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第78話 愛するということは、信じるということ(後編)

 ゴードンの『ジゲンもどき』を紙一重で回避したナナシは更に2歩、3歩と後ろへと跳び、大きく距離を取りながら、斬られた胸元に目を落とす。

 大丈夫、斬られたのは服だけ。薄皮の一枚も傷ついてはいない。


 今の一撃について言えば、剣線は間違いなく『ジゲン』のそれには違いなかったが、あのタイミングで(かわ)すことが出来たという事自体がゴードンの一撃が『ジゲン()()()』でしか無い事の証左(しょうさ)だと言える。


 ナナシ自身が繰り出した『ジゲン』であれば、今頃、胸を境に身体の上下が今生(こんじょう)の別れを告げていたはずだ。


 距離を取って少し落ち着くと、集中している間は全く聞こえなかった観客席のざわめきが、ナナシの耳へと戻ってくる。

 この決勝までにナナシの試合を見てきた者であれば、たとえ剣の動きが見えなくとも、ゴードンが放ったのがナナシの剣技に良く似た物であったことは判ったことだろう。


 ナナシは考える。

 正直に言って『ジゲンもどき』は()()()()()()

 簡単に真似されたことは確かにショックだが、そんなことよりも今、考えなくてはならないのは、ゴードンが何故(なぜ)ナナシの『ジゲン』を防ぐことが出来たのかということだ。

 この秘密を解き明かさないことには、最悪の場合、攻撃する事それ自体がナナシにとって命取りになることだって有り得る。


「驚いている様だな、新人。お前の考えていることを当ててやろう」


 距離をとって再び愛刀の(つか)へと指を伸ばすナナシを、余裕たっぷりに見下(みくだ)しながら、ゴードンはニヤニヤと笑う。


「俺様はこんなに強いのに、ランキングが第3位止まりなのは何故だろう、そうだな!」


 ビシィッと音を立てて、ナナシを指さすゴードン。

 しかし、ナナシは無反応。

 うん、だってそんな事、これっぽっちも考えて無いんだもの。

 

「図星だな!」


 ナナシが反応しないことを、驚愕のあまり声が出ないのだと勝手に理解して、ゴードンは勝ち誇った様に言い放つ。


「教えてやろう。俺様の眼は特別製なのだ。どんなに早い攻撃であろうと見切ることも出来るし、見た技は、ほぼそのまま真似することが出来る!」


 その瞬間、


「「「「なんだってえぇ!」」」」


 と、観客がノリノリで合いの手を入れた。

 何か、そういうお約束でも有るのだろうか? 

 もしかしたら毎試合、ゴードンは同じ様な事を言っているのかも知れない。


 それはともかく、


 Q:なぜ、ジゲンを防ぐことが出来たんですか?

 A:眼が良いから。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 この秘密を解き明かさないことには……。とか真剣に考えた自分がちょっと恥ずかしくなる。

 そもそも、こういうのって普通、戦っている内に「そうに違いない!」とか確信して、そこから逆転するフラグになったりする物では無かっただろうか。


 しかし、ナナシの困惑を一切(かえり)みること無く、ゴードンはどんどん話を進める。


「さて、こんな無敵(チート)な俺様だが、1位のペリンと2位のブルハーンにはどうしても勝てなかった。ペリンの得物(えもの)は剣が2本、ブルハーンは戦鎚(ウォーハンマー)


 え、なんか想像ついちゃったんですけど、まさかそんなオチですか?


