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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第3章 かくてサラトガは首都へと向かう
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第51話 笑いなさい。

「うあああああああああああああああぁあぁああああああああああああああ!」


 石畳に両膝をついたまま狂ったように慟哭(どうこく)するキリエ。


「ごめんね。お姉ちゃん」


 城門の影からその姿を見つめながら、ミリアは小さな声でつぶやく。

 そして、姉に向かって心の中で語りかけた。


 お姉ちゃんは、あの馬鹿げた大宴会をおかしいとは思わなかった? 

 この絶望的な状況の中で、まるでいつものように冗談の様な出来事が繰り広げられていったことに違和感を感じなかったの?


 他から隔絶されている機動城砦だからこそ、いままで目を反らすことができた。

 しかし、城門を開ければ吹き込んでくるのは、皇国の全臣民の怨嗟(えんさ)だ。

 サラトガは、そしてその主たるサラトガ伯ミオは、皇姫を殺害した大罪人なのだ。

 一歩、(ちまた)に出れば、激昂した民衆が殺到して、ミオはズタズタに引き裂かれてしまうことだろう。

 今や、国全体がサラトガ伯への復讐に燃えていると言っても間違いではない。


 ミリアは、兵士に両脇を抱えられ、引き摺られていくミオを目で追う。


 サラトガ伯位剥奪の布告が出た日。お姉ちゃんは、ミオちんを守るため皇国に反旗を(ひるがえ)すべく、行動し始めた。


 しかし、お姉ちゃん達が皇国に(ほこ)を向けてしまったら、本当に反逆者になってしまう。逆転の目は何一つ無くなってしまうのだ。


 だからこそ、代官が到着するまで、ミオちんは皆が「信じたいと思うこと」をその耳へと吹き込み続け、ボクが裏で工作してきた。


 今日この時、ミオちん自身が人質となることで、誰も迂闊(うかつ)な事ができなくなるように。


 この地獄を生み出したのはミオちん自身だ。そしてボクはその片棒を担いだのだ。

 


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「皇家一等文官 ピピン・バスケイド様ご入城おお!」


 太陽が中天へと昇る頃、サラトガの城門が重々しい音を立てて開き、一群の兵士に囲まれて一人の人物が入城してくる。


 取り囲む兵士たちは、皇家直属の証である白い鎧に身を包んだ重騎士たち。その隊列の真ん中を暑さに辟易(へきえき)しているといった様子を隠しもせずに、派手派手しい紫のローブを着た男が歩いてきた。


