第56話 魔術師殺しの槍(加筆修正版)
第56話の出来がどうしても納得いかなかったので、ほぼ一から書き直しました。
一度お読みいただいた方には本当に申し訳ありません。
大幅に表現を変更しておりますが、話の筋は変わっていませんので、再度お読みいただかなくても次の話をお読みいただくのに支障はございません。
狼人間達の出現に、一時は攻撃の手を緩めたローダ兵達も、すぐに自らが何をしようとしていたかを思い出し、再び剣を振るい始める。
しかし一度途切れた集中を紡ぎなおすのは、簡単なことではない。
勢いの鈍った切っ先を、いとも容易くさばきながら、キリエは思う。
狼人間どもは、何をギリギリ間に合った感を出しているのか、と。
艦橋で、キリエが出した指示はこうだ。
『アージュ、貴様の特務部隊と近衛隊で、とにかく侵攻を遅らせるぞ』
屋根に登るのに手間取って遅れたというのが、冗談なのは理解している。
…………冗談だよな?
アージュ率いる特務隊は、城から離れた位置にある練兵所を隊舎替わりに使っているために、初動がどうしても遅れる。それも理解している。
しかし遠吠えとともに、高いところから、颯爽と登場するとはどういう料簡だ!
あれではまるで真打登場の様ではないか!
遅刻したなら申し訳なさそうに『申し訳ありません、遅れました』とへこへこ頭を下げながら、現れるぐらいの腰の低さが求められるというものだ。
……それは、それで相手を困惑させられそうな気もする。
とは言え、兎にも角にも十数名とはいえ、膂力に優れた狼人間達が戦力に加わるのは助かる。
キリエは顔を上げて、屋根の上のアージュに呼びかけた。
「アージュ! ついてこい!」
アージュは小さく頷くと狼人間たちに指示を与える。
「総員! 突撃!」
「ウオオオオォォォォ!」
ポチ、シロ、クロ、タマ、エドモンド三世……以下略。
アージュの掛け声とともに狼人間達は雄叫びを上げながら、次々に敵兵の只中に舞い降りる。
「うおー」
その後を追うようにして、三角耳をぴょこんと出したニーノが、同じ様に飛び降りようとするのを見つけ、アージュが慌ててニーノの首根っこを掴んだ。
「ダーメ! ニーノはここでお留守番だ!」
「むぅー」
ぷくりと頬を膨らませるニーノに、思わず苦笑しながらアージュは言い聞かせる。
「ニーノは狼さんたちのボスなんだから」
「ボス?」
「そうボスだ。ボスは偉いんだから、偉そうにここから見ていてあげないと」
実際、狼たちは、ニーノを祭り上げている節がある。
名目上、特務部隊の隊長はアージュということになってはいるが、実体としては、飼育係以外の何物でも無く、あくまで狼達のトップはニーノなのである。
偉いという言葉に、ニーノは目を輝かせて何度も頷く。
「ニーノ偉い。わかります」
そんなニーノの頭をくしゃくしゃと撫でると、アージュは自身の象徴ともいえる2本の湾曲刀を引き抜く。
そして「じゃ、行ってくる」と、ニーノに微笑みかけると、自らも敵兵の海へと飛び込んでいった。
刀槍剣刃の閃く乱戦の向こう側、後方に陣取るローダ軍の本陣では、一際精強な兵士達に守られたローダ伯が、乱戦へと飛び来む双刀の少女の姿に目を止めた。そこからさらに目線を上げると、幼い子供が屋根の上でひとり、飛び跳ねる様にして味方を応援しているのが見える。
「子供?」
ローダ伯のその呟きが聞こえたわけでは無いだろうが、その子供はローダ伯の視線に気づくと、『あかんべー』と舌を出す。
しかしローダ伯は、笑うでもなく、怒るでもなく、表情一つ変えずにそのまま視線を乱戦の方へ移して呟いた。
「増援もあの数……。敵とはいえ、あれで良くやるものだ」
その呟きは称賛の響きを帯びてはいたが、それも子供のお遊戯を眺める大人の呟きと言ったところ。
元より兵力の差は20倍以上。
あの人数ではどれだけ足掻いても、それを埋めるには足りない。
待機兵力を投入して、一気に踏みつぶすか……。
ローダ伯が侍従を呼び寄せ、そう指示を出そうとしたその時、サラトガ城方面へと斥候に放っていた兵士が息を切らせて飛び込んできた。
