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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第3章 かくてサラトガは首都へと向かう
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第61話 戦場を貫く楔となれ!

「ファナがサラトガにおるわけないじゃろう!」


「アタシだって知らないわよ! でも『ストラスブル伯を解放しろ』の一点張りだったんだもの」


 ブリッジの片隅で怒鳴り合う声に、クルー達は首を(すく)めた。

 声の主は、元サラトガ伯と現サラトガ伯代行。

 つまり、ミオとピピンである。


 ローダ伯がピピンに要求したことはなんであったのか? 

 ミオは、ローダ伯がサラトガへと侵攻した目的を知るために、それをピピンに問い詰めた。その結果がこれである。


 ミオにしてみれば、なんでそうなるとしか言いようがない。

 ストラスブル伯ファナサードがサラトガの牢獄に監禁されているなど、荒唐無稽(こうとうむけい)もいいところだ。

 むしろそこに監禁されていたのは自分--サラトガ伯ミオなのだから。


 世間的には、ファナサードはサラトガの魔力砲(マギドライバー)によって死亡したことになっている。

 サラトガの牢獄に監禁されているなどと、誤解するような余地はどこにもない。


「ストラスブル伯などおらんと、言わんかったのか!」


「言ったわよ。めっちゃ言ったわ! でもあのアホイケメン、全く信じようとしないのよ!」


 噛みつかんばかりに怒鳴りつけるミオと簀巻(すま)き状態のまま(わめ)くピピン。


 このままでは、話が前に進まない。

 一つ溜息をつくと、ミリアはおもむろにミオの肩をつかみ、(あご)の下を撫でまわながら、言った。


「どうどう」


驢馬(ろば)か!」


 興奮するミオを落ち着かせるには、ツッコませるのが一番手っ取り早い。

 ミリアも心得たものである。


 ひと突っ込みしてミオが落ち着いたのを確認すると、ミリアは尋ねた。


「ローダ伯ってそういう思い込みの激しい人なの?」


「いや、そんな噂は聞いたことが無いのじゃ。(わらわ)も諸侯会議で2回ほどしか会ったことは無いが、名領主と名高い貴公子じゃ。くそ真面目で面白味のない男ではあったが……」


「じゃあ、なんでストラスブル伯様にそんなに執着してるんだろ?」


「それはのう……。ローダ伯のヤツが一方的にファナに懸想(けそう)しておるのじゃ。幾度となくファナに求婚しておったようじゃが、残念ながら、奴はファナの好みとは丸っきり逆のタイプじゃからな」


「そうなんだ。でもイケメンなんでしょ?」


「堅っ苦しい男じゃぞ。あんなのと結婚したが最期。息が詰まるわ」


 自分が求婚されているわけでもないのに、心底嫌そうに顔を(しか)めるミオ。

 その様子にミリアはくすりと笑った。


 しかし、ローダ伯の人格(ひととなり)がミオの言う通りであるならば、今のローダ伯の行動はますます有りえない。


「ストラスブル伯を解放しろ……か」


 ミリアは小さくつぶやいた。

 ミオとピピンの話を総合すると、ローダ伯は根拠のない妄想に基づいてサラトガを襲っているという事になる。


 根拠が無いのに、それを頭から信じるということは、想像以上に難しいことだ。だからこそ、いるかどうかもわからない神の存在を、無条件に信じきることが出来る聖職者が尊ばれるのだ。


 ローダ伯が今回の襲撃で失うものは大きい。

 サラトガが首都へと出頭することを妨害したのだ。当然、以後皇王に対する反逆者として扱われることになる。

 ただの妄想で、そこまでのリスクを(おか)せるものなのだろうか?

