続いた。時が止まったかのように感じた。
ヒュっーーー、と少し収まったもののまだ風は吹いてくる。
「さ、寒いなぁ!!」
松谷君に、僕の予感はわからないのだろうか。
帰った方がいい。
帰れるのは、今しかない!!直感が僕にそう告げている。
この感を信じているわけじゃないけど、今の僕にとって頼りになるモノは、これだけだ。
「松谷君!!帰ろう!!!!!」
松谷君の手首をぎゅっと僕は掴んだ。
「はぁ??なんでだよ、お前。せっかくここまで来たのに」
松谷君は、手首に張り付いた僕の手を必死で離そうとするが僕も必死で握る。
「また、明日出直そう!!ここにいたら、危ないかもしれない。」
「はぁ???」
「早く、行こう!!」
階段とは、逆方向の小さな道へと松谷君の手を強く引っ張る。
「ちょ、離せよ、リクノエ!!!」
バッ、と松谷君に手を振られ力のない僕の手はあっさりと解かれた。
「なんで、せっかくここまで来たのに帰んだよ!!!!」
「だ、だって、暗いし、大人もいないし、僕達だけだ!!!」
「俺らだけだから、ここに来たんだろ?大人がいたら迷惑だ!!」
「で、でも…」
松谷君のしっかりとした目が僕の目を睨みつけてくる。
「お前が行く気ねーんなら、俺だけで行く!!」
「えっ???!!!」
それだけ言い残して、階段を駆け上がって行く。
「ま、松谷君!!わかったよ、僕も行く!!!」
すると、松谷君が少し後ろを向いてニッとした。
「そう来ないとな!!」
ハァハァ…
「なぁ、リクノエ」
「ハァハァ…、な、なに?」
「な、長くね?」
お互いに息を切らしながらも懸命に階段を登る。未だに先は見えない。
「こ、この山そんなにハァ、高くないよな…」
お互いの会話は、途切れ途切れで聞き取りづらい。
「う、うん…」
グゥゥゥゥウッッッ〜〜〜
「腹減った…」
松谷君の腹の虫が山にこだまするように唸った。
「お昼にする…?」
学校を出たのは11時前、もう2時間ぐらい経ったのかもしれない。
「弁当ないぜ」
持ってくればよかったなー、とボソボソ言いながらお腹を撫でている。
そんな松谷君に僕は言った。
「あるよ」
ふーん、よかったなー、と僕の話は聞いていないらしい。
「えっ?」
「うん?」
「お前、何者っ!!!!!!」
「小学三年生」
「はっ?」
「えっ?」
・・・、数秒の間があり、お互いに固まっていた。
「お前、弁当持ってんの?」
「うん」
「なんで?」
な、なんでって言われてもなーー。
「あーーー、母さんが間違えて作った?」
「あ、なるほどな」
そんなにも意外だったのか、松谷君は相変わらずポカーーンとしていた。
「座って食べよ。」
「お、お、おぅ」
ちょうど良さそうな段を見つけそこに座る。
「さっきから、どうしたの?」
魂が抜けそうな顔だ。
「いや、別に」
魂ここにあらず。
「ほんとに、大丈夫?ケガでもした?」
一心にボーーッとどこかを眺めているようにも見えるが、そこには何もない。
「い、いや」
何度聞いても返ってくるのは同じ言葉だけだった。
「でも、何か思い出した気がしたんだけどな…」
僕は、ガサゴソと一生懸命ランドセルを探っていた。
松谷君の行動が不自然だったからなのか、僕も変な行動を取っていた。
恐怖は移るものなのか…
でも、教科書が特に重いから、お弁当の重みが減るということは嬉しかった。
これぞ、現実逃避だ!!!とか、言いながらユキちゃんなら笑いそうな場面だが。
「思い出した?」
来たばかりとは違い、ゆっくりと、冷たいけど心地いい風が木々と僕らの髪を揺らした。
「あ、さ、さっき女の人が見えたヨーーーーーーナ…」
・・・それか!!
