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早川元晴はコンビニに買い物をしようと外に出た。手先が痺れるほど寒い夜に、彼は不思議な出会いをした。それはアパートの横にあるゴミ箱のすぐ傍で座っていた。最初は気付かないふりで通り過ぎた元晴だが、その人間が放つ雰囲気があまりにも異様だったので心配になり、声をかけてみることにした。
「すいません、大丈夫ですか?」
「……」
返事は無い。薄汚れたパーカーにベージュのチノパン。この季節にそぐわない格好だ。髪は耳が少し隠れるくらいであまり長くないけれど、いつから洗っていないのか分からないそれはぱさぱさに乾燥している。
数回話しかけてみたが全く反応が無いため、元晴は仕方なくポケットの中のスマートフォンに手をかけた。何か困っているのかもしれない。それなら警察を呼ぶのが手っ取り早いだろう。そんな思いから警察に電話をしようとしていると、いままで口を開かなかったそれは急に声を発した。
「何してんの」
「警察に電話をしようと思って……」
「そういうのやめてくれる?」
制止され睨まれたため、仕方なく手に持っていたものをポケットへと仕舞った。
顔をあげたその人は少しやつれているようだった。暗闇の中にいるためよく見えないが目の下に隈が出来ているように見える。
「なんでこんなところにいるんですか?」
「生きるのに疲れたからここで死ぬの」
「なんで疲れたんですか?」
「……つーかアンタ声でかすぎ。話すのも怠いからどっか行ってくれない?」
どこかに行けと言われても、ここで死のうとしている人間を置いてコンビニに向かえる訳はない。もし明日の朝この人が死んでいたらきっと一生後悔するだろう。
そう、元晴は根っからのおせっかいだ。昔から世話焼きだのおせっかいだのと言われてきたが、こういうことがある度に彼は嫌というほどそれを実感のだった。
「あのー……うち来ませんか? すぐそこのアパートなんですけど」
「どっか行けって、本当」
「でもお兄さんのこと置いていけないじゃないですか」
元晴はその人が立てるようにと手を差し出した。その人は一つ大きくため息をついて、その後彼の手を掴んだ。そして家に戻る元晴の後ろをよろけながらもゆっくりと着いて来た。
コンビニへ行こうとしていたことを今更思い出したけれど、そんなこと今はどうでもいいとすぐに思考から消し去るのだった。
その人を部屋に上がらせた後、元晴はお風呂に入るように促した。
「風呂入る前に言っとく。名前、瀬戸周平。年齢は二十八、有効期限切れてるけど免許見せようか?」
周平から自己紹介があったことに対して、元晴は少し面食らった。恐らく周平の態度が出会い頭からぶっきら棒であったからだろう。
よく考えたら相手の素性も知らないのに部屋に上げてしまっているのか……。そんなことが彼の頭を過る。けれどその不用心な性格のせいか、怖いとは思えないでいた。散々言われた世話焼き且つ不用心な所を直せと言う言葉は、どうやら彼には全く効果の無いようだ。考え込んだ後、周平も慌てて自己紹介をする。
「えっと、俺は早川元晴です。歳は二十五で会社員やってます。
周平さん! 俺、怪しい者じゃないんで安心してください!」
「……変な奴。つーかさ、アンタ身長何センチ?」
「百七十二ですけど」
「じゃあ風呂入っても俺着られる服無いじゃん。俺、身長百八十あるよ」
「スウェットだったらいつも大きめの着てますから用意できますよ」
「あっそ。じゃあ準備よろしく」
そう言って周平はお風呂の方へ向かって行った。元晴は棚から下着とスウェットを取り出して彼の着替えの準備を済ませた。そして台所に立って少し緩めのおかゆを作る。きっと何日もご飯を食べていないようだから胃に負担が少ない料理の方がいいだろうと考えた結果である。
元晴がリビングを片付けつつ料理をしていると、バスルーム横の洗面台からドライヤーの音が聞こえてきた。髪を乾かしたらすぐご飯を食べられるようにおかゆを食器によそう。飲み物も用意して机の上に並べていると、丁度いいタイミングで周平がリビングにやってきた。
「おかゆ作りました。食べてください」
「アンタ料理できるの? すごいね。うまそう」
周平の口元が少し綻ぶ。それを見て元晴は妙な親近感を覚えた。ソファに腰かけると、周平はゆっくりと元晴の作った料理を口に運び始めた。
彼がおかゆを食べている間も、元晴は部屋中の掃除をしていた。最近忙しかったからあまり掃除が行き届いていない。
棚の上を掃除している背中に、周平は声を掛けた。
「手伝う?」
「周平さんは食べててください!」
「これ食ったらちょっとソファの上横になっていい?」
「好きにしてて大丈夫ですよ。俺、何されても大体は怒りませんから。
あっ! 盗みとかは別ですけど」
「ん、わかった」
元晴は一連の掃除を終え、洗濯機を回し始めた。洗濯が終わる前に食器でも洗ってしまおうと周平の元へ向かうと、ソファに横たわって寝息を立てているその姿が目に入った。よっぽどの間寝ていなかったのだろう。押し入れから出した毛布をそっと掛けて、元晴はまた家事を始めた。
何であそこに居たのかは明日聞いても遅くはないだろうと、また楽観的な思考を繰り広げつつ食器を洗っている合間に、時計はもう深夜へと針を進めていた。