 首都から派遣されてきた代官ピピン、その人である。

 男のくせに長い髪を綺麗に外巻にカールして、良く見れば(うっす)ら化粧をしているのがわかる。


「んー、出迎え、ごくろうさまぁ」


 所謂(いわゆる)、オネエであった。


 サラトガからの出迎えは、ミオ、それと将軍級であるキリエの他、100名足らずの兵士達である。


 白い鎧の兵士達が道を開けると、ピピンは足早にミオの方へと歩みより、品定めするように眺めまわした後、にやにやと笑いながら口を開く。


「アナタがぁ、()サラトガ伯のミオ・レフォー・ジャハンかしら」


「そうじゃ。代官殿には、こんなところまでご足労いただき、誠に恐縮しておる」


 ミオのその返事を無視して、ピピンはミオの後ろに立っているキリエへと声をかける。


「なんで、国賊を自由にさせてんのよ。さっさと捕えなさいよ」


「なっ!」


 激昂しかけるキリエの腕を掴み、ミオは小さく首をふると、神妙な表情をピピンへと向けた。


「おっしゃる通り。失礼した。(わらわ)は自室に蟄居(ちっきょ)させていただくことにする」


 その言葉を聞いてピピンは、大袈裟に目を丸くして驚く。


「みなさーん、聞きました? 自室に蟄居(ちっきょ)ですってぇ~」


 自ら引き連れてきた兵に向かって大袈裟なアクションを取りながらそう叫ぶと、兵士達が一様に騒ぎ立てる。


 そして、ピピンはミオの方へと歩み寄り、


「皇国の姫を殺した小汚い犯罪者が自室で引き籠ってればすむとでも思ってんのかよ!」


 と、いきなりミオの腹をつま先で蹴り上げた。


 身体の小さなミオは、くの字に身体を折り曲げる様にして、後方へと転がり、石畳の上に仰向けに投げ出される。


「ケハッ……!」


 ミオの口から呻きが漏れる。鳩尾(みぞおち)をまともに蹴りあげられたのだ、まともに息ができるはずがない。


「きさまあああ!」


 キリエが激昂してピピンの胸倉をつかむと、そのキリエを重騎士達の槍が取り囲む。


「あら、この手はなにかしら、今このサラトガの領主はアタシなのだけれど?」


 ピピンはキリエの手を軽く(つか)み返し、ミオは苦しげに呼吸を乱しながら、キリエの方へと手を伸ばす。


「き、キリエ……手を離せ。……(わらわ)は大丈夫じゃ。ピピン殿、(わらわ)以外の者には罪はないのじゃ……。許してやってくれまいか」


 その言葉に、キリエがゆっくりと手を離し、力なく両腕をだらりと下げると、ピピンは(えり)(しわ)を直しながら、地面に転がったままのミオの方へと歩み寄る。


「そうね。じゃこうしましょう。アタシに逆らったら、その分アナタに罰を受けてもらいましょうか、この国賊」


 ミオが見上げたピピンの顔は怒りに満ちていた。


「こんなふうに」


 刹那、ピピンは、ミオの指を力一杯踏みつけた。


「ぎゃああああああ!」


 ボキっという鈍い音とともに、ミオの悲痛な声が城壁に反響する。


「ミオ様!」


 駆け寄ろうとするキリエを再び、槍が取り囲む。

 あらぬ方向へと曲がった指を押さえてうずくまるミオを、満足気に見下ろしながら、ピピンはキリエへと向き直る。


「わかったかしら、ツリ目」


 キリエの唇から一筋の血が流れ落ちる。

 身体中の血が逆流するほどの怒りが全身を支配し、ただでさえツリ目がちな(まなじり)を逆あげて、眼球も飛び出ようかというほどにピピンを睨み付けた。


「あらぁ? まーだ分かっていない様ね」


 ピピンはそう言って、兵士達に目配せすると兵士達は強引にミオを掴んで立たせる。そして「やめろ!」というキリエの叫びも虚しく、兵士の一人がミオの顔面を力一杯殴りつける。

 鈍い打撃音の後、ミオの喉からふひゅっという滑稽な声が漏れて、鼻から血がしたたり落ちた。


「ほら、素直にならないと死んじゃうわよ」


「やめろ、やめてくれ!」


 キリエの悲痛な声が響く中、兵士達が笑いながら次々とミオを殴りつけていく。


 いつしか目の上は腫れ上がり、頬は浅黒く内出血をおこしている。

 いまや秀麗なミオの顔は、見る影もなく変貌していた。


「やめ……もう、やめて……ください。お願いします」


 キリエはその場に崩れ落ちて、ポタポタと涙が石畳に黒い点を増やしていく。


 兵士達は手を止め、ピピンの方へと眼をやる。

 ピピンはにこやかに兵士達に微笑むと、ぐったりと(こうべ)を垂れるミオの後頭部の髪を掴んで顔をひきおこし、間髪入れずにその頬を殴りつけた。

 ミオの口から白い粒のようなものが一つこぼれ落ちる。奥歯が折れたのだ。


「ああ、あああああ、み、みおさまああ」


 そして再び、キリエの方へ向き直ると眉を(ひそ)めてピピンは言った。


「アタシ辛気臭いのって嫌いなのよね。許してほしかったら、笑いなさい」


「へ、な?」


「笑えっていってんの!」


 キリエは両目から涙を流しながらも、無理やりに笑顔をつくる。

 キリエの心はすでに折れてしまっている。身体にはもう力が入らない。


「ふふっ、良い顔よぉん」


 満足げにキリエを見下ろすピピン。キリエはその足元に這いつくばるようにしながら嘆願(たんがん)する。


「ピピン様、お、お願いです。ミオ様に、治療を……」


「ミオさまぁ? 誰の事かしら、あそこにいるのは、国賊の売女(ばいた)よぉ?」


「……こ、国賊の売女を……治療させてください」


 ピピンは(あご)に指を掛けて、わざとらしく考えるふりをする。


「いいわよ、3週間後の裁判の直前には全部治療してあげるわ」


「そんな!」


 走り寄りかけたキリエの両腕を兵士達が掴んで、石畳に押し付ける。


「その国賊は地下牢に放りこんでおきなさい。それと、あなた達! あなた達が言うことを聞かない度に、この売女(ばいた)が罰を受けることになるから、そのつもりでいてねん」


 足腰立たないミオを重騎士達が乱暴に両脇をかかえて引き摺って行く。

 その時、力なく(うつむ)いたままのキリエの耳に(あえ)ぐようなミオの声が届いた。


「……皆を……たのむ」


 思わず顔を上げたキリエは見た。

 腫れ上がった(まぶた)の下からキリエを見つめるミオの目が、確かに微笑んでいるのを。


「うあああああああああああああああぁあぁああああああああああああああ!」


 キリエの慟哭が、サラトガに響き渡った。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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