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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第3章 かくてサラトガは首都へと向かう
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第46話 ボクの戦争はもう始まっているんだよ

「剣姫様が怒ったのって、あれ……嫉妬ですよね、たぶん」


 口に出して言ってみても、やはり現実感は無い。


 サラトガ城から城門へと続く中央大通りを歩きながら、首だけを回して背後を振り返ると、サラトガ城のどてっ腹に大きな穴が開いているのが見える。


 今朝、ニーノのちょっとしたイタズラのせいで、剣姫様が御乱心(ごらんしん)

「主様の純潔を返せ!」と、とんでもない事を大声で叫びながら、ナナシの良く知らない赤い服を着た少女に向けて、衝撃波を放ったのだ。


「あの剣姫様が、僕のことで他の女性に嫉妬(しっと)……」


 考えれば考えるほど、そんな事があるわけないと否定したくなっていくのに、今回ばかりは、その材料が見当たらない。


「剣姫様と結婚……」


 あらためて口に出すと頬が熱を持っていくのがわかる。そしてそれと同時に、胸の奥に耐え難いほどの不安が押し寄せてくる。

 本当に良いのだろうか? 剣姫様は『主様』という虚像に憧れているだけではないのか?と。


「何をブツブツ言ってる、キモいぞ」


「顔赤いよナナちゃん、照れてる? ねえ照れてるの?」


「ロリコン?」


 サラウンドで投げつけられる罵声が、心ここに(あら)ずといった様子のナナシを現実に引き戻す。

 うん、罵声ですよね、コレ。


 あらためて自分が今置かれている状況を確認してナナシは呟いた。


「どうしてこんなことに……」


 今、ナナシの右手にはミリアが、左手にはアージュが、背中にはニーノが、それぞれがっしりとしがみ付いている。


 ナナシ達はミオの指示に従って、ニーノに説得させるために狼人間(ヴォルフゾアン)の収容されている練兵所へと向かっていた。


 最初はミオ自ら同行することになっていたのだが、居室が吹っ飛ばされてはそれどころではなく、代わりにミリアが同行することになった。


 そしてミリアが合流すると、すぐさまナナシの右腕にしがみ付き、それを見ていたアージュが対抗するように左腕にしがみ付いた。そして、最後にそれを面白がったニーノが意味もわからず、背中にしがみついたのだ。


「オンナたらし」


地虫(バグ)のくせに」


「まあ、昼間っから……いやらしい」


「女の敵」


 罵声を浴びせられることには慣れていると思っていたのだが、商人達や、買い物の途中の主婦、城壁の修理の為に資材を担いで、行きかう工兵達の吐き捨てる言葉が、今はとても胸に痛い。


 アージュとミリア、それにニーノもそれぞれに魅力的な女の子だ。

 その女の子たちが、社会の底辺である地虫(バグ)に親しげにしがみついて歩いているのだ。

 男たちが面白くないのもわかるし、女たちが眉を(ひそ)めるのも非常に良くわかる。


 両手に花、たしかにそう見える。

 しかし良く見れば、ナナシが逃げ出さない様に、両手ともがっちりと関節を取られていることがわかるだろう。抵抗すれば、おそらく腕に関節が増える。


「アージュさん。案内するのはボクの仕事なんだけど、なんで付いてくんのさ」


「私はニーノの保護者ですから。隊長の妹君こそ、お帰りいただいて結構ですが?」


 ナナシの向こう側のアージュに向けて、ミリアが頬を膨らませて不満げに言うと、アージュは平然と言いかえし、二人の間に見えない火花が散った。

 その真ん中に挟まれているナナシは、首を竦めながら恐るおそる二人に尋ねる。


「あの…僕が帰るという選択肢は……」


「「ありません」」


「ですよねー」


 これは聞く方が愚かというものだ。

 さらに首を竦めて小さくなるナナシを見て、背中でニーノが「にゃはは」と笑い、狼のくせに「にゃはは」でいいのかと、ナナシは心の中でツッコんだ。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



狼人間ヴォルフゾアン達はこの中だよ」


 ミリアがそう言いながら練兵所の扉に手を掛ける。

 以前、骸骨兵(スケルトン)事件で、大きく破損したこの建物も今では完全に復旧している。しかし、一度ここで死にかけたナナシとしては、なんとなく近寄りがたい建物ではあった。


