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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第3章 かくてサラトガは首都へと向かう
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第63話 本日の釣果は、間抜けな領主が二匹

 陽はすでに西へと傾きはじめ、サラトガ城の長く伸びた影が、睨み合うローダ軍とゲルギオス軍の間に落ちている。


 このまま夜戦に突入するのは、おそらく三軍ともに避けたいところであろう。

 夜間戦闘で三軍入り乱れての乱戦ともなれば、同士討ちのリスクが跳ねあがることは避けられない。

 たとえ戦闘に勝利したところで、被害の大きさは昼間戦闘の比ではないだろう。


 表情にこそ全く表れてはいないが、ローダ伯の悩みは深い。

 愛しいファナサードの救出まで、もう一歩というところまで迫っていながらも、ここへ来て身動きが取れない状況に(おちい)っているのだ。

 右手にサラトガ城を(にら)みながら、左手にゲルギオス軍を見据えての布陣。

 三(すく)みの様相。

 それがローダの現状である。


 一度は、城壁まで押し返されたものの、増援を投入するとサラトガの重装歩兵(ファランクス)隊はあまりにもあっさりと撤退を開始した。その呆気(あっけ)なさ故に、ローダ伯はここまで誘い込まれたという自覚がある。


 この状況で考え得るサラトガの(たくら)みとしては、ローダとゲルギオスを(あい)(あらそ)わせて、両者が疲弊したところに襲い掛かる。精々(せいぜい)そんなところであろう。


 ローダ伯は無表情のまま、左右の侍従に指示を与える。


「兵達を抑えておけ、ゲルギオスの目的はわからんのだ。無暗に挑発させるな」


「ハッ!」


 その言葉は左右の侍従から伝令兵へと伝えられ、伝令兵はその指示を(たずさ)えて、ローダの陣内を走り回る。


 この現状に至ってローダ伯は()()()()()をしなかった自分の判断には満足していた。


 疲弊しきっているサラトガ軍はもちろん、ゲルギオス軍の兵員を見回しても、高々1000人規模でしかない。

 仮に両軍を相手取って戦うことになったとしても、ローダの全軍を動員し3000名を超える大部隊を動かしているのだ。充分に渡り合えるはずであった。

 しかしそれは最後の手段。今はまだ様子を見るべきであろう。


「先に動いたら負け……か」


 ローダ伯は一人そう呟いた。


 一方、ゲルギオスの陣内に領主、キサラギの姿はない。


 (もっと)も、キサラギが親征していたとしても、実績の無い小娘の姿でしかない彼女では、逆に兵士の不安を(あお)る結果にしかならなかったことだろう。


 今、キサラギはゲルギオスの艦橋(ブリッジ)で焼き菓子を頬張りながら、(ひじ)をついて、いかにもつまらなさそうな表情で精霊石板(モニター)を眺めている。


「動きそうにないなぁ……。かといってこっちが動くと損しそうだし。つまんないことするよね。サラトガの人達も……」


「まあ、この状況では、ローダと我々が潰しあうことを期待するより他に、サラトガが生き残る(すべ)はございませんから」


 キサラギの(つぶや)きに、すぐ傍に(はべ)っている魔術師らしき男が答える。


「そんな見え透いた手に乗る訳ないのにね……。まあいいや、最悪砂巨人(サンド・ゴーレム)出して、両方とも潰しちゃうから準備だけはしといてね」 


 キサラギのその言葉に、魔術師らしき男は深く頭を下げて応じた。


 睨み合う三者の兵力としては、ローダの約3000名が数字の上では最も大きかったが、その内訳はというと、予備役の老人や少年兵までかき集めた、まさに総力といった風情。


 対するゲルギオスは兵員こそ約1000名程度ではあったが、その背後には、増援として送り込まれ、(くびき)に繋がれた砂狼(サンドヴォルフ)巨大蠍ジャイアントスコーピオン数体の姿があり、実質としては、ローダ伯が考える以上に、戦力は拮抗している状態といえる。


 それに比べれば、サラトガの兵力は極めて小さい。城壁というアドバンテージが無ければ今すぐにも滅ぼされていることだろう。

 城壁の内側ではペネルが、必死に軍の再編成を行っているが、第二軍を中心に重傷者も多く、戦列に復帰できる者もけして多くはない。

 かき集めて300。それが今、サラトガが投入できる人員の数であった。


 この三者がこの形で布陣してから、すでに一刻が経過しようとしている。


 その頃、サラトガ伯ミオはキリエとアージュを従えて、自室の扉の前に立っていた。


「釣り上げるのは、ゲルギオスの方じゃったな」


 ミオのその言葉に、キリエとアージュが無言で頷く。


「ヘイザの準備はどうじゃ」


「ミリアの案内で現在、下層フロアに向かっております。あと半刻ほどかと」


「そうか」


 頷きながらミオが扉を押し開いた途端、部屋の方から廊下へと向かって、一陣の風が吹き込んでくる。


 ミオの自室は未だに修復が終わっていない。

 どこかの頭のおかしい剣姫が、嫉妬に狂って衝撃波をぶっ放したせいで、信じられないぐらい風通しの良い部屋になってしまった。


 まあ、今回に関していえば、城壁の外に向かって語りかけるには、この大穴は好都合ではあるのだが。


「では始めるとするか。釣りの時間のはじまりじゃ」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「もう面倒臭くなってきちゃったな。砂巨人(サンド・ゴーレム)出してサラトガもローダも踏みつぶしちゃってよ」


