2 奥方様
リクノエの家にやって来た謎の人物。
さてさて何者なのでしょうか……?
静かな夕暮れには、秋の葉の匂いなどないはずなのに此処にはほんのりと残っていた。
「お初にお目にかかります」
そう言って雪矢は、深々と頭を下げた。
「ふふ、そんな礼儀正しくしなくても良いのよ?」
「いえ、お世話になる身ですから」
「それも一理ございましょう」
マガギがそう言いながら、雪矢の後ろにゆっくりと座った。
「あら、そうなの……?でもまずは、自己紹介からよね!」
そう言と奥方様は、お茶を飲み背筋を伸ばして大きく息を吸った。
「私の名前は、和葉。一様このお屋敷の奥方様をやっています。どうぞよろしくね」
奥方様はふわりと笑ったが、雪矢の手は少し震えていた。
「ご丁寧にありがとうございます」
また一礼をすると、奥方様と同じように背筋を伸ばし、大きく息を吸い込み、震える手を畳に押し付けた。
「自分は……篭前 雪矢と申します。ご迷惑をお掛けすると思いますが、こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」
深々と一礼をする様は、どう見ても同年代の子たちと比べてれば、随分と大人らしかった。
「ありがとう、雪矢ちゃん」
その姿にまた奥方様はふわりと笑った。
「マガギはもう、挨拶したのかしら?」
「はい。お会いした時既に」
「なら、よかったわ。雪矢ちゃんの身の回りのことは、マガギか私に言ってね。揃えられものは揃えるわ」
「ありがとうござ…「それと、お辞儀禁止ね」えっ……?」
割り込むように言われたその言葉は、完全に喉の渇きを奪っていった。
「礼儀正しいのはいいことよ。けど、雪矢ちゃんはまだ子供なんだから、門限だけ守って好きなことしてたら良いのよ……!!」
「え、あ、あの……ですが」
「マガギ。それなら良いでしょ?」
「無茶なことは御遠慮願いたいですが、それ以外ならば……問題御座いません」
「と、言うことよ。あとそれと!今日から私のことはない『おかあさん』って呼んでね!けど、呼びにくかったらママさんとか、和葉ママとかでも良いのよ!」
突然の言葉に驚きは隠せないが、奥方様の雰囲気は優しく、ほんのり楽しかった。
「なら、母上様では駄目でしょうか……」
「ふふ、ならまずはそこからで良いわ。いつか、『おかあさん』って言わせてあげるから!」
そういうと、奥方様はまた笑った。
「あとそれと……」
「敬語禁止ね」
「えっ……え?」
この人はやはり要注意人物だと思う。天然の様な気はするが、此方が心臓の用意をしておかないと大変なことを言いそうだし、仕出かしそうだ。
「さっき言った通りよ。私にも、勿論マガギにも……ここの当主様には使ったら駄目かも知れないけど、それ以外の人なら大丈夫だから!」
「は、はい……」
「約束だからね!」
この後、わかりましたと何度か言ってしまったが、笑って許してくれた。
「マガギ。あの人は何時もあんな感じなの?」
「はい。何時もです」
奥方様と挨拶をしたのち、自分の部屋に案内してもらえることになった。
「素敵な人で良かった……」
夕日はもう消え、三日月が出ていた。
「此方で御座います」
マガギが襖をゆっくり開けると、想像以上の部屋があった。
「ほ、本当にここ……?」
「はい。あまり大きな部屋は好きではないとあらかじめ聞いていましたので、他の部屋と比べ少し狭いですが此方をご用意させていただきました」
圧巻だった。
部屋の右側には、ふわふわと寝心地の良さそうなベット、奥にはクローゼット。その隣には本棚があり、ベットとは真向かいの位置に勉強机があった。床は畳ではなくフローリングで天井の電球は明るく、花の形をしていた。
「凄い……凄いよ、マガギ……!!」
そして何よりもまず、もっとも驚きと感動を与えてくれたのは、襖を開けたら目の前に広がる桜の大木。その下にある三日月をうつす小さな小池、そして舞い散る桜吹雪だった。
「これが……これが……」
思わず、桜の大木に駆け寄っていた。裸足だったが、それでも関係ない。
「マガギ……マガギ……!!」
手が震えていた。決して、緊張しているわけでも泣いているわけでもない。
けれど、体は必死に何かを訴えようとしているのだ。
「此処が今日より、貴方様の我が家になります」
最初に会った時よりも、何倍も優しい声だった。
「本当に……?」
「おおよその事情は聞いております。此処は妖屋敷。妖の掟はご存知ですね?」
もちろん、と頷いた。
「日々を謳歌せよ。
日々に花を、昇り立つ光には妖刀の陰を。
日々に麗しを、淡く失せる陰には至上の狐火を。
笑うせし時に笑え、泣き失せし時に泣け。
全ての夜は、我が身の夜なり」
マガギが少し笑った様な気がした。
「その通りにて、御座います。貴方様は、此処で己の為にやりたいことを全て、やれば良いのです」
自分は決して楽な過去を持っているわけではない。普通の子達とはやはり違うのだろう。
「ありがとう、マガギ」
闇夜に星明かりはない。そこにあるのは、月明かりだけだ。
「貴方様の夢もいずれ解決しますよ」
「うん。そうだね……」
この悪夢は一生続けば良いのに……
「まだ夢見てる」
そう一言呟き、目を逸らした。
『雪矢』が妖屋敷にやってきた理由、そして一体何者なのか……?
あやふやなままですが、ちょくちょくキーワードが出てくると思いますので、よろしくお願いします!




