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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第3章 かくてサラトガは首都へと向かう
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第68話 何をどうやっても無駄だと思うけどね。

 音を立てて立ち昇る火柱。

 つい先程まで見えていたローダ城の尖塔が轟音とともに崩れ落ち、黒煙に巻かれながら、城壁の向こう側へと消えていく。


 ざわめき、悲嘆(ひたん)、怒号。

 浮き足立つローダ兵の間を飛び交う負の感情に満ちた声が、サラトガの外壁の内側を満たしていき、統制を取り戻すべく叱咤(しった)する部隊長の物と思われる声は、空しくざわめきの中に飲み込まれていく。


 帰る場所が無くなる。

 その事実は、ローダの兵達を恐慌(きょうこう)状態へと(おとしい)れるには充分であった。


 兵達の心の混乱を映したわけでは無いだろうが、空をも焦がす炎と黒煙がサラトガ全域に陰影を落とし、複雑な文様をローダ兵達の上に描く。


 そして、まるでその陰影に絡み取られているかの様な苦しげな表情で、ローダ伯は歯を食いしばり、目を伏せた。


「……サラトガは魔物でも飼っておるのか」


 ローダ伯が苦しげな息の下、(あえ)ぐように呟いたその言葉は、城壁の方から響いた屋根付き梯子(サンビューカ)がバキバキと引きちぎられる音にかき消される。


 火柱は次第に遠ざかっていき、赤く染まった空も次第に後方へと流れていく。

 どうやら機動城砦ローダは、その動きを停止し、接舷していたサラトガから引き剥がされて、砂漠に置き去りとなった様だ。


 狂乱するローダ兵。

 城の壁面に空いた大穴から、その一部始終をふんぞり返って、睥睨(へいげい)するお団子頭のサラトガ領主ミオ。


 その傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度とは裏腹に、その胸の内は、ただただ(あせ)りまくっていた。

 ただ、その焦りを相手に悟られてはならないと、意識した結果がこの態度であった。


 なにしてくれとんのじゃ! あのアホ剣姫!


 胸の内でミオが毒づく。


 ミオが命じたのは、ローダ城の占拠であって破壊ではない。

 機動城砦ローダを占拠し、人質(城質?)として交渉を進める。そういう算段であったのに、これでは折角(せっかく)捕えた人質をいきなり殺害したようなものだ。

 そりゃあ命じた方もビックリする。


 青い方に依頼すれば巨大クレーターを作ってサラトガの進行を阻み、赤い方に依頼すれば、占拠するはずの城が崩壊する。


 もう、なに? この蛮族。

 剣姫じゃなくて蛮姫(ばんき)とでも、呼称変えた方がいいんじゃね?


 ミオの中で剣姫に対する怨嗟(えんさ)の声が止まらない。


 燃え盛る機動城砦ローダ。その姿が遠ざかっていくに連れて、眼下のローダ兵のざわめきも落ち着きを取り戻していくように見えた。しかし同時に、ミオを見上げるローダ兵達の視線が激しい殺意を帯びていくのがわかる。


 約5000人からの殺意に満ちた視線を一身に浴びて、流石のミオも身震いする。


 いや、まってホント。こんな筈では無かったのじゃ。


 背中を冷たい汗が(したた)り落ち、喉元から弁解の言葉が今にも飛び出しそうになるのを押し留めて、ミオは傲岸たる態度を維持。むしろ意識して反り返り過ぎたため、ほとんど背筋運動の様相を呈している。


 しかし、実際問題として、このまま放っておけば帰る場所を失ったローダ兵達は、死に物狂いでサラトガを攻略しにかかるだろう。


 誰が悪い。YES! 『赤いの』が悪い。


 しかし、いつまでも『赤いの』を攻めている場合ではない。


 とにかく状況は変わったのだ。

 ミオが使える武器は結局、どう転んでも自分の三寸の舌のみ。

 ミオは頭の中で、交渉のストーリーを再構成しはじめる。


 ローダの城自体は燃えているが、魔晶炉が生きておれば、ローダの再生は可能。

 死んでさえいなければ人質として扱うことは可能だ。それがたとえ瀕死であったとしてもだ。

 魔晶炉が生きている保障はないが、その前提で交渉を持ちかけるより無いだろう。


 いけるじゃろうか? 