「敵の増援です! サラトガ城の方から歩兵約300、後方の50は魔術師と見受けられます」
それはペネル率いるサラトガ第一軍と、セファル率いる魔術師隊であった。
約300、第二軍を民間人の避難誘導に当ててしまえば、今出動できる人間はこれで全てだ。
そもそもサラトガ軍においては職業軍人の数は1000人に満たない。
その他は民間人からの戦時徴用であるため、突発的な戦闘で動かせる人員の数はそれほど多くはないのだ。
今回の様に、城壁内でいきなり戦闘が始まる事など、想定外極まりない。
ローダ伯は目を細めて乱戦の向こう側、サラトガ城へと続く大通りに目を向ける。
確かにそこには、こちらへ向かってくる一群の兵士達の姿があった。
しかし、増援として現れたサラトガ軍の出で立ちを見て、ローダ伯はただ呆れた。
「重装歩兵か……。指揮をとっている人間は、余程の間抜けらしいな」
乱戦に重装歩兵をぶつける。
それは用兵の常識から言えば素人か、さもなければ味方をも犠牲にする鬼畜か、そのいずれかでしかない。
大盾の間から槍を突き出して『面』で攻撃する重装歩兵で、この乱戦に突入してしまえば、当然、味方をも巻き込むことになる。また、その後ろに控えている魔術師たちにしても同様だ。味方の犠牲も無しに、大規模な攻撃魔法を打ち込むことなど、出来はしない。
素人か、鬼畜か、それはすなわち、その事実を理解しているのかどうかということだ。
そしてローダ伯が見守る中、重装歩兵達は、乱戦の現場から少し離れたところに、サラトガ城への進路を塞ぐように隊列を組んだまま停止した。
ローダ伯の目には、それは戦場を目にして、初めて突入できないことに気付いた様にしか見えなかった。
「はははっ! 全くチグハグではないか!」
この戦場において、ローダ伯は初めて表情らしい表情を見せた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アージュ!!」
「ハイ!」
アージュが身を屈めたところにキリエが剣砕刀を突き出し、剣を振り上げた敵兵はふいをつかれて、なすすべもなく喉を裂かれる。
アージュは、屈むと同時に前転して、キリエの背後にまわると、キリエの背を切りつけようとする敵を双刀で屠った。
竜巻のように二人はスイッチを繰り返しながら、次々に敵を切り裂いていく。
剣砕刀と湾曲刀。共に二刀流。
今、二人は互いに背を預けて息を整えながら、取り囲む敵兵をにらみつけている。
元々は近衛隊の隊長と副隊長、共に多くの戦場を駆け抜けた間柄だ。
お互いの動きは良くわかっている。
その時、キリエの視界の隅にサラトガ軍の旗が見えた。待ちに待った本隊の到着である。しかし本隊はこの乱戦の巷から距離をとって停止してしまった。
「アージュ!」
「ハイ!」
「ここからどうするのだ?」
「ええっ?!」
アージュは驚愕した。
「それを私に聞きますか? 隊長こそ、セファル殿と打ち合わせされておられたのではないのですか?」
「いや、あの丸顔からは、乱戦に持ち込めとしか聞いていない」
これには、さすがにアージュも絶句した。
助けを求める様にアージュは、ちらりとサラトガ軍本隊の方に目をやる。
しかし、未だ動きはない。何か策があるのだろうと信じてはいる。いるのだが、こと戦闘においては、セファルの指揮力は未知数だ。
まさか、我々を捨石にするつもりではないだろうな? いやいや、シュメルヴィ様ならやりかねないが、まさかあの温厚そうなセファル殿に限って、そんなことは……。
アージュは頭に取りついた疑念を振り払うように、ブンブンと首を振る。
その様子を見たキリエが言った。
「アージュ。あの丸顔な。いつもニコニコしてるが、目は笑ってないんだ」
「なんで、それを今言うんですかあああ?!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セファルは浮かれている。
いつもニコやかな丸顔に、満面の笑みを浮かべていた。
心なしか、肌もツヤツヤとしている様に見える。
重装歩兵隊の背後で、魔術師隊を前にして、セファルはウキウキとした様子を隠そうともせずにこう言った。