「な、なんで早く言わなかったの?!!」
「なんとなく?」
HAHAHA〜〜、ごめんな〜と言いながら笑っているように見えるのは僕だけなのか…
まぁ、今さら引き返す気持ちは松谷君にはないと思うから仕方ない。
とりあえず、僕は、ランドセルに入っていたお弁当の包みを開け、階段の上に広げる。
「うっわーーーーー!!!!お前の弁当、噂に聞いてたけどめっちゃすげぇな!!!」
「ほぅひゃな?」
⚠︎:そうかな?
ゴクッ
「松谷君も、食べなよ」
今日のお弁当のメニューは、おにぎり二個と唐揚げ二個、それと漬物とだし巻き卵二個。
「おぅ!!いただきまーーす」
パクっと、松谷君は唐揚げを口の中に入れた。
「う、」
・・・、唐揚げを口の中に入れたまままたもや数秒停止した。
「ん?」
え、マ、マズかった?か、母さん、ちょっとドジなところあるからまさか…
「うっめーーーーーー!!!」
「えっ」
「ちょーーー、うめーじゃん!!コレ!!」
「そ、それは良かった、デス…」
松谷君のリアクションが強すぎて引き気味になってしまう。
「お前のかーちゃん、スゲェな!!!」
「そうかな」
僕には、普通としか思えないが、とりあえず松谷君が喜んでいるのだから良いのだろう。
「ごちそーーーさん」
「いえいえ」
「なぁ、お前それくらいの量でいつも足りてんの?」
「えっ、うん」
「それだけじゃ体力つかねーぞ?」
「大丈夫だよ、家で盗み食いしてるから」
「えっ…、お前が?!」
う、うん。と今の僕には小さくその言葉を言うしかなかった。
「もうそろそろ、行こう」
「あ、あぁ」
「夕方になる前には、帰りたい」
「お前って…」
行こう。
そう言って、階段を上り出すお前を見て不思議に思った。
リクノエって、こんな感じだったっけ…。
その時だけは、暗い暗い、曇り顔に見えた。
拝啓
梅の花が、散り行き、桜が一層美しさを増す季節になりました。
いかがお過ごしでしょうか。
私は、変わらずここで、あの美しい花をゆっくりと眺めておりまする。
此度は、このような手紙を差し出すことになった事、深くお詫び申し上げます。
ですが、貴方様にどうしてもお会いお伝えしなければならない事が御座います。
少しばかり、昔話をさせていただきます。
この場所は、暗く。光が届かない世界です。
気付けば、ここで一人ぼっちでした。
もちろん、私の目には、光など届くこともなく、ただ、ただ、時が過ぎ行くだけ。
いつから、この様になったのか私にも検討がつきませぬ。
暗い暗い、この場所。鳥居があって、お社があって、梅の木があって、小池があって…ただ、それだけの何処にであるような小さき場所です。
なのに私は、この敷地内からは出ることができません。ですから、いつも、鳥居のところに立ち。階段を見下ろしているだけの毎日です。
ですが、一度記憶があるのです。
私が、この階段を下りて、この場所が小さなき物と知った。あの時の事を。
私の世界に、光を見た瞬間の出来事に御座います。
その時、私は忘れた"モノ"が、手に入った気が致しました。
その時、貴方様が、見えたのです。
縁斗様。
度々、貴方は私に会って下さいました。
今、思えば懐かしく、嬉しく思っておりまする。
ですから、もう二度と、貴方とお会いすることがない様、祈っております。
なのに、私は梅の花が咲く頃をよく思い出します。
貴方が、私に言ってくれました。
「桜の花より、梅の花の方が好きだ。」
そのお言葉を聞いて、そのお言葉を思い出すたびに涙が流れ落ちました。
雨の雫。
あの一滴のように、私の雫は、綺麗で、清らかなものではありませぬが、それでも、私は再び、歓喜したのです。
ありがとうございます。
再び、私にお会いして下さいまして。
ですから、もう二度と貴方様に会う事が御座いませんように。
かしこ
二月一日
梅花
松谷 縁斗 様
この手紙は気付けば、俺の部屋の机の上に置いてあった。
閉めていたはずの窓も開いており、閉め忘れたカーテンが突如入ってきた風に容赦なく、強引に、温かく、揺らされていた。
ランドセルをベットに放り投げ、机の前に行く。
「何だ、コレ」
桜色の封筒。
その上には、梅の花がついた枝があった。
「えーんー、入るよー」
バンッ、と甘い言葉とは引き換えに強引にドアが開いた。
「なんだよ、ねーちゃん」
ブカブカの緑色のTシャツに、ダボダボの黒いズボン。
「おつかい行ってきて」
「はぁ?なんで、俺が行かなきゃいけねーんだよ!!!!」
「いいから、行きなさいよ!!!!」
「はぁ、何で?!!」
「テーブルの上にいるのもの書いたから」
それだけ言って、また自分の部屋にこもりにいった。
相変わらず、自己チューだ!!