 くそ真面目で名領主と呼ばれる人格者、そう考えるとこの無謀で理不尽な行動とでは、人物像が全くかみ合わない。

 そして、ひとしきり考えた末にミリアは、可能性として一番高いものを口にした。


「何らかの精神支配を受けている、そう考えるべきだろうね」


 むしろ、そうとしか考えられない。


「催眠のようなものか?」


「恐らくもっと魔術寄りのものなんだと思う。ここまでこの状態を維持してるんだから相当根深くローダ伯を侵食しているんじゃないかな」


「ならば、その催眠を解いてやれば良いのじゃな?」


 ミオのその言葉にミリアはピタリと動きを止める。

 何かを考える様に目線を上に向け、そして、一呼吸をおいてニヤリと笑った。


「いや、むしろそのままの方が好都合だね」


「お主、また邪悪(わる)い顔になっておるぞ、なにか思いついたのじゃな」


「うん。と言ってもお姉ちゃんが、ゲルギオス側を上手く引き込んでくれないと話になんないんだけどね」



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「こりゃ、ヒドイな……」


 城壁の上からサラトガ側を覗き見て、キスクはぼそりと(つぶや)いた。


 そこにある光景。それは既に戦争とは言い難い一方的な鏖殺(おうさつ)であった。

 今も眼下では、砂狼(サンドヴォルフ)がサラトガ兵の肩口に喰いついて、そのまま力任せに振り回し、敵味方の区別なく兵士達をなぎ倒していくのが見える。


 濃厚な血の臭いが風に乗って鼻腔(びこう)をつき、キスクは自身が戦闘に参加していない状態で()ぐ血の臭いが、これほどに不快であることを初めて知った。


 これはサラトガの兵士達にとっては意図しない遭遇戦であっただろう。

 自軍に数倍する敵兵の突然の襲撃に、隊列も整わないまま迎撃戦に突入することになってしまったのだから。


 しかし、それにも(かか)わらずサラトガ兵達は良く踏みとどまっている。

 城壁を乗り越えて次々と侵入してくるゲルギオス兵を手当たり次第に迎撃する内に戦場は乱戦の様相を呈していた。


 サラトガ軍にとって幸いだったのが、兵装が乱戦仕様であったことだ。

 とはいえ、がむしゃらにハンマーを振るって、ギリギリのところで何とか(しの)いではいるが、そもそも数の桁が違う上に、砂狼(サンドヴォルフ)などという化物まで投入されては、もってあと半刻といったところだろう。

 一度は剣を交えた敵軍とはいえ、この状況には憐みの念を禁じ得ない。


「き、キスクさん、さ、さささ、サラトガ城の方からな、なんか来る」


 キスクの隣で息を呑んで戦況を見つめていたヘイザが、戦場の向こう、サラトガ城へと続く道の先を指さす。

 その指し示す先を見て、キスクは目を疑った。


「おいおい、マジかよ……。ありゃあ俺の部隊じゃねえか」


 そこには14人の狼人間(ヴォルフゾアン)達が後方に黒筋肉(ガチムチ)達を従えて、戦場へと向かって猛烈な勢いで突進してくるのが見えた。


 サラトガの連中はどういう手段を用いたのか、鹵獲(ろかく)したキスク配下の狼人間(ヴォルフゾアン)を戦場に投入できるぐらいに手懐(てなず)けたらしい。


 そして、キスクが驚いたのは、それだけではない。

 キスクの目は先頭の狼人間(ヴォルフゾアン)に背負われている一人の人間に釘付けになっていた。


「マイハニー?!」


 そう狼人間(ヴォルフゾアン)の背にしがみついているのは、つい先日、死闘を演じた相手にして、キスクの片思いの(きみ)。サラトガ軍近衛隊長キリエ・アルサード、その人であった。


 なぜ、キリエのことを想うとこれ程までに胸が高鳴るのだろう。キスクにもそれはわからない。


 もともと、気の強い女性がタイプだったのは間違いがないが、相手は自分のことを打ち倒した敵軍の将兵なのだ。なぜそんな女に、これほどまでに惹かれるのか?