「残念ながら剣一本では、技を真似できなかったのだ!」


 悔しげに奥歯を噛みしめるゴードン。

 それを眺めるナナシの目は、既に氷点下の冷ややかさを(たた)えている。


 真似できなかったので3位。

 まあ、ゴードンより下のランクで、剣以外の武器を使ってる人も多いので、技を真似する力だけの強さではないのだろうが。


 ……やっぱりアホだ、この人。


「しかぁし! 形は違えど、剣は剣。貴様の得物(えもの)が剣である限り、俺様に勝つことなど不可能なのだぁ!」


 腰が心配になるほどにふんぞり返るゴードン。

 観客席の一画、ゴードンのファンと思われる一団からパラパラと拍手が聞こえてくる。

 ナナシはただ呆れ、ウンザリと項垂(うなだ)れると、ゴードンはリアクションを求める様にじっとナナシを見つめてくる。


 なんて面倒臭い人だ。


 ナナシは、それを完全に無視して背後を振り向くと、セコンド席のマレーネへ向かって尋ねた。


「今から武器を変えるのはOKですか?」


「ちょ?! おま! それはズルいぞ!」


「でも、ゴードンさんが武器が違えば真似できないって、自分から言っちゃっただけで、無理に言わせたわけでもありませんし……」


 大慌てのゴードンに冷やかに言い放つナナシ。

 しかし、マレーネが申し訳なさそうに、胸の前で腕を交差する。


「ダメ? あ、そうですか」


 ほぉぉぉと大きく安堵の息を吐くゴードン。


 そこまで、慌てるのなら()らないことを言わなきゃ良いのに。

 ナナシは胸の内でそう(つぶや)く。


 もちろん、武器を変える云々(うんぬん)は、本気ではない。

 流石に少しうんざりしてきたので、少し嫌がらせしてやりたくなっただけだ。


 ナナシの中ではゴードンを攻略する方法は、既に見えている。


 ただ、ゴードンがナナシの技を真似ると言うのなら、これ以上技を出すのは、出来る限り避けたい。

 砂漠の民の剣術を外部に知られていくのは、砂漠の民全体の資産を損なっている事と同義の様に思えるのだ。


 既に真似られてしまった技だけで、ゴードンを追い込むことは出来る。

 しかし勝利を手にするには決め手が足りない。

 先程からナナシの思考は、そこで堂々巡りを繰り返していた。


 最悪、もう一つぐらい技を犠牲にしなければならないかと、溜息混じりに顔を上げたその時、ナナシはゴードンの背後の観客席に(さく)の上に昇って、ブンブンと手を振る人影を見た。


 どう考えても、その人物が手を振っている相手は自分。

 距離があるので、目を細めてその人物を凝視し、それが誰だかわかると同時に、ナナシは思わず声を上げた。


「ヘイザ?!」


 それは、同郷の友人、一つ年下の幼馴染であった。

 あまりにも予想外の邂逅(かいこう)唖然(あぜん)として、見ていると、ヘイザはしきりにヘイザ自身のことを指差している。


「そうか! その手がありましたね」


 その意味するところを理解して、ナナシは表情を明るくした。

 そして、あらためてゴードンに向き直ると、ナナシは言い放つ。


「さて、それではどっちかが倒れるまで()りあいましょうか」


 ナナシのその言葉は脅しでも無ければ、比喩ではない。


 その証拠に、ゴードンが何かを言い返そうと口を開いた時には既に、ナナシは無造作にもゴードンとの距離を詰めていた。

 その距離1ザール、一歩踏み込めば相手に手が届く至近距離である。

 これには流石にゴードンも面食らった。


 そして前触れも無く、いきなり『ジゲン』の一撃を放つ。

 しかし、その至近距離からの一撃さえもゴードンは見切る。


「無駄だ!」


 ゴードンは、ナナシの剣を受け流すと、そのままナナシに向かって剣を振り抜く。 剣先がナナシの肩を(かす)め、薄く血が(したた)った。

 そのまま上段へと剣を振り上げ、次の一撃を放とうとするゴードン。


「ぐっ!」


 しかし剣を振り上げきったその瞬間、ゴードンが苦悶の表情を浮かべた。

 脇腹に鋭い痛み。続いて、だくだくと血が(したた)り落ちる。

 いつのまにかナナシの刀が、ゴードンのわき腹を(えぐ)っていたのだ。


「な、何をした!」


 ゴードンの驚愕に、ナナシは不敵な笑みで返す。


 そこから先は、あまりにも野蛮な闘い。

 例えるならば、獣同士の凄惨な喰らい合いであった。


 何のギミックもなく、至近距離で向かい合った二人の男が、互いに一歩も引かずに、只管(ひたすら)に、ただ斬りつけあっている。そんな無茶苦茶な光景。


 永久機関の様に繰り返される神速の剣技の応酬(おうしゅう)