「なんでこんなところに収容してるんです?」


「最初は、城の監獄フロアに収容したんだけど、遠吠えがあんまりにもうるさくってさ、苦情が殺到したの」


「ああ、なるほど」


 ミリアが扉を開け放つと、練兵所の砂のフロアの上に幾人(匹?)もの狼人間(ヴォルフゾアン)の姿が見えた。


 見たところじゃれあっていた様だが、頭はともかく、首から下はムキムキの大男なだけに、ちっとも愛らしさは感じない。

 そして狼人間(ヴォルフゾアン)たちはこちらに気付くと一斉に唸り声をあげて威嚇してきた。


「じゃ、ニーノちゃんよろしく」


「ヤー、ニーノにおまかせる」


 そう言うとニーノの頭からピョコンと三角の耳が飛び出して、ナナシの背中から飛び降りるとそのまま、狼人間(ヴォルフゾアン)たちの方へと駆け寄っていく。


 そしてニーノを中心にして狼人間(ヴォルフゾアン)たちが輪になったかと思うと、しばらくしてニーノが戻ってきた。


「ヤー、話ついたます」


 笑顔でそう言ったニーノの背後に、いつのまにか狼人間(ヴォルフゾアン)たちが整列していた。


「サラトガのために戦うは良いよって、でも条件ある」


「条件?」


「ヤー 朝夕の散歩と一日一回のブラッシング、それと時々ボール遊びを要求」


「愛玩犬じゃねえか!」


 思わずアージュがツッコむ。


「ママ、ダメ、誇り高い狼バカにする許されない」


「ああ、悪かったよ」


 真剣にたしなめるニーノに今一つ納得いっていない表情のまま、アージュは謝る。


「じゃあ名前、紹介する」


 そう言ってニーノは整列した狼人間(ヴォルフゾアン)たちを指さした。


「右から、ポチ、ジョン、タロー、ジロ、ペロ、シロ、クロ、べス、タマ、エドモンド3世……」


「うわぁ……」


 これは酷い。ベタなネタのてんこ盛りである。しかし狼人間(ヴォルフゾアン)たちはこちらがツッコんでくれるのを期待しているのだろう。興奮気味に舌を出してハアハア言いながら目を輝かしている。

 どうやら、彼らにとっては鉄板ネタらしい。


 思わず、ナナシとアージュは目を見合わせる。

 アージュの目はナナシに、早くツッコめと言っていた。

 ……しかたがない、どこからツッコもうか。


 犬の名前じゃねえか? 猫みたいな名前のやつ混じってるぞ? やっぱりエドモンド三世か?


 ナナシが迷っていると、ミリアが手をパンパンと叩きながら言った。


「はい自己紹介も終わったところで、ミオ様から辞令を預かってきているので読み上げますね」


 まさかのスルー!?

 狼人間(ヴォルフゾアン)達は驚愕に目を見開き、それまでブンブンと振られていた尻尾がしなしなと萎れていくのが見えた。


 不憫。これは流石に不憫だ。

 狼人間(ヴォルフゾアン)たちの上にずーんと重い空気が立ち込めるのを気にすることもなくミリアは言葉を続ける。


「えーとですね。狼人間(ヴォルフゾアン)を編成し、特務部隊とする。アージュ・ミアージュ近衛副隊長は隊長に昇進。これに転属を命じる。あわせて、ニーノ・スフィットヴィルデンバークを同副隊長に任命する」


 はい拍手、というミリアの言葉に従って狼人間(ヴォルフゾアン)たちがパチパチと手を叩く。まったく空気の読める連中である。


 アージュが頭の後ろに手をやり、照れながら拍手に応えている最中、ミリアは思い出したように言った。


「あ、そうそう、朝夕の散歩と食事の世話、それとブラッシングは隊長のお仕事ですから頑張ってくださいね!」


「飼育係じゃねえか!」


 アージュがキレた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 新たに狼人間(ヴォルフゾアン)による特務部隊が結成されたその日の夜。