 作戦机(デスク)の上に突っ伏して、頬を天板にくっつけたまま、キサラギは気だるげにそう言った。しかし、その言葉の最後にかかるようなタイミングで魔術師はキサラギを制止する。


「お待ちください。今サラトガに何か動きがあった様です。精霊石板(モニター)に出します」


 それまで戦場を俯瞰(ふかん)して映していた精霊石板(モニター)上の映像が切り替わり、サラトガ城の壁面、大きく穴が開いている部分を映して、そこで静止する。


 まるで内側からぶち破ったかのような見事なまでに丸い大穴。

 映像はそこに立つ一人の少女の姿を捉える。


 黒い髪を左右に(まと)めたお団子頭、華やかなピンクのワンピースに肩から薄いショールを羽織った美しい少女。

 溌剌とした雰囲気の中に、何処とは無しに気品を漂わせている。


「ふーん、アレがサラトガ伯かぁ、かわいいわね。アレだったら、サラトガ滅ぼした後ペットとして飼ってあげてもいいかも」


 キサラギはぺろりと(なま)めかしく唇を舐め、その様子に艦橋(ブリッジ)にいる人間の脳裏に善からぬ想像が巡った。


 キサラギが興味深げに凝視する精霊石板(モニター)の中、そのかわいらしい少女は、ゲルギオス、ローダ、サラトガ。三軍の兵士達をぐるりと見渡し、そして特に緊張する様子もなく、柔らかい微笑を(たた)えたまま口を開く。


「まずは……」


 何らかの魔法によるものだろう少女の声は、大きく拡張され、サラトガ全域に響き渡る。

 鈴の鳴るような声。キサラギがそう思ったのも束の間、続いて少女の口から(こぼ)れ落ちた言葉にキサラギは耳を疑った。


「呼ばれもせんのに、こんな田舎機動城砦まで無駄に足を運んでいただいた、ローダ、ゲルギオスの間抜け領主殿には、お礼かたがた、こう申し上げ様と思う」


 少女は口元を歪め、はしたなくも()()をおっ立てて言い放った。


「この()()()()共が!!」


 ざわめくゲルギオス、ローダ両軍の兵。城壁の内側、サラトガ軍の兵だけが、もう慣れているのか、クスクスと笑っている。


「さすがに田舎機動城砦だと領主も品がないのね」


 少し気分を害したのか、憮然(ぶぜん)とした表情でキサラギはモニター上のミオの姿を見つめている。


「挑発でしょうな。なにか仕掛けてくるつもりかもしれません」


 キサラギの傍に(はべ)る魔術師は、そう言ってキサラギの注意を促した。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 鉄面皮(てつめんひ)め。この程度では怒りもせぬか……。


 眼下に布陣するローダ軍の本陣。その中央に堂々と立つローダ伯の様子をミオは冷静に観察していた。


 ゲルギオス陣内に領主であるキサラギらしき人間が見当たらない以上、状況のバロメータとなるのはローダ伯しかない。


 しかし、ローダ伯はミオの挑発にも表情一つ変えず、じっとミオを見つめている。


 しかたがない。もう少し(いぢく)ってみるかのう。


 (かつ)て無いやりにくさを感じて、溜息を一つ()くとミオは再び、ローダ伯を(あお)り始める。


「皇王陛下の命に従って出頭するこのサラトガを襲ったのじゃ。お主らも反逆者の仲間入りじゃな。どうじゃ今の心境は?」


 そしてローダ伯を指さしながら、ミオは腹を抱えて爆笑し始める。


「プギャーwwww今、どんな気持ち? wwwねえねえwwwどんな気持ち?」


 これにはさすがにローダ伯の周りの兵達が激昂(げっこう)した。

 口ぐちにミオを(ののし)り始め、血気の盛んな者に至っては弓を持ち出してミオに狙いをつける。

 しかし、そんな状況の中、ローダ伯は顔色一つ変えず、片手を水平に広げて自軍の兵士達を制してこう言った。


「さして悪い気はしておらんよ。我が目的はもう果たされようというところまで来ておるのだからな」


 呆気(あっけ)にとられたのはミオ。


 (あお)り耐性有りすぎじゃろ、この男は……。


 ゲルギオス側が出てこない以上、ミオとしては、ローダ伯に話しかける(てい)でゲルギオスを動かさねばならないのだが、相手が感情的になってくれなければ、やりにくいことこの上ない。