 まるで空白を嫌うかのように、二人の男の身体にどんどんと赤い色が塗られていく、狂った景色。


 貴賓席の代弁家政婦(メイド)トリシアは、恐る恐る、隣に座っている剣姫の様子を(うかが)う。


 誰がどう見ても状況は(かんば)しくない。

 同じペースで斬り合い続けたなら、体力の尽きた方の負け。

 そして、体力ということであれば、あれだけの体格差があるのだ。

 当然、ゴードンに軍配があがるだろう。


 血塗れになっていく少年の姿に錯乱(さくらん)した剣姫がアリーナへと飛び出して行くのではないかとビクつきながら、しばらく様子を(うかが)っていると、剣姫が時々、クスりと笑うのが見えた。


 これは正気を失いつつあるのではないかと、トリシアは思わず声を掛ける。


「剣姫様、大丈夫ですか?」


「え? 何がです?」


「いえ、ナナシ様が大変ですので……」


 トリシアのその言葉に、剣姫はふっと鼻で笑う。


「大丈夫ですよ。正々堂々と戦って、主様が負けるはずがありません」


「でもこのままでは……」


 トリシアがそう口ごもってしまうと、剣姫はアリーナを見つめたまま静かに口を開く。


「愛するって具体的にどうすることだと思いますか?」


 話の流れが突然変わったことに、トリシアは困惑した。

 愛したら、何をするという事なら、行きつくところは一つではないのか?


「エロいことですか」


「エロを除く方向で」


 即時の却下。

 氷点下の視線で射竦(いすく)められて震えあがるトリシア。

 しかし、この質問でエロ除外と言われると思いつく物は何も無い。

 トリシアは彼氏いない歴=年齢。尚、年齢は非公表である。


 黙り込んでしまったトリシアにふっと笑いかけて、剣姫は言う。


「私は愛するということは、信じるということだと思います」


 トリシアは、ハッと驚いたように剣姫へと顔を向け、その微笑を見つめる。


 そして思った。

 ()()()()()()()()()()


 ちょっと「私、今良いこと言った」という雰囲気を出しているのもいただけないが、はっきり言ってそれどころではない。


 今、剣姫の周囲には、トリシア以外誰も居ない。

 トリシアだって、ここに居ることが仕事でさえ無ければ、今すぐ避難したい。


 なぜなら、剣姫とトリシアのいるこの周囲は、今や()()()()()

 剣姫の内心の動揺が冷気となって、貴賓席一帯に渦を巻いているのだ。

 何というか、もう、ダダ漏れ。

 どうしようも無いほどに、ダダ洩れであった。


 剣姫様、動揺し過ぎにも程があります。

 トリシアはそう思った。


 観客席から見れば、何の芸も無く無心に斬りつけ合っている様に見えるナナシとゴードンではあったが、二人の精神状態には大きな(へだ)たりがあった。


 ゴードンの中に芽生えた(あせ)りは、時間の経過とともに、刻々と身を焼くような苛烈(かれつ)さを増していく。


 つい先程までは、負ける要素は何も無かった。勝てない筈が無かった。にも係わらず、いつの間にかゴードンは凄まじい勢いで追い込まれている。


 ゴードンが余裕を失っていく一方、ナナシには少し余裕が生まれている。

 そもそも、この1ザールという距離での接近戦(インファイト)に持ち込んだのはナナシである。


 それには理由があった。

 最初に『ジゲン』を防がれた時、ゴードンはこう言ったのだ。


(サバ)がなかったら、危ないところだったぞ』


 ここだけ切り出してみると、あまりにもトンチキな発言ではあるが、この発言を裏返してみれば、ナナシのジゲンを打ち返すことは出来ても(かわ)すことは出来ないと言っているのも同然であった。

