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騎士の護る庭

ナレ   週末の土曜日、俺とテラキは井野原ローズガーデンにやってきた。井野原ローズガーデンはバラをはじめとした花の苗を扱っている。販売は主にネットショップで対応しているが、バラの咲く今の時期には、この見本園を開放し、苗の対面販売も行っている。

夕方の今は閉園しているが、テラキは井野原の若奥さんと話をつけて、俺たちが園を歩き回れるように手配していた。


     

ナレ    赤い一重のサラバンドに囲まれた門扉をくぐると、このバラ園の主であるジローを見つけることができた。

ジローは白のハナマスのそばで肉厚のショコラパンケーキのように寝そべっていた。



カリマ   ジロー、ジロー。久しぶり!



ジロー   んああああああぁ?ったく、人の寝てるときにうるっさいなあ~ぁ。



カリマ   久しぶり。ちょっと用があってね。



ナレ    俺は井野原ローズガーデンの番人、黒猫のジロー男爵。ここにきたのは小学生のとき以来だ。昔みたときより、ちょっと肉付きがよくなっている。


ジロー   肥えているダト!?失敬な!我をなんと心得る!


ナレ    どうやら俺はまだジローと話すことができるらしい。


ジロー   貴様とは長い付き合いだから容赦するが、そのような無礼を働けば、本来、斬って捨てるところなんだからな!



ナレ   は~いはい。ジローの額を人差し指と中指でくすぐると、ジローは目を閉じて額を指にぐ~っと押し付けてきた。その隙に左手でジローののど元をくすぐると、ジローはくるっとひっくり返ってほわほわしたお腹を見せる。



テラキ  そこにいたのか。ジロー、相変わらずカワイイなお前。うりうりっ。


ジロー  うひゃっ。やっやめろおぉぉおぉお~!


ナレ   テラキは若奥さんたちと話をしていた。結構時間食ってたな。



テラキ  若奥さんとも久しぶりだったし。ずいぶん大きくなったって言ってたな~。例によってお前の変わりようを話すのも難儀した。


カリマ  悪かったな。


テラキ  大したことないさ。                                 


ジロー  人には人の事情があるようだな。人には人の使命が、我には我の使命がある。我の使命はこの庭を守ること。バラはその美しさゆえ、常に卑しい虫どもに狙われておる。アブラムシ、カミキリムシ、コガネムシ、カイガラムシ。これからの季節、きゃつらはますます跋扈する。そこで我の出番というわけだ。



テラキ  さっすが~。井野原ローズガーデンの誇る漆黒の騎士、バロン・ジロー・ド・ラン様!



ナレ   このバロン・ジロー・ド・ランというのがジローのフルネームである。ジローは自分の名前の由来となったバラの樹の前でこまっしゃくれたポーズをとった。テラキはケータイでパシャパシャ写真を撮ってる。これでジローは機嫌がよくなる。ジローがウサギくらいの大きさだったころから変わらないなあ。



ジロー  そういうお前も大きくなったな。特に指が太くなった。



ナレ    ジローはそういって俺の手をペロっとなめた。




ジロー  それで、ここにきたのは用があるのだろう?


ナレ   ジローは猫の癖に察しがよすぎる。



テラキ  実は、青い花を探してるんだ。目の見えない女の子に青を見せたい。



ジロー  ふむ。なかなか難儀なことをかかえこんだな。



テラキ  お前は言ってたよな。バラは目の見えない人間にも見える花だって。それに不可能といわれた青いバラも、人の熱情によって、ついに誕生したって。



ジロー  そうとも。その子にも青を見せることができる。この庭には古今のあらゆるバラを備えてある。このバロン・ジロー・ド・ランが案内しよう。




ナレ   ジローは尻尾を立てて、庭を歩いた。俺とテラキは後を追う。ジローは井野原ローズガーデンのオールドローズを集めた一角の前で止まった。




ジロー   カーディナル・ド・リシュリュー。ブルー系のバラではもっとも古い品種だ。




ナレ   紫の菊のような花だった。俺とテラキは花を近づけてにおいをかいで見る。甘い香りがしたが、かすかだった。




ジロー  このとおり、リシュリューは香りが弱い。そこでより新しい品種の出番だな。



ナレ   ジローは少し離れたモダンローズのコーナーへと歩いてゆく。



ジロー  スターリングシルバー。最初のブルーローズといっていいだろう。



ナレ   いかにもバラといった風情の、尖った花びらが高々と纏まっている。ただし、その色はよく見る赤ではなく、朝もやのような薄い紫色をしていた。



ジロー  ただこれも香りが弱い。より新しい品種なら、青の香りもより強まる。



ナレ   少し歩いて、こんどはカップ状に咲いた花の前にやってきた。



ジロー  このターンブルーはこの庭の中で青の色がもっとも強い。香りも十分にある。



ジロー  ほかにも青のバラはたくさんある。その少女が初めて出会う青に相応しいバラがあるはず。好きなものをつんでいくといい。



テラキ  若奥さんから「好きなん摘んでいいよ~」っていわれてるからな~。



ナレ   テラキはそういって借りてきた剪定ばさみをシャキシャキともてあそんだ。



テラキ  で、どれにするんだ?



ナレ   俺はモダンローズコーナーをきょろきょろ見渡した。青はほかのバラと数が少ないとはいえ、この庭にも幾種類もの花木を備えていた。



カリマ  うん?



ナレ   ふと目線を下げてみると、俺のひざあたりの背丈の花木が目に付いた。一回り小さいミニバラが、大き目のハイブリットティの花木の前に植えられていた。



カリマ  こんな小さいものまで。



ナレ   レッドカスケード、ミルキーウェイ、チャーリーブラウン。いわゆるミニバラと呼ばれる、小さなバラが目に付いた。腕時計の中身を思わせる精密な美しさは、大きなバラに負けない主張を挙げているように見えた。



テラキ  ミニバラもいい感じに植えられてるよな。若旦那さんは目立ちにくい小さなバラにも、ちゃんと目が行くように庭を造ってる。



ナレ   昔、ここの若旦那さんがコサージュを作ってくれて、小学生の俺の頭に飾ってくれたことがあった。今日はいなかったそうだが、寡黙な若旦那さんのあの暖かい手をふと思い出した。



テラキ  おっ、小さくても青いのがあるぞ。



ナレ   俺もその一角にあった、小輪の青いバラが気になった。背の低い花木にあわせて、ひざを折る。幼児の前髪を上げるようにそっと花を指で顔に近づけ、香りを確かめた。




テラキ  結構香りもいいな。



ナレ   テラキも同じように香りを確かめていた。この小さなバラのにおいをかいだとき、大輪の青いバラより、この花がキオに相応しいように思えてならなかった。



ジロー  ふむ。たしかに、君らのような若人には、小輪の青いバラというのは相応しいかもしれんな。



テラキ  それって、俺らが青二才ってことかよ?



ナレ   たしかに、青バラの色は蒙古班に似ていなくもない。



ジロー  青いバラは成長と挑戦と可能性をしめす。人は不可能と呼ばれた青いバラをついに作り出した。たぎるような熱情と未来への不安と空よりも広がる展望。小さな花に命の力がはちきれそうにつまるようではないか。



テラキ   んじゃあ、これだな。



ナレ    テラキは若奥さんから借りた鋏でその花を摘み取っていく。




テラキ   あとはこれをキオって子にわたせばいい。喜んでくれるといいな。



ナレ    テラキの表情は晴れやかだった。俺のほうは、このとき、どんな顔をしていたんだろうか。


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