「みなさーん。遂にアレを試せる時が来ましたよー!」
「「「「イエー!」」」」
返答する魔術師たちのテンションも異常に高い。
「シュメルヴィ様が実験に実験を重ねているうちに、でもそれとは全く関係なく、偶然にお茶を零したはずみで出来た新魔法。みなさん、ちゃんと習得してきましたねー!」
「「「「イエー!」」」」
セファルは、キリエやアージュが聞いたら卒倒しそうな台詞をさらっと言った。
「じゃあ、準備の出来た人から、魔力が尽きるまでガンガン打ちこんじゃってくださいねー!」
セファルのその言葉が終わるや否や、やけにテンションの高い聖句が一斉に響く。
「「「「魔術師殺しの槍!」」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦闘を継続しながらも、不安げにちらちらとサラトガ本隊の方へと視線を送っていたアージュが突然、悲鳴のような声をあげる。
「うわあ! なんか出た!」
その声に、周囲の敵も思わず剣を止めて、アージュの視線の先を見る。
そこには、重装歩兵隊の背後から出た光の槍が、乱戦の只中に向かって大量に飛来する光景があった。
「マジか!? あの丸顔! 本気で私たちごとやるつもりか!」
キリエとアージュは驚愕し、恨み言を叫びながら、頭を抱えて地に臥せる。
その直後、凄まじい破裂音と敵兵の逃げ惑う声が次々に響きわたった。
ミリア! キリエの頭に浮かんだ顔は愛しい妹。
これが最期なのかと、ぎゅっと目を閉じる…………が、
「……あ、あれ?」
想像した衝撃が訪れることは無かった。
キリエは、そっと目を開ける。
見上げれば、空を埋めるほどに飛来する光の槍は、未だ止む気配はない。
あいかわらず次々に飛来しては、敵兵を悲鳴と凄惨な血しぶきで染め上げ、戦場を赤一色に塗り替え続けている。
だが、キリエやアージュの方には、ちっとも飛んでこないのだ。
「ど……どういうことなんです? 隊長」
「わからん、わからんが……敵にしか当たらんようだな。これは」
そう言われて、アージュは、おそるおそる立ち上がる。
あたりを見回してみると、悲鳴を上げて逃げ惑っているのは確かに敵兵ばかり、黒筋肉や狼人間たちも呆気にとられて、アージュ同様、きょろきょろと周囲を見回している。
敵にしか当たらない。
それもそのはず、キリエ達には知る由もないが、シュメルヴィが「光の槍」の術式を改造してつくった、この魔術師殺しの槍という魔法は、魔力を帯びたものだけを追尾して着弾するのだ。
補助魔法が大量にかかった敵兵など、良い的としか言いようがなく、開発後、その特殊性からほとんど試撃ちをする機会の無かった魔術師たちは、これ幸いとばかりに、今、嬉々として打ちまくっているというわけだ。
「な、なんだかわからんが、この隙に撤退するぞ!」
キリエがそう叫ぶと、あいかわらず降り注ぐ光の槍のただ中を、黒筋肉と狼人間達は、すたこらと逃げ出しはじめる。
戦局は一変。
ローダ軍はその数を一気に減らし、振り続ける光の槍を防ぐ手立てもなくただ逃げ惑うばかり。
その光景を無表情に見つめながら、ローダ伯は左右の者に言った。
「全員一時下がらせろ、次は重装歩兵がつっこんでくる」
それは退却指示。
ここで踏みとどまっては損害を増やすばかり。至極正しい判断と言える。
しかし、この後に続いた言葉に、指示を受けた侍従は戦慄する。
「予備戦力を全て出せ。予備役のものにも槍を持たせろ、女どもでも、少年兵でもかまわん。敵の魔法攻撃が終息を迎え次第、総攻撃をかける」
ここで受けた損害は、壊滅的と言っても過言ではない。
普通であれば、完全に撤退すべき損害である。
軍を立て直すにしても、兵力を元の状態まで持って行くには、かなりの時間がかかるだろう。
だが、ローダ伯は一切引くつもりは無かった。
その選択肢は奪われてしまっているのだ。
どれだけの犠牲をはらってでも、愛しいファナサードを救い出す。
植えつけられた妄執。
自分は、悪鬼の城に囚われた姫を救う勇者。
その妄想の檻に閉じ込められた、狂気の男の姿がそこにあった。