でも、いつからか、ねーちゃんはニート化してしまった。
来年で、中3になる。
元から、頭が良くてしっかり者とか言われてたはずなのに、いつの間にか、いつの間にか、気付いた時にはあぁなっていた。
自分の部屋で何をしているのかは、わからない。
でも、まぁ、あぁ、言ったら何を返そうと言うことは、聞いてくれない。
めんどい…、あっ、手紙は後でいっか。
「えーんー!!下りてきて〜〜」
母さんの声がした。
えっ、母さん????
急いで、一階のリビングに向かう。途中、滑りそうになりながらも、なんとか辿り着いた。
バンっと、横開きのドアを壊しそうな勢いでいつも開け?ことには反省してる。
「母さん?!!!」
「あっ、やっぱり帰ってきてたのね、縁斗」
そこには、テーブルに肘をつき、足組をしながらテレビをみているダラダラの姿があった。
玄関には、大量のお土産であろう物と、かあさんのデカイスーツケースがあった。
これじゃ、家から出れねーじゃん。
かあさんは、大雑把だ。ちなみに今も、スーツのまま。
「え、で、っでも、帰ってくるのは来月じゃ」
どうしても、焦りが抑えられず自分の心臓がドクドクと震えているのがわかる。
「早く、帰って来れたのよ〜!!おかあさん、これでもバッチリ、お仕事してるかっこいい〜〜、キャリアウーマンな・ん・だ・か・ら!!」
「え、あ、うん」
かあさんは、バリバリのキャリアウーマンで世界各国で働いている。
父さんは、普通のサラリーマン
「もう〜〜、うちの子達、アッサリちゃんなんだから〜!!」
かあさんは、ちょっと親バカだ。
「それより、手紙っていつ届いたんだ?」
「手紙?知らないわよ。糸華にでも聞いたら?」
ねーちゃんの名前が、母さんの口から出てくると…、怖いと感じる。
何故だかわからない。
「ねーちゃんが外に出るはず、ない。」
「そーよねー。それも、ねー」
ゆっくりと席を立ち、冷蔵庫の方へと向かう。
しっかりと、コーヒーカップはかあさんの手にある。
「知らないなら、いいや。ってか、おつかいって何買ってくればいいんだ?」
「あぁ、冷蔵庫に何か黄色い付箋が貼ってあったわよ」
かあさんの言った通り、黄色い付箋が貼ってあった。
ニンジン、キャベツ、ピーマン、そば、ソース、コーラ。(よろ)
P.S 焼きそば作って
・・・なんだよこれ
「かーさん!!!」
「いーじゃないのぉ〜!どうせ、作るのは、は・は・お・や!のわ・た・し!!」
キザな言葉にウィンクもセット。
なんか、こう、イライラする!!!
「あっ、炭酸水買ってきて〜〜、いつものね!」
「えぇーーー!!!!」
「こら!!さーけーぱーなーい!!」
これが、たまにある我が家の日常。
「わっーたよ!行ってきまーす。」
「あっ、お財布忘れてる!!ヘイ、パス!!」
ビュッと、豪快に財布が飛んでくる。
「おっ、と」
頭上でギリギリでキャッチだ。
母さんは、バスケの経験があり物を投げる時に一度も外したことはない。
「NICE BOY!!ついでに、ぎゅーにゅー買ってこい!!」
「それかよ!!」
「身長伸ばせ!!」
「うっせー!!」
かーさんが帰ってくると、家が楽しくなる。いつも、あんな風にいたらいいのに。
ドアを開けた時、一気に風が入り込んだ。
「うわぁ〜、寒そー」
手が悴むのが早く、小刻みに震えている。
「行ってきまーす」
「いってらー」
チラチラとかーさんの手を振る仕草が見えた。
はぁ…、息が白い。
マフラー巻けばよかった。
スーパーまでは、まっすぐ歩いて、右に曲がって左に曲がる。そして、そのまままっすぐ商店街に出ればいい。
ちなみに、これは俺だけの特別な裏道ルートだ!