 ならば、打ち返せない間合いでジゲンを放てば良いだけの話だ。


 接近戦(インファイト)であれば、至近距離であるが故に、ストロークの短さから一撃一撃のダメージはどうしても小さくなる。


 そのため、ナナシは多少斬られることを前提に回避の動きを最小限にすることで、カウンターの速度を増し、ゴードンが剣を引くタイミングに合わせて斬りつけているのだ。


 剣を引きながら攻撃を受けることなど、誰にも出来はしない。

 多少なりとも回避できるナナシと、全くノーガード状態で斬りつけられるゴードンでは、どちらのダメージが大きいかは火を見るよりも明らかであった。


 近くで表情を確認出来る者がいたならば、ゴードンの方が、より必死の形相を浮かべていることが分かるだろう。


「くそがあああああ!」


 ついにゴードンが我慢の限界を迎え、一気に離脱しようとなりふり構わず後ろへ跳ぶ。

 その表情にはもう余裕がない。

 しかしナナシは間合いを外すことを許さない。

 同じ速さで前へと飛び、ゴードンとの距離を維持しながら斬りつけ続ける。


 しかし、ナナシが詰めてくることは、ゴードンも織り込み済み。


「かかったな!」


 高速で詰め寄ってくるナナシへとゴードンは渾身(こんしん)の突きを放った。

 突きの速さにナナシの踏み込む速さが加わって、もはや人間では避けられない一撃となる。ゴードンはそう確信してほくそ笑む。


 腕を(ひね)りながら()じりこむ様に放たれる突きは、岩をも砕く必殺の一撃。

 それはゴードン自身の技なのか、誰かの真似なのか。ナナシには知る由もない。


 しかし、ナナシはそれを待っていた。


 この短い間合いで、バックステップを踏みながら放てる、威力のある攻撃となると「突き」。それしか有り得ないのだ。


 ナナシは、(さや)ごと地面に愛刀を突き立てると、(つか)を踏み台にして宙に舞う。

 虚しく空を切るゴードンの剣先。

 ゴードンの目には、剣だけを残して、ナナシが消えた様に見えた。


 中天の日輪が地面にナナシの影を落とし、その影の主を追ってゴードンが上を見上げたその時、ゴードンの顔面にナナシの膝蹴りが降り注ぐ。


 猛禽類の狩猟を思わせる宙空からの一撃。


 ミシッという音を立ててゴードンの鼻が曲がり、()()る様に後ろへと吹っ飛ぶと、鼻から(こぼ)れ落ちた大量の血が宙にアーチを描く。


 しかしそこで終わりではない。

 ナナシは地面に着地するや否や、仰向けに倒れたゴードンの肩口に飛びつき、自らの足の間に、ゴードンの首と右肩を挟んで一気に締め上げた。


 所謂(いわゆる)、三角締めである。


 ゴードンを追い詰める為にヘイザが提示した手段、それは体術であった。

 ヘイザは体術に関して言えば、砂漠の民でも右に出るものはいない。

 つまり、体術の代名詞として、ヘイザは自分のことを指差したのだ。


 脳に血液が回らなくなれば人間が失神するまでには、三秒とかからない。

 完全に頸動脈を閉ざされて、顔色を赤から紫へと急速に変化させると、ゴードンは泡を吹いたまま動かなくなった。


 静まり返る剣闘場(コロッセオ)

 ナナシは、悠然とゴードンから離れると、パンパンと(もも)のあたりについた土を払い、ゆっくりと拳を(かか)げた。


「勝者、マリスのナナシッ!!」


 会場のアナウンスが響き渡ったその瞬間、爆発するように歓声があがる。

 剣姫は貴賓席からアリーナへと飛び降り、セコンド席のマレーネも負けじとナナシの方へと走り寄る。

 しかし、誰よりも早く、ナナシにしがみついたのは、この二人では無かった。


「ぶ、無事でぇぇぇ! よ、よがっだよぉお!」


「へ、ヘイザ?!」


 それはナナシと同じ白いフードマントを羽織った少年。

 ナナシにしがみついたまま、顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪ませながら号泣する小太り気味の少年の姿に、どうして良いかわからず、立ち尽くす剣姫とマレーネ。


「主様、その方は……?」


「えーと……幼馴染なんです」


 そう言いながら、ナナシは苦笑する。

 ただ、その表情はとても嬉しそうに見えた。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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