 自分自身への問いかけに、心の奥底から「大丈夫じゃ!」と力強い返事が返ってきた。


 すうと大きく息を吸い、ミオは改めて眼下の敵に告げる。


「貴様らの帰るところは既に無くなった」


 分かり切ったことを改めて告げるその言葉にローダ兵達は(まなじり)を吊り上げ、怒りの声を上げる。

 しかし、ミオはその様子から目を逸らさずに見回した後、ローダ伯へと視線を移す。


「……と思っておるじゃろ、ローダ伯。しかし、本当にそうか?」


 ミオの言葉の真意を(つか)みかねて、ローダ伯は怪訝(けげん)そうな顔をし、兵達の間にざわめきが広がっていった。


「何が言いたいのだ」


 フッと鼻で笑って、ミオは口を開く。


「確かにお主らの城は燃え落ち、機動城砦ローダは停止した。

 魔晶炉はまだ生きておるじゃろうが、皇王陛下の命に背いてこのサラトガを襲った貴様らは既に自ら反逆者の汚名を被っておる。

 たとえこのサラトガを打ち倒したところで、首都に救援を求めることもできず、このまま砂漠の真ん中でのたれ死ぬ運命じゃな」


「だから貴様らを倒すのは無益だと? そう言いたいのか?」


「結論を急ぐな、粗忽者(そこつもの)


 ローダ伯の吐き捨てるような問いかけを、ミオは表情も変えずにいなし、決定的な一言を口にする。


(わらわ)は、貴様らが反逆者であるという事実を()()()()()()にできる」


「なんだと?」


(わらわ)の提案に乗れば、貴様らは反逆者では無くなると言っておるのじゃ」


「馬鹿な! どうやってそんなことが出来るというのだ!」


「馬鹿は貴様じゃ。(わらわ)がこの三寸の舌で、ゲルギオスを撤退させるのを見たであろう? それを貴様らの為に首都の連中に対して使ってやろうというのじゃ。(むせ)び泣いて感謝してもばちは当たらんとおもうぞ」


 その言葉を聞いたローダ兵達はあからさまに落胆した。

 もしかしたらと期待してしまったのだ。

 しかしどうだ、聞いてみれば、結局子供の戯言(ざれごと)

 反逆者のサラトガ伯が、ローダは反逆者ではないと首都の人間を説得すると来たものだ。首都にサラトガ伯の言葉を信じる者などいるはずがない。


 ローダ伯は肩を(すく)め、哀れむような目をミオに向けた。


「呆れたぞ、サラトガ伯。言葉の重みと言うものはまず、誰の口から出た物かで決まる。貴公の言葉に耳を傾けるものなどおる訳がなかろう」


 しかし、ミオは意にも介さず言い返す。


「なんじゃ、存外あほうでは無い様じゃな。貴公の言うとおり誰の口から出るかが重要じゃ」


「ならば…」


 ローダ伯がそう言いかけたのを遮ってミオが言葉を叩きつける。


「皇家直属の代官」


「何だと?」


「皆まで言わすで無い。これ以上愚物(ぐぶつ)呼ばわりされたくはあるまい?」


 ローダ伯が目を伏せて押し黙った。

 ミオの言わんとしていることが正しく伝わったのだろう。

 その様子を満足げに見下ろしながら、ミオは交渉へと入っていく。


「我々が押さえている人質は二つ。機動城砦ローダとストラスブル伯。故に要求も二つじゃ。

 まず一つ目は、サラトガから撤退し、以降少なくとも(わらわ)の裁判が終わるまでは(ほこ)を収めること。これを守れるならば、貴公らを反逆者の立場から解放し、サラトガがローダを首都の修繕施設まで曳航(えいこう)することを約束しよう」


 ローダ伯がゆっくりと目を見開く。

 迷っておるな……。ローダ伯の様子をミオはそう見た。


「もう一つは裁判における多数決において(わらわ)の無罪に票を投じること。これを守るならば、裁判の後、ストラスブル伯を解放しようではないか。もしサラトガに本当にストラスブル伯がおるならばじゃがな」