「おっ、縁斗ー!!元気にしてっかー!!」
「うおっ!!おっちゃん?!!元気にしてるぜ!!」
魚屋の看板の名の下出てきたのは、いかにも魚屋の看板が似合うおっちゃん。
ちなみに、めちゃめちゃ力持ちだ!
「おぅ、それなら良かった!!これ、持っていきな!!今日も、絶好調だぜ!!」
癖のある言葉に、この立ち姿!!女が惚れないはずがない!!機嫌が良い時やそうでない時もこうして、お土産をくれる。
今日もいつもと同じ形で、白いビニール袋を二重にして結んである例の物を貰った。
「おっちゃん、ナニコレ?」
「よーーく、見てみろ!!!ちくわだ!!」
「えっ、マジで?!!」
ビニール袋が二重にしてあるせいで中は、全く見えない。
「おぅ、今夜だけの特別サービスだ!持っていきな!!」
「あ、ありがとおっちゃん!!」
「おぅよ!!きぃーつけてな!!」
「おぅ!!」
大きくブンブンと手を振り、目的のスーパーに行く。
商店街は、俺の場所!!
来て、楽しいし、みんな優しいし、お土産もくれる最高の場所で、みんなが、家族みたいなもんだ。だから、今日も魚屋のおっちゃんみたいに、八百屋のおばちゃんや肉屋のおじちゃん達がその後もいっぱいお土産をくれた。
そう言えば、今度、おっちゃん達と野球試合をするんだった。作戦、考えとかねーとなっ!!
ドンッ
「うおっ!」
誰かとぶつかったみたいだった。
「こ、これはこれは、そ、その、すみませ…ん」
「え、いや…、」
着物に、ひょろひょろ。これがまず、第1印象だった。
「あの…、お、お手数ながら、ま、松谷様です、、か?」
「はっ?」
灰色の着物に、もさもさの黒い髪と丸渕のメガネ。背は多分多分、高い方で、タレ目に口調がはっきりしない。
モサ男。
こ、コイツ…不審者か!!!
「す、少しばかりお、お、お話を!!」
ゆっくりと俺の方に手が伸びて来た。
やばい!!
「あ、よ、用事が、あるんでー!!それじゃ!!」
動かない足をバシッと汗ばんだ手で叩き、手を大きく振った。
どこに行けばいいかもわからず、とりあえず、最初の目的地であったスーパーへと急いだ。
馬鹿な俺は、スーパーに行ったら、人がいっぱいいるから逃げやすいと思ったんだ。
ありがとうございましたー。
レジのおばさんの元気な声と共に俺は、外へ出た。
目を凝らして、周りを見たがあの変な奴はいないみたいだ。本当に良かった。
枯れ木が、重なり合いかしゃかしゃと擦れ合っている。
その間を冷たい空気が通る。
「梅の花…」
ふと、思い浮かんだ。机の上のあの梅の枝。
母さんかねーちゃんにでも渡しておけば良かった。
今頃、枯れてんのかな…。
あぁーー!!宿題やってねー、めんどー!!
冬のせいでもう日が暮れかけており、街灯が目立ち始めあたりはシャッターに覆われていた。
髪が盛大に風に荒らされ、スーパーのレジ袋が飛んでいくかと思うほどの前から来る風は、目の視界さえも遮り、なぜか喉が渇いた、喉が渇いた、と思ったけど何か違った。
ガシャーーン、と何かが落ちた。商店街だから、よくあることだ。
カランッカランッ、何かが落ちる音。
耳に馴染んだ風の音。
月の逆光。
鉄パイプのようなものが、気付けば足元にあり、手を伸ばした。
あれ…、血?地面に、梅の花が落ちてい…、た。
「危ないッ!!!!!」
えっ…
月に、誰かが映ったような気がした
最後まで読んでいただきありがとうございました。
誤字、脱字がありましたらお気軽に言ってください。また、これからももっと成長していきたいので、感想や指摘など、いただけると嬉しいです。