 仕方がない、本題に入りながら、柔らかそうなところを(つつ)いてみるか……。


 ミオは明らかにめんどくさそうな表情になって、溜息混じりに言葉を(つむ)ぐ。


「はあ……のう、そこの残念イケメン。ハッキリ言って迷惑なのじゃよ。どうでも良いような人間一人を巡って機動城砦に二つも押しかけられるとな。

 確かにアレは(わらわ)にとっては良い玩具(おもちゃ)であったが、高貴なる(わらわ)の命と天秤に掛けられるようなものではない。

 お主らのいずれかにくれてやるから、後はお主らで勝手に奪い合えばよかろう」


「なんだと?」


 ここへ来て、ローダ伯の目に(かす)かではあるが、怒りの火が(とも)るのを見て取ることができた。


 ミオは内心ほくそ笑む。


 ほほう、玩具(おもちゃ)に反応したか。やはり彼奴(きゃつ)はファナのことしか見えておらん様じゃの。この方向で押すか。


「とはいえ、我がサラトガ内で取り合いされてはたまったものでは無いからの。こうさせてもらおう。今から半刻後、サラトガから外へ射出する(ゆえ)、あとは両者で勝手に奪い合うが良い」


 ミオのその言葉を聞き終えるとローダ伯は一瞬目を閉じ、あらためて見開く。

 その姿はミオの目には怒りを抑制しようとしている様に見えた。


「聞く価値もない戯言(たわごと)だな。

 子供騙しにも程があるぞ、サラトガ伯。

 貴様が本物を出すと言う保証がどこにある。

 せいぜい身代わりを出して、我らが喰いついたところでさっさと逃げるつもりであろう?」


 ミオはローダ伯のその言葉に、呆れたと言う風情で肩を(すく)める。


「ふむ、貴公ぐらい歳を喰うと、思考も硬直するものらしいのう。

 人間そうはなりたくないものじゃて。

 まあ良い、では、こういう可能性も提示してくれよう」


「なんだと?」


「実は(わらわ)彼奴(きゃつ)の事をとてもとても、大切に思うておる。

 故に貴様らの魔の手から逃れさせるために、こうして子供騙しだと思わせる様な話をし、実際は本当に脱出させようとしておるとしたら、どうじゃ?」


 思わず言葉に詰まるローダ伯。

 そんなローダ伯から、ミオはちらりとゲルギオス側に視線を移す。

 しかし、ゲルギオス側には、未だに何ら動きがない。


 ミオは小さく拳を握る。


 選択肢は既に提示されている。

 すなわちサラトガに残るのか、射出されたものを追うのか、はたまた今すぐ他の二軍を相手取って攻撃を始めるのか。

 動きが無いということは、ゲルギオス伯はローダ伯同様に、判断がつかないという状況に陥っていると見て間違いないだろう。


 ならば、釣り針を垂らすのは今しかない。


「射出後、()()()で好きな様に逃げさせる故、勝手に追うが良い。

 ただ我らの砂を裂くもの(サンド・スプレッダー)は早いぞ。

 機動城砦の全速で追わなければ、追いつくことなぞ出来まいよ」


 ミオのその言葉が終わると同時に、ゲルギオス軍の本陣が(にわ)かに慌ただしく動き出すのが見えた。

 おそらく魔導通(コール)で領主キサラギからの指示が入っているのだろう。


 フィィィィッッッシュ!! 釣れた!!


 胸の内でミオは快哉(かいさい)を上げる。

 本日の釣果(ちょうか)は、間抜けな領主が()()じゃ!


 ミオは、顔が緩むのを隠しきれないままにローダ伯へと目を向けると、自分が詰んだことに気付いていない、哀れなローダ伯が難しい顔をして沈黙を守っている。


 その姿にミオの脳裏に一抹の不安が過ぎった。


 さすがに兵を分けて両方を追うような、馬鹿げたことを考えはせぬだろうが、実際にやられると折角の作戦が破綻してしまう。

 そうならぬ様に念のため、言葉で縛っておくとするか。


「貴様らはあほうじゃからのう、念のために教えておいてやろう。兵を二つに分けようなどと、愚かなことは考えぬ方がよいぞ。

 砂を裂くもの(サンド・スプレッダー)()()()()()()()が、とにかく速い。さっきも申したが、機動城砦でなければ、追いつくことなぞ出来ん。

 貴様らの機動城砦が、一度サラトガから離れたならば、首都にたどり着くまでにもう一度、このサラトガに追いつくことなど出来はせぬ。

 残した兵は、サラトガに置き去りじゃ。いかにお主らがあほうだといえ、戦力の分散がどんな結果を産むかは、知らぬわけではあるまいて」


 ミオのその言葉に、ローダ伯はゆっくりと顔をあげる。

 その表情からは、取るべき選択肢が決まったであろうことが(うかが)えた。


「それでは半刻(のち)、貴公らがどんな判断を下しておるのか、楽しみにしておるのじゃ」


 そう言って、城の壁面に開いた穴、その向こうにミオは姿を消した。


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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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