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第84話 戦争狂

連結レガーレ


 片膝をついたクルルが、魔法陣に手を押し当てて『聖句』を唱えると、魔法陣が蒼く明滅し始める。


 中央の円形から流れ出た光が、魔法陣の外へと向けて放射状に描かれた線を伝って走ると、まるで血管に血が巡るかのように、その先に横たわる12枚の上下の角が鋭いダイヤ型の鋼板へと流れこむ。


 光が到達すると同時に、鋼板の表面には、毛細血管のような網目状の文様が浮かび上がり、それはドクンドクンと脈打った。


回転ロタツィオネ


 押し殺す様にそう唱えてクルルが立ち上がると、鋼板がふわりと浮き上がりクルルの肩の高さの辺りを、まるで子供をあやす玩具の様に、ゆっくりと周回しはじめる。


 この12枚の鋼の板こそが、彼女の迎撃装甲(インターセプター)


 これまで多くの敵を葬ってきたこの凶悪な兵器を『平和(フリーデン)』と名付けるあたり、彼女の諧謔(かいぎゃく)趣味が伺える。


 クルルの背後では、同じように鋼板を身体の周りに周回させながら、少女達が次々に立ち上がる。


 但し、彼女達を周回する鋼板の数は『平和(フリーデン)』のそれと比較すれば、4枚とかなり少ない。

 所謂(いわゆる)、量産型の迎撃装甲(インターセプター)である。


 全員が全員、顔の右側、顎から耳に掛けてのラインに民族調(トライバル)な文様に囲まれた数字の入れ墨を施した少女達。


 クルルの直属部隊、断罪部隊(リヒテン)と呼ばれる斬りこみ部隊であった。


「出撃する ハッチを開けろ」


 クルルがそう声を上げると、ガランガランという派手な音とともに前方の壁面がゆっくりと開いて、陽が差し込む。


 一様に目を細める少女達。

 その視線の先には、機動城砦ゲルギオスの城壁があった。


 ハッチの開放と共に激しい風が吹き込み、少女達の髪を揺らす。

 速度を上げて逃げる機動城砦ゲルギオス。

 それを追う機動城砦メルクリウスも現在は高速走行の真っ最中である。


 機動城砦随一の巨体であるゲルギオス。

 それに比べれば、幾分か小ぶりな分、メルクリウスの方が足が速い。


 刻一刻と追い迫って、メルクリウスは現在、ゲルギオスの左を併走する形となっていた。


「総員、滑空体勢」


 身体の周りを周回していた鋼板が一斉にクルルの頭上に寄り集まると12の花弁を持つ一輪の花の様の形となった。


「出撃!」


 クルルの掛け声と共に、少女達は次々に開いたハッチから飛び出すと、頭上で回転する鋼板に吊り上げられる様に急浮上し、ゲルギオスの城壁の上へと飛び移っていった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 クルル率いる断罪部隊(リヒテン)の斬り込みと共に始まった戦闘は、昼過ぎには早くも鎮静化しようとしている。


 城壁上でのゲルギオス軍の抵抗は当初こそ激しいものであったが、断罪部隊(リヒテン)に続いて、メルクリウス兵が次々に屋根付き梯子(サンビューカ)を架橋して突入してくるに至って、ゲルギオス兵は目に見えてその数を減らしていった。


「期待外れもいいところだ」


 クルルは子供の様に頬を膨らませた。


 城壁に密集していた守備兵を打ち破ってしまえば、後は無人の野を行くのも同然。 

残存兵の掃討は、メルクリウス軍本隊に任せ、クルルは断罪部隊(リヒテン)を率いて離脱。


 現在、クルル達は本隊の進軍ルートである中央の大通りから外れ、人気の無い繁華街をゲルギオス城へと向けて進軍している。


 どうやら、代替わりした領主とやらは、ずいぶんと腰抜けらしい。


 当然、ゲルギオスに領主キサラギが不在であることを、クルルは知らない。

 それ故に、城壁で守備する自軍が打ち破られようとしているのに、何のアクションも起こさない。ゲルギオスの新領主に失望していた。


 これが前ゲルギオス伯のゲッティンゲンの爺様ならば、一も二も無く自ら、突撃槍一本を抱えて向かってきたことだろうに。

 あの頑固ジジイは、人間性はともかく戦士としての力量は見事であった。


 クルルは一度だけ矛を交えたことのあるゲッティンゲンを思い出して苦笑する。


 その瞬間、タッタッタッという接地音の短い足音とともに細い路地から飛び出した獣が突然、クルルに襲い掛かった。


 白い牙がクルルの褐色の肌に喰い付こうとした途端、自動迎撃状態の鋼板、その一枚が、鋭い速度で反応して、獣の牙を弾き返す。

 弾かれた獣は、クルリと身体を回転させると地面に着地。

 クルルに向かって威嚇する様に唸り声を上げた。


「ほう」


 クルルは感心する様に声を上げる。


 砂狼(サンドヴォルフ)