「……ストラスブル伯の解放が先だ」


「貴公はあほうか? 貴公が(わらわ)に無罪の票を投じる理由を何故(なぜ)手放さねばならん」


「ならば一目で良い。ストラスブル伯の姿を見せてくれ!」


 ローダ伯のその要望は一種悲痛な響きを孕んではいたが、ミオはそれを一蹴する。


「もう一度言うぞ、貴公はあほうか? (わらわ)は最初からストラスブル伯は此処にはおらんと言っておるじゃろうが、おらんものを見せられるはずがないじゃろうが!」


 なんたる矛盾。

 ミオは、ストラスブル伯を人質としながら此処にはいないと言うのだ。

 困惑しながらも、ローダ伯はミオのその矛盾を問いただす。


「裁判の後、ストラスブル伯を解放する。そう申したではないか!」


「解放するとも、ここにおるならな。魔法でそう強制してもらってもかまわんぞ。それとも貴公は、サラトガにストラスブル伯がおらんということを認めるか?」


「それは、有り()ん!」


「ならば、見せろなどとは無粋の極みじゃな。それとも自信がなくなったか? ソレはマズい、マズいのぉ~。本当はストラスブル伯がおらんとなれば、貴公がサラトガを攻めた大義名分が無くなる。ただの賊に成り下がるぞ」


「ぐっ!」


 魔法でストラスブル伯がサラトガに幽閉されていると思わされているローダ伯はその考えを修正できない。あからさまな矛盾を突きつけられても、そこを変えることができないのだ。ミオはそこを突いた。ストラスブル伯は居ないという事実を告げつつ、ソレを人質とした。そして追い詰めるだけ追い詰めて、極まったところで、ローダ伯へと救いの手を伸ばす。


「それに考えてもみよ。裁判が終わった後ならば、貴公がサラトガを襲ったところで反逆者となることはない。いや、それ以前に貴公が無罪に票を投じたにも関わらず、(わらわ)が死刑になった場合にも、必ずストラスブル伯を解放しようではないか。もしサラトガにストラスブル伯がおるのであればな」


 そして最後に、相手の頭の中に描かれているであろう絵に直接手を加える。


(わらわ)が見る限り、貴公の振る舞いは英雄譚の主役のようじゃが、姫を助けて終わりならば、それは英雄譚ではなく、御伽噺(おとぎばなし)じゃろうが、そういう幼稚な物語が好みならばかまわんがのう」


 ローダ伯がハッとするような表情をみせ、そして面白がるような表情へと変わる。


「よかろう。貴公の口車に乗ってやる。契約はどうする書面でも残すか?」


「必要なかろう。貴公が約定を(たが)えればストラスブル伯は死に、(わらわ)が約定を(たが)えれば、貴公は再び兵を出す。それで充分じゃろう」


「うむ」


 ローダ伯は重々しく頷き、周囲の兵達は安堵の息を洩らした。


「では、ローダが停止しているところまでサラトガを戻らせよう。我々もローダへと送り込んだ野蛮人を一匹回収せねばならんからな。貴公らは城門のあたりで待機しておるが良い」


 ローダ伯は無言で頷き、ミオは言うだけのことを言うとスカートの裾を(ひるがえ)して大穴の奥へと消えていく。


 そして、ローダ兵達から見えないところまで来ると、ミオは床の上にペタンとへたり込むのだった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ミリアがミオの元へと辿り着いた頃、ミオとローダ伯の交渉は既に大詰めを迎えていた。


 ミオの背後で息を殺して交渉の行方を追う内に、ミオが交渉をまとめきることを確信したミリアは、音を立てない様に席を外し、艦橋(ブリッジ)の直ぐ隣り、普段誰も使用していない空き部屋へと向かった。