 自分の居室が破壊されたミオは、ミリアの住んでいる使用人部屋に押しかけていた。


「他に部屋なら幾らでもあるじゃない。なんで使用人部屋に来るのさ」


 硬いベッドと簡素なクローゼットがそれぞれ4つ並んだだけの殺風景な家政婦(メイド)用の宿舎。そのベッドの一つに寝転がっているミオを見下ろしてミリアは言った。


「ふむ、なんでと言われたら、リア、お主に用があるからじゃな。家政婦(メイド)達も出て行って、今やこの部屋にいるのはお主だけではないか、気にすることもなかろうて」


「まあ、そうなんだけどさ、立場っていうものがあるじゃない。呼ばれたらボクの方からいくよ?」


 ミリアの言葉にミオは苦笑する。


「立場! 立場でいえば、(わらわ)は既に領主の身分を剥奪されておる咎人(とがびと)じゃからの」


 今、このサラトガに、ミオに咎人(とがびと)たることを強制する人間がいないから、これまで通りに振る舞っているが、代官が到着すれば状況はがらりと変わる。


「代官が到着するのは明後日。(わらわ)領主面(りょうしゅづら)して自由に動けるのは明日一日じゃ」


「で、ミオちんは何かやっておきたいことがあるんだね」

 

 ミオが寝そべる寝台(ベッド)にミリアが腰を下ろした。ミオは身体を起こしてミリアに向き直り、真剣な表情でこう言った。


「ナナシとセルディス卿を逃がしてやりたいのじゃ」


 ミリアが何か言おうとするのを遮ってミオは言葉を続ける。


「お主の計画は、大枠でしか聞いてはおらんが、二人がいなくなることで、我らの勝利が遠のくであろうことは、重々理解しておる。しかし、奴らはサラトガの人間ではない。

 ……ないがゲルギオス、アスモダイモスとの戦闘に深くかかわってしまった。裁判ではどんな無茶苦茶な理屈を押し付けられて、罪を問われるやもしれぬ。

 セルディス卿がどれほど主を求め続けてきたかを(わらわ)は知っておる、また彼女ならば、ナナシという人間のあの『頑なな閉じた世界』をこじ開けられるのではないかとも思っておる。

 あの二人が、折角お互いを見つけたのじゃ。添い遂げさせてやりたいと思うではないか」


 ミオのその言葉にミリアは唇を噛んで、下を向く。そして絞り出すような声で言った。


「……普通、それをボクに言うかな」


「すまぬ」


「ボクもナナちゃんに付いていくと言ったら?」


「それも仕方ないと思うておる」


「逃げろと言われてもナナちゃん達は逃げないよ」

 

「それも判っておる」


「勝てる可能性がほとんど無くなっちゃうよ」


「かまわぬ」


 二人は互いに俯いたまま黙り込み、長い沈黙が訪れる。


「ペリクレス……」


 沈黙を破ったのはミリアだった。


「じゃあ、二人はペリクレスに行かせればいいよ」


「ペリクレスか……」


 ペリクレス伯の娘マレーネは、ミオがストラスブルに留学していた時の学友である。確かに彼女であれば、ナナシ達の力になってくれるだろう。


「次に狙われているのはペリクレスだとかなんとか言いくるめればいいよ」


 ミリアのその言葉に、ミオは小さく頷いた。


 この後、さらに代官が来た後のことを打ち合わせているうちに、いつのまにかミオは寝入ってしまった。そんなミオの寝顔を眺めながら、ミリアは呟く。


「ごめんね。ミオちん、ボクの戦争はもう始まっているんだよ」


 相手の目的はわかっている。だから、それを阻止するためにメシュメンディには出奔を装ってサラトガから首都へと先行してもらった。


 はっきり言ってメシュメンディが上手くやってくれれば、それだけでサラトガは救われる。しかし、相手は一度ミリアの裏をかいているのだ。メシュメンディを向かわせたことも読まれていると考えるべきだろう。


 では、次に打つ手はというと、ミリアの頭の中にはペリクレスが浮かんでくる。

 つまり、ペリクレスにナナシと剣姫を向かわせるのは、最初からミリアの計画通りなのだ。

 ミリアは、次にゴーレムの成りすましのターゲットになるのはペリクレス伯だと踏んでいる。それを阻止させることさえできれば、裁判で領主による多数決が行われたとしても、それをイーブンに持ち込む方法が見えてくるのだ。


 どんなことがあっても、ミオを死なせはしない。

 ミオを騙してでも必ずサラトガを救ってみせる。

 ミリアの決意は固かった。


 ただ、そのためにナナシとともに、剣姫を一緒に行かせるというのは、ミリアにとっては苦渋の決断であった。


 恋は戦争だという人がいる。

 まったく、戦争ならば、どんなに楽だっただろうか。

 もし戦争であったならば、知略をつくして剣姫もアージュも排除してみせるのに。


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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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