 なるほど敵兵の姿が見えないと思えば、こういうことか。


 そうクルルが納得するのと前後して、周辺の路地と言う路地の奥から、無数の獣が姿を現す。


「魔物を兵器として使うとは、なかなかどうして」


 クルルが楽しそうにそう言いながら、自らの唇を舌で舐める。

 それは、舌なめずりする肉食獣の姿、そのものであった。


 何が切欠(きっかけ)であったのかはわからない。

 次の瞬間、獣たちは一斉にクルル達に襲い掛かった。


 しかし、残念ながらその牙はクルルには届かない。

 ギャンと短く声を上げて、地面に叩きつけられる砂狼(サンドヴォルフ)

平和(フリーデン)』の鋼板が単純な周回軌道を外れ、クルルに向かって襲い掛かってくる狼達を的確に叩き落していく。


「行け!」


 獣たちの襲撃が一旦途切れたのを機に、クルルが手を振り上げると、鋼板の幾つかは、その腕の動きに合わせる様にしてクルルの元を離れ、砂狼に向かって飛んでいく。


 鋼板は矢のように、あるいは投擲槍のように、真っ直ぐに飛翔し、弾き返されて立ち上がったばかりの狼の眉間をその鋭角で的確に刺し貫いていく。


 クルルばかりではない。


 彼女に付き従う断罪部隊(リヒテン)の少女達も同様に狼たちを(ほふ)っていく。

 それは、あまりにも一方的な殺戮。

 彼女達を取り囲むように狼たちの死骸が折り重なると、所詮、獣は獣。

 砂狼(サンドヴォルフ)達は文字通り尻尾を巻いて、次々と元来た路地へと逃げ帰っていく。


「まさかこれで終わりではないだろうな?」


 街中の守備を捨ててまで行おうという奥の手が、この程度のものだったとしたら、それはあまりにも拍子抜けというものだ。


 あのいけ好かない義兄の話であれば、このゲルギオスは、以前サラトガと対峙した際には、砂巨人(サンドゴーレム)を繰り出してきたという話である。

 それぐらいは出してもらわなければ、甲斐が無いというものだ。


 しかし、クルルの期待にゲルギオスは応えることは出来なかった。

 なぜなら、当の砂巨人(サンドゴーレム)を操る魔術師シュルツもまた、キサラギと共に不在であったからだ。


 砂狼(サンドヴォルフ)どもの死骸を踏み越えて、半刻後、クルル達は奴隷市場へと差し掛かっていた。

 進軍するクルル達を檻の中から奴隷達が息を潜めながら怯えた目で見つめている。

 家畜であり、資産であり、人間としては扱われない彼らは、一般市民とは違って避難所へと入ることさえ許されない。

 戦火に巻き込まれることになってしまえば、逃げることも出来ず、檻の中でもがき苦しみながらただ死を迎える。それだけの存在だ。


 奴隷市場に入って以来、クルルは(すこぶ)る不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。


 意志も意気地もない、この奴隷という存在が彼女は非常に気に食わない。


 勝ったものが負けたものを蹂躪する。

 それは自然の摂理であり、勝者にはその権利がある。

 おそらく、ここで息を潜めている奴隷の多くは、敗者なのだろう。

 しかし負けた者が負けた者として、死を選びもせず、卑屈にも奴隷の身にあることを受け入れているのが、なにしろ気に食わない。


 物のついでに、殺してやるのがこいつらの為かとも考えたが、手を下すのも馬鹿らしい。自分はそこまで慈悲深くはない。


 クルルは唾を吐き捨てると、奴隷市場を素通りした。


 そして、クルルと断罪部隊(リヒテン)はゲルギオス城へと至る。

 先程まで中天にあった太陽も、西にやや傾きはじめてはいるが、石畳の地面に落ちる影は未だ短く、今日という日はまだ、半分以上も残されている。


 クルル達の到着と前後して、メルクリウス軍本体の姿が中央の通りに見えてくる。

 遠目にも意気軒昂(いきけんこう)、おそらくメルクリウス軍の兵員損耗は一割に満たない。

 それもそのはず城壁の守備部隊を除けば、ここまで大した抵抗もなかったのだ。


 ゲルギオス城へと目を向ければ、城門は閉じられ、城壁の上に居並ぶ兵の姿に既に、籠城の体勢を整えていることがわかる。