「ニーノちゃん。代官さんの様子はどう?」


 扉を開けるなり、ミリアは其処(そこ)にいる赤髪の幼女にそう声を掛けた。


「ヤー。うるさい、静かにした」


 ミリアは、その返答の意味がわからず首を捻ったが、地面に転がってる男の有様を見て、すぐに納得した。


「ああ、五月蝿(うるさ)かったから猿轡(さるぐつわ)をしたってことだね」


「ヤー」


 胸を張るニーノの頭を撫でて、ミリアは床の上に転がる男の脇にしゃがんだ。


「こんにちは、代官さん。ちゃんとお話したことは無かったよね。ボクはミリアっていいます」


「ううー」


 猿轡(さるぐつわ)の間から苦しげに息を洩らしながら、ピピンはミリアを睨みつけると、腰を跳ね上げて暴れる。


「あ、猿轡(さるぐつわ)が苦しいのかな。後で外してあげるから、まあ、まずはボクの話を聞いて欲しいな」


「うううううぅううう!」


 ミリアの言葉など耳に届いていないかのように暴れ続けるピピン。

 ミリアは一つ溜息をつくと、あらためて張り付いたような笑顔をつくり、ピピンの耳をつまむとギリギリとそれを引っ張り上げた。


「聞こえなかったのかな? それともたかが家政婦(メイド)の話は聞く気にならないってことなのかな?」


「うう!うう!!」


「ここで話を聞くかどうかが、代官さんが生きるか死ぬかの分かれ道なんだけど?」


 その言葉にピピンの動きがぴたりと止まる。


「うん、賢明だね」


 ピピンの耳からゆっくりと手を離すと、ミリアはピピンの鼻先へと指を突きつける。


「まず、代官さん。代官さんの置かれている状況を出来るだけ正確に伝えるね。変な希望とか妄想を抱くと判断を誤るから、出来るだけ客観的にね」


 そう前置きしてミリアは、まず指を一本立てる。


「まず一つ目は、代官さんが連れてきた皇家の正規兵は全滅して、誰一人生きてませーん。言いかえればサラトガ内に代官さんの味方は一人もいないってことだね」


 そしてもう一本指を立てる。


「次に二つ目だけど、代官さん。キミ、ミオ様をボコボコに殴ったよね。あれは、(まず)かったね。

 代官さんは知らなかったんだろうけど、このサラトガにおいてミオ様は一種の偶像(アイドル)なんだよ。それはもう、皇家のお姫様なんて足元にも及ばないぐらいね。

 つまり兵士は元より、サラトガの住人一人残らず、隙あらば代官さんをぶち殺したい。そう思っているってことを理解してね」


 頬を引き()らせるピピンへ、ずいっと顔を突きつけてミリアはニヤリと口元を歪める。


「もちろんボクも代官さんには出来るだけ(むご)たらしい死に方をして欲しい。そう思ってるよ」


 ピピンは喉の奥の方でヒッと小さな声をだした。

 その様子を満足げに見下ろしながら、ミリアは三本目の指を立てる。


「最後に、既にゲルギオスは去り、ローダとも条件付きとはいえ、交渉が成立。代官さんの処遇をどうするかを考える段階に来たと思って良いよ。まあ、処遇とはいっても、処刑方法についてだけどね」


 ピピンの顔は引き攣り、目尻に涙の玉が浮かんだ。


「で、ここからが本題。死にたくなければって奴だけど、聞く気ある?」


 ピピンはブンブンと力いっぱい頷く。


「役に立ってくれれば約束するよ。ボクやミオ様を含めてサラトガの兵は、()()()()()()()()()()()()()ってね。そのつもりで聞いてね。まず代官さんには、首都に今回の顛末(てんまつ)をこう報告してほしいんだよ」


 ミリアはそう前置きした上で一つ一つ言い含める様にしてピピンに伝えた。


「サラトガを襲撃したのはゲルギオス。これによって皇家直属の兵は全滅。代官さんの指揮の下、サラトガ軍がこれを迎え撃ったが劣勢に陥った。

 そこへ救援に現れたのが機動城砦ローダ。ローダ軍とサラトガ軍で協力してゲルギオスを撃退するも、機動城砦ローダは壊滅的な打撃を受け走行不能に陥った。

 サラトガは、ストラスブル・ローダの二つの機動城砦を曳航するため、巡航速度が大きく低下。首都への到着が一週間遅延することになります。ってね。」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 艦橋(ブリッジ)精霊石板(モニター)に映し出されているのは、ローダを曳航するための鋼線の設置作業の様子。

 サラトガの後ろにストラスブル、そのまた後ろにローダが縦一列に並ぶ。

 機動城砦が3つ並んで移動するというのは前代未聞の出来事であろう。


「2つも機動城砦を曳いてサラトガの魔晶炉はもつのか?」


「速度は大きく落ちますが、それ以外には問題はないはずです」


「うむ、よろしく頼む」


 ミオが工兵長とやり取りをしている内にドアが開いて、ミリアが入ってきた。


「こっちも終わったよ」


「問題は?」


「あー大丈夫、大丈夫。代官さんってやっぱり中央では、そこそこ偉い人なんだね。一言一句、ボクの指示通りに報告してもらったけど、疑問をもたれることもなかったみたい。オールOKさ」


「ふむ、あとは代官殿の処遇をどうするかじゃのう」


 ミオは肘掛けに肘をついたまま考える素振りをみせる。


「そうだね。このままサラトガ城に置いといたら、たぶん兵士の誰かがが暴発的に殺っちゃうんじゃないかな」


「それはその兵士が可哀想じゃ。立場的に処罰せんわけにいかんからのう……。代官殿には悪いが、城外に別邸を用意してそこに軟禁(なんきん)ということで我慢してもらうとするかの」