 それについては、散々考え込んだ末に、『禁断の恋ほど燃える』ということで、キスクの中では一応の決着を見ていた。


 もしミオ辺りが、キスクがキリエに懸想(けそう)をしていることを知ったならば、キリエのアイアンクローを喰らったことで、キスクの脳に障害が発生していると断じることであろう。


 それはともかく、その愛しい女性が剣砕刀(ソードブレイカー)一本を握り締め、狼人間(ヴォルフゾアン)たちを率いて、乱戦の只中に突っ込んでいく様子にキスクは目を(おお)って狼狽(ろうばい)した。


「やめろマイスイート! 危ない事しちゃダメだ」


 マイハニーの次は、マイスイート(笑)である。

 それはともかく、血迷った言葉を照れも無く吐き出しながら身悶えているキスクを不審げに見つつ、ヘイザが尋ねた。


「あ、あれ、がキスクさ、さんの恋人?」


「ああそうだ」


 キスクは胸の内で、そうなる予定の人だけどな、と付け加えた。


「び、美人」


「お、なんだ見る目有るじゃねえか」


「でも、兎の獣人(ゾアンスロープ)は、はは、初めてみた」


「ん? 何言ってんだお前」


「だって、耳……」


 ヘイザが指さすままにキリエを見つめて、キスクはその頭からぴょこんとウサミミが飛び出していることに気付いた。


「マジか?!」


 まさか、彼女が獣人(ゾアンスロープ)だったとは。

 しかしキスクの中で一方的に高まった恋愛感情は、こんなことで(かげ)りを見せることは無かった。むしろ「妹にしたい女性度」のゲージがMAXを超えて、振り切った感すらある。


 キスクは妄想する。

 もし彼女との間に娘が産まれたら、ウサミミっ娘が生まれるのだろうか?


「パパ!」


 ウサミミ幼女にそう呼ばれる白昼夢が一瞬、キスクの意識を占拠した。


「俺の娘!! こうしちゃおられんぜよ!」


 あまりの興奮にお国言葉もろだしで、鼻息を荒げながら、キスクは城壁を乗り越え始める。

 慌てたのはヘイザ。キスクのこの行動は、先程打ち合わせた段取りとは全然違う。


「ちょ、ちょっと、キスクさ、さん、さっき僕らが侵入するのは、ゲルギオス兵がもっと侵攻して、城壁のあたりが手薄になってからって……」


「馬鹿だねえ、お前は。彼女がピンチに陥った時に颯爽(さっそう)と助けに入ったらポイント高いだろうが!」


「いや、も、目的が、ちが、違う、ナナシは?」


「あーそんなの後で幾らでも探してやるから」


「なげやり?!」


 ヘイザは一つ学習した。

 恋の前では男の友情など、ちり紙ほどの軽さしかないのだということを。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 キリエは狼人間(ヴォルフゾアン)の背にしがみついて、崩れた城壁の間からゲルギオスの姿がのぞく、左舷城壁の方へと向かっている。


 後方を振り返れば、キリエ同様狼人間(ヴォルフゾアン)の背にしがみつくアージュとニーノの姿が見えた。


 今キリエが率いているこの部隊の編成としては、狼人間(ヴォルフゾアン)14名。その後ろに少し遅れて黒筋肉(ガチムチ)達が続いているが、その数はたった20名と、先の戦闘での死傷者を除いてしまうと随分と数が減っていた。


 キリエはウサミミはそのままにいつもの黒皮の上下に着替えている。

 ウサミミをつけていると狼人間(ヴォルフゾアン)達に対するケモミミ仲間的な親近感が溢れてくるから不思議だ。


「頼んだぞ、ポチ!」


 キリエがそう言って、自らが掴まる狼人間(ヴォルフゾアン)の頭を一撫ですると狼人間(ヴォルフゾアン)は答えるように雄叫(おたけ)びを上げた。


 不思議とキリエには、その雄叫(おたけ)びが「まかしておけ」、そう言っている様に聞こえて、少し微笑んだ。


 徐々に近づいてくる鉄の臭い、濃厚な死の気配。立ち昇る土煙の向こうで展開されている獣たちの宴。狂気が支配する殺し合いの(ちまた)。戦場が近づくにつれて、目に映る、その惨憺(さんたん)たる有様にキリエは唇を噛みしめる。