 とはいえ内部城壁の高さは高々が5ザール程度、幾らでもやりようはある。

 じっくり腰を据えて、攻城戦を楽しむというのも良い。


 そう考えた途端、義兄(キルヒハイム)の呆れ顔を思い出し、クルルは溜息をつく。

 いくらいけ好かないとはいえ、義兄は義兄。

 とっとと終わらせて、少しは顔を立ててやらねばならないか。


 クルルは(おもむろ)に後ろを振り向くと、断罪部隊(リヒテン)の一人へと声をかける。


「おい、78番。私に「飛翔」を掛けろ」


 入れ墨の番号が彼女の呼称。

 断罪部隊(リヒテン)の兵士達には名前を捨てさせてある。

 彼女達はクルルの為だけに生きて、クルルの為だけに死ぬのだ。


 78番と呼ばれた少女がクルルの背に手を当てて、聖句を唱え終わると、クルルは兵士達へと告げる。


「私が内側から城門を開ける。貴様らは待機。突入の準備を進めておけ」


 領主が一人突入するという、あまりにも常識はずれなその指示に動揺する者は、メルクリウス軍には一人もいない。


「飛翔」を使って飛び上がると、クルルの頭上に寄り集まった鋼の板は、再び花のような形態をとる。

 それに吊り上げられる様にして、クルルは更に一段高く舞い上がり、城壁上の兵士の、その更に上を飛び越えていく。


 宙空から城壁の内側に目をやれば、眼下には短槍を抱えたゲルギオス兵達が行き場もないほどに密集しているのが見えた。


 おいおい、これだけの兵を残しながら籠城(ろうじょう)とは、用兵のイロハも知らんのか?

 

 クルルは呆れかえる。


 援軍の当てがあるわけでもない状況での籠城など、愚かとしか言いようがない。

 留守を預かるゲルギオス軍の将兵も決して無能という訳ではなかったが、キサラギが権限を明確に委譲せずに出て行ったが為に、突然の襲撃に対応することが出来ず、指示系統が混乱を起こしたのだ。


 一両の馬車に御者が二人。


 意見をまとめ切れる者もなく、後手後手に回った結果、戦力を維持したまま城門の内側に押し込まれたというのが実際のところであった。


 ゲルギオス兵が密集するど真ん中へと、クルルは着地する。

 その着地とともに、殺到する敵兵。

 しかし、その切っ先は一つとして、クルルへは届かない。

 クルルの周囲を周回する鋼板が、敵兵の攻撃をひとつ残らず弾き返していく。


「化物か!」


「ハッ、この程度で化物呼ばわりとは失望させるにも程ほどにしてもらいたい。私はまだ剣を抜いてさえおらんのだぞ」


 周囲の敵兵の動揺を他所(よそ)に腕組みして仁王立(におうだ)ちするクルルのまわりで、鋼板が次々と敵兵の剣を()退()けていく。


 誰一人、この少女に毛ほどの傷も与えられない。

 絶望的な思いが、ゲルギオス兵の間に伝染しかけたその時、


「「「火球(フィアンマ)」」」


 ゲルギオス兵の背後から複数の聖句が聞こえると兵士達の頭上を越えて、クルルへと無数の火球が殺到する。


 ゲルギオスの魔術師隊による魔法攻撃。


 巻き込まれてはたまらないと、クルルの周囲のゲルギオス兵達が声を上げて、飛び退き、クルルの周りには一瞬ぽっかりと誰もいない空間ができる。


 激しい爆発音。

 数発の火球の着弾とともに、クルルのいる場所に閃光が走り、轟音に兵達が耳を塞ぐ。

 直撃! 通常であれば、骨も残らないほどの火力。


「やったか?」


 顔を上げる兵士達。

 しかし次の瞬間、ゲルギオス兵達は驚愕の表情を浮かべて、声を失った。


 濛々と立ちのぼった煙が風にさらわれて霧消するとそこには、花の様な形に寄り集まった鋼板が毛細血管のような文様を浮かべながら、焦げ目ひとつなくクルクルと回転しているのが見えた。


 その背後で、さも楽しそうに歯を見せて笑う一人の少女。


「おお、今のはかなり焦ったぞ。さあさあ、もっと、おもしろいモノを見せてくれ」


 兵士達はただ戦慄した。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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