第8話 戦闘配備!セルディス卿に出撃を請え!
「申し訳ございません!」
息急き切って、キリエが慌ただしくミオの執務室に駆け込んできた。
テーブルには、すでに主だった幹部が席についている。
ミオを中心に、家宰ボズムス、魔術師シュメルヴィ、将軍メシュメンディとグスターボ。それに加えて前回欠席していたキルヒハイム書記官の姿も見える。さらに、どう見ても幼女にしか見えない女の子が、メシュメンディの膝の上に座って、足をぶらぶらとさせていた。
「キリエが遅れてくるとは、珍しいこともあるものじゃな」
ミオが苦笑する。
「本当に申し訳ございません。散髪に手間取りまして……。」
「散髪?」
その場にいる人間が、一斉にキリエの髪へと視線を向けるものの、特に変わった様子もなく、頭をひねる。
「あ……いえ、さんぱつ…さ、そう、些末な用事に手間取りました、はははっ」
キリエの様子に不自然さは感じるものの、特に追求する類のものでもないと判断してミオは話を打ち切る。
「……まあ、良いわ。それでは、シュメルヴィ頼む」
「かしこまりましたぁ」
甘えた声で、そう言うとシュメルヴィは、おもむろに、自分の胸の谷間に指を入れ、あん、という色っぽい溜息とともに、折りたたんだ地図を取り出す。
ボズムスとグスターボは胸元をガン見、メシュメンディは幼女に目を突かれ、身悶えている。キルヒハイムは手元の書類に目を落としたまま気付いてもいない様だ。
「キリエ!」
「ハッ!」
「思ってることを言ってみよ」
「ハッ! 引きちぎってやりたいです」
「うむ」
これはミオとキリエのいつものやりとり。所謂、お約束という奴である。他の人間もいちいち反応はしない。
そんな周囲の反応を気にすることもなく、シュメルヴィは丁寧に地図を広げると、対角の2つの隅へと手をかざす。
「所在を告げよ」
厳かに聖句を口し、探知の魔法を発動させる。
途端に地図の中からせり上がるようにして、9つの光点が現れた。
光点は地図の左半分に2つ。あとは全て右側に集中している。
「これがサラトガ」
シュメルヴィが、左半分の光点の一つを指さす。
「そしてぇ、これがゲルギオス……のはずなんですけどぉ」
「なんじゃ、弱々しいのう」
それは今にも消え入りそうな光点。
しばらく見ている間にも明滅を繰り返し、それはいつ消えてもおかしく無いように見える。
「魔晶炉がほぼ停止してるみたいですねぇ、西に150ファルザング(約750キロメートル)ほどのところでぇ、停泊していますぅ。サラトガとの相対距離を考えるとぉ、昨晩の内に停泊したっぽいですねぇ」
「ここまで魔晶炉を停止させてしまったら、再起動に半日はかかるだろう」
「そうですねぇ」
「このまま停泊していてくれれば、明日の朝には追いつく」
ミオはしばらく考え込んだ末に、意見を求める。
「ボズムスよ。お主はどう見る」
「ふおっ、ふおっ。何らかのトラブルが起こっていると考えるのが自然でしょうなぁ。ゲルギオス伯は、謀に長けた方ではありませんし」
「まぁそうじゃな。ゲッティンゲンの爺さんは、正面突破がお好きじゃからな」
「ミオ様は会ったことが、お有りなんでしたな」
「ああ、幼少の頃に父様について行ってた諸侯会談の席での。まったく、大人げないジジィでな。無茶苦茶怒られたわ」
「怒られた?」
「大層な鎧を着ておったんで、ジジィが脱いだ隙に、籠手の中にミンチを詰めて、弱火でじっくり焼き上げてやったんじゃ」
「それは、普通は怒りますな」
グスターボが頬をヒクつかせながら感想を洩らし、一斉に皆うなづいた。
「他の諸侯にはウケたんじゃがな」
みんながキリエを見ているのは、ツッコめという気持ちの表れなのだろう。
「じゃが、言われてみれば、ここまで逃げ続けているのは、あのジジィらしくないのう。いや、それ以前に最初の奇襲からして、らしくない」
考えてみれば確かにそうだ。正面突破を好む人間が奇襲などという手段をとるだろうか? あの時は、城砦内への侵入まで許してしまうという不覚をとった。もしセルディス卿を食客として抱えておらなかったらと考えて、ミオは身震いする。
「知らぬ間にゲルギオス伯は代がわりしておるかもしれんのう」
「ふおっふおっ、なるほど、そういうことでございますか。ならば、ますます、罠の可能性が高くなりましたな」
「キリエ、そちはどう思う。」
「ハッ! 弟もいいなと思います」
「なに言ってんの?!」
呆けるような表情で口走るキリエ。どうやら軍議の途中から妄想があらぬ方向に加速していたらしい。
「娼にツッコませるとは……。そちもやってくれるではないか」
「ふおっふおっ、新しいゲルギオス伯はもしかしたら、首都の座を狙っておるのかもしれませぬな」
対抗心を燃やしてボケはじめようとするミオの様子を察して、ボズムスがすかさず話題をすり替えた。
さすがは先代から長く仕えているだけあって、主の気性を熟知している。
「首都を狙うのであれば、中央に打って出るのが道理ではないのか?」
「最終的には、全ての機動城砦を傘下におさめる必要があります。ですので手始めと考えれば何もおかしなことはございません。」
書類から顔を上げて、キルヒハイムが冷静に所見を述べる。
「ふおっふおっ、ましてや、首都を狙うのであれば、最大の障害になるのは……」
「……セルディス卿を擁する、わがサラトガじゃのう」
嘆息するようにミオが言った。
「ならば、いっそのこと、我らが首都の座を狙ってはいかがか!」
グスターボが、焚き付けるように声を上げる。
しかし、ミオは小さく頭をふる。
「娼はそんな器ではない。父様から引き継いだこのサラトガで娼の両の手はすでに一杯じゃ。盟主の座なぞ、誰にくれてやってもかまわん。我がサラトガの独立不羈さえ守れればな」
グスターボがつまらなさそうな顔をして、振り上げた拳を降ろす。
「この話は、これでおしまいじゃ。いずれにせよ、明朝にはゲルギオスとの戦闘になるじゃろう。各自怠ることなく支度せよ!」
各自が席を立ち始めたところで、ミオはキリエに向かっていう。
「そうじゃ、ナナシはどうしておる」
「ハッ! ナナちゃ……あのクソ虫は、ミリアについて練兵場の清掃に従事しておるはずであります」
「ななちゃ?」
「え、いや、あの……」
「まあ良いわ。明日、ゲルギオスと接触ということになれば、あやつの妹を奪還する段取りも打ち合わせねばなるまい」
幹部たちが、扉に向かって歩きはじめたその時、慌ただしく兵士が一人、扉を開けて飛び込んできた。
「報告いたします!」
「なんじゃ?」
「城砦内に大量の不死属性怪物が発生。数百体にも及ぶ骸骨が一か所から溢れだしております。現在、第二軍にて周辺を封鎖、迎撃を開始しております」
「なんじゃと! 場所は?」
「練兵場であります」
「なっ?!」
顔を蒼白にして、膝からくずれおちるキリエ。
その姿を一瞥してミオは声をあげる。
「戦闘配備! これより全軍を娼の指揮下とする! グスターボは第二軍の指揮を執れ、メシュメンディは第一軍にて城砦内部を警戒配備。シュメルヴィは「主よ憐れみたまえ」を使える魔術師を集合させるのじゃ! ボズムス! セルディス卿に出撃を請え!」