「くそっ、なぶり殺しじゃねえか!」


 そう口にしたのはキリエではない。

 振り向けば、アージュが怒りの余り、(くら)んだような目つきで戦場を睨み付けている。


 そこにいる兵士達の現状は、言うなれば、大波に(さら)われて寄る()も無く(ただよ)木端(こっぱ)のようだ。

 一人一人が自らを襲う避けがたい死への一本道に抗って、血塗れの腕で無骨なハンマーを振り回し、ただただその場に踏みとどまっている。


「我が兵たちよ。お前たちこそ真の勇者だ」


 死兵と化して運命に抗う男達の姿に、キリエは熱を持った目頭(めがしら)(ぬぐ)いながら呟いた。


 しかし、その兵達の死をも恐れぬ勇戦を、いつまでも称賛しているわけにはいかない。キリエがミリアに託された目的、それは味方の残存兵をまとめ上げて撤退し、敵をサラトガ城の前までおびき寄せることだ。


 キリエは、普段の言動こそアレだが、戦場において優先順位を見誤るほど愚かではない。

 キリエはミリアの狙いがサラトガ、ローダ、ゲルギオスの三(すく)みの状態を作り上げることだと踏んでいた。だからこそ一兵でも多く救出し、三(すく)み状態になった時のサラトガの兵力を上積みしなくてはならない。


 ならば、取るべき戦術は、唯一つ。


「アージュ! 『杭打ち(アンカー・パイル)』で行くぞ! 貴様は最後尾に下がり、脱出してくる兵をまとめよ!」


「隊長! それは危険すぎます。 隊長こそ最後尾に!」


自惚(うぬぼ)れるな! 貴様の力量では無理だと言っている! とっとと下がれ!」


 キリエの激しい言葉に、アージュは大きく目を見開く。

 おそらく、キリエの言葉は本心ではない。しかし自惚(うぬぼ)れるなと言われてしまっては、これ以上抗うことは許されない。


 そしてアージュは、一瞬悔しそうに顔を歪めた後、「ご武運を」という言葉を残して、ニーノとともに黒筋肉(ガチムチ)達の背後、隊列の最後尾へと下がっていく。


 キリエの見る限り、戦場は横に長く伸びきっているが、縦はそれほどに幅がない。

そんな戦場の向こう側、城壁を背にして動きのないゲルギオス兵の一群が見える。間違いなく、あれが本陣だろう。


「総員、二列縦隊! 楯を構えろ! 一気に戦場を貫く(パイル)となれ!」


 キリエがそう声を上げると、狼人間(ヴォルフゾアン)黒筋肉(ガチムチ)達は隊列を二列縦隊に変化させる。


 すでに眼前には血しぶき飛び交う戦場が迫っていた。


「サラトガ兵! お前らァ! よけろよおおおお!」


 隊列の先頭では、狼人間(ヴォルフゾアン)の背にしがみ付いたキリエが大音声を上げながら、乱戦の只中へと突っ込んだ。


 楯を前面に構えた狼人間(ヴォルフゾアン)の突進に、剣を交えていた兵士達は、一斉にその進路から飛び退いて、戦場の中央が大きく切り裂かれていく。


 壊乱する戦列、飛び交う怒号と悲鳴。一個の生物にも似た戦場、そのどてっ腹を穿(うが)つ、それはまさに(パイル)であった。


 逃げ遅れた者は、狼人間(ヴォルフゾアン)の人外の力を持って、楯で殴りつけられ、地面に倒れたところを後続の狼人間(ヴォルフゾアン)黒筋肉(ガチムチ)達に踏みつけられて、自らの血肉を泥に混ぜる、世にも悲惨な末路を辿った。