「ミオちんはそれでいいの? あんなにボコられたのに?」


「そうは言っても、傷一つ残っておるわけではないしの、代官殿には代官殿の立場というものがあったのじゃろうと思うぞ」


 ミリアは呆れたと言わんばかりに肩を竦めて両手を広げる。


「ま、ミオちんがそれで良いって言うんなら別に良いんだけど、()()()()()()()()()()だとおもうけどねー」


 そのミリアの言葉を追うように ミオの足元あたりから小さな声が聞こえた。


「あ、あのう……」


 そこには、例によって正座させられているヘルトルードの姿があった。


「も、もうそろそろ正座を止めても、ええんちゃいますか…ね?」


 随分、足がしびれている様でヘルトルードは苦悶の表情をうかべていた。

 その様子を見たミオが苦笑しながら、ニーノ!と声を掛ける。


「がってん?」


 なぜか疑問形で応じてニーノがきゃっきゃとはしゃぎながら、細い棒でヘルトルードの足の裏を突きはじめる。


「アカン! アカンて!」


 身を(よじ)らせて逃げ惑うヘルトルードに容赦なく襲い掛かるニーノ。

 ひたすら繰り返されるアカンという声を聞き流しながら、ミオはミリアへと顔を向け、口を開いた。


「さて、あとは首都へとたどり着いて、粛々(しゅくしゅく)と裁きを受けるだけじゃの」


  ◇  ◇  ◇  ◇   ◇


「……今に見てなさいよ」


 周囲を囲む警護の兵達に聞こえない様、小さな声でピピンは(つぶや)いた。


 あのクソガキ領主もアホイケメン領主も、首都に着いたら洗いざらいぶちまけて断罪してやる。

 皇家直属の代官である自分を、こんな目に合せた罪を思い知らせてやるのだ。


 ミオから割り当てられた別邸へと向かう途上、サラトガ伯、ローダ伯の二人を自分の足元で踏みつけにする光景を思い浮かべながら、ピピンは口元を歪める。


「別邸には、最高級のソファーとワインは用意されてるんでしょうね」


 ピピンのその問いかけに、警護の兵達は何も答えない。

 ただ粛々(しゅくしゅく)と表情を崩すことなく、ピピンを囲んで歩き続けている。


 通りを歩くピピンを見かけた町の人間は眉を(ひそ)め、あるものはピピンを睨み付け、あるものは唾を吐き捨てる。


「ちょっと! 庶民のくせに代官たるこの私にあの無礼な振る舞い! アンタたちが叩きのめすのが筋でしょうが!」


 警護の兵士達へと喚き立てるピピン。しかし兵士達はピピンの言葉が一切聞こえていないかのように、相変わらず粛々と歩き続けている。


 次第にピピンと兵士達の周りに、人が増えていき、とり囲むようにして一緒に歩き続けている。そこには商人や大工、町娘や買い物籠を持った婦人、(すき)を携えた農夫、腰の曲がった老人も居れば、まだ幼い子供達の姿も見えた。


「な、なに? なんなの?」


 その一人一人が醸し出す剣呑(けんのん)な雰囲気を感じ取って、ピピンは怯えた表情を見せる。そして、サラトガ城から随分と遠ざかったところで、兵士達は突然足を止めると、ピピン一人を置いて、この人垣の外へと出て行ってしまう。


「あ、あんた達! アタシを警護するのが仕事なんでしょう! アタシの楯になりなさいよ!」


 次第に狭まっていく人垣の中で、ピピンは悲鳴じみた声を上げる。

 それに応えて兵士の一人がぼそりと呟いた。


「我々は()()()()()()()()、と言われておりますので」



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 別邸へと移動する最中、皇家直属の代官ピピンは行方不明となった。

 民衆に囲まれていたとの目撃談もあるが、ピピンを護衛していた兵士達は口を揃えて否定した。

 かくして、ピピンの失踪は、サラトガ内に残留していたゲルギオス軍の残党によって拉致された可能性が高いものとして処理された。


 数日後、サラトガの最後尾から廃棄されるゴミの山の中に、息も絶え絶えに喘ぐ男の姿があった。


 その顔を見た清掃員の親方は、不機嫌そうに唾を吐き捨て、「今日は生ゴミの日じゃねぇぞ」と呟きながら、ゴミを放出するためのハッチを開いた。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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