 やがて、(パイル)の先端は敵本陣にまで到達。押しとどめようと楯を構えて立ちふさがった兵士達を粉砕して停止する。


 戦場のど真ん中に撃ち込まれた楔。

 縦に二列の異形のサラトガ軍。その動向を周囲の兵達は息を呑んで見守っている。


拡張(スプリット)!」


 キリエは狼人間(ヴォルフゾアン)の背から飛び降りると一声、号令をかけ、そのまま自分は本陣の方へと向かって、駆けはじめる。


 号令を受けた狼人間(ヴォルフゾアン)黒筋肉(ガチムチ)達は二列、互いに背を合せ、自らが撃ち込んだ楔を広げるように、左右に向けて楯を構えて突進を開始する。


 これこそがサラトガ軍伝統の戦術『杭打ち(アンカー・パイル)』であった。


 乱戦の中央を目掛けて、二列縦隊で屈強な盾兵を突入させ、戦場を縦断。


 先頭の兵員を敵陣深くに送り込むとともに、盾兵は中央のスペースを開ける様に左右に向かって攻撃を開始する。


 これによって二列の盾兵の間に通路をつくり、味方の兵は盾兵の股下を潜り抜けて、そこへ逃げ込み、乱戦の後方へと脱出する。


 味方の兵員が通過する間、長時間に渡って杭となった盾兵達は耐えきらねばならず、屈強さを求められるとともに、生還できる可能性は限りなく低い。


 ましてや過去の戦闘において、先頭に立って敵陣深くに送り込まれた兵員が生還できた例は無かった。


「部隊長はいずれに在りや!」


 本陣に突入するやいなや、そう声を上げたキリエに向かって、左右から無数の白刃が閃いた。

 キリエは後方に蜻蛉(とんぼ)を切ってそれを(かわ)すと両の手に剣砕刀(ソード・ブレイカー)を構え、姿勢を低くする。


 目だけで左右を確認する限り、キリエを囲む人数は8人。一斉に切りかかられては、いかにキリエとて無事ではすまない。


「サラトガ軍、近衛隊隊長キリエ・アルサードが一騎打ちを申し込みに来た!」


 再び口にしたキリエの言葉を迎えたのは、取り巻く敵兵たちの嘲笑であった。


「この状況で良くそんな都合のいいことを言えるものだ」


 ニヤニヤと笑う兵達に、キリエは呆れたと言わんばかりに肩を(すく)めて挑発する。


「どうやらゲルギオスの将兵は、女と一騎打ちも出来ぬ弱腰揃いらしい。流石は素性も知れぬ小娘を領主にいただくような、下賤な連中だけのことはある」


 一瞬、不快そうに眉を(ひそ)める者もいたが、多くは相変わらずニヤつきながらキリエを取り囲んでいる。


「そんな安い挑発に乗るようなあほうは、我が軍にはおらぬなぁ」


 一人のその言葉に、男たちは一斉に声を上げて笑う。


 ここまではキリエの目論見(もくろみ)通りの反応であった。

 実際のところ、これで挑発に乗ってきたらキリエの方がビックリする。


 敵の本陣への単独の切り込み。

 もちろん、敵将を打ちとることが出来るのであれば、それはそれで重畳(ちょうじょう)ではあるが、実際のところそれは難しい。

 

 この切り込みの本当の目的は、『杭打ち(アンカー・パイル)』によって、崩れた隊列を組織的に整えられてしまうことを阻害(そがい)することにある。


 頭と足元の両方を切りつけられたなら、足元の方を構っていられる人間などいない。同様に本陣を攻められながら、全軍を統率することは、難しいのだ。


 味方の兵を一人でも後方へ逃がす。キリエはその時間を稼ぐために自ら生贄(いけにえ)となった。


 あとは、できるだけ時間をかけて、華々しく散るだけ。

 キリエがそう覚悟して、一歩前へと進み出ようとした、その時、ゲルギオス兵達の背後から、聞き覚えのある声が響いた。


「まあ、お前ら剣を降ろせ。部隊長殿の命が惜しかったらだけどな」


 一斉に背後を振り向く、本陣付きのゲルギオス兵達。

 彼らの背後では、一際、豪奢な甲冑を来た男が(ひざまず)いた姿勢で、喉元に剣を突きつけられていた。


「貴様は?!」


 キリエの驚愕の声に、満足そうに鼻を鳴らすキスク。

 頭の中では、既に涙ながらに(すが)り付いて、礼を述べるキリエの姿が浮かんでいる。


「おっぱいソムリエではないか!」


 台無